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6.成績非公開の理由

「お察しの通り、私は入学して以来1位ですから、()()()()()()()で良いのでしたら、正直に申し上げて、これ以上、特別講義を受ける必要はないかと思います」


 イルヴァがそう言い切ると、アウリスとエリアスは二人で言葉を失っていた。その表情があまりにも似ていて、こんな時だが親子だなと実感させられる。

 そんな二人をよそに、モンテリオ教授は、イルヴァの説明では足りないと思ったのか、さらに言葉を重ねた。


「彼女は、単なる首席ではなく、これまでの全てのテストで満点をとっている、キルトフェルム王立学校の中の歴史の中でも類を見ない優秀生です。彼女は希望すれば、今すぐにでも早期卒業できる成績です。私の特別授業は不要でしょう。本人の承諾なしに開示できなかったため、事前にお知らせできず申し訳ありませんでした」


 モンテリオ教授の説明を横で聞きながら、イルヴァはふと、早期卒業について思い出した。今までは婚約していなかったため、社交の一環として学校に通っていた。

 イルヴァの狭い交友関係ではあまり意味がないようにも感じられたが、持ち込まれる縁談の良し悪しを判断するには、情報が集めやすい場所にいる方が良い。

 しかしレンダール公爵家との縁談がまとまった今、イルヴァは特に学校に通う必要はないといえる。もちろん通い続けても良いのだが、早期卒業して、レンダール家のことを学ぶ時間にあてるのも良いのではないだろうか。


「イルヴァ嬢、一つ、聞いてもいいだろうか?」

「はい。なんでしょうか」


 そんなことをぼんやり考えていると、ようやく現実を受け止めたらしいアウリスが問いかけてきた。


「どうして成績を非公表に?」

「首席を取ったら、入学式のスピーチを含めていくつか作業をやらされるのですが、それが面倒だったんです。非公開ならやらなくて済むので、そうしました。次席の人には申し訳なかったかもしれませんが」


 イルヴァが率直に答えると、なぜかモンテリオ教授が顔色を変えて、体ごとこちらを向いた。どうやら何か失言してしまったらしいが、イルヴァに思い当たることはない。


「フェルディーン嬢! 君は順位表をみていないのか?」

「自分が1位なのに、他人の順位を気にする必要がありますか? 私の順位が変わるわけでもありませんし」

「入学式は……たしか欠席していたな」


 今日2度目のやり取りに、イルヴァは何かがおかしいと気づいた。

 先ほど、エリアスにも順位表を見ないのかという質問を受けた。

 それは、エリアスは自身のについて知っていることについて、他の人なら絶対に触れるであろう事項をイルヴァが触れなかったから、戸惑ったのではないだろうか。


 順位表を見ていても、30人全員の順位を把握する人間は少ない。しかし、エリアスもモンテリオ教授も、順位表を見て、思い当たって欲しいことがあるように見える。

 順位表を見る人間が、必ず着目するとしたら、1位をとる人間だ。

 しかし1位が正体不明なら、注文を浴びるのは、次点の2位の人間だ。そして、その人間は入学式にイルヴァの代わりにスピーチをしたはずで、学校中に知られているはずである。


「もしかして……エリアス様が次席ですか?」


 問いかけると、エリアスが困ったような表情を浮かべながら頷いた。

 それを見た瞬間、イルヴァはぶわりと冷や汗をかいた。


 ーーーまずい。次席の人の前で、次席に面倒ごと押し付けたと言ってしまうなんて。どうしてさっき気づかなかったのかしら。それに、他人の成績に興味がないにしても、次席の人間は押さえておくべきだったわ!


「それは、その……スピーチ、代わっていただいてありがとうございました」


 言うことに困って口から出たのは、下手すると嫌みにもとらえられそうなセリフだった。我ながらもっといい言葉はないのかと視線を左右に彷徨わせながら考えていると、ふとエリアスが小さく吹き出した。

 そして先ほどまでの困ったような表情をどこかに追いやり、いつもの爽やかな笑顔で言った。


「いえいえ。イルヴァ嬢の代打だなんて光栄です。私もずっと、首席が誰か探していたのですが、まさかこんなところにいたとは」

「首席の人を探していた?」

「自分が誰に負けているのか、気になりますから」


 たしかにイルヴァも自分がずっと2位だったら、1位の人間に会ってみたいと思うかもしれない。だから、エリアスの気持ちはごく自然なことのように思えた。

 イルヴァは納得して頷くと、アウリスとモンテリオ教授のほうを見た。

 二人はなんとも言えない表情でイルヴァとエリアスのやり取りを見守っていたが、二人の会話がひと段落したことを察して、アウリスがモンテリオ教授に問いかけた。


「さて、特別授業が不要なことは分かったが、イルヴァ嬢は魔法理論への理解はどの程度か聞いても?」

「彼女は魔法理論のエキスパートと言ってよいでしょう。最近では『水魔法を転用した氷生成の運用論』や、『水魔法を活用した自己治癒力向上』などの論文が知名度の高い研究です」


 モンテリオ教授が、イルヴァの発表した論文の有名どころをあげていくと、アウリスはその論文について聞き覚えがあったようで、目を丸くした。


「謎の研究者、Y.Fか! まさかこんなに若い子だったとは……」

「私の研究をご存知でしたか?」

「ご存知も何も、魔法理論の根幹を揺るがすような発表だ! 属性魔法なのに、別系統の魔法と同じ効力を発揮させる運用法とは」


 レンダール公爵家は魔法理論に秀でた一族だ。イルヴァが魔法理論の研究者であることは、歓迎すべきことだったのだろう。

 論文のタイトルを聞いた途端、アウリスの顔色が明るくなった。

 レンダール家当主としては、姻族となる者が首席かどうかよりも、いかに魔法理論に精通しているかの方が重要だったのかもしれない。

 アウリスは小躍りしそうな様子で、そのまま続けた。


「これなら殿下との婚姻を断る理由としても申し分ないな」

「父上!」


 ーーー殿下との婚姻? もしかして、私、婚約の盾にされた?


 エリアスが慌てたように叫ぶのを横目で見ながら、イルヴァはなるほど、と1人で納得していた。

 王女殿下に粉をかけられていて、それを断りたいのだとすれば、慌てて適当な女と婚約したい気持ちも理解できる。


 エリアスとふと目があったので、気にしていない、という意味をこめて微笑んだ。

 すると、顔色を変えたエリアスがなぜか立ち上がり、イルヴァの側に来た。

 そして、イルヴァの座る1人がけのソファの前に跪くと、イルヴァの手を握り、下から覗き込むようにじっとイルヴァの瞳を見つめた。


「誤解です。殿下との婚姻を断るために求婚したわけではありません」

「何も言ってないのに、よく私の気持ちがお分かりですね」

「あなたのことなら分かります」

「まあ、普通の人間であれば、都合の良い盾に使われたと思うでしょうから、当然の推察でしょうか」

「イルヴァ……」


 うるうるとした瞳でこちらを見つめてくるエリアスは、まるで捨てられそうになっている子犬のようだった。


 ーーーそんな目で見るのは反則よ。誤魔化されそうになるわ。


 エリアスはまだイルヴァの手を握ったままだ。それを振り解くこともできないまま、視線を彷徨わせていると、アウリスが申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。


「誤解させて申し訳ない。王家から正式に話があったのは昨日で、婚約の成立の方が先なんだ。確かに第三王女殿下は常々エリアスを気に入っていたようだが、その話と今回の婚約の話は関係ないんだよ」

「そうでしたか。殿下との婚約を断る理由にちょうど良いと思われ、求婚されたのかと。しかし婚約の後の申し込みとなると、わざわざ横槍を入れてきたのですね。よほど王女殿下はご執心なのでしょうか?」


 貴族の婚約は王家の承認は不要だが、報告の義務はある。入れ違ったと言い訳するつもりだろうが、タイミングから考えると、婚約の成立を知って、横入りを試みたと思う方が自然である。

 王家といえど、成立した婚約に横槍を入れるのはマナー違反だ。それに、断られる可能性も大いにある。それで申し込んでくるということは、プライドを捨ててでも可能性にかけたいということなのだろう。

 

「昔から執着されていましたが、はっきりお断りしていました。だからこそ、正式に申し込まれることはなかったのですが……」

「エリアス様は王女殿下との婚姻は考えたことがないのですか?」

「ありません。私はむしろ、殿下のことは苦手です」


 いまだにイルヴァの手を握ったままのエリアスが、信じてくれと訴えるかのような表情でこちらを見つめながらそう言った。


 ーーーまあ、私も殿下のことは苦手だから気持ちはわかるわね。いかにも高貴な方らしく、いったい何が本音か全くわからない話し方するのよね。本当に私の正直さが好きなら、彼が殿下を苦手に思うのには納得だわ。


 イルヴァはエリアスの言葉を信じる、という意味を込めて頷くと、その流れで思いついたことを口にした。


「……殿下との婚姻を断るなら、私の成績と研究は開示した方がいいですね。良い理由になるかと」


 その場にいた男3人が一様に驚いた様子を見せた。特にモンテリオ教授は、正体不明の研究者についてうんざりするほど質問されていたようだったので、イルヴァの心変わりに驚きと喜びを隠せない様子だった。

 本当は卒業まで伏せておく気だったが、こうなっては公開してしまった方がいいだろう。


「良いのですか? 今まで隠していたのに」

 目の前のエリアスが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「そうですね。でも、良いのです」


 両親はああ見えてこの縁談をとても喜んでいた。

 娘思いの2人は、格上の貴族に嫁がせてイルヴァが窮屈になるのも抵抗があったのか、基本的にはイルヴァを当主にして婿を取る方向を考えていたのだ。しかしそうすると必然的に兄を婿として出す必要が出てくる。

 留学中の兄がフラフラとしているのも、それを両親が許しているのも、結局はイルヴァの縁談をまとめられていなかったからだろう。本来ならば、長子なのだから、当主になる前提で育つのが普通だが、兄もまた、妹の行く末を気にしていて、自身の相手を決めることはなかった。

 しかし、エリアスからの申し出により、フェルディーン家は後継者の問題も、兄の縁談についても進めることができるようになった。


 ーーーそうよ。破談になって困るのはレンダール家ではない。だから、代償を払っても止めなければ。


 イルヴァは一度目を閉じ、小さく息を吐いた。面倒ごとは嫌いだが、仕方がない。イルヴァはソファから立ち上がった。その流れで、エリアスが置いていた手から、するりと自身の手を引き抜く。


「モンテリオ教授」


 イルヴァはモンテリオ教授に呼びかけながら、一歩、彼の方に近づいた。


「私は研究および成績の開示とともに、早期卒業します。早期卒業試験は再来週ですね? 受験者リストに私をねじ込んでください」

「……! いいのか?」

「箔付があった方がレンダール公も断りやすいでしょう。どうせなら、歴代最優秀生徒として、この学校を卒業してみせます」

「分かった。私が責任を持って受験者リストに入れておこう。それと、早期卒業した後は、正式に王立魔法研究所に所属でも?」

「ええ。研究を引き続きやりたいので。学校にもたまに顔を出します」


 論文を出すにあたって、王立魔法研究所の施設の一部を借りて実験していたこともあり、イルヴァは臨時の研究員として所属していた。

 しかし、卒業したら正式に所属してほしいと言われていたので、この際それを早めて、正式な研究員になることにしたのだ。


「早期卒業の候補者はそれまでの平均的な成績とともに掲示される。これで事実上、君の成績が周知されることになる。また、王立研究所にも、Y.Fとしての研究を全てイルヴァ・フェルディーンに書き換えて公表してもらおう。婚約は発表されているのだから、政治的な動きだとみなわかるだろう」


 一通り話がまとまったので、イルヴァはふと後ろを振り返った。

 するとなぜかアウリスとエリアスも席を立ち、イルヴァの近くに歩み寄ってきた。


「我が家の事情なのに、本当にいいんですか?」


 エリアスが念を押すように尋ねてきた。彼の表情は固く、こちらを伺うようにじっと見つめている。

 見つめてもイルヴァの気持ちが分かるわけではないだろうに、国宝級の美男子にあまりに熱心に見つめられるので、イルヴァは思わず視線を逸らしてから言った。


「かまいません。むしろ、エリアス様が構わないのか気になりますね。これは外堀を埋める行為ですから」


 言外に、婚約の解消はしづらくなるということを伝えると、意味を理解したエリアスは目を見開いた。そしてすぐに気を取りなおすと、信じてくれと言わんばかりの視線をこちらに向けた。


「むしろ、外堀を埋めてもらって、ありがたい限りです。あなたの婚約を誰にも邪魔させる気はありませんから」

「私の方でも、外堀を埋めておこう。この婚約はエリアスが強く望んだものであり、イルヴァ嬢は未来のレンダール公爵夫人として、高い資質を持っていると周知しておくよ」


 アウリスはイルヴァの魔法理論に対する研究がよほどお気に召したようだった。

 始めはエリアス主体で進んでいたように見えたこの婚約だったが、今となっては、公爵家にとってもイルヴァは価値があると判断されたのだろう。

 それは今までのイルヴァの努力が認められたようで悪い気はしなかった。


「モンテリオ教授」

「なんでしょう?」


 エリアスが唐突に言った。


「私も早期卒業試験のリストにいれてください。私も早期卒業しようと思います」

「卒業後の進路はどうする?」

「卒業試験の優秀生は、魔法兵団の枠が若干あったかと。そこが無理でも、半年後には入団試験を受けれますから、入団しようと思います」


 モンテリオ教授の視線が、アウリスに向いた。しかしアウリスも、穏やかな笑みを浮かべて見守るだけで、特に驚いた様子はなかった。

 彼もまた、イルヴァと同じく、早期卒業するか悩んでいたのかもしれない。

 教授はアウリスのそんな様子に安心したように小さく頷き、エリアスに了承の意を返した。



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