“有害コミック”騒動と表現の自由を巡る戦い 第6話:終わらない戦い(終)
作者のかつをです。
第十五章の最終話です。
一つの社会的な騒動がいかにして私たちの価値観を形成し、そして現代の課題へと繋がっているのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、表現の自由を巡る終わらない戦いを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
“有害コミック”騒動の嵐は過ぎ去った。
しかしその嵐が残した爪痕は深く、そして決して消えることはなかった。
漫画の作り手たちは、この苦い経験から一つの重要な教訓を学んだ。
「表現の自由」とは誰かが当たり前のように与えてくれるものではない。
それは社会との絶え間ない対話の中で、作り手、売り手、そして読み手自身が勝ち取り、そして守り続けていかなければならないデリケートな権利なのだと。
その意識は確かに次の世代へと受け継がれていった。
インターネットの時代が訪れる。
表現のフロンティアは無限に広がった。
しかしそれと同時に、新しい規制の網もまた世界中を覆い尽くそうとしている。
ヘイトスピーチ、フェイクニュース、そしてデジタル・タトゥー。
自由には責任が伴う。
その当たり前の事実を、私たちは日々突きつけられている。
あの90年代の戦いは決して過去の物語ではない。
それは形を変え、今この瞬間も私たちのすぐそばで続いている現在進行形の物語なのだ。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあの青年。
彼はSNSのタイムラインを眺めている。
ある新作漫画の一つの過激な描写を巡って、賛否両論の激しい議論が巻き起こっていた。
「表現の自由だ」と叫ぶ声。
「これは許されない」と怒る声。
彼は知らない。
今自分の手のひらの上で繰り広げられているこの言葉の戦いが、かつて雑誌が広場で燃やされ、作り手たちが沈黙を強いられたあの苦い時代の続きであるということを。
歴史は繰り返す。
しかし私たちは、その歴史から学ぶことができるはずだ。
安易な善悪のラベル貼りをやめること。
自分とは違う価値観を持つ他者の声に耳を傾けること。
そして対話を諦めないこと。
青年はスマートフォンをそっと置いた。
そして本棚から一冊の漫画を取り出す。
それはあの嵐の時代に矢面に立たされた一冊だった。
彼はページをめくる。
その一コマ一コマに込められた作り手の覚悟と祈り。
それを今改めて自分の目で確かめたいと思った。
戦いは終わらない。
だからこそ私たちは物語を読み続けなければならない。
(第十五章:マンガは「悪書」か ~“有害コミック”騒動と表現の自由を巡る戦い~ 了)
第十五章「マンガは「悪書」か」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
東京都の青少年健全育成条例など、「表現の自由」と「青少年の保護」を巡る議論は今なお続いています。私たち一人一人が考え続けなければならない重いテーマですね。
さて、第三部「文化の変革編」は、この章で一区切りとなります。
次なる物語は戦いの舞台を再び、理想と商業主義がぶつかり合う雑誌の世界へと戻します。
次回から、第四部が始まります。
**第十六章:ガロの赤い花 ~商業主義に背を向けた伝説の雑誌~**
「面白い漫画なら、赤字でも載せる」。
その狂気ともいえる編集方針で数々の伝説的な才能を世に送り出した漫画雑誌『ガロ』。
そのあまりにも美しく、そして儚い物語が始まります。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第四部の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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