47. 婚約者の来訪
エリアスの乱入は、部屋の全員に驚きを与えた。
明らかに後ろにいたマリアも戦闘体制に入っている気配がしたし、アマルディアの護衛も同じく剣を抜く構えだった。
しかしそんな驚きはものともせず、エリアスはアマルディアの許可もなくイルヴァの隣に座るなり、腰に手を回してきた。
そして、普段はそんなことをしないくせに、空いている手でイルヴァの髪を弄びながら、イルヴァの耳元で、でも、アマルディアにも絶対に聞こえるであろう声量で言った。
「部屋に入ろうとおもったら、イルヴァの熱い告白が聞こえてきて、嬉しくて思わず無作法に開けてしまったよ。ごめんね。でも、僕も同じ気持ちだよ。僕にとっても君だけが生涯唯一、好きという気持ちが抑えられなくて、どうしても結婚したいと思った相手なんだ」
『まあまあ、エリアス様って情熱的ね!』
『お母様、少し黙ってください』
母との通話にこの部屋の音声をまるごと魔力で送っていたせいで、エリアスのセリフまで中継されてしまったようだ。母はまるで恋愛劇を見ている観客かのような喜びようで、声を送ってきた。
ただでさえ目の前にある顔が美しすぎて視線をどこにおくべきか悩んでいるのに、イルヴァの考えることを増やさないでほしい。
「エリアス! 私の存在が目に入らないとでもいうのかしら。あなたたちの立っているのは愛の宮廷劇の舞台ではないのですよ。少し節度をお持ちになっては?」
「節度ですか? 勝手に私を浮気男だと論じた殿下に言われたくはありません」
ーーーいつから聞いてたの!?
『あら、思ったより前からいたのかしら』
奇しくも母と心の声が揃ってしまった。
どうやらエリアスはそうとう初期の会話から聞いていて、踏み込むタイミングを伺っていたようだ。
「あなたが惑わされているその花の美しさは、永遠に保たれるものではないわ」
「殿下のほうが年上ですから、先に散るのはどちらでしょうか」
あまりに攻撃的なエリアスの様子に、イルヴァは違和感を感じた。これは、言い寄られて困っているというレベルの関係性ではなさそうだ。エリアスの全身から、アマルディアへの嫌悪感が滲み出ている。
「あの日も言いましたよね? 私が王女殿下の隣に並ぶ日は来ませんし、殿下の隣に並ぶぐらいなら独身で構いません、と」
『思っていたより、殿下との関係性が悪いわね』
『貴族の作法をすべて捨てていそうなセリフですが、これはいいんですか?』
『もちろんだめだけれど、きっと陛下が隠蔽したのよ。殿下にこっぴどく振られたという不名誉な烙印が押されてしまうから』
エリアスの率直な言葉にアマルディアは目を見開いていた。そして、明らかな憎悪の目でイルヴァを睨んできた。
ーーー喧嘩を売ってるのは私じゃないのに!
ひどいことを言っているのはエリアスなのに、イルヴァのせいのような顔をされると、納得がいかない。しかしイルヴァがこの状況をどう収集をつけるか考えている間に、エリアスが更なる油を投下した。
「今はイルヴァがいるので独身は困りますが、何があっても殿下と婚約を、ましてや結婚をすることなどありません」
護衛が抜刀してもおかしくない無礼さでエリアスが言い放ち、アマルディアはついに切れた。
そこからは、一瞬でさまざまなことが起こった。
「ああああああぁぁぁ!!!!」
アマルディアは、目の前にあったティーカップをイルヴァに向かって叩きつけようとしたのだ。
イルヴァは反射的にティーカップを魔法で地面に着く前に浮かせ、中身の紅茶をすべてカップに戻してから、自身の方へ手繰り寄せる。お気に入りのティーカップが割れなくて良かった。
と呑気に考えていたら、アマルディアが今度は勢いよく立ち上がり叫んだ。
【炎の矢よ、闇の元凶を打ち払い、光を取り戻せ】
魔法の詠唱だ。しかも室内なのに炎魔法の。
イルヴァは咄嗟にエリアスを庇って立ち上がると、自分たちに防衛魔法を張る。
アマルディアの魔法の速度は大して早くないので、彼女が何をしてきてもそれなりに対応できるが、反撃して彼女が怪我をするのはまずい。
防衛魔法で彼女の魔法が跳ね返る瞬間を狙って、その魔法そのものに防衛魔法をはって圧縮し炎を封殺する。
アマルディアの護衛はアマルディアの魔法が使われたことと、不発になったことは理解していたが、なぜ不発になったかは理解していなさそうだった。
ただ、イルヴァが立ち上がったので、護衛は反射的に剣を抜き、イルヴァに突きつけようとして、逆にそれより先に動いたエリアスとマリアに首元に短剣を突きつけられることになった。
アマルディアの侍女はあまり戦闘の場数がないのか、動けずに呆然と自体を眺めている。
「イルヴァは殿下の魔法を防いだだけなのに、剣を向けるとは!」
「私は殿下をお守りするのが仕事です。不審な動きは見過ごせません」
「お守りする前に、殿下の奇行をいさめろ!」
このような事態に対する対策は、当然学んでいないし、対応できるような応用力もイルヴァにはない。
『どういう状況? 詠唱も聞こえたし、剣戟も聞こえたわ』
音だけは筒抜なので、母が異常を察知して問いかけてきた。
『殿下が癇癪を起こして魔法を放ったので、私が立ちがって魔法で封殺したら、殿下の護衛が私に剣を突きつけようとして、逆にエリアスとマリアに暗器を突きつけられています』
母ならこの状況に最適なアドバイスをくれるかもしれない、そう思っていたら、母は思わぬことを言った。
『もしあなたを含めてエリアス様やマリアが攻撃されたら、相手を無力化しなさい。後処理はなんとかするから』
『どちらかというと、私が欲しいのは戦闘の許可ではなくてこの状況を収めるアドバイスなんですが……』
『そうね……とりあえず、全員を強制的に元の位置に戻してみては? 殿下は立っているままでも脅威ではないでしょう』
確かにお互いに剣を引くに引けなくなっている。一度、頭を冷やさせる方が良いかもしれない。
イルヴァは注意を引くためにパンと一度手を叩き、それから魔法でエリアスをソファに、マリアと護衛はそれぞれ壁際に強制的に風の魔法で移動させた。
「私は防衛魔法を使ったけれど、殿下に対しては魔法を使っていないし、あなたも抜刀しなかった。当然、エリアスも私の侍女も動いていない。これでどうかしら?」
護衛に問うと、彼もまた、イルヴァに攻撃されていなかった事実は認めていたのだろう。その提案に乗るとばかりに頷いた。
エリアスとマリアも冷静さを取り戻したのか、素直にどこからか取り出した暗器を、どこかにしまった。
しかし、アマルディアはすべての攻撃を無効化されて冷静さを失っていた。
「どうして! どうしてなの! 私の魔法が使えないのはこの部屋に何かを仕掛けているのでしょう!」
アマルディアはあまり魔法の素養はないのだろう。目の前のイルヴァが魔法で封じ込めたとは思っていないらしい。イルヴァが無詠唱なのもその一因かもしれない。
【業火の炎よ、魔女に正義の鉄槌を!】
懲りずにさらに詠唱してきたアマルディアだったが、イルヴァはその魔法が発生すると同時に、その着地点のまわりを防衛魔法で囲うことで無力化する。
イルヴァが詠唱が必要な魔法師に負けることはない。ただ、このままではアマルディアが魔力切れするまでこのやりとりを続けるしかなさそうだ。
『イルヴァ、詠唱しなさい』
突然、母からの指示が飛んできた。
『? どうしてですか?』
『あなたに勝てないと相手にわからせるためよ』
『私が詠唱を始めたら、護衛が剣を抜くと思いますが……』
『あなたならそれを避けるのも簡単でしょう? 攻撃はしてはだめ。詠唱も、攻撃ではないとわかる言葉選びで』
母と娘の脳内会話の間にも、アマルディアは更なる魔法を詠唱してくる。
【浄化の炎よ舞え。烈火となりて敵を焼き払え!】
イルヴァはそれを無詠唱で無効化した後に、母に問いかけた。
『詠唱の案はありますか?』
『え、人の考えた詠唱でいいの? あなたって本当に魔法の天才ね』
『そんな感想は良いので早く!』
『紅蓮の炎よ静まりたまえ。炎の主に害なく天に還れ』
呼吸の整ったアマルディアが息を吸った。
その瞬間にイルヴァはソファの上に素早く立ち上がったあと、後ろにそのまま飛んでソファの後ろに着地した。
護衛はその動きを見て、剣を再び抜いた。エリアスとマリアは、イルヴァが何をするかがわからず、ひとまず武器だけ構える姿勢をみせた。
【我が怒りの炎よ紅蓮となりて、燃え上がり焼き尽くせ!】
【紅蓮の炎よ静まりたまえ。炎の主に害なく天に還れ】
イルヴァは魔法理論的には全く意味のない、見せかけの詠唱をしながら、魔法式をあえて可視化させて魔法を放つと、ようやくイルヴァに魔法を封殺されていることに、アマルディアは気がついたようだった。
護衛もまた、詠唱の内容で、攻撃ではないと悟り、どう動くべきか悩んで歩みを止めた。
「私との魔法勝負は殿下に歩が悪いかと。私は基本、無詠唱ですから、速度で殿下に負けることはありません」
「うるさいうるさい!!!!!」
アマルディアは絶叫したが、魔法の詠唱はしてこなかった。さすがに魔法で戦うのは歩が悪いと理解はしたのだろう。彼女は王女なのだから、不敬罪に問う方が簡単にこちらに打撃を与えられそうだが、冷静さを欠いているからその発想がないのだろうか。
そんなことを考えていると、アマルディアが突然立ち上がって、イルヴァが先ほどまで座っていたエリアスの隣までくると、ソファに座ってエリアスの手をとった。
そして、懇願した。
「どうしてあなたは私を選ばないの? 本気でこんな野蛮な女を選ぶと? 私がこんなにもあなたを思っているのに!?」
確かにそこまでお淑やかではないが、野蛮と言われるほどでもないと思っているので、イルヴァは地味に傷ついた。
エリアスはどう返すのだろうか、と思ったら、アマルディアに手を掴まれて急激に苦しそうな表情をしだした。
ーーーやっぱり他人にふれると魔力を受け取りすぎてしまうのかしら? 私は魔力操作が誰よりも秀でているから、具合が悪くならないとか?
「私の婚約者を悪く言わないでください。私にとってはイルヴァは唯一の女性です。殿下に結婚を邪魔させたりはしません」
「私のほうがあなたと早く出会っていたわ!」
「いつ出会ったかではなく、誰と出会ったかが重要なのです」
なんだか、エリアスのあまりに冷たい対応に、イルヴァはアマルディアが少しだけかわいそうになってきた。彼女はエリアスのことが好きで好きでたまらないのだ。だからエリアスの結婚を祝福できないし、エリアスが他の女に愛を囁いたともなれば、発狂してしまう。
婚約式前夜に乗り込んできて、嫌味の応酬だけして帰ろうと思っていたのに、思い人にこっぴどく振られて、我慢ならないのだろう。
「私のほうが、あの女よりもあなたのことを愛しているわ!」
ーーーまあ、それはそうよね。
イルヴァは心の中で思わず同意した。イルヴァはエリアスと結婚したいと思っているし、彼が唯一結婚したいと思った男性であるのも事実だが、それは恋心というわけではない。
エリアスの手を、ほとんど爪が食い込む勢いで握っているアマルディアは、いつもの皮肉屋の姿ではなかった。
その一生懸命さを見ていると、なんだかイルヴァが邪魔者なのではという気持ちにさえなってくる。
しかし、イルヴァには引けない理由があるし、そもそもエリアスの顔色が先ほどからかなり悪い。
アマルディアに触れられることはかなり苦痛のように見える。あの様子では、彼にとって、アマルディアは選べない相手だろう。
アマルディアを宥めることはイルヴァにはできないが、イルヴァの仮説があっているなら、エリアスの苦しみを和らげることはできる。
イルヴァはアマルディアには影響しないように慎重に魔法式を構築し、薄い魔力の膜でエリアスを包み、魔法を行使した。
それは、身体的接触による魔力の受け渡しを遮断する魔法だ。
イルヴァが魔法を使った瞬間、エリアスが明らかに顔色を変えてイルヴァを見つめてきた。
どうやら、効果はあったようだ。
先ほどより顔色が良くなったエリアスは、アマルディアの腕を振り解くようにして立ち上がった。
そして、突然、何を思ったか、通話の魔法を起動させた。しかも、声がその場に聞こえるようにして、だ。
『エリアス? どうしたんだ?』
「殿下の妹君が、私の婚約者の家で魔法を行使して暴れていらっしゃるので、引き取りに来てください」
どうやら、相手はアマルディアより年上の王子だ。声で誰かわかるほどではないので誰かはわからない。
『アマルディアが!? ったく、まだ懲りてないのか! すぐ迎えを送る! それと、エリアス・レンダールにアマルディアを眠らせることを許可する』
「お兄様!?」
アマルディアは自身の兄の言葉に反抗するように叫んだが、エリアスはその許可を得た瞬間に、彼女に眠りの魔法をかけて眠らせた。
アマルディアの体が傾き、無造作にソファに寝そべる形になる。しかしエリアスは彼女の姿勢を整えるそぶりはせず、侍女に指示を出した。
「迎えが来るまで見張っていろ。起きないとおもうけれど」
「承知いたしました」
とにかく、なんとかその場は収拾がついた。
ーーー王子殿下に連絡できるなら、最初からそうしてくれればよかったのに!
我に帰ったイルヴァがエリアスにちょっと不満を抱いたところで、エリアスと目があった。
エリアスはソファの後ろで立っていたイルヴァにかけよると、人目もはばからず、イルヴァを抱きしめた。
ふんわりとした優しい香りが広がって、落ち着かないような落ち着くような複雑な気持ちになる。
「怖がらせてごめん」
「怖がる? この場に私を制圧できる人はいなかったから、怖がってはなかったわ。だから気にしないで」
『そこはエリアス様がいたから不安はなかったとかを言うところでしょう! 何なの!その情緒のない返答は!』
母の怒声が脳内に鳴り響いて、イルヴァは慌てて通話を切った。
通話を繋げっぱなしにしていたので、あやうく、母に恋愛指導までされてしまうところだった。
「えーっと……でも、収拾の付け方に困っていたから、エリアスが収拾をつけてくれて本当に助かったわ」
エリアスのおかげだと言うことを伝えよという母のお告げを少々取り入れておこうと、言葉を付け足し、恐る恐る抱き返してみた。
すると、エリアスは一度イルヴァをさらなる力で抱き寄せた後、少しだけ今度はイルヴァの両腕を掴んだ状態でじっと顔を見つめてきた。
ーーーどうしたのかしら? こんなに見つめられると落ち着かないわね。何度見てもイケメンだわ。
「イルヴァ、僕に魔法をかけてるよね?」
アマルディアおよびその護衛と侍女がすぐ横にいるというのに、エリアスは堂々と盗聴避けを使ってイルヴァに尋ねてきた。マリアも盗聴除けの外にいるので、2人の会話は聞こえなくなったはずだ。
「あ。そうだった。効果はあった?」
「これ、何をしてるの?」
「誰かに触れると、他人の魔力を過剰に受け取ってしまって具合が悪くなるという症例に記憶があって、あなたがそれなんじゃないかと思ったの。私は魔力操作に長けているから、おそらく触れてもほとんど外部に漏れ出す魔力がなくて気持ち悪くならないのかと。だから、あなたに薄い膜を張って、外部からの魔力を遮断したのよ。殿下に触られてあまりにも顔色が悪かったからね」
「膜を……これは防衛魔法ではないよね? 僕も普通に魔法を使えていたし。でも、すごく静かな世界になって驚いたんだ。殿下に触られている時は本当に騒がしかったから」
急にエリアスがアマルディアのように訳のわからないことを言い出した。
イルヴァは知らないが、何かの比喩だろう。
「……? とにかく体調はよくなった?」
「うん。ありがとう。よければこの魔法、教えてくれないかな?」
「もちろん」
まあ、よく分からないが、体調が良くなったなら良かった。エリアスの比喩表現も、要は症状が改善したことを指しているに違いない。
「ちなみに、この魔法、解いて見てもらえる?」
「えっと、私に触ってるけど、具合は悪くならない?」
「イルヴァなら大丈夫」
イルヴァはその言葉に頷いて魔法を解いた。
じっとエリアスに掴まれている腕のところを見ていると、確かにかすかだが魔力がエリアスの方に傾いている。
ーーーこれ、私の魔力操作でももしかしてエリアスに影響を与えないことができるんじゃ……?
試しにはやってみようと思いつき、イルヴァは外に溢れ出している魔力を完全に遮断し、体内に収めた。
「気分はどう? ちょっと、試して見たことがあるんだけど」
「えっと……すごく快適だけど、僕に魔法をかけない方法も?」
「ええ。原理はさきほど説明したのと同じよ」
「僕もその魔法を覚えたいから、上達のために、イルヴァの方で制御しないでもらえたほうが嬉しい」
「それはそうね」
確かにイルヴァが常日頃一緒にいるわけではないのだから、エリアスが自分でコントロールできるようになるべきだ。イルヴァのほうで制御してしまったら、上達意欲も削がれてしまうだろう。
とにかくエリアスの症状が和らいでよかった。
そう思ったときに、ふと兄の言葉が蘇る。
「うーん……もしかして、私、あなたにとって私じゃないといけない理由を、解決してしまった?」
「僕にとって、イルヴァじゃないといけない理由?」
「だって、魔力操作に強い私以外の人に触ると、具合が悪くなって、今まで女性付き合いを避けていたのでしょう?」
ーーーつまり、私との婚約って、意味あるのかしら?
という言葉は心の中で思っただけで言わないでおいた。
しかしエリアスはなぜか固まってしまった後、何かに気づいたようにはっと目を見開いて、慌てたように首を横に降った。
「違う! イルヴァを選んだのはそれが理由というわけじゃない。具合が悪くなるというのは、理由の一部ではあるんだけど、全部ではないから。だから、今教えてくれた魔法があるからといって、イルヴァとの結婚したい気持ちが揺らいだりしないから!」
「それは良かったわ」
ーーーさすがに、私がエリアスの症状を治してあげたことがきっかけで、婚約お披露目の前日に破談になったら、両親に合わせる顔がないものね。エリアスが私に触れられることだけを理由にしてたらどうしようかと思ったけど、違ったなら良かった。
「イルヴァ」
「どうしたの?」
表に出した言葉以上に色々と思考を巡らせていると、まだ腕を掴んだままのエリアスが、じっとイルヴァの瞳を見つめてきた。
「僕は、君に好意を持ったから選んだんだ。その気持ちを疑わないで」
それは率直な告白だった。シチュエーション次第では、イルヴァももう少し心を動かされたかもしれない。
しかし、状況が悪くて、イルヴァは社交辞令以上にその言葉を受け止めることはできなかった。
「……わかったわ」
ーーーうーん……婚約には影響がないと安心させようとしてくれる気持ちは嬉しいけど、この状況下で言われても響きづらいのよね。
盗聴除けをしているとはいえ、すぐそばにマリアが立ち、ソファの向こう側にアマルディアと護衛と侍女が控えている状況だ。こんなところで気持ちを打ち明けられても、そんなに大した言葉を返せはしない。
婚約の継続を疑われたから、とりあえずイルヴァをなだめるために言ったのだろうが、あまりにも適当なシチュエーションと言わざるを得ない。恋愛小説や恋愛劇の芝居に興味がないイルヴァですら、普通の告白は2人きりの景色がよいところでするものだと相場が決まっているのを知っている。
するとエリアスがなぜか、落ち込んだ様子でため息をついた。そしてゆっくりとイルヴァから手を話した。
「どうかした?」
「反省してるんだ。ムードが足りない自分に」
自覚はあったらしい。
それだけエリアスも焦っていたと言うことだろう。
「まあ、そうね。もうちょっとムードはあっても良かったわね」
イルヴァが同意すると、エリアスはさらにうなだれた。
それがどこか、怒られた子犬のようで可愛くて、イルヴァは思わず笑ってしまったのだった。




