45.another_side 求婚のための作戦会議
エリアス視点続きです。
エリアスは家に着くと、学校内での出来事だったはずなのに、既に両親が状況を把握していることに気がついた。
普段ならまだ家にいない時間に、両親揃っていたからだ。
護衛のアストは一部始終を見ていたはずだが、一緒に学校から帰ってきたので、報告する暇はなかったはずだ。
「おかえりなさい、エリアス」
エリアスが着替えて両親の待つ部屋に向かうと、母エレオノーラがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
しかし、隣にいる父アウリスは、エレオノーラほどは顔を作れていない。明らかに息子からの報告を待っているような、好奇心の隠せない表情でこちらを見ている。
「僕が2回続けて踊ったのは、そんなに噂になっていましたか?」
エリアスは両親の向かいに置いてあるソファに座ると、開口一番に噂の出所を探った。
するとエレオノーラが小さくため息をついて言った。
「わざわざお茶会中のご婦人方に通話してきた生徒さんがいたのよ。それなりにね。私はお陰で、フェルディーン家とは婚約が進んでいるのかと質問攻めにあったわ」
どうやら女子生徒たちが実家に裏どりをしようと連絡した結果、瞬く間に親世代に広まってしまったようだ。
「それで、母上はなんと返答されたのですか?」
「現時点で言えることは何もないと言っておいたわ」
「どうせならもう少し、何かありそうな雰囲気を出していただいても良かったのですが」
エリアスがそういうと、両親はあからさまに明るい表情をして身を乗り出した。
「つまり、婚約したいと思える人なのかい?」
「はい」
「彼女とはいつからお付き合いを?」
どうやら両親は、エリアスが密かに隠して付き合ってきた恋人との関係を、今日明らかにしたと思ったようだ。
しかし彼女とはそんな関係では全くない。
「お付き合いはしていません。今日、初めて会話しました」
エリアスの言葉に2人は驚いた様子で互いに顔を見合わせた。
2人に状況を把握してもらうためには、事の詳細を伝えなければならないだろう。こんなことを両親に聞かせるのも恥ずかしいが、手段を選んではいられない。彼女に婚約を申し込むのであれば、両親の力添えは必須だ。
エリアスは、開き直って、今日、イルヴァとぶつかってからダンス中の会話の話までを一通り2人に話して聞かせることにした。
「エリアス……こんなことを言うのもあれだが……あまり脈はなさそうだな」
「そこまで踏み込んで言っても、相手にされないなんて……」
会話を聞き終わった2人の感想は、エリアスを憐れむものだった。
確かに、あそこまで告白めいたことを言っても、頬を染めるどころか真にうけてももらえなかった。両親に脈なしだと言われるのも仕方がない。
「ですが、夫婦としてうまくやっていけるかもと彼女も言っていました」
「それは……あなたに好感があるというより、政略結婚でも上手くやれるかもしれないというニュアンスに聞こえるけれど」
母の冷静なツッコミに、エリアスはうなだれた。
しかし、そんな様子を見て、母はしばし考え込んだ後、励ますように言った。
「とりあえず、婚約を申し込んでみれば良いと思うわ。彼女が貴族的な思考の持ち主であれば、上手くやっていけそう、ぐらいの気持ちでも婚姻を承諾してくれるかもしれないじゃない」
「母上にしては、直球勝負の提案ですね」
母はおっとりとした話し方とは裏腹に、頭の切れる策略家だ。家門の主要事業である魔法理論に強いのは父だが、レンダール公爵家を取り回しているのは母の力が大きい。その母が提案する内容にしては、無策なように思えた。
すると、エレオノーラはそんなエリアスの言葉に、笑いながら続けた。
「彼女の望みを叶えることが肝要よ。彼女が夫にしたいのは、気安く話せる相手なのでしょう? あなたが相手の言動を咎めないという魔法署名付きの書類でも持っていけば、彼女は喜ぶのでは?」
「なるほど……確かに、率直さを気にして、相手の気に障ってしまうことを恐れているようでした」
エリアスは全く思いついていなかったが、確かに彼女に言動の自由を与えれば、婚姻を考えてくれるかもしれない。
「正直に言って、フェルディーン家は、ほとんど情報がないわ。もう一度探らせてみるけれど、あの家は本当に情報が出てこないの。分かっているのは、あの家が、中立を装っているけれど実質的には反王家派ぐらいよ。だから、私たちが家として助力できることは少ないわ」
「アマルディア殿下のことがあるので、むしろ反王家派の家である方が、婚約を申し出ても承諾はしてくれそうな気がするけれど……真っ向勝負を仕掛けてみるしかないだろうね」
ある程度、相手の家の実情が分かっていれば、相手が望むものを用意して求婚することもできるが、情報がなければそういう根回しはできない。
そうなると、できるだけ相手に譲歩している姿勢を見せつつ、あまり長考させないで畳み掛けないといけない。
「ひとまず、僕がフェルディーン家に出向いて求婚してきます。話があると前触れだけ送りますが……郵送の遅れで、僕の訪問日に手紙が届くことでしょう」
「下手に出ていつつ、相手に考える時間を与えすぎないという戦略としては悪くないな。……エレオノーラからもアドバイスは?」
父は意図を見抜いてその作戦に同意した。そして、母の方に視線を向け、アドバイスを求めた。
「あの家は長子であるイクセル・フェルディーンは留学中で婚約者がおらず、イルヴァ・フェルディーンにも婚約者はいない。どちらが当主になるかの姿勢も不明よ。ただ、兄妹そろって婚約者がいないということは、政略結婚にこだわっていない証拠でもある。おそらく、本人の意思が大切よ」
情報はないと言っていたが、ないなりに母の情報の整理には驚かされる。
確かにエリアスやイルヴァと3つ年上のイクセルが留学に出ているのは不自然であるし、兄妹そろって婚約者がいないのも年齢を考えるとおかしい。
それに、イクセル・フェルディーンは王立学校を首席で卒業した成績優秀者だ。才覚もあり、イルヴァの兄ならば顔も整っているはずだから、女性に人気がないわけがない。
「本人の意思……好意を持ってもらう方向性は、難しいでしょうから、彼女にとって利点のある男になれば良いということですね」
「そうね……女の私から見ても、明らかに脈なしよ。ただダンスで踊っただけの同級生でしょうね」
自分で自覚はあるが、はっきりと言われると、改めて落ち込んでしまう。すると、アウリスがエリアスをなだめるように言った。
「まあまあ。貴族の婚姻ならば、利害からなんとかなることもある。エリアスがそれだけ相手を気に入っているのなら、後から好きになってもらえるようアプローチすればいい。婚約さえしてしまえばなんとかなる」
「フェルディーン家は敵に回すと苛烈な家よ。王家にでさえ屈しない。下手な小細工をするよりは、正面からぶつかって誠意を見せた方が、成功率は上がると思うわ」
「王家にでさえ?」
「昔、王家が交通整備の事業をフェルディーン家に押し付けたの。利益が出ないどころか赤字になるだろう公益性の高い事業をね。当時の当主は、王に条件をつきつけた。交通整備を引き受ける代わりに、交通事業で得た利益は未来永劫非課税にするようにと。また、交通整備が一度終わったに領地については、その後のメンテナンスは各領地に費用を請求するとも」
フェルディーン家は交通事業を家業としている家で、最近では新型の車も受注生産していると聞いた。国内のすべての道路の作成、補修事業を担っており、エリアスの知る限り、通行料でかなり利益が出ている。
「あなたも知っての通り、実際のフェルディーン家は、交通事業を大成功させたわ。莫大な利益を出しながら、彼らはその収益については免税されている。そして、彼らはその利益を、王家の直轄領以外の補修に一部当てているわ。その利益の恩恵で道路整備がされている領地も多いから、貴族はフェルディーン家の免税には口を出さない。結果、王家も約束を反故にする大義名分がないから免税処置を撤回できずにいる」
「思ったよりも、攻撃的ですね」
「彼らは普段は丁重だけれど、攻撃されたら最後まで戦い抜く一族よ。領地が常に魔物の脅威に晒されているという土地柄もあるのかもしれないわね」
「情報がないと言いつつも、お詳しいですね」
その説明を聞きながら感心していると、エレオノーラはため息をつきながら首を横に降った。
「これは高位貴族なら誰もが知っていることよ。公然の事実を情報とは言わないわ」
「僕は知りませんでしたが……」
「勉強不足ね」
はっきりと言われて、エリアスは何も言えなくなった。確かに、母が語ったフェルディーン家の情報はどれも秘密にしておけるような規模のものではない。だから、知っておいて当然の部類の情報になるということだろう。
「そういえば……僕の一存で、婚約を申し込んで良いのですか?」
話しながら、婚約を申し込む前提で進んでいることに今更気づき、エリアスは確認した。
精霊との契約により心の声が聞こえるという弊害はあれど、エリアスはレンダール公爵家の長子で後継者だ。
家の利益になるための結婚を勧められる可能性も考えてはいた。
しかし、両親ともに顔を見合わせると、首を振った。そして父が口を開いた。
「エリアスがその力を授かった時点で、政略結婚は考えていなかった。歴代でその力を持ち結婚した人は、皆、恋愛結婚だったようだ。おそらく、心の声を聞きたいと思えるような相手でないと成り立たないのだろう」
「僕の場合は恋愛結婚と呼べるかどうかは微妙ですが……」
「少なくとも、エリアスが好意を持って申し込むことには変わりない。それに、エリアスがアマルディア王女と一悶着あったことを考えると、フェルディーン家は案外、政治的にも最適の相手かもしれないしね」
そこまで言われて、エリアスはハッとした。
アマルディア王女はいまでも定期的にアプローチをかけてきていたが、エリアスが一向に承諾しないので、王家として正式な申し込みはいまだされていない。
しかし、エリアスの正式な婚約報告が上がれば、相手の家に圧力をかけるぐらいのことはするかもしれない。相手の家が親王家派だったり、圧力に負けるような小さな家門の場合は、迷惑がかかってしまう。
「そんな顔をしなくて大丈夫だよ。エレオノーラがいう通り、フェルディーン家は圧力に屈するような家ではない。今代の当主ヴァルターは一見、低姿勢で気が小さそうにも見えるが、ああ見えて大切な人への攻撃は許さない強さもある。娘のイルヴァが望んだ結婚なら、王家の圧力にも対抗するはずだ」
こうして結論は最初に戻ってきた。
「つまり、どう転んでも、大切なのはイルヴァ嬢に選んでもらえること、ですね。……ちなみに、父上と母上にも、日常の言動は咎めない旨の魔法署名していただいても?」
「構わないわ。でも、いきなりそれを持って行くのは怪しまれるから、まずはあなたのだけにしておきなさい。正式な婚約の申し込みのときに、同封してあげるから」
「わかりました。ありがとうございます」
おおよそ準備は整った。両親も全面的に協力してくれるようだから、あとはイルヴァ本人をどう説得できるかだ。
そうして挑んだ婚約申し込みの訪問は、結果として大成功だった。
両親の読み通り、フェルディーン家はイルヴァの意思を尊重して結婚を決める気だったようだ。婚約の申し込みの中で、イルヴァはエリアスを疑いながらも、エリアスのこと自体は理想の結婚相手として認めてくれていた。
そのおかげなのか、魔法署名付きの公正証書も効いたのか、エリアスの訪問直後に送った正式な書面に添えた両親の魔法署名がよかったのか、どれが決定打かはわからないが、フェルディーン家は思ったより早く承諾の意を返してきた。
「上手くいってよかったわね」
フェルディーン家から了承の書面をもらったエレオノーラは、その場で王家への婚約の報告書類を2部整えた。何やら魔法もかなり重ねがけしている。
なぜか同じ書類を作成し、さらには魔法までかけているのかと、母の行動の意図がわからずじっと見つめていると、エレオノーラはにっこりと笑って言った。
「都合の悪い報告は、うっかりと書類が紛失してしまったり、改竄されたりすることがあるから、その対策のためよ」
さすがの王家も婚約報告を紛失したりしないだろう。
エリアスはそう思っていたのだが、報告の直後、家に王家からの正式な婚約の申し込みの書類が届き、その期待はあっさりと裏切られることになった。
「アマルディア様の執着もすごいわね。ここ数年はまともに会話もしていないでしょう?」
父やエリアスと違い、予想通りという顔をしていた母は、明らかに婚約に横入りしようとしている王家の行動をみてため息をついた。
「そうですね……あれだけはっきり振られて我慢ならなかっただけの気もしますが」
「とりあえず、すでに婚約は成立しているからと断ることにする。婚約の報告書類は魔法契約書で、提出日も印字し、公証人も立てたから問題ないだろう。本当は、イルヴァ嬢でないといけない理由を何か言えれば良いのだが……」
イルヴァ・フェルディーンは、学校で存在感のある生徒ではあるが、学業面だと順位表に名前がないので、そこまで優秀というわけでもなさそうだ。
本人と話している限り、頭の回転は早そうに思えたのだが、勉強に熱意がないのかもしれない。
「せめて、魔法理論には強いといいのだが……」
「そういえば、イルヴァ嬢はモンテリオ教授の授業を受けています」
「そうなのか? ということは魔法理論に関しては素人ではなさそうだな」
こうして親子で話し合っていたイルヴァの資質への懸念は、すぐに解消されることになるのだが、この時のエリアスはそんなことはまったく予想していなかった。




