神様と呼ばれた男 第1話:8ミリフィルムとスケッチブック
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、新シリーズ『漫画創世記~ペン先は世界を描いた~』の連載を開始します。
この物語は、私たちが当たり前に楽しんでいる「漫画」の礎を築いた、知られざる開拓者たちの物語です。
記念すべき最初の章は、「漫画の神様」手塚治虫。
彼が、いかにして現代漫画の「文法」そのものを発明したのか。その革命の原点に、光を当てます。
漫画の知識は一切不要です。
ただ、歴史の裏側で繰り広げられた人間ドラマとして、楽しんでいただけたら幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それでは、壮大な漫画創世記の旅へ、ようこそ。
2025年、東京。
カフェの柔らかな照明の下で、一人の女性がスマートフォンの画面を滑らせている。
彼女が読んでいるのは、縦スクロールの漫画だ。
キャラクターが目まぐるしく動き、視点がダイナミックに変化する。大きなコマが、感情の爆発を伝える。
彼女は、その息もつかせぬ展開に、夢中になっていた。
コマからコマへと視線を走らせる。その一つ一つの区切りが「時間」を表現し、コマの大きさが「感情」を物語る。
その漫画の文法を、彼女は、まるで呼吸をするかのように、当たり前に受け入れている。
しかし、その「当たり前」が、かつては存在しなかったという事実を、知る者は少ない。
漫画が、まだ紙芝居のように、静止した絵物語だった時代。
その白紙のページに、映画という名の魂を吹き込んだ、一人の若き天才の物語である。
物語の始まりは、第二次世界大戦の傷跡が、まだ生々しく残る、1940年代の日本。
医学生でありながら、漫画家を志す一人の青年がいた。
彼の名は、手塚治虫。
当時の漫画は、まだ、子供向けの、素朴な絵物語が主流だった。
四角いコマが、行儀よく並び、キャラクターは、まるで舞台役者のように、固いポーズで説明的なセリフを語る。
そこに、「時間の流れ」や「動きのダイナミズム」は、ほとんど存在しなかった。
しかし、青年の頭の中は、まったく別の世界で満たされていた。
彼の心を虜にしていたのは、漫画ではなかった。
それは、銀幕の向こうに広がる、光と影の芸術――「映画」だった。
彼は、暇さえあれば、映画館に通い詰めた。
ディズニーの滑らかなアニメーション、フランス映画の斬新なカメラワーク。
そのすべてを、貪るように、自らの血肉へと変えていった。
そして、彼は、いつも持ち歩いているスケッチブックに、映画のワンシーンを、コマ割りで描き写していた。
主人公が登場する、ロングショット。
表情を捉える、クローズアップ。
アクションの連続性を描く、カットバック。
彼のスケッチブックの中では、静止した絵が、まるで8ミリフィルムのように、生き生きと動き出していた。
「この、映画の感動を、漫画で表現できないだろうか」
それは、まだ誰も見たことのない、途方もない夢の始まりだった。
ペンとインクだけで、紙の上に、映画館を創り出す。
若き手塚治虫の、孤独な、しかし、熱狂的な挑戦が、始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
新シリーズ「漫画創世記」、第一話いかがでしたでしょうか。
すべての始まりは、一人の青年の、映画への狂信的なまでの愛情でした。
手塚治虫は、生涯で観た映画の数を自慢するほどの、大変な映画マニアだったそうです。特に、ディズニーやフライシャー兄弟のアニメーションからは、多大な影響を受けました。
さて、映画を愛する青年は、いかにして、その魔法を、静止した紙の上に、持ち込んだのでしょうか。
次回、「止まった時間を動かす魔法」。
彼の、最初の、そして最大の発明が、ついに姿を現します。
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それでは、また次の更新でお会いしましょう。
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