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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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53.恋敵への意趣返し

 フェリクス・ノルデンフェルトにダンスを申し込まれたイルヴァは、驚きながらも、了承の意を返すしかなかった。さきほど失礼をした手前、ここでもダンスを断る失礼はできない。

 基本的に、よほどのことがなければダンスのお誘いは断るべきではない。イルヴァは学校では、断ってはないのだが無愛想すぎて、すべて断っているかのような印象を持たれていたが、基本的にはそれはマナー違反だ。


 貴族であれば、敵とであれ、請われれば笑顔でダンスを踊れ、とは誰が言ったことだったか。


 とにかく、イルヴァはフェリクスの言葉に頷くと、2人でダンスホールへと出た。


「先ほどは失礼した。君は事情を知らなかったのだと母から聞いた」

「とんでもありません。私の方こそ、知らなかったとはいえ失礼いたしました」


 踊り始める前に、開口一番に謝罪され、イルヴァは慌てて謝り返した。明らかに先ほどのはイルヴァに非がある。わざわざ彼の傷口に塩を塗るような行為だ。


 イルヴァの謝罪は受け止められたようで、フェリクスは小さく頷くと、一歩踏み出して踊り始める。

 彼のリードも上手だった。どことなく、ダンス講師の模範的なダンスのような雰囲気がある、格式ある雰囲気で、姿勢も良い。嫌がらせに振り回されたらどうしようかと思ったが、彼は極めて紳士的だった。


「私がどうして君を誘ったと思う?」

「ノルデンフェルト公爵に言われて、でしょうか?」

「君は母上に気に入られたみたいだが、もっと個人的な事情だ」

 

 個人的な事情で誘われたと言われても、思い当たることがない。ジルベスターのように魔法理論のことで話したいことがあるなどだろうか。

 そんなことを思いながら踊っていると、フェリクスは正解を口にした。


「エリアス・レンダールへの意趣返しだ」

「エリアスへの意趣返し……?」

「初恋の人はずっとあの男を追いかけていた。ならば、あの男の思い人をダンスに誘そうぐらいは許されると思わないか?」


 まさかのエリアスに嫉妬させたいという欲望からのダンスのお誘いだったようだ。

 しかしながら、明らかにエリアスからイルヴァへの熱量は、フェリクスからアマルディアの熱量ほどない。


「うーん……エリアスにノルデンフェルト様ほどの熱量はないと思いますが……」

「いや、そんなことはない。現にあの男は相当嫌そうな顔をしてこちらを見ている」


 イルヴァは踊りながらエリアスの姿を探し、シャルロッテと踊っているエリアスを見つけた。特にこちらに気を配っているようには見えない。


「こちらを見てもなさそうですが……」

「君にバレないように上手くやってるだけだ。そんなに疑うなら、試してみるか?」


 何をですか、と問い返す前にフェリクスが思い切りイルヴァを抱き寄せた。ダンスをしながらなのでギリギリ噂にはならないだろうが、かなり親密な相手と踊る距離感になる。


 フェリクスは銀髪でクールな印象のある顔で、ジルベスターと同じく一般的には女性受けする顔だと断言できる。そんな顔が思ったより間近にあって、イルヴァは落ち着かない気持ちでステップを踏む。


 そして、ダンスの中でターンした時、エリアスが無表情でこちらを見ているのが見えた。

 無表情というより、静かに怒っているようにも見える。さっきまではこちらに視線を向けてなさそうだったのに、いまは明らかにこちらを睨んでいるように見えた。


「君も見たか?」


 フェリクスの声は弾んでいる。自分の目論見がうまく行った喜びだろう。クールそうに見えて以外と子どもっぽいところもあるのかもしれない。


「はい。怒ってますね」

「たまにはエリアスにも奪われる側の気持ちを分からせないと」

「エリアスは奪ってはないと思いますが……」

「それは分かっている」


 イルヴァの腰に回している手に力が入る。エリアスと踊っている時よりもやや近目の距離感だと、フェリクスの表情がよく見えた。先ほどのはしゃいだ様子とは違い、苦しそうだ。


「どうして殿下は、私を選ばないんだろうな」


 その言葉の問いにイルヴァが答えられるはずもない。他人の気持ちを推し量ることなどできないのだから。ただ、イルヴァの中で、ぼんやりと感じるものはある。


「選ばない理由は、エリアスがいるからではないと思いますよ」

「つまり、私が悪いと?」

「良し悪しはありません。殿下の尺度に合わなかっただけ。辛いことではあるかもしれませんが、何かをしたから絶対に好かれると言えるほど、人の気持ちは単純ではないでしょう。エリアスがこの世に存在しなかったら、ノルデンフェルト様を選ぶかというと、そうでもないのが人間の感情の難しいところです」


 イルヴァは決して恋愛の機微に聡いタイプではないが、人の心が単純に割り切れるものではないということは分かっている。

 物語を読んでいても、よく恋敵のことを恨む者が多いが、実際のところその行為は逆効果なことが多い。だいたいそれは思い人に相手に疎まれるだけなのだ。


「君は、他者の恋愛の観察はそこまで的外れではなさそうだ」

「つまり、自分の恋愛は的外れだと?」

「自覚がないか? エリアスの好意を素直に受け止めていないじゃないか」

「それを言われたのは本日、3度目です」


 イルヴァの返事に、フェリクスは小さくため息をついた。会話に意識を取られているためか、呆れのためか、やや力が緩んで、距離が正常なダンスパートナーぐらいになっている。


「エリアスが私のことを好きだというのが、納得できないんです」

「君はさっき、人の気持ちは何かをしたら好きになるという単純なものではないと言っていただろう。人の心はもっと複雑で、一言で言える者ではないと。それなのに、自分の恋愛には明確な根拠を求めるのか?」


 それは見事な反論だった。

 確かに、人の気持ちは複雑で、よく分からないことも多い。

 好きになるということに明確な理由やきっかけがあるわけでもないからこそ、恋敵を退けたからといって自分を好きになってもらえるとは限らない、というのが物語を面白くするスパイスでもあり、現実味のある人間の心の動きでもある。


 それが理屈では分かっているはずなのに、自分に対する好意となると、そう割り切ることができないのは何故なのか。


「好かれるのが怖いのか、好きになるのが怖いのか……。あるいは両方か?」

「私は怖がっているのでしょうか? ……でもそうですね、裏切られるのは怖いのかもしれないです」

「エリアスは裏切らない」


 フェリクスの妙に断定的な口調に驚いた。

 アマルディアのことがあり、フェリクスはエリアスのことが嫌いなのだと思っていたが、違うのだろうか。


「驚いた顔をしているな。さっき君が、人の感情は単純に割り切れないといった。私も殿下に関連することではエリアスが嫌いだが、あの男の全てを否定しているわけではない。あの男が収めてきた学業的な成績も素晴らしいし、友人を選ぶ軸もしっかりしていて、ぶれない。それに、殿下に正面から断りを入れるのは、十分に誠実だと言える」


 早口でまくしたてられたエリアスへの評価は、決して否定的ではなかった。アマルディアのことがなければ、互いに認め合うよき友人になれたかもしれない。


「私以上に、エリアスのことをご存知のようですね」

「長い付き合いだ。親しい友人でなくとも分かることは多い」


 曲が終わる。

 最後のターンを終えると、フェリクスは何かをいたずらを思いついたような表情になって言った。


「次に会う時は、フェリクスと呼んでくれ。私もイルヴァ嬢と呼ぼう」


 フェリクスは踊り終えると、自然な流れでイルヴァの左手をとって、手の甲にキスをした。

 名前もキスも、きっとエリアスへの嫌がらせの一環だろう。だから、イルヴァは動じることなく静かに礼をした。


「ほら、エリアスが来るぞ」


 最後にからかうような言葉を残して、フェリクスは去って行き、やや息を切らせたエリアスがやってきた。エリアスはいつもにこやかなイメージがあったのに、今は表情が固い。


「何を言われたの? 告白でもされた?」


 エリアスはそれとなくイルヴァの腰をホールドすると、盗聴よけの魔法を展開しながら、壁際へと歩いていく。


「告白? まさか。エリアスのことをからかっただけよ」

「からかう? あのフェリクス・ノルデンフェルトが?」


 信じられない、とばかりにエリアスが問い返してきた。


「意趣返しとも言ってたわね」

「意趣返しであんなに親密に踊るの? 最後は手の甲にキスまでして! 婚約者の僕だってしてないのに」


 フェリクスのいう通り、思ったよりもエリアスの嫉妬心は煽られたようだ。いつもは穏やかな表情をしているのに、今日は苛立ちが隠し切れていない。

 それにいつもはエスコート中はイルヴァに配慮した歩き方だが、歩く速度も気を配れていない。イルヴァはドレスでやや駆け足状態だ。


「そんな顔していると、相手の思う壺よ」

「……分かってる。分かってるけど、割り切れないんだ」


 いつもと違ったエリアスの様子に、イルヴァはフェリクスの言葉が正しかったと認めざるを得ない。そして同時に、自分に同じだけの熱量がないことにも気づかされた。


 ーーーエリアスがアマルディア殿下と踊っても、私はきっとこんな顔できないわね。


 腰に回されたエリアスの手に力がこもる。同時に、壁際へと歩いていく歩調がさらに早くなった。そのスピードになんとかついて行きながら、自分の感情について考えていると、急にジルベスターが言っていたことを思い出した。


 ーーーでも、ジルベスターのいうところを信じるなら、私もエリアスを特別扱いしているって言ってたわよね。他の誰にどう思われても良いが、エリアスにどう思われるかは気にしているって。


 ふと、エリアスが立ち止まった。何をいうでもなく、驚いたようにこちらを見つめている。さきほどまでは早歩きだったのに急に立ち止まったので、イルヴァはややバランスを崩して転びかけ、我に帰った様子のエリアスに抱きとめられた。


「本当は分かっててやってる?」


 問いかけてくるエリアスの顔が近い。会場の隅とはいえ、オープンな場だ。それでもまるでイルヴァの本心を探るかのように、じっと彼の青い目がイルヴァの瞳を見つめてきた。

 しかしそんな顔をされても、イルヴァには質問の意図はわからない。


「何のこと?」

「いや……なんでもない」


 ごまかすように視線をそらしたエリアスは、すっとイルヴァから手を離し、壁際にあるワイングラスを掴んで勢いよく飲んだ。

 喉が乾いていたのだろうか。

 そう思っていると、グラスの中身を一瞬で飲み干したエリアスがちらりとこちらを見て聞いてきた。


「喉が乾いてたのかと思った?」


 自分が思ったことをぴたりと当てられて、イルヴァは目を丸くして問い返した。


「どうしてわかったの?」

「イルヴァの考えていることは、()()()()()()()わかることも多い……」


 ため息交じりにそう言ったエリアスの顔は、いつものように穏やかな表情をしていた。




 フェリクスともダンスをしたことで、ほとんどノルマを達成した気持ちでいたイルヴァは、エリアスとのんびりと壁際で佇んで、時折、話しかけてくる招待客と雑談をして過ごしていた。

 本来であれば婚約のお披露目も兼ねているので、積極的に会話に参加するべきだが、開会前の挨拶担当をやったので、お披露目会中はそこまで頑張る必要もない。


 このままお披露目会が終わってもよいかと考え始めていた頃、本日の主役の1人であるイクセルが、単身イルヴァのそばにやってきた。


「イルヴァ、踊ろうか」

「お兄様と踊るのは、久しぶりですね」

「イルヴァを借りるよ」

「もちろん」


 イクセルがエリアスに一言断って、イルヴァをダンスホールへと連れ出した。エリアスはすっと避けてイルヴァとイクセルを見送った。

 ダンスホールにつくとちょうど曲が始まった。兄とのダンスはもっとも踊った回数が多いので慣れたものだ。


「締めの一曲はシャロと踊るのかと思いました」


 イルヴァは踊りながら、率直な感想を口にした。

 会の主役はラストダンスを務めることも多い。ただ、特にラストダンスに決まりはないので、主役が踊らないこともよくある。


「シャロと3回踊るのは、シャロに迷惑がかかるから」

「続けてではなくても?」

「一応ね」


 他の曲をはさんで合計3回は特別な意味はない。

 しかし、3回も踊るのは親しい間柄である、そういう印象が付くのは否定できない。エリアス曰く、親しい中なのかもしれないが、それは公然のものにはなっていない。

 貴族は婚約して初めて互いのパートナーを名乗れるものだから、いまの距離感は当然なのかもしれない。


「それに、イルヴァが結婚したらイルヴァとラストダンスを踊る機会なんて、もう来ないかもしれないから」


 確かに今日はイクセルもイルヴァも主役であるし、互いに未婚の兄妹なので、お互いがパートナーではなくてもラストダンスを飾ることにそこまで違和感はない。

 両親も儀礼的にも問題ないと判断したから、兄の行動を止めていないのだろう。

 しかし、イルヴァが結婚したら、ファーストダンスもラストダンスもエリアスと踊ることになる。


「そう思うと感慨深いですね」

「僕からすると、イルヴァが結婚するのも感慨深いよ」

「本当ですね。エリアスには感謝しています。私は一生、結婚しないかと思っていました」

「僕も思ってた。イルヴァが当主になるとも思っていたしね」


 フェルディーン家の当主になることを考えなかったわけではない。でも、イルヴァは当主になりたいと思ったことはなかったし、結婚できなくとも当主は兄で良いと思っていた。

 それが両親や兄にとっては受けいれがたいことだと分かっていたが、自分が結婚する未来も、当主になる未来もいまいち見えていなかったのだ。


「私は当主という柄ではありませんよ。今日も社交でいくつか失態をしましたし……」

「……何したの?」

「フェリクス様に、アマルディア様に求婚すればいいと言ったんですよね」

「フェリクス様って……まさか、フェリクス・ノルデンフェルト卿? イルヴァって、本当に噂に疎いんだね……」


 イクセルの呆れ顔を見る限り、どうやら事情を知っていたようだ。


「名前も覚えてない人間の恋愛事情を覚えているわけがありますか?」

「今日のために勉強したんだろう? ……勉強、したんだよね?」

「……魔法で解決しました」

「魔法で? 後で詳しく聞かせてもらおうかな」


 イクセルがしかっめつらをすると、母によく似ている。

 とっさに母を連想して、イルヴァは母に知られたらと身震いした。


「ノルデンフェルト公爵には何をしたの?」

「水魔法による治癒魔法に興味がおありだったので、実演しました。そうしたらとても感動されて、私に別邸をくださるとーーー」

「ーーー承諾したの?」


 食い気味に問われて、イルヴァは首を横に降った。


「まさか。先ほどのフェリクス様への失言をお目こぼしくださいとお願いしました」

「なるほど。それでイルヴァとダンスを?」

「いえ。ダンスを申し込んできたのは、エリアスへの意趣返しだと」

「ああ……それであの空気。シャロが楽しそうに報告してくれたんだよね。そのダンスの時、エリアス様と踊っていたから」

「楽しまれていたならよかったです」


 エリアスのあの冷たい表情を前にして、面白がれるのであれば、シャルロッテはなかなか肝が座っている。さすがはリズベナー公国を統べるアルムガルド家の公女というべきか。


「そういえば、いろんな人にお兄様と同じことを言われました」

「素直に受け止めろって話?」

「そうです」

「イルヴァは、エリアス様を信じられない?」

「信じているつもりです」


 特にエリアスの言葉を曲解しているつもりはない。それなのに、どうして全員に、素直に受け止めろと言われてしまうのだろうか。


「先は長そうだけど……まあ、エリアス様は思ったよりあれだから、なんとかなるか」

「あれ?」

「そうそう。あれだよあれ」

 

 イルヴァの質問に対して、イクセルは全く説明する気配なく、適当にあしらわれてしまう。

 このまま説明する気はなさそうなので、イルヴァは聞かないほうがいいかもと思いつつ、兄のことで気になっていることを聞いて見た。


「お兄様は、実際のところ、シャロのことをどう思っているのですか?」


 イクセルはその質問にわかりやすく動揺した。ステップを踏み間違えて、あやうくイルヴァの足を踏みそうになった。イルヴァは魔法で兄の足の着地位置をずらして回避し、小さく息を着く。


「そんなに動揺するなんて、やっぱり“良い人”なんですか?」

「イルヴァからそんな真っ当な妹みたいな質問をされると思ってなくてびっくりだよ」


 ーーー真っ当な妹って何? 私が真っ当じゃないとでも?


「誤魔化されないですよ」


 失礼なことを言われたのでややにらみながらそういうと、イクセルが踊りながら小さく息をついて答えた。


「それについては、当人同士でも何も進んでないから、静観していて」

「わかりました」


 兄とシャルロッテでは、エリアスとイルヴァ以上の身分差がある。貴族の婚姻としてはかなり難しい部類と言えるだろう。爵位差だけでなく国も違うのだ。


 それでも、イルヴァは長らく自分のせいで婚約者も持てなかった兄の恋路であれば、応援したいなと思ったのだった。


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