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8.早期卒業試験

 ユーフェミアと昼食を共にした次の日、学校は大騒ぎだった。

 早期卒業試験の受験者リストが公表され、イルヴァ・フェルディーンの名前と共に掲示された平均順位は、1位だったためだ。

 正体不明の首席が急に姿を現した上に、その正体が氷の華(アイス・レディ)という名で知られる、どことなくとっつきにくい女だったことも、驚きを呼んだようだ。

 また、モンテリオ教授が学外の活動として、イルヴァの研究成果についてもそのリストに補足として入れておいたため、イルヴァの研究者としての側面も注目されることになった。

 そしてそれを裏付けるかのように、レンダール公爵が仕事のたびにイルヴァの優秀さを褒めて回っていたらしく、まさに火に油を注いだような状態だった。突然の発表には、レンダール公爵家の意向があるのではという真っ当な推理だけでなく、そもそもイルヴァが成績を秘匿していたのもレンダール公爵家との密約だったのではないかという推論まで飛び出した。


 正直に言って、その大騒ぎ具合はエリアスとの婚約を発表した時よりも激しく、想像以上の反響に驚いた。イルヴァにとっては、学校の生徒がこんなにも人の成績に興味があることが信じられなかった。

 イルヴァの自身の魔法理論に関する研究も、レンダール家のような魔法理論の名家で重要視されることはあっても、ここまで人々の注目を浴びるような分野ではない。

 しかし、レンダール公爵家との縁談話と絡み合ったこの話題は、大きな噂になってしまった。



 結果、早期卒業試験までの2週間の間、授業を免除される特典をフルに活用して、発表日以外は学校ではなく王城の研究室に入り浸って勉強に費やすことになった。

 もともと面倒なことが嫌いなイルヴァである。人々の関心が一気に自分に向く事態には、耐え難かった。社交界では、噂されないよりも噂される方がずっと良いのだが、イルヴァは通常の貴族の社交の感覚を持ち合わせているとは言い難い。

 

 だから、試験当日の今日は、かなり久しぶりの登校だった。

 さすがに2週間たったこともあり、イルヴァの目の前で堂々と騒ぐものはほとんどいなかった。しかし歩けば歩いただけ、ちらちらと遠慮がちに視線をよこすものがたくさんいた。中には、あからさまにイルヴァに声をかけたそうな雰囲気を感じる時もあったが、足を止めなかった。

 イルヴァはすべての視線を無視しながら、試験会場のある棟へと足早に向かった。会場のある建物の入り口が見えた時、その前に立っている人物に気がついた。

 輝くような金髪と、誰もが振り返るような美貌を持った青年は、クールな表情で佇んでいたが、イルヴァの姿を見るなり、ぱっと花が咲くような笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。


「イルヴァ! やっと会えました」

「おはようございます、エリアス様」


 まるで1年会えなかった恋人同士のようなセリフを吐くエリアスに戸惑いながらも、イルヴァは挨拶を返した。この反応を見る限り、彼はきっと、わざわざイルヴァを待っていたのだろう。


「この2週間はどちらに? 学校で全然お見かけしませんでした」

「王城の研究室にいました」

「なるほど。通りでお見かけしないわけですね……」


 特に約束はしていなかったはずだが、なぜかエリアスは少し不満そうな口調だった。どこかいじけていそうにも見える表情だ。

 しかし、イルヴァには心当たりがない。だから、率直に尋ねることにした。


「何か御用でしたか?」

「心当たりがありませんか?」


ーーー心当たり? 全くないけど。


 イルヴァのそんな心の声を聞いたかのように、エリアスはさらに拗ねた顔をした。美青年は拗ねた顔も絵になるが、その顔が近づいてくると、心臓が妙に跳ねたのを感じた。


「またランチにお誘いすると言ったじゃないですか」

「ああ……ですが、あれは会ったらであって、会わなければ約束してないのと同義ではありませんか?」 

「そう言われると思っていました。だから会えるようにずっと探していたのに……」


 飼い主において行かれた子犬のような顔で言われると、少し罪悪感のようなものがイルヴァに湧いてきた。明確な約束ではなかったが、エリアスなりに、イルヴァと時間を共有したいと思ってのことだったのだろう。


「も、申し訳ありません……。では、よろしければ、今日の試験後にお食事でもいかがですか?」

「喜んで。今日は試験が終わったら授業もないので、学校の外でもよろしいでしょうか?」

「ええ。かまいません」


 そうして、エリアスとの食事が決定した。

 エリアスは食事の約束が決まって満足そうだったので、そのまま二人は試験会場へと入った。


 今日の卒業試験は、筆記試験のあと、それぞれの専門の実技試験が行われる。イルヴァとエリアスの場合は魔法学部なので、魔法理論と実技の試験だ。

 筆記試験は、講義室に全員集められて、ただ試験を受けるだけのものだった。イルヴァにとって、筆記試験は落第するはずもないものだ。今まで積み重ねてきたものは、そう崩れることはない。


 筆記試験が終わると、何人かは顔色が良くない生徒がいた。おそらく、試験であまりうまく行かなかったのだろう。筆記試験は専門だけではなく一般的な教養と基礎学力は問われるため、範囲も広範だ。それに、早期卒業試験は今まで学んだところから、まだ学んでない卒業するまでに習うことまですべてが試験範囲なので、専門分野に秀でていても、最初の筆記試験が原因で卒業できない生徒もいるそうだ。

 

 ふと、エリアスが気になってエリアスの席の方を見ると、彼はどちらかというと、自信に満ちた表情をしていた。次席だというので、彼も筆記は問題ないだろう。

 目が合うと、にっこりと微笑まれた。

 イルヴァは微笑み返したあと、実技試験の会場に移動するために荷物をまとめて立ち上がる。エリアスもイルヴァの動きに合わせるかのように、荷物をまとめて立ち上がった。

 二人とも学部は同じなので、会場は同じ場所だ。


 卒業試験は魔法を実際に披露するため、円形の魔法演習場が舞台だった。

 演習場の中に入ると、イルヴァとエリアス以外にはもう一人だけ、早期卒業の試験を受けている生徒がいるようだった。彼の顔は見たことはあるが、魔法理論の授業ではあまりみかけないので、おそらく、体系魔法系の専攻だろう。名前はイルヴァにはわからない。

 イルヴァとエリアスもその生徒の隣に並ぶと、試験官である教授の一人にもう少し待つように言われた。おそらく試験を始める前の最終確認をしているのだろう。


 円形の演習場をぐるりと囲む観客席には、魔法師団から数名と魔法研究員からも数名座っていた。研究員の方は、イルヴァは顔みしりなので、目が会ったら軽く会釈をしておいた。

 魔法学部の教授は試験官のため、イルヴァたちと同じく、演習場の中に用意された机と椅子を使って並んでいた。


「君、本当にあの理論を発表したY・Fなの?」


 イルヴァが暇を持て余していると、話しかけてきたのは先ほどの彼だった。サラリとした黒髪の彼は、どことなく高貴な雰囲気が漂っていた。イルヴァは相手の家名もわからないため、とりあえず問題を起こさないことを最重視して、返事をすることにした。


「ええ。そうです」

「どうして成績を秘匿なんて?」

「面倒ごとの回避のためです」

「首席だと面倒ごとが?」

「はい」

「……ふうん。まあ、本物かどうかは、実技をみればある程度わかるだろうから、いいや」


 失礼がないようにと口数を抑えたら、そっけなくなってしまったが、これはいつのものことである。相手もさして気にしてはいないようなので、そのままイルヴァは黙り込む。

 

ーーーそれにしても、この顔、どこかで見たような……。貴族なら見たことない方がおかしいぐらいか。どうして人の顔って、こうも覚えにくいのかしら。


 貴族として、他人に興味がないのは致命的な欠点といえるが、イルヴァは人の顔を覚えるのが昔から苦手だった。だから基本的には、相手が誰であっても失礼にならないよう、丁寧な口調は崩さないようにしている。誰に対しても丁寧であれば、相手の名前を覚えていないことはそこまで問題にならない。


「お待たせしました。試験を始められればと思いますが、レディー・ファーストで、イルヴァ・フェルディーン嬢からでよろしいでしょうか?」


 試験担当の教授の言葉に、3人とも頷いた。

 イルヴァは一歩前に出て、逆にエリアスと黒髪の青年は他の教授たちが並ぶ近くに避けた。


「イルヴァ・フェルディーン嬢。魔法理論専攻のため、自身の研究した魔法理論の説明と、その実演をお願いします」

「はい。私は以前発表した『水魔法を転用した氷生成の運用論』についての説明と、実演をいたします」

「その研究で、実演も……ですか?」


 イルヴァの言葉に、モンテリオ教授を除く、すべての教授と、卒業試験を受ける受験生の2人が息を呑んだのがわかった。

 その反応に、イルヴァは首を傾げた。

 すでに研究論文として正式に発表し、魔法理論として認められたものであるのに、イルヴァが実演するのに、なぜ驚いているのだろうか。

 とはいえ、今は試験中だ。まずは理論について説明しなければいけない。公式に発表された論文なので、概要だけで良いだろうが、一応簡単に説明していくことにした。


「この研究の概要は、水魔法のとある変数を変更することで温度を変更できる、という理論を体系化したものです」


 説明しながら、イルヴァは手のひらを下にした状態で腕を前に突き出した。そして、水魔法を使って手のひらから水を地面にむかって出す。水はまっすぐに地面に落ちて、乾いた地面を濡らしていく。


「この状態から、このようにすれば、氷になります。これを誰にでもできるよう体系化したのがこの論文です」


 そう言って、魔法の構成を少しいじると、今度は手のひらから、グラスにいられるぐらいのサイズの氷がぼとぼとと地面に落ちて積み重なっていく。その流れるような切り替えに、会場中の視線が集まっているのを感じた。


「先ほども少し説明しましたが、これは温度変更の理論ですから、もちろんお湯にもなります」


 その宣言と同時に、魔法の構成を帰ると、お湯を地面の氷にかけると一瞬で氷が消え、白い湯気がたった。観客席は遠いが、この演出なら見えただろう。

 卒業試験にしては、これで終わっては地味すぎるので、イルヴァは最後に大技を披露することにした。


「私はまずは水で論文を出しましたが、火魔法でも同じことができたので、温度変化そのものは、どの属性の魔法でも可能かと思われます」


 そう宣言してから、イルヴァは反対を向くと、教授および観覧席にいる人々に背を向ける形で立った。

 そして、地面から、2階建の建物程度の高さの火柱を魔法で立ち上げた。幅はそこまで太くないものの、高さがある火柱は熱気とともに赤い光を放っていた。

 揺らめいて立ち昇るその炎は、イルヴァが一気に温度を上げると、炎の上の方が一気に蒼白い炎へと変化した。

 途端、イルヴァの背中側から、どよめきが起こった。技術的には水魔法だろうが火魔法だろうがさして難易度はかわらないが、水よりも炎の方が目立つので、観客の興味を引けたようだ。

 イルヴァは魔法を止めて炎を消すと、もう一度後ろに振り返った。


「私の発表は以上です。質問はありますか? 適当にいくつか実演しましたが、足りなければ、もう少し実演しても良いですが……」

「十分すぎるぐらいです! その研究論文が実用に足るものだとは思ってもみませんでした!」


 興奮気味の教授がそう叫んだ。彼は体系魔法の専門の教授なので、イルヴァのことについては詳しくない。モンテリオ教授は驚いた様子はなかったが、他の教授はイルヴァの魔法理論の造詣の深さは承知していても、そもそも実践的な魔法を扱う技術については知らなかったのだろう。イルヴァが思っていた以上の反響があった。


「フェルディーン嬢。最後に見せてくれた炎の実演については、正式に論文として発表される予定ですか?」

「論文? 水魔法の氷生成論と同じ理論ですから、発表の予定はありませんでした。あの論文を読めば、誰でも他の属性魔法にも転用できるでしょう」

「本気で言っていますか……?」


 教授が正気でない人を見るような目でこちらを見た。なぜか場の空気は教授に賛同しているような空気だった。

エリアスですら、どこか呆れたような表情だ。それに、観客席にいた魔法師団も何か聞きたいことがあるのか、演習場に降りてこようとしている。


「リューブラント教授なら、実践できますでしょう? 体系魔法の教授ではありませんか」

「それは買い被りすぎです。あの新魔法発見論文どおり、氷生成するのがギリギリ実現できたぐらいです。炎に応用するどころか、あの論文を転用してお湯を出すというのも私には到底できません」

「あれは新魔法発見論文ではなく、魔法体系化論文のつもりだったんですが……」

「冗談でしょう?」

「この私が、冗談? まさか」


 魔法理論における論文は、新たな魔法の可能性を発見し、それを世に知らしめる目的の新魔法発見論文と、発見した魔法を体系化ーーーつまり、誰にでも使えるように理論を解明・説明した魔法体系化論文に分かれる。

 イルヴァとしては、他の人でも使えるように十分に説明したつもりだったが、どうやらリューブラント教授がいうにはあれでは説明が足りないということのようだった。

 その上、嘘のつけないイルヴァが冗談を言っていると誤認されてしまった。

 全くもってそんなつもりはなかったのにどうしてだろうか。


「見事だった。イルヴァ・フェルディーン()()。ちょっといいかな?」

 

 振り返ると、そこには長い黒髪を一つに束ねた冷たい印象の男性が立っていた。イルヴァはこの男のことは、知っていた。


「リングダール大佐、なんでしょうか?」


 先ほど魔法師団がこちらに向かってくるのが見えたが、どうやらリングダールは勧誘に来たようだ。

 イルヴァは学生ではあるが、すでに王城の研究員として所属している。研究員は王国軍の士官として扱われるため、研究員にも一応軍人としての階級がある。だが、研究員に対して階級で呼びかけることはきわめて少ない。

 これは、明確にイルヴァを軍人としてあつかっている表明だ。

 

「君は卒業後の進路は研究員希望だと聞いた。本当か?」

「はい」

「卒業後、研究員ではなく、魔法兵団に入る気はないか?」

「いいえ、ありません」

「なぜだ?」

「それはーーー」


 その問いに答える前に、割り込んだ存在があった。


「ーーーうちの研究員を引き抜こうとするとは、油断なりませんね。リングダール大佐」

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