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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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48. 妹2人の交流

 お披露目の前日は、アマルディアと室内戦闘になるという大騒ぎだったが、第二王子アストリアが迎えをよこしてくれたことで、無事、彼女をフェルディーン家のタウンハウスから追い出すことができた。

 エリアスは前日に最後の調整のためにやってきていたのだが、予定より早く着き、事情を聞いてあの場に現れたようだ。


 エリアスが来たから戦闘になった気がしなくはないが、かといってアマルディアと嫌味の応酬を続けるとボロが出そうだったため、助けられたとは言えよう。


 イルヴァは王家からお咎めがあるのではと心配したが、母もエリアスもそこについてはきっぱりと否定したので、大丈夫なのだろう。

 曰く、王家の体面のために、アマルディアの来訪ごとなかったことにするしかないとのことだ。


 そうしてバタバタしながらもエリアスを含めて衣装やお披露目の流れの最終調整をして、そして今日を迎えた。



 今日、といっても、まだ日が登る前であり、それなのに、もう浴室で湯船に浸かっている。


 本日のお披露目の開始は夕方からではあるが、遠方から足を運んでもらったシャルロッテと、その兄ジルベスターにお礼を兼ねてと食事会を昼に予定している。

 兄はシャルロッテと既知の仲だとはいえ、表面上はほとんど面識のないことになっているので、エスコートするにあたって打ち解ける意味合いも兼ねる。

 両親は兄がシャルロッテのエスコートをすると聞いた時に驚いていたが、パートナー選びに頭を悩ませていたようなので、本人が良いのであればと深く事情は聞かずに了承しつつ、この昼食会を提案したのだ。


 2人とエリアスは11時ごろにはタウンハウスに来る予定なので、それまでにはお披露目会とは別のドレスで正装をしている必要がある。

 そのために早朝から身支度が発生しているのだ。


「アルムガルド嬢はお昼のドレスは新緑のような淡い緑のドレスをお召しになるそうです。昼食会はこちら側が被りを避ける必要がありますので、緑と青など寒色は避けましょう」


 侍女に言われて、藍色のドレスは候補から外れることになった。

 淡い緑と藍色を見間違えることはないだろうが、遠目から見て、違う色だとはっきり分かる方が良いからだろう。

 基本的に主役と色が被らないようにするのはマナーなので、ドレスコードに避けて欲しい色は書いて通達しておく。今回の場合、夜のお披露目会ではイルヴァたちは何を着ても良く、周りが合わせるのがマナーだ。


 しかし、お披露目などを除く、昼食会のような場では、女性は基本的には最も爵位の高い人と被らないことを心がける。複数人の女性のゲストがいても、最も爵位の高い人間と被らなければ良しとされている。


 男性は色のバリエーションがないのでそこまで気にしないが、ネクタイの色は被らないように気をつけるようだ。今回の場合だと、エリアスがジルベスターが使う色を避けるという具合である。


「無難に赤を着るのが良いかしら?」

「赤で金糸の刺繍があるものにいたしましょう。装飾品も金でまとめつつ、イヤリングの色石はアクアマリンのもので」


 昼食の場でも、念のため、エリアスの色を取り入れるということだろう。

 イルヴァはその提案に了承し、その方針で身支度をすることになった。




 朝から身支度を終えて、昼食会の会場である庭園にて、テーブルの準備の最終確認をしていると、兄イクセルもやってきた。


「おはよう。イルヴァ」

「おはようございます、お兄様」


 今日のイクセルは、濃いグレーのジャケットに黒いが総刺繍のネクタイ、カフスにもブラックオニキスといった姿だった。

 ここまで黒を選ぶのは、おそらく本日のパートナーであるシャルロッテへの気遣いだろう。


「そういえば、イルヴァに言っておきたいんだけど、シャロは僕とアルムガルド大公城が初対面のフリをするかもしれないから、黙っておいてね」

「シャルロッテ様の留学そのものが秘密ということですね。わかりました。お母様とお父様も知らないのですか?」

「ああ。留学中のことは言ってない。大公城でのことは伝えているよ。詳しいことは知らないけど、2人もシャロが良いのであれば、政治的に1番良いパートナーがシャロだと思っているから、賛成してくれただけだと思う」


 イルヴァは嘘はつかないが黙っていることはできる。それにポーカーフェイスも得意だ。

 事前に何が秘密の情報か言っておいてもらえれば、会話に入らないで話を合わせることはできる。


「通話はされたのですか?」

「しておいた。流石に急な招待な上に、僕がパートナーでいいかは、政治的な判断も必要だろうから」

「ジルベスター曰く、シャルロッテ様にもメリットがあると言ってたので、大丈夫だろうと思ってはいましたが」


 婚約者がいないシャルロッテに、何のメリットがあるのかはイルヴァには理解できない。自国のマナーにも疎いのに、リズベナー公国のマナーなど分かるはずもない。 

 しかし結果的に承諾されたのだから、メリットはあるのだろう。


「友情から引き受けてくれたのかもしれないけれどね」

「留学の短い期間でそういう友人ができるのはすごいですね」

「イルヴァは対人感覚が歪んでるから、チャンスを逃してるんだと思うよ。研究者なら友人も作りやすいんじゃない? ジルベスター様みたいに」


 確かに、最初は無理やり友人設定だと通達されたのがきっかけだが、この短い期間で、ジルベスターは友人と呼べる枠に入れることができた。相手にあのぐらいの強引さがないと、イルヴァとの友情は成り立たないということは、自分自身が受動的すぎる面があるのかもしれない。


「そうですね……会話の問題も研究者なら、解決できそうだとリズベナーで思いました」

「うん。少しずつ、増やした方がいいよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もうイルヴァはそれを返討ちにできる強さがあるんだから」


 それは、顕在化した意識ではなかったが、指摘されてみると、潜在的に保持していた懸念だった。また人を信頼して裏切られるのが怖いのだ。


「それに、エリアス様も、ジルベスター様も、一度、信用して素直に言葉を受け止めたほうがいい」

「その2人に特に警戒心は抱いていませんが……」

「うーん……でも、イルヴァは時々、相手の自分への感情を縮小解釈しすぎていると思う」


 縮小解釈と言われても、あまりピンとこない。もちろん拡張解釈の逆の意味だということはわかるが、イルヴァは自分自身がそうしている自覚がなかった。


「ピンときてないと思うけど、人間の言葉の裏にある感情は、きっぱりと割り切れるものじゃない。社交辞令に見えたって、照れ隠しのときもあるし、本音に近い社交辞令もある。人間として好きという意味と恋愛感情として好きという意味は、なだらかなグラデーションで繋がっていて、二律背反でもない。でもイルヴァはいつだって、相手の言葉にある感情を限定して捉えるし、限定するときの限定の方法も自分に、より好意的ではない方の感情を選ぼうとする」


 説明されている言葉の意味がわかっても、やはりそうしている自覚がない。

 それではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようではないか。


「自覚がないんだね。エリアス様が苦労するだろうな」


 イクセルは大きなため息をついた。

 イルヴァは確かに他人の気持ちに聡い方ではないが、何でもかんでも悲観的に捉えているつもりはない。極めて客観的に、相手の言葉を解釈しているだけだ。


「いつか、わかる日がくるよ。とりあえず、そろそろ時間だ。お出迎えしよう」

「はい」


 2人は会話を切り上げ、車を乗り入れるロータリーのある場所まで歩いていく。両親も直前まで確認していた屋敷のチェックが終わったのか、お出迎えの場所で合流した。

 両親にとって、ジルベスターは2回目、シャルロッテは初めて会う客で、フェルディーン家の本日の来客の中で最も高貴な2人である。そのためか、2人ともやや緊張した面持ちだった。


 そうしてしばし待っていると、5台の車が連なって入ってきた。

 まずは前後2台ずつからわらわらと護衛なり侍女なりが降りると、安全確認ののち、真ん中の車の扉が開かれた。

 そこからまずはジルベスターが降りてきて、後ろを振り向き、妹であるシャルロッテのエスコートをして、2人とも車から降り立った。


「遠方からご足労いただきありがとうございます。ヴァルター・フェルディーンでございます。こちら妻のミネルヴァです。イクセルとイルヴァが公国ではお世話になりまして、感謝いたします」

「お招きありがとうございます。こちら、妹のシャルロッテ・アルムガルドです」

「お初にお目にかかります、シャルロッテ・アルムガルドと申します。この度は招待いただきありがとうございました。シュゲーテルには来て見たいと思っていたので、とても良い機会をいただけて感謝しております」


 互いに一通りの挨拶をしたのちに、2人にフェルディーン家の庭園を案内することになった。案内人はイルヴァとイクセルである。

 エリアスは少し遅れているようなので、昼食会から参加になるそうだ。


 庭園を歩き始めたところで、イルヴァは自分が大して花の説明はできないことを思い出し、近くにいるマリアに視線を送った。すると、マリアは心得たとばかりに頷いて、静かに後ろからついてきている。


 なんとなく女性客であるシャルロッテをイルヴァが、男性客であるジルベスターを兄イクセルが横に並んで歩く形になった。


「改めてになりますが、ご招待ありがとうございます。フェルディーン嬢の今日の装い、とてもよくお似合いです」

「アルムガルド嬢も美しい海のような色合いのドレスがお似合いです」


 淡い緑色のドレスを着ると聞いていたが、実際に見てみると、青と緑の中間のような色で、綺麗でサンゴ礁の美しい海の色に良く似ている。

 そしてその色は彼女の雰囲気にあっていた。

 そして、ふと、声が聞こえない程度後ろを歩く兄の顔を思い返して、そういえば、兄の目の色は青だと思っていたが、このドレスの色に似ているかもしれないと思いたった。


「ありがとうございます。そういえば、ジルベスターのことは呼び捨てにしていると伺いました。私のことも気軽に名前で呼んでいただけませんか? 先輩……イクセル様には、シャロと呼ばれているので、愛称でも。敬称なしで構いません」

「ではシャロと。私のこともイルヴァとお呼びください」


 イルヴァは事情を知っていると踏んでいるのか、それともフレぜリシアでの兄と知己の仲であったことを隠す気がないのか、彼女は兄のことを先輩と呼んだ。そのことに気づいたものの、どうしてよいか分からないので、とりあえずそこには触れないことにしておいた。


「イルヴァの魔法は城で拝見しました。素晴らしい魔法で、城中の者が褒めたたえておりました」

「ありがとうございます。兄からシャロも魔法理論の造詣が深いと伺いました」

「あら、先輩がそんなことを? 先輩は卓越した魔法師ですから、そう言っていただけると嬉しいです」


 ゆっくりと庭園を歩いているが、そういえば彼女もあまり庭に興味があるようには見えない。それに、彼女は明らかに兄を先輩と呼んでいるので、イルヴァにはフレぜリシアでの関係性を明かしてもよいと考えていると捉えて良いだろう。


「兄とは、何がきっかけでお話を?」

「ああ、それは、先輩がかばんを軽量化する魔法を使っていらっしゃって、それが便利そうでお声がけしたのです。先輩もですが、フェルディーン家の方々は、生活魔法を日頃からよく使っていらっしゃると伺いました。イルヴァも使っているのですか?」

「そうですね……魔法で解決できることは、魔法で解決してしまうことが多いです」


 魔法で解決できることは魔法でやってしまったほうが早い。

 イルヴァは魔力量を気にする必要もないので、普通の人と違って魔力を節約する発想も必要ない。

 一応、もし、精霊との契約が切れた時のことを考えて、魔力の消費量は極力抑えられるように効率化している。ただ、だからといって、使える魔力を温存したりはしない。


「そういえば侍女が髪を乾かす魔法を教えてもらったと喜んでいました」

「そうですね。私は教えたというほどでもないですが、目の前で使いました」


 実際に教えたとしたらマリアだ。理論は説明したが、あれだけで実践できるというものでもないだろう。

 そう思ってマリアの方をチラリと見ると、マリアが頷いた。どうやらあの侍女はあの後ちゃんとマリアに質問したようだ。


「シュゲーテルでは、戦闘魔法の研究の方が盛んだと聞いたのですが、フェルディーン家ではそうではないのでしょうか?」

「フェルディーン家も主に魔物討伐用に戦闘魔法の研究もしています。ただ、私はリズベナーで盛んな生活魔法の方が興味はあります。だから、この前の魔法交流会もとても楽しかったです」

「楽しんでいただけたなら良かったです。城の者たちもイルヴァとお話ができてとても喜んでいました。リタ・シーレの研究にも出資してくださったとか」


 その言葉で、昨日、試作した照明を思い出した。リタに頼まれた品を国際郵便しようとおもっていたが、彼女の車に積んでもらったら、より早く確実に届けられる気がしてきた。

 彼女は温和そうだし、リズベナー貴族は平民であれ実力があれば軽視しないと聞いている。


「あの、もしよろしければ、リタの設計した照明の試作品を、帰国の際に車に積んで持って行っていただけませんか?」


 恐る恐る尋ねてみると、シャルロッテは一度驚いた表情をしたものの、すぐに笑顔になって言った。


「もちろん構いませんが、もうできたのですか? 私が拝見しても?」

「ぜひ、見てみてください。侍女が魔封じの腕輪をつけても起動するので、ひとまずリタの妹さんにも使ってもらえるかと」

「それは素晴らしいですね! ぜひその様子も拝見したいです」


 彼女は魔法が好きなのだろう。先ほどから魔法の話ばかりしているが、特に嫌そうなそぶりもない。これならイクセルの言う通り、彼女とは親しくなれるかもしれない。


「今日のお披露目の後、何日か滞在されるのですか?」


 とりあえず、照明の試作品をどこかで見せる日を決めたいと思って、予定を尋ねてみることにした。


「1週間ほどを予定しています。滞在中のどこかで、ぜひ、照明の試作品を拝見したいです。あとよろしければ、少し魔法についてもお話ししませんか? イルヴァは魔法理論の優れた研究者ですし、もう少しお話しを伺いたいです」

「いいですね。私はお披露目の後1週間は特に予定がないので、シャロの予定に合わせます」

「では、3日後のお昼の後ぐらいからいかがでしょうか?」

「わかりました。準備しておきますね。試作品の照明を試した後、お茶でも飲みながらお話ししましょう」


 お茶の約束を無事に取り付けたイルヴァは、唐突にこれがユーフェミア以外の女性客を個人的に招く始めての機会だと気づいた。


 マリアに準備を手伝ってもらおう。そう思ってちらりと彼女の方を見ると、主人の心は分かっているとばかりに、彼女はうなずいていた。

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