第6話
悪魔は体液(魔力)を代償に求めた。
季人は見返りに家族愛を願った。
名付けをもって契約は完了する。
季人はスプリングスと手を合わせて向かい合う。
お互い照れくさくなって微笑み合う。
子から母へ名前を授ける。
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「あなたは……千春。阿久戸千春。春は命が芽吹く始まりの季節。家族が健やかなるときも病めるときも、あなたが先頭に立って家族を導いて。幾千の春を越えた大らかな器と暖かな心で僕の……ママになって」
「拝命しました。『スプリングス=サディ=ハルナバル』、これより『阿久戸千春』を名乗ります。季人ちゃんのママとして常に優しくたま〜に厳しく、家族を導くことを誓います」
千春が光に包まれ、人間の姿を手にする。
「もう悪魔としての矜持はいらない、ママとしてあるべき姿だけをこの身に宿すの……」
「あ、角も翼も尻尾も消えちゃった」
「ふぅ……これが人間の姿? 思ったより変わらないわね」
「ね、美人さんのままだよ」
「あら、ママを口説いてるの? イケない子ね〜♡ ツンツン♡」
「違うったら〜」
「いつの間にか人間のお洋服も着てるのね。キレイな春色のワンピースだこと、気に入ったわ」
「ね、モデルさんみたいに似合ってるよ」
「あら、ママを口説いてるの? イケない子ね〜♡ デュクシデュクシ♡」
「痛い痛い、違うったら〜」
「あぁコミュニケーションのこの感じ、ワタクシたち親子になったのね……」
「そうだよ。改めてよろしくね、千春ママ」
「は〜い♡ 末永くよろしくお願いします♡」
「で、これからどうする? もう真夜中だけど」
「あんまり夜に出歩くのは教育上よくないから、どこかで休みましょ」
「じゃあ寝床に案内するね。向こうの路地裏がいいんだ、ご飯屋さんの室外機が並んでてあったかいよ。結構ネズミさんも出るけど、お友だちになればそれなりに……」
「ダメよぉ?! カワイイ我が子をそんなところで寝かせれますかって! 豪華なホテルに泊まるんだから!」
「そりゃあ僕だってホテルに泊まりたいけど、お金が69円しかないんだもん」
「フッフッフッ、お金がないなら使わずに泊まればいいだけよ。まぁ見てなさい」
季人と千春は隣町の最高級ホテルへ。
「お城みたいにおっきいホテル、上が見えない……こんなとこに泊まれるわけないよ〜帰ろうよ〜帰るお家ないけど」
「大丈夫、ママに任せなさい。腰をしっかりつかんでてね」
「ん? こんなことさっきもあったような……」
「最上階に飛んでいきましょ、それッ!」
「やっぱりねぇぇぇーーーっ!」
ホテル最上階の窓を破って侵入する。
「お、ちょうど空室じゃない。ラッキーね」
「いやいやママ飛べるの?! 翼なくなったのに?!」
「ね、案外飛べるのね。人間の姿になっても悪魔の力はそのままみたいよ」
「まぁいいけど。でさでさ、この部屋すごくない?! 10LDKはあるよ?!」
「確かに無駄に広いわね。ロイヤルスイートってやつかしら」
「シャンデリア、フカフカのじゅうたん、大理石のテーブル、グランドピアノ、何の意味があるか分からない石像……豪華すぎだよ! テンション上がる〜↑」
「一晩の宿には及第点ね」
「ちょっと探検してくる!」
「ほどほどにね。ママは邪魔が入らないように玄関を封鎖してくるから」
「分かった!」