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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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43/55

43.招待客の暗記と情報源

 エレオノーラの指導が収まり、無事、昼食にありつけた一同は、和やかに雑談をしながら食事を楽しんでいた。

 昼食ではあるが、気合の入った見た目も美しい皿がいくつも並べられていて、目で見ても楽しいものが多かった。


 庶民的な料理も好きな方だが、こういう貴族然とした食事も、やはり洗練されていて好きである。

 イルヴァは魔法の次ぐらいに食事が好きなので、趣向の凝らされた料理を食べられるのは純粋に嬉しかった。



 昼食を終えると、本来の予定である、婚約お披露目の進行準備のために部屋を移動した。

 お披露目準備そのものは、アウリスは不参加で、エレオノーラ監督の元、イルヴァとエリアスが主体となって決めていくらしい。


 準備のために案内された部屋は、レンダール家の中にある図書室だった。図書室は明らかに他の部屋よりも天井高が高く、部屋の中に階段があって2階部分にあがれるようになっている。

 どうやらこの図書室の部分だけ吹き抜けで作っているようだ。そのため、広いタウンハウスの中でも圧巻の作りとなっていた。

 図書館は真ん中部分に本を読めるようにソファとテーブルが置かれたスペースがあり、イルヴァたちはそこに案内されて座った。


「本来は、2人が招待客まで決められるとよかったんだけれど、時間がなかったのでそれは私たちとフェルディーン夫妻で手配したわ。だから、まずはあなたたたちは招待客を覚えてね」

 

 エレオノーラがそういうと、イルヴァとエリアスの目の前に分厚い冊子が山積みで置かれた。手にとってみると、冊子一つにつき、1人の情報がまとまっているようだ。本物そっくりな魔法絵の肖像画が最初のページに載せられていて、その後にその人物の略歴や性格、素行まで載っている。

 どこの諜報機関を使ったのかと思うほどの調査書類に、他人にはあまり興味がないイルヴァでも、この書類の出所と情報源には興味が湧いた。


「どこかに依頼して調べさせたのですか?」

「いいえ。レンダール公爵家(うち)の諜報部よ」


 なんと自家製だった。


「貴族同士のやりとりでは、情報が命だから」


 確かに、相手のことを知っているか否かで対応はかなり変わってくる。イルヴァは社交力0の女なので、有名貴族でさえ、ロクに顔を覚えていないが、どうやら今回ばかりはそれは許されなさそうだ。

 冊子を見ながら、イルヴァは小さく息をついた。記憶力には自信がある方なのだが、興味によって記憶力の良さは左右される。人の顔と経歴は、全く興味のない部類だ。


「たとえ弱みを握られても、()()()()()()()()()()()()()、貴族社会は渡り歩いていけるわ」


 にっこりと笑顔で、しかも、おっとりとした口調でエレオノーラはそういうが、言っている内容は物騒極まりない。レンダール公爵家の夫人ともなれば、どんなに穏やかそうに見えても、このぐらいの牙は持っていないと務まらないということのだろう。

 

 ーーーこれは、私のことも調べられているわね。


 探りを入れてみようと思いつき、イルヴァはエリアスの方をじっと見つめた。書類をパラパラとめくっていたエリアスは、イルヴァの視線に気づいて手を止めて、青い目をこちらに向け、笑顔を作ってくれた。


「どうしたの?」

「私の冊子もあるんでしょう? どの程度、調べられたか興味があるんだけど、教えてくれない?」


 その瞬間、エリアスの笑みがやや引きつった。なんとかして平静を装っているが、どうやら図星だったようだ。

 エレオノーラはまったく動じることなく、穏やかな笑みのままなので、腹芸はエレオノーラの方が数段得意のようだ。

「フェルディーン家の調査は難しかったのではありませんか?」

 イルヴァが首席である情報も漏れていなかったぐらいだ。あの時のアウリスとエリアスの驚きぶりは演技ではないだろう。

 すると、表情を保っていたエレオノーラが、その表情に少しだけ好奇心を覗かせて尋ねてきた。


「使用人の口をどうやって閉じさせているの?」

「面接と、魔法契約です。母も私も()()()()()なので」

「魔法契約?」

「はい。フェルディーン家では、家に出入りする全員に守秘の魔法契約を結ばせています。基本的に、拒否する人間は家に入れないのです。それがたとえゴミ焼却場の管理人であっても」


 イルヴァのその回答に、エレオノーラは目を見開いた。

 家の重要な秘密を知る人間には守秘契約を結ばせることも多いが、下働きにまで一貫して魔法契約をしている家は少ないはずだ。魔法契約というのは、特にリスクはないが、以外と一回の契約にそれなりの魔力を消費する。一度契約してしまえばそのあとに魔力を消費することはないため、イルヴァのような魔力無尽蔵の人間には関係がない。

 フェルディーン家は魔力が多いことを隠して生きてきたため、まさか律儀に全員と魔法契約しているとは思われていないだろう。


「それを明かしてよかったの?」

「大丈夫です。私は明かしていいことしか知らされていませんから。それに、魔法契約を打ち破るには私より魔力の強い魔法師を用意する必要がありますが……」


 それは無理でしょうね、という言葉は言わずとも理解されたようだ。

 エレオノーラはイルヴァが魔法を行使しているところを目にしていないので、魔力量については懐疑的な部分があるだろうが、それでも、ある程度の納得はしたようだ。

 厳密にいえば、フェルディーン家の守秘契約は一家全員それぞれと結ばれているので、もっと強固だが、それは言うべきことではないので黙っておく。


「さっきの質問だけど……予想通り、大して調べられなかったよ。フェルディーン家の中でも群を抜いてイルヴァが1番調べづらかった。わかったのは学校での噂話ぐらいのもので、君が首席なことすら掴めなかった」

「ユフィが口を割らない限り、そもそも私の情報を持っている人間が少ないものね」


 友人が少ないというのも、情報を洗いづらい一員だろう。

 王立研究所や学校はそもそも守秘契約を結んでいる関係性なので、勝手に秘密を漏らすことはできない。結局のところ、交友関係から探りを入れて情報を掴んで行くことが多いので、友人の少ないイルヴァの調査は難航したのだ。


「そういえば、昨日、普通に屋敷をイクセルさんが歩き回っていることに驚いたのだけれど……。あれも魔法契約と防衛魔法に自信があるからなのかしら?」

「はい。私がいる間なら、そもそも認識阻害で兄の存在を特定の人間以外に感知させないということもできますし、侵入者がいても気づけますから」

「フェルディーン家の情報が集まらないわけね……」


 先ほどエレオノーラはより強い弱みを握ったほうが渡り歩いていけると言っていた。それはそのまま、相手よりも自分の方が相手にまつわる情報を持っている方が、貴族社会では優位に立てると言い換えられる。

 しかし、フェルディーン家については情報が薄かったはずだ。それなのにどうして、彼女はこの婚姻を良しとしたのだろうか。


「どうして、私との婚約を許可されたのですか? フェルディーン家のほうがレンダール家の情報を持っている可能性があったのではありませんか?」


 実のところ、フェルディーン家は守秘は徹底させているが、他家の情報に精通しているというわけではない。しかしエレオノーラの思想がレンダール公爵家としての総意であれば、看過できないはずだ。

 それなのに、なぜ、彼女は息子とイルヴァの婚約を許可したのだろう。


 その質問は、エレオノーラは答え方に悩むかと思っていた。しかし彼女は、優雅な笑みを浮かべると、歌うようにこう言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、情報戦を制することよりも、私たち夫婦にとって大切なことだったから」


 薄々、わかってはいたことだが、この婚約の主導権はやはりエリアスにあるようだ。しかし、公爵家夫妻である2人が、一族の存続にも関わる息子の結婚を、息子の意思を1番に優先するというのは違和感が拭えない。

 まるで、エリアスが自ら選んだ人でなければ、婚姻が成り立たないとでも思っているかのような態度だ。


「じゃあ、私は一度席を外すから、2人で協力して覚えていってね」


 エレオノーラはそういうと、侍女と共に図書室を離れていった。

 その世話見送りながら、イルヴァは彼女の言葉の意味を吟味する。


ーーーお兄様の言う通り、やっぱり私が唯一触れられる相手なのかしら? 


 もしそうであれば、エリアスの意思を尊重するのは分かる。問題は、なぜエリアスは他人に触れられないか、だ。

 潔癖症だとしたら、おそらくイルヴァにも触れられないのではないかと思うので、その線は薄いと考えている。そうなると、魔力絡みの事象や病かもしれない。

 相手に触れると、()()()()()()()()()()()()()()()、その結果として体調を崩すという病気はいくつか研究論文を読んだ覚えがある。

 

「イルヴァ?」


 思考の沼にハマっていると、エリアスが遠慮がちにイルヴァの肩をぽんぽんと叩いて呼びかけてきた。気づいたらエリアスの顔が思ったより近くにあって、イルヴァはとっさに距離をとった。

 美しい顔が近くにあると、やはり無条件でドキドキしてしまう。

 しかし、距離をとった直後、何を思ったか、エリアスはなぜかイルヴァが下がった分だけの距離を詰めてきた。


「何を考えてたの?」

「……あなたが私を選んだ理由よ。私でなければいけなかった理由」

「それは……」


 エリアスが困った表情を見せたので、イルヴァは首を横に振って、その言葉の先を続けた。


「あなたが言いたいタイミングで言えばいいわ。その気持ちは変わってない。ただ、いくつか仮説があって、それについて考えていたわ」

「仮説って?」

「……言わないほうがいいんじゃない? あなたはまだ打ち明ける準備ができてないから、聞かないほうがリアクションもしなくて済む。私は純粋な好奇心で推理しているだけで、特に答えが欲しいわけではないの」


 エリアスはこくりと頷くと、少しだけ離れた。

 そして、躊躇いがちに尋ねてきた。


「イルヴァが理由にこだわるのはどうして?」


 こだわっているつもりはなかったが、確かに理由についての思考はずっと繰り返している。ただ、これは特にエリアスのことだからというわけではないことをはっきり伝えたほうが、エリアスも秘密を抱えることの罪悪感が減るだろう。


「うーん……全ての現象の理由を知りたいと思うのは、人間の原始的な好奇心だと思わない?」


 結局のところ、知的な好奇心だ。本来ならよりどりみどりで相手を選べるはずのエリアス・レンダールが、イルヴァ・フェルディーンを選ぶなんて道理に合わないから気になるのだ。

 その素直な気持ちを打ち明けると、なぜかエリアスが少しがっかりした表情を見せた。


「どうしたの?」

「いや……僕が高望みしてたってことが分かったよ……僕だから気になるわけじゃないってことだね」


 ーーーあれ、私、もしかしてエリアスの求めていたのと真逆の回答をした?


 エリアスの秘密だから気になってるわけではないということを率直に伝えたのは、気遣いのつもりだったのだが、どうやら間違いだったらしい。


 なんとか彼の望む方向性のことが言えないかと、手元の書類に目を通しながら考え、イルヴァはエリアスのことだから気になる理由を、ついに思いついて言った。


「まあ、その理由で婚約するなら、その理由が解消したら振られそうだから、そういう意味でも気になるかしらね。()()()()()()()()()()()()()()


 イルヴァが手元の書類を流し見しながらそういうと、隣でバサバサと書類が床に落ちた。

 エリアスが手を滑らせたようだ。拾うのを手伝おうとしたら、エリアスが顔を赤くして俯き、何か呟いている。


「どうしたの? 大丈夫?」


 エリアスの顔を覗き込もうとして、垂れてきた自分の赤い髪を払いのけてから、エリアスの顔をじっと見つめた。

 すると、エリアスもまたその美しい青い瞳をこちらに向けて言う。


「君って、ずるいよね」

「何が?」


 瞬きをしながら考えるも、エリアスはその問いには答えてくれなかった。

 ただ、その後の2人での暗記作業の時のエリアスの表情は明るかった。

次から2話エリアス視点です

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