52.お披露目会とダンスと記憶のトリガー
イルヴァとエリアスは会が始まるまでの間、来客対応をし続けた。フェリクスの対応以外は、エリアスがかなりカバーしてくれたこともあり、大きな問題を起こさずに終えることができた。
そうして、来客全員が大広間に集まったところで、大階段から、アウリスとエレオノーラ、ヴァルターとミネルヴァが入場した。4人は夫婦それぞれで左右に別れてゆっくりと階段を降りてくると、階段下で全員の方を向き直った。
そして、ヴァルターが魔法を使って音を拡散しながらはっきりとした声で宣言した。
「本日は、フェルディーン家の後継者お披露目と、レンダール公爵家との婚約のお披露目にお越し下さりありがとうございます。乾杯の前に、後継者であるイクセルと、イクセルの今宵のパートナーを務めていただいております、シャルロッテ・アルムガルド様をご紹介させていただきます」
ヴァルターの言葉に、会場が騒がしくなった。イクセルの足取りをつかめていないこともそうだろうが、イクセルのパートナーが隣国の公女というのは、誰の発想にもなかったはずだ。
イクセルがどのようにして帰国したかも注目の的であるはずだし、そのパートナーがシャルロッテであるということは、さらに憶測を呼ぶに違いない。
その騒がしくなった会場の中、イクセルとシャルロッテは大階段の上に現れると、2人揃って礼をした。そして、ゆっくりと2人そろって大階段を降りてくる。
そうして、下までたどり着くと、2人はヴァルターとミネルヴァの間に立った。その位置だと、まるで2人が婚約発表するかのような立ち位置だが、おそらくわざとだろう。
両親曰く、帰国したかしていないかもあやふやだというのに、イクセルが帰国するという噂を聞きつけた貴族から、山のように縁談の連絡が舞い込んでいるのだという。そもそもシャルロッテのエスコートはそういう事態を沈静化させるための一手なので、より効果的な方法を選んだに違いない。
すると、イクセルは1人、一歩前へと踏み出した。そして姿勢を正して宣言する。
「本日は、私、イクセル・フェルディーンの後継者のお披露目、および、レンダール公爵家のエリアス様と妹のイルヴァの婚約のお披露目にお越しくださりありがとうございます。フェルディーン家の次期当主として、若輩の身ではございますが、精一杯務めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
イクセルが堂々とした様子で挨拶すると、会場全体から拍手が巻き起こった。その拍手に答えるかのように一礼すると、イクセルはシャルロッテをエスコートして、両親の間から、横へと場所を移動した。それにあわせて、両親も位置をやや端に寄り、レンダール公爵夫妻との距離をとった。
「先ほどもフェルディーン伯爵がおっしゃったとおり、本日は息子エリアスと、イルヴァ嬢の婚約のお披露目も兼ねております」
アウリスの言葉に合わせて、エリアスとイルヴァは両家の両親の横に立った。挨拶は代表してエリアスが行ってくれるので、イルヴァはできるだけ穏やかそうに見える表情を意識して横に立っていれば良かった。
大階段の前に立つと、会場全体が見渡せる。
最初に挨拶をした王家派の夫婦が、イクセルの登場に驚愕しているのが目に入った。彼らはイクセルがこの場に間に合っていないと思っていたようなので、当然の反応ではあるが、どうしてあそこまで確信的なのだろうか。
「本日は私、エリアス・レンダールと、私の婚約者イルヴァ・フェルディーン嬢の婚約のお披露目にお越しいただきありがとうございます。月並みではございますが、イルヴァ嬢と温かい家庭を築いていければとおもいますので、どうぞ、見守っていただけますと幸いです」
エリアスの挨拶に、思わず隣を見てしまった。この挨拶は婚約の挨拶というより、結婚の挨拶だ。
エリアスはこちらを見てイタズラっぽく微笑んだ。エリアスのこういう姿を見ていると、エリアスがなんだか本当にイルヴァのことを好きなのではないかと思えてくる。
ーーーそんなわけないか。単に、相性が良かっただけよ。
ふっと浮かんだ思いを自分で否定した。
彼にとって、魔力過剰受容症の症状が出ないから、都合が良いだけだ。
他人の好意を信用して、もし裏切られでもしたら……。
ーーーもう、あの時の過ちは繰り返さないんだから。
仄暗い気持ちが渦巻いてきたがエリアスに手を取られて我に帰る。
そうだ、今はエリアスの挨拶の途中だった。
慌ててエリアスの動きに合わせて礼をとった。
再び会場は拍手に包まれた。
そうして、拍手が鳴り止むと、今度はダンスのための演奏が始まった。楽団が入るには小さいので、別の部屋での演奏を通話の魔法を応用してこの部屋に拡散している。
だから、音が空から降ってくるような響き方で、上を見上げるものも少なくなかった。
「今宵、最初のダンスを踊っていただけますか?」
エリアスに問われて、イルヴァは頷いた。
「ええ。もちろん」
そうして、2人は大広間の中央のダンスホールに進み出た。
今日のダンスは最初は4組だ。
レンダール公爵夫妻、フェルディーン伯爵夫妻、イクセルとシャルロッテ、そしてイルヴァとエリアスだ。
シュゲーテルで最も前奏が長いと言われている曲は、この国で最もファーストダンスで使われている曲でもある。
踊りはじめのタイミングが合わないと格好がつかないが、前奏が短いと優雅にダンスホールに出ていけないのだ。
長い前奏のおかげで、急いで移動しなくて良かった4組は、踊りはじめまでに全員が位置についた。
そして、曲のキリが良くなったところで踊り始めた。
この曲は比較的スローテンポな曲なので、ステップに不安がある箇所はない。それに、エリアスのリードが上手なので、イルヴァは無心で踊っていられた。
踊りながら、来客の様子を伺うと、パートナーなしで参加したジルベスターやユーフェミアの姿を見つけた。ユーフェミアとは少し目があって、にっこりと微笑んでくれた。ジルベスターは、クールな表情をしていたが、暇なのか何かを口に入れている。
ーーーそういえば、エリアスと踊った後、誰かとは踊らないとまずいわよね。ジルベスターは踊ってくれるでしょうけど、それ以外で誰か、私に申し込んでくれる人いるかしら……。
婚約のお披露目なのでエリアスと3回続けて踊るのは通例のことだから良いとして、問題はその後だ。さすがにこの規模のパーティーを開いている主催の身内で、一応、主役の1人である自分がエリアス以外と踊らないのはまずい。
いや、百歩譲って、申し込まれて踊らないなら対面も保てるが、エリアス以外から一曲も申し込まれないのは社交性のなさが目立ってしまう。フェルディーン家としてはギリギリありだったかもしれないが、次期レンダール公爵夫人としては落第点だろう。
「イルヴァは僕と踊った後、誰かと踊りたいの?」
「踊りたい? いや、踊らなくてもいいなら踊らないけれど……」
まるでエリアスの口ぶりでは、踊る必要もないのにイルヴァが踊りたがっているようではないか。もちろんそんなことはない。ただ、シュゲーテルの通例にならうなら、婚約のお披露目の時は婚約者以外とも踊るべきだ。互いに嫉妬深いだの、狭量だのと言われかねない。
ーーーあ、でもそうか。私が踊ると、エリアスも誰かと踊らないといけないわよね。
エリアスの心配事を理解して、イルヴァは安心させるように言った。
「大丈夫。エリアスが私以外と踊るときには、魔法かけてあげるわ」
「それはありがたいんだけど……僕が心配してたのはそういうことじゃないよ」
「じゃあ何?」
問いながら、くるりとターンした後に、エリアスに腰を支えられて、後ろにのけぞった。重心がエリアスから離れる形になるが、彼の腕がしっかりしているので、安心して体重を預けられた。
「イルヴァが他の男と踊るのか、と思っただけ」
「それはそうよ。私は女だから」
「うん、そういう意味じゃないんだ」
じゃあどういう意味なのか、と問い返そうと思ったら、近くを踊っていた兄の顔が目に入った。なぜか呆れ顔でこちらを見た後、シャルロッテに何かを伝えている。
そしてイクセルはシャルロッテをリードしたまま、イルヴァとエリアスにやたら近づきながら踊った。何をしているのだろう、と思ったら、イクセルがすれ違いざまに言った。
「素直に受け止めるんだよ」
それは、つまりエリアスの言葉をと言うことだろう。
イクセルとシャルロッテのペアが滑らかな動きで離れていくのを見ながら、イルヴァは考えた。エリアスの言葉を言葉通り受け取っていないものが何かあっただろうか。
すると、エリアスが突然、ペースをあげてイルヴァをやや振り回し気味に踊り始めた。それはまるで、こちらを見てと駄々をこねる子どものようだった。
「どうしたの?」
「曲の間は僕のことを考えてほしいなと思って」
「すでにあなたのことを考えてたんだけど……」
「え?」
エリアスのステップが乱れた。そのせいでイルヴァは思わずエリアスの足を踏みそうになって、すんでのところで魔法を使ってエリアスの足を踏むことを回避する。
危なかった。レンダール家が威信をかけて用意した新品の靴に傷をつけるところだった。
「何を考えてたの?」
「あなたの言った言葉で、私が素直に受け止めていない言葉はどれだろうって考えていたのよ」
「僕が好意を匂わせると、全部社交辞令だと思い込もうとしているよね」
今までのエリアスの言葉を思い返してみる。確かに何度か好意を伝えてくれてはいるが、どれも社交辞令だなと受け取るにふさわしい話の流れだったはずだ。
「あなたが社交辞令以外で好意を示したことがあった?」
イルヴァの問いに、エリアスが小さく息を呑んだのがわかった。そして、そっとイルヴァの様子を伺うように尋ねてきた。
「……イルヴァって、今、例の魔法使ってないよね?」
「使ってないわ。あなたが使わなくていいって言ったから」
エリアスの言葉を否定すると、エリアスが妙に落ち込んだ様子で続けた。
「ということは、本気でそれ言ってるんだ……」
「魔法を使っていてもいつでも本気よ」
「うん……そうだね。僕は誰よりも君が正直なことを知ってる」
どうしてそんなに確信的なのか分からないが、エリアスはイルヴァが嘘をつかないとは思ってくれているようだ。実態は嘘をつけないほうなのだが、その話をいつ打ち明けるべきかは悩ましい。ただ、正式に婚約のお披露目も終わったことだし、どこかで打ち明けておいたほうが良いだろう。
こういうことは、初動で決意を固めておかないと、ズルズルと打ち明けられずに時間が過ぎてしまうものだ。そうなると相手の信頼度も下がってしまう。
イルヴァは決意を決めると、ステップを踏みながらエリアスに話しかけた。
「ねえ、エリアス」
「どうしたの?」
「お互いの仕事が始まって、落ち着いたら……一緒に行きたいところがあるの」
「誘ってくれるなんて珍しい。でも、嬉しいよ。どこに行きたいの?」
「場所は、そのときまで秘密。美しい景勝地だから、気にいると思う」
ジルベスターの護衛のクルトには少しだけ話してしまったが、それ以外で事情を知っているのはユーフェミアぐらいだ。それでも彼女は精霊の契約のところまでは知らない。
ただ、エリアスには契約を含めて、過去に何があったかを、打ち明けておきたい。それは、婚約者として最低限の礼儀だと思うからだ。
そんなことを考えながら踊っていたら、1曲目が終わってしまった。ここで、来客の人々もダンスホールに出てきて、次の曲の準備を始めた。
最初の1曲目が終われば、あとはダンスパーティである。
イルヴァとエリアスはそのあとも2曲続けて踊り、計3曲をともに踊った。
イクセルとシャルロッテは2曲踊ったところで踊りをやめて、壁際に歩いていったのが、3曲目を踊りながら見えた。
そうして、3曲踊り切ったところで、イルヴァとエリアスは礼をして、一度ダンスホールから抜け出した。さすがにこのまま連続で踊るのは疲れてしまうので、一度飲み物をのみ、一曲開けて踊ることにする。
「はい、これ」
「ありがとう」
エリアスに渡された飲み物を飲みながら、イルヴァはふと、自分の状況を思い出した。
ーーーそうだった。私、踊る相手がいないかもしれないんだったわ。
今日の規模なら、エリアス以外にあと3人ぐらいは踊っておく必要があると思うが、ジルベスター以外に誘ってくれそうな人が思いつかない。
兄と父を入れて3人は流石にまずい。レンダール家の手前、身内以外との交流がある風には見えないと困る。
そんなことを考えていたら、ジルベスターとユーフェミアが共にやってきた。どうやら一緒に思ったようだ。
「お疲れ様、イルヴァ。銀狼のお方とは元々知り合いだったの?」
ユーフェミアに開口一番に問われて、銀狼が何かを考えた。そしてそれがノルデンフェルト公爵家の家紋だと気づいて、イルヴァは首を横に張った。
「今日が初対面よ。私も驚いたの」
「何をやったのかは、また今度聞かせて。ところで、レンダール様をお借りしても?」
「? あ、ダンスね。もちろんいいわ」
反射的に許可してから、エリアスはユーフェミアに触って具合が悪くなる可能性があることを思い出した。
エリアスに視線を送るが、大丈夫と片手をあげられた。
アマルディアは魔力操作が下手だったが、ユーフェミアは魔力操作は得意で、彼女も早期卒業できるぐらいの優秀生だ。
魔力操作が得意な人間なら比較的問題になりづらいのかもしれない。
ユーフェミアとエリアスが次のペアになったのを見て、ジルベスターはすっと手を差し出してきた。
「イルヴァ嬢、私と踊っていただけますか?」
「ええ。もちろん」
ーーーこれでノルマの1/3はクリアしたわね。
あと2人誰にするか……と考えている間に、3曲目が始まりそうになったのでダンスホールに進み出た。ジルベスターと向き合って並んでみると、ふと、エリアスの背がジルベスターよりも高い事に気がついた。
ジルベスターもかかとの高い靴を履いたイルヴァよりは背が高いが、ジルベスターのほうが視線はイルヴァに近い。イルヴァも女性としては背はある方なので、おおよそ、ジルベスターぐらいの視線の位置になることが多い。
「何を考えてるの?」
ぼんやりしていたからなのか、視線が定まっていなかったからなのか。ジルベスターが不思議そうに問いかけてきた。
「エリアスのことよ」
「意外だ。君も惚気るんだ」
ジルベスターはそう言いながら、しっかりと曲のはじめを逃さず、イルヴァをリードして踊り始めた。ジルベスターもダンスは上手なようだ。
「エリアスって、意外と背が高いなと」
「待って。出会って数秒で気づくことを、今、気づいたの? いったい今までどこ見てたの?」
「顔しか見ていなかったかもしれないわね」
「ははっ! 正直すぎるでしょ」
ジルベスターが思わずといった様子で声をあげて笑った。彼は以外と、喜怒哀楽がはっきりしているタイプだ。顔立ちは冷めた印象もあるが、よく笑っているのを見る気がする。
イルヴァは特に笑わせる意図はないので、案外、ツボが浅いのかも知れない。
「僕とダンスして気づくってことは、僕と比べてだよね? 僕も低くはないんだけどな」
「ジルベスターも背が高いとは思ってるわ。でも、視線の位置が違うなとふと思ったの」
「エリアスと踊ったの何回目?」
「学校のダンスパーティで2回、今日3回の計5回ね」
「5回とも顔しか見てなかったのか。いっそ清々しいね」
そう整理されてしまうと、イルヴァが面食いでエリアスの顔しか見てないように聞こえてしまう。
いや、事実、面食いなのか。
「イルヴァって、正直なところ、エリアスをどう思ってるの?」
「どう思っているとは?」
「たとえば恋愛感情は……なさそうだよね?」
「断定的ね。確かに、まだ恋愛感情と呼べるものはないと思うけれど」
「……イルヴァが他人を信用できないのは、過去に裏切られたから?」
ジルベスターの囁くような問いに、イルヴァはひとまず盗聴よけの魔法を発動させた。この話はオープンにはしたくない。
ダンスしている2人の周囲にだけ薄い膜のように広がる魔力をみて、ジルベスターはハッとしたような表情で謝罪した。
「ごめん、配慮が足りなかった。僕が盗聴よけすべきだったね」
「大丈夫よ。クルトに話していいと言ったから、聞いたのね?」
リズベナーを観光している時、クルトに昔、護衛に裏切られた話はした。そして、それをジルベスターに隠す必要はないとも伝えたので、彼も把握しているということだろう。
「うん、聞いた。……その護衛の男は、親しかったの?」
その質問を聞いた瞬間、イルヴァは自分の中に強い感情が呼び起こされるのを感じた。
そういえば、正面切って“彼”について質問されるのは、あの事件以来、初めてかも知れない。誰も彼も、そのことを口にしなかったし、正確な事後処理についてもイルヴァは聞かされていない。
ましてや、“彼”に対する感情を問われたことなど一度もなかったのだ。
「親しかった、信じていた……。どう言葉で表せばいいのかわからないわ。親しみを持っていたし、身近な頼れる兄のような存在でもあったわ」
認めたくないが、イルヴァの人生において、もし初恋が存在するなら、それは“彼”への憧れが最も近い感情だったような気がする。
面倒見がよくて、強くて、かっこいい人だと思っていた。
でも、その顔をはっきりとは覚えていないことに気がついた。覚えているのは、幼い自分の無邪気な気持ちと、自分があの日感じた絶望と怒りだけ。
イルヴァの記憶に鮮明に残るその男の姿は、イルヴァによって切り刻まれた血まみれの姿で、顔など記憶にない。
「でも、裏切られた。幼かった私は震えていて、勇気を出すのが遅かったの。何人も死んだわ。私が反撃したのは、私の目の前で、シシーがその男に切られたからよ。彼女を助けるために、やっと私は決意した」
この後のことはジルベスターに語るわけにはいかない。この後のことは精霊との契約に絡んでしまうからだ。
「これ以上の事情は話せないけれど……私はまだ、過去に囚われているのかもしれないわね」
「その話、エリアスには?」
「まだしてないわ。いつ切り出したらいいか分からないし、それに……どことなく話しづらい気持ちがあるの。なぜなのかは分からないけれど」
曲はもうほとんど終わりかけていて、ダンスも大詰めだ。イルヴァは盗聴よけの魔法を解除した。
ジルベスターはイルヴァの返答に、なぜか少し目を見開いて、そしてふっと笑みを浮かべた。
「僕やクルトに話せて、エリアスに話せない理由、なんでだか分かる?」
優しい声で投げかけられたその問いは、思わぬものだった。
確かになぜ、クルトやジルベスターには成り行きとはいえ打ち明けて、エリアスには打ち明けられないのだろうか。
エリアスは婚約者なのだから、本来であればエリアスにこそ打ち明けるべき事由だ。それなのにエリアスにこの話をするのはためらう自分がいる。
「どうしてだと思うの?」
「僕とクルトにはどう思われてもいいからでしょ。エリアスは違う。それだけだよ」
その言葉の意味を詳しく聞きたかったのに、曲が終わってしまった。
ジルベスターはイルヴァから離れて一礼した。そしてイルヴァを壁際へとエスコートしてくれるが、続きを質問するには、ほかの人との距離が近すぎるし、ダンス中と違って盗聴よけの防衛魔法も気付かれやすいので張りづらい。
「ちゃんと、自分で考えてみて。じゃあね」
ジルベスターはそういうと、イルヴァを置いて去っていく。
残されたイルヴァはその言葉の意味をもう少し考えよう、そう思って今宵のノルマも忘れて壁の花になろうとした時だった。
「イルヴァ・フェルディーン嬢。どうか踊っていただけませんか?」
唐突にダンスの申し込みをしてきたのが、先ほど激怒させたはずのフェリクス・ノルデンフェルトで、イルヴァの頭は真っ白になった。




