【千春のキモチ】
あなたを産み直す。
ワタクシは育ての親だけじゃない、
産みの親にもなるの。
あなたの全部を上書きする。
他の家族が来る前に、
ワタクシたちは本当の家族になるんだから。
『子宮に還ってほしい』
いきなりお願いされたら驚くでしょうね。
それでもあなたは快く引き受けてくれた。
それだけじゃない、
ワタクシのカラダを心配してくれる。
なんていい子なのかしら。
「その命、いただくわ」
子宮に転移させる前に魔法障壁をかける。
あなたに危害が及ばないよう2回、3回重ねがけ。
それでも100%安全とは言い切れない。
絶対無事に産んでみせる。
また笑顔であなたに会いたいから。
拳を握り、あなたを細胞サイズまで縮小。
自分のお腹に引き寄せてカラダの中に入れる。
1つの命が自分の中に還っていく。
第1段階、子宮へ到着させる。
転移魔法を発動し続けて位置を調節する。
自分のお腹の上で指を滑らせ、あなたを操作する。
少しでも魔法が途切れれば終わり。
あなたは強制的に元の大きさに戻され、
このカラダは裂ける。
「責任感の強いあなたは『自分のせいだ』と悲しむでしょうね……絶対そんな思いさせないから」
肉をかき分け血の海をくぐり抜け、
少し内臓を傷つけながらも子宮に到達。
第1段階クリア。
第2段階、胎児の大きさに成長させる。
深く息を吐き、あなたの大きさを調整する。
震える指を慎重に、ゆっくりと開いていく。
「感じるわ……ここに来てくれた命の重み。大きくなってお外に出たいのよね? 大丈夫、ワタクシに任せて」
あなたが一回り、また一回り大きくなっていく。
だんだんお腹が張ってきて膨らんでいく。
下半身が鉛のように重くなり、マットレスに沈む。
鋭い痛みが繰り返し続く。
十月十日を数分で再現しようとしているのだ、
カラダの産む準備が追いついてない。
「ふっ、はっ、ぎぃっ……! あと少し、もうちょっと大きく……」
きつい。
裂けてしまいそうかほどパンパンに張ったお腹。
カラダ全体が言うことを聞かない。
今までの悪魔生で1番の苦痛。
でもこの先に最高の幸せがある。
それだけを信じて耐える。
第2段階クリア。
第3段階、産道を通して外に出す。
こんなに大きいものを狭い道に通さなければ。
怖い。
恐怖を感じたのは何千年ぶりか。
さすが阿久戸一家の長男、ヤりおる。
ここから先はワタクシ1人の力じゃ難しい。
あなたの協力が必要なの。
「季人ちゃん、こっちよ、ワタクシの坊や……力を合わせましょう」
ごりっ
「がぁっ?! 来るの? 来てくれるのね?! いいわ、ワタクシもがんばるから、いきましょう、いっしょにぃ!」
シーツを強くつかんで枕を噛む。
息を整え涙をにじませて、一定のリズムで力む。
全身の神経がめくれ上がるような痛覚。
意識が飛んでしまいそう。
「あと、もう、ちょっと……! がん、ばっ、てぇ! ぎぃぃぃーーーっ!」
もう下半身の感覚がない。
それでも気をしっかり保ち、力を送り続ける。
もうあなたはすぐそこに。
「ワタクシをママにしてぇーーーっ! んあぁぁぁーーーっ!」
すっぽん、ころりん
愛しの我が子。
ワタクシの半身。
外に転がり落ちる。
その瞬間、世界が色づいた。
疲労も苦痛も忘れてたまらず抱き寄せる。
「季人ちゃん季人ちゃん! ママがお腹を痛めて産んだ坊や、やっと会えたわぁーーーっ!」
あなたもめいっぱい産声をあげる。
心から余計な思考と感情が削ぎ落ち、
愛しさで胸があふれて涙と鼻水が湧き出てくる。
「ママにしてくれてありがとう、元気に産まれてくれてありがとう……あなたのためなら何でもできる、命だって惜しくないんだから」
この思いに一切の偽りはない。
あなたの幸せこそワタクシの幸せ。
後からくる2人なんかに、
この幸せは汚させない。