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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
王立軍の研修編

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64.古樹森林戦⑤

 古樹森林帯は王都の市街地区の中で唯一魔物が出る、新兵向けの実施訓練場。

 エリアスはそう言われて育ち、今日までそれを疑ったことはなかった。


 しかし、それは虚像だったと言わざるを得ない。

 昨日まで事実だったとしても、少なくとも今日からは違う。


 さきほどからとめどなく押し寄せてくる魔装狼ルーンウルフを切り捨てながら、エリアスは息を吐いた。

 イルヴァの魔法銃での援護があっても多い。


 エリアスは戦闘中ではあるが、先ほどのイルヴァの様子を思い出して、剣を握る手に力が入る。

 

 ―――新兵どころか、あのイルヴァが死にかけてるとはね……!


 エリアスがイルヴァを見つけたとき、彼女はひどい有様だった。魔物と彼女自身の血にまみれおり、肩の肉はえぐられていた。


 彼女の姿を目にした瞬間の感情は複雑だった。


 間に合ってよかったという安堵。

 少しでも遅れていたら、どうなっていたかという恐怖。

 

 あの気持ちはもう、味わいたくない。

 目の裏に残る血まみれのイルヴァの姿を振り切るように首を振ると、エリアスは再び目の前の敵に集中した。


 イルヴァとの戦闘はとてもやりやすい。

 彼女は的確に、エリアスの行動を阻害しそうな魔装狼ルーンウルフを魔法銃で始末してくれる。


 エリアスが何も考えずに立ち回っても、イルヴァの魔法弾が掠めるような危険もなかった。

 だからエリアスは魔装狼ルーンウルフを切り捨てることに集中できた。


「エリアス! 一度、退くわ! 岩熊(ロックベア)が見えた!」


 やや高台にいたイルヴァの声が響いた後、地面が揺れ、地鳴りが響いた。

 エリアスは目の前にいた三頭の魔装狼ルーンウルフを切り捨てた後、イルヴァの方に走る。


 前を走るイルヴァも剣に持ち変え、時折襲いかかってくる魔物を切り伏せながら、走っている。

 しばらく走ったところで、イルヴァは徐に巨大な木の上に身体強化でジャンプして登った。


 エリアスもそれに倣い、イルヴァの隣に乗った。

 イルヴァは肩で息をしている。体力はそこまで多くないのだろう。


「大丈夫?」

「ええ。なんとか。ただ……せっかく魔孔がありそうなところに近づいたのに、遠ざかったわね」


 2人は少しずつ北西に移動しながら、その度に土魔法で高台を作り、周囲の敵を捌いていた。

 そして今、来た道を少し戻る形で退避したのだ。


「今は魔法が使えそうだけど、流石にここから岩熊(ロックベア)をどうこうできないよね?」

岩熊(ロックベア)霧光の鹿(ルーミル)の圏内にいる間は無理ね。あれと魔法なしでは戦いたくないから……」


  イルヴァの言葉に、エリアスはうんうんと頷いた。


「せめて岩熊(ロックベア)だけに集中していいなら、やりようはあるんだけど……」


 それは無理か、と言う言葉は続けなかったのだが、イルヴァはハッとしたような表情を見せた。


「他の魔物がいなければ……なるほど。完全に死滅させられなくても、とりあえず魔装狼ルーンウルフの弱体化ぐらいはなんとかなるかも」


 彼女はそういうと、何の予備動作もなしに、魔法を放った。


 その瞬間、森全体にもう一つの太陽が生まれたかのような大量の光の柱が立ち上がり、あたりを眩く照らした。

 目が眩みそうな眩さだったはずだが、不思議と視界が奪われることはない。


「これでいいわね」

「……何をしたか聞いても?」

霧光の鹿(ルーミル)テリトリーの外にいる魔装狼ルーンウルフ魔装呪符ルーンを解除したの。森全体のをね」


 なんだかすごいことを当たり前のように言われ、呆然とした。

 彼女は特に言ってないが、凄まじい数の光の柱だったことを考えると、もしや探知で一体ずつに当てたのではなかろうか。


 しかし彼女は、エリアスの困惑にも気づかず、更に話を続けた。


「新しいのが魔孔から生まれる前に、行きましょう。岩熊(ロックベア)は足は速くないから、振り切れるし、倒すことよりも魔孔探しを優先で。できるだけ、魔法が使えないエリアは探知で避けていくから、エリアスはついてきて」


 そんなことができるのかと問い返す前に、イルヴァは早口で捲し立てた。


「あと、もし、運良く魔法が使える範囲なら、私が全部倒すから、エリアスは魔法が使えない時に備えて魔法は使わなくていいわ」


 確かに、イルヴァが魔法を使えるなら自分の出る幕はない。

 色々と聞きたいことはグッと堪えて、エリアスは頷いた。


「分かった。じゃあ行こう」


 そうして二人は木から降り、走り出した。

 

 イルヴァは宣言通り、走りながらも探知しているのか、霧光の鹿(ルーミル)のテリトリー外にいる間は、魔物を淡々と魔法で駆除しているようだった。


 イルヴァが魔法を放っているのは分かるが、エリアスの視界に入る前に魔物を倒しているので、実際どうやってるのかは全く不明だ。


 自身も走りながら、動く魔物多数に正確に魔法を当てるなど、正気の沙汰ではない。

 しかしイルヴァにとっては問題ないようだ。


 彼女が進行方向の全ての魔物を駆除してくれているおかげで、エリアスはただ魔物の死体が転がる道を駆け抜けるだけでよかった。


「そろそろ、テリトリー内に入るわ。霧光の鹿(ルーミル)だったら、できるだけ追って倒し、それ以外は無視して駆け抜けましょう」

「分かった」


 イルヴァがそう言った10秒後には、魔法が使えなくなった。

 イルヴァは涼しい顔だが、霧光の鹿(ルーミル)のテリトリーにいると、魔力を乱されて気持ち悪い。

 魔力をコントロールして押さえていることで影響を抑えられるのだが、エリアスは、イルヴァのように全く影響を受けていないわけではなかった。


 それでも、この状況下では、自分の方が強い。

 気持ち悪いなどと弱音を吐いている場合ではない。


 エリアスは周囲に意識を向けながら、避けられる魔物は避け、イルヴァや自分に追いつきそうなものは切り捨てながらただ走った。


 走っている間も花火が上がる音がするが、振り返って色を見る余裕はない。

 

 ただ一心不乱に、魔物を切り捨てながらイルヴァのやや斜め後ろを走る。


 そうして、どれだけ時間がたったかわからないが、イルヴァが突然、森の少し開けた場所で立ち止まった。


 近くに魔物の気配はない。

 どうしたのかと思ってあたりを見回すと、イルヴァの見つめる先に黒く大きな木があった。


 その大樹の根元に、不自然な魔力をもつ暗い穴がある。そこから黒い霧のようなものが吹き出していて、明らかにただの木の穴ではない。


「あれが魔孔?」


 ほとんど確信しながら問いかけると、イルヴァはそうよ、と頷いた。


「今は霧光の鹿(ルーミル)のテリトリー内だから壊せないわね……」

「ということは、先に霧光の鹿(ルーミル)を見つけて討伐が必要?」

「そうね。ただ、おそらくさっき大型魔法を使ったから、霧光の鹿(ルーミル)はそっちに向かっていると思うのよね。待てばテリトリーから外れるとは思うけれど……」


 イルヴァは言葉を切り、森の南側を振り返った。


「待っている間に霧光の鹿(ルーミル)が南側に流れると、厄介ね……」


 目を細めて呟いた彼女が心配しているのは、南側にいる他の部隊員であり、その先にいる王都の民だろう。

 霧光の鹿(ルーミル)のテリトリー内で戦える人員は限られる。


「魔孔は一つだとは思うんだけれど……」

「どうして一つだと?」

「厳密には、霧光の鹿(ルーミル)を産む魔孔は確実に一つだと思うわ。そうでなければ、私が魔法を使う余地もないほど森が埋め尽くされているはず」

「なるほど。岩熊(ロックベア)魔装狼ルーンウルフもこの魔孔からだと思う?」

「分からないわね。ただ、霧光の鹿(ルーミル)がいなければ大した魔物じゃないわ。探知にも慣れたから、森の外からでも私が駆逐できる」


 ーーー普通は大した魔物だけどね。


 イルヴァの基準で語ったら、ほとんどの魔物が下級の魔物になってしまう。

 心の中でツッコミを入れていると、突然、イルヴァが叫んだ。


「出てくるわ!」


 魔孔から先ほどよりも勢いよく黒い霧が吹き出し、ぐにゃりと空間が歪んだと思うと、成体の霧光の鹿(ルーミル)が姿を現した。


 エリアスは咄嗟に駆け出すと、その首を躊躇いなく切り落とした。


「下がって! まだ出てくるわ!」


 続いて出てきたのは魔装狼ルーンウルフだ。


 イルヴァが魔法銃を連射して、魔装狼ルーンウルフがこの世界に馴染むよりも先に倒していく。


 イルヴァが撃ち漏らした一体だけを、射線の邪魔にならないようにしながら、魔法核(コア)を砕いて切り伏せた。


 そうして討伐している間に、黒い霧は再び勢いが弱まり、魔物が出てくる気配は一度収まった。


 詳しいメカニズムは解明されていないが、魔物が湧くにも周期があるに違いない。


「イルヴァ、この後はどうする? 霧光の鹿(ルーミル)を探す?」

「そうね……。どうしようかしらーーーあ!」


 ちょうど良いタイミングで、魔力を乱される不快感が消え、イルヴァは言葉を切って、すぐさま何かの魔法を魔孔に放った。


 イルヴァから放たれた金色に輝く眩い光が、黒い霧を消し去り、木に空いていた穴も塞がった。


「もう一回、さっきと同じことをしておくわ」


 エリアスが問い返す前に、眩い光が視界を満たした。

 森の北側を中心におびただしい数の光の柱が立ち上がる。


霧光の鹿(ルーミル)がいそうな箇所は後、3箇所ね。それを討伐したら、森の入り口に戻りましょう。魔法を使える間は、私が殲滅していくわ」

「イルヴァ、さっきから大規模魔法ばかり使ってるけど、魔力は大丈夫なの?」

「大丈夫よ?」

「それはその……どのぐらい大丈夫なの?」


 イルヴァの手を掴んで、心を読みたいところだが、流石に今は不自然すぎる。


 彼女が()()()()()()()()()()()、と心配していると、イルヴァは悩みながら言った。


「まだ魔力の消費は1%ぐらいよ」

「え? あれだけ使っておいて?」

「ええ」


 彼女は涼しい顔でそう答えた。嘘をついているようにも、無理をしているようにも見えない。


 それに会話をしながらも、彼女は次々に魔法を放っている。


 リズベナー公国の帰りもそうだったが、彼女にとっては、魔物を葬り去るのは息をするぐらい自然にできるようだ。


「魔力は大丈夫にしても、体力は? まだ走れる?」


 この質問にはイルヴァは苦い表情になった。彼女は優秀すぎる魔法師だ。魔物討伐慣れしているとはいえ、ここまで走り続けることも滅多にないだろう。


「確かに体力は厳しいわ。でも、急がないと、霧光の鹿(ルーミル)が森の南側に行ってしまうかもしれない」


 彼女は先ほどから呼吸が早く、浅い。魔法は無尽蔵に打てても、彼女の体は無敵ではない。


 しかし、この討伐戦において、霧光の鹿(ルーミル)を早急に始末する重要さを知る彼女は、休むとは言わないだろう。


「イルヴァは、テリトリー外なら探知できるんだよね?」

「ええ。どうして?」

「じゃあ、僕がイルヴァを背負っていくよ。テリトリー内に入ったらおろすから」

「だ、大丈夫よ! まだ走れるわ!」


 イルヴァがそう言った時だった。

 森の南側で複数の赤い花火が上がった。


「赤? このタイミングで?」


 エリアスが思わず呟くと、イルヴァも目を細めて言った。


「合流できてはいるはずだと思うけど……まさか、魔法を使っても手に負えないほど魔物が?」

「……確かに、数は異常に多くて、僕たちは予定の討伐域に辿り着けなかった。影狼(シャドウウルフ)も何かから逃げるように南下していたから」

「少し待って。誤射するとまずいから、北部の魔物に絞って殲滅してたけど、一度、森全体の狼達を殲滅するわ」


 普通の人間ならそんな芸当はできないが、イルヴァならやれるに違いない。

 エリアスは慌ててそれを止めた。


「待って。狼系の魔物を殲滅したら、森の生態系が崩れて、魔物が過度に増殖したりしない?」


 彼女はすでに魔法式を構築し始めていたが、それを中断してこちらを見た。


「それはそうね……じゃあ、森の南部に絞って適度に間引いて撤退を手伝うことにするわ。しばらく集中するから、この場の防衛はお願い」


 イルヴァは2人で使うには大きめのドーム型の防衛魔法を張った後、目を閉じて魔法式を構築し始めた。


 この防衛魔法の中では、エリアスはやることはない。

 邪魔にならぬように静かにしておいて、この防衛魔法が霧光の鹿(ルーミル)によって破られた時に、対応するのみだ。


 木々の間を抜けてくる風の音だけが鳴る空間で、5分ほど経った時、眩い青い光が、イルヴァを起点に空に向かって放たれた。


 それらは矢のように森の南側に降り注いでいく。

 あれが魔物だけを射抜いているのなら、すごいことだが、本当に大丈夫なのだろうか。


 先ほどの光魔法は人体には影響がなさそうだったが、今放っている魔法は氷魔法に見えるが。


 イルヴァの赤い髪が青に見えるほどの青い光が治り、魔力に揺られた髪も静かに彼女の背に落ちた。

 どうやらとりあえずの処理は終わったらしい。


「お待たせ。とりあえず間引いておいたから、撤退の助けにはなるでしょう」


 イルヴァは平然と言い切った後、なぜか、気まずそうな表情をした。


「どうかした?」


 急に表情を変えたので不思議に思って問いかけると、イルヴァは躊躇いがちに言った。


「やっぱり時間が惜しいから……その、背負ってくれる?」


 その気恥ずかしそうな様子は、先ほどまでの勇ましい彼女とは全く違う。

 それが妙に可愛らしくて、エリアスは思わず口元が緩んだのだった。

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