商業主義に背を向けた伝説の雑誌 第1話:原稿料は出ない
作者のかつをです。
本日より、第四部の幕開けとなる第十六章「ガロの赤い花 ~商業主義に背を向けた伝説の雑誌~」の連載を開始します。
今回の主役は、日本の漫画史に異様な輝きを放つ伝説の雑誌『ガロ』。
その商業主義とは無縁の、純粋すぎる情熱の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
古書店の片隅、サブカルチャーの棚にその雑誌は静かに眠っている。
ざらついた紙質、少し風変わりなロゴ。
ページをめくれば、そこに広がるのは万人受けするエンターテイメントとは似ても似つかない、奇妙で、実験的で、そしてどこか心をざわつかせる唯一無二の世界だ。
その雑誌の名は、『ガロ』。
私たちは、その名を伝説として知っている。
商業主義に背を向け、数々の異端の才能を世に送り出した伝説の漫画雑誌。
しかし、その伝説が「面白い漫画のためなら、赤字でも構わない」という、一人の男の狂気ともいえる純粋な情熱によって支えられていたという事実を知る者は少ない。
これは、巨大な商業主義の奔流の中で、ただひたすらに「表現」そのものを守り抜こうとした、ささやかな、しかし誇り高き反逆の物語である。
物語の始まりは1964年。
貸本漫画の世界で劇画という新しいムーブメントを牽引していた白土三平。
彼の元に、一人の男が訪ねてきた。
その男の名は、長井勝一。
貸本漫画の出版社、青林堂の創業者である。
長井は白土に、一つの大胆な提案を持ちかけた。
「先生。貸本ではなく、これからは月刊の漫画雑誌をやりませんか」
当時、貸本漫画は週刊誌の台頭によって、その最盛期を終えようとしていた。
新しい表現の場を求めていた白土は、その提案に興味を示した。
しかし、彼は一つの絶対的な条件を提示する。
「描きたいものを、描きたいように描かせてもらう。編集部は一切、口出しをしないこと」
それは、読者アンケート至上主義へと突き進む商業誌の世界とは、真逆の思想だった。
長井は、その無茶な条件を笑顔で呑んだ。
こうして、白土三平の『カムイ伝』を看板作品として、新しい漫画雑誌が産声を上げた。
その名は、『月刊漫画ガロ』。
しかしその船出は、最初から嵐の中だった。
長井には、雑誌を運営していくための十分な資金がなかった。
彼は、常識外れの編集方針を打ち立てる。
「新人作家の原稿料は、出ない」
信じられない言葉だった。
しかし長井は、平然と言ってのけた。
「金はない。だが、うちには『自由』がある。面白い漫画なら、どんな無名な作家のどんな実験的な作品でも載せる。売れるかどうかは、関係ない」
その狂気ともいえる純粋な編集方針。
それが、やがて商業誌の息苦しさから逃れたいと願う、日本中の若き異端の才能たちを吸い寄せる、巨大な磁石となっていく。
赤字覚悟の赤い花。
そのあまりにも美しく、そして儚い伝説が、今始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十六章、第一話いかがでしたでしょうか。
「原稿料ゼロ」。今では考えられない方針ですが、それでも描きたいという若者が殺到したという事実に、『ガロ』という雑誌がいかに特別な「場」であったかが窺えます。
さて、無謀な船出をした『ガロ』。
その狂気の編集方針を、一人の男がその腕一本で支え続けました。
次回、「長井勝一の嗅覚」。
伝説の編集長の、驚くべき才能に迫ります。
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