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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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42/55

42.レンダール家での魔法理論談義

「あの藤の花を逆さにしたような形の花がルピナスで、あちらの赤と橙の鮮やかな花がヘレニウム、あれがエリカで……」


 レンダール公爵夫人であるエレオノーラ渾身の作品である庭園は、見どころのある花々でいっぱいだった。そしてその息子であるエリアスは、花にもとても詳しかった。

 通話の魔石を渡した後、本来の目的である庭園散策を楽しんでいる道すがらで、エリアスがところどころ見どころを解説しながら歩いてくれていたのだった。


 イルヴァはエリアスの説明する花の名前を半分も知らなかったし、見分けがつかないことも多かったが、エリアスは自然に説明してくれていたので、彼にとっては当たり前の知識なのだろう。


「花に詳しいわね?」

「母上の影響だね。幼い頃から庭園で花の話を聞かされて育ったから」

「私よりよほど詳しいわ。困ったわね。私が管理するより、あなたが管理する方がうまく行ってしまいそう」

「やりたくないならそうする?」

 エリアスがからかいまじりにそう尋ねてきたが、イルヴァは首を横に降って否定した。

「女主人としての仕事よ。苦手でも全うするわ」


 庭園の管理など興味がないと言っていては、女主人は務まらない。エリアスとの婚姻には誠実に向き合う気だし、それはレンダール公爵夫人の名に恥じず、やるべきことは全うする覚悟でもある。

 

「慣れるまで僕も手伝うよ。希望の花を聞かれても困るだろう?」

 そう気負っていたが、そのありがたい申し出には素直に従うことにした。

「……よろしくお願いするわ」

 

 庭園の散策から戻ると、昼食の準備ができたことを告げられ、2人は食事を取るための部屋に案内された。

 屋敷の中では、一般的なシュゲーテルの礼に乗っ取り、イルヴァがエリアスの右側の一歩後ろで、彼の腕をとって歩く。

 そこで初めてレンダール家のタウンハウスの中に足を踏み入れたのだが、中には質のよい調度品が品よく並べられ、後援している芸術家の作品もところどころに飾られていた。

 建物自体も美しい作りだが、内装やインテリアによって、この屋敷はより輝いているように見える。

 フェルディーン家は、タウンハウスこそ、そこそこ整えてはいるが、どちらかというと実利を重んじる家風で、このような雅やかさとは縁遠い。

 本邸に至っては、どちらかというと魔物との攻防戦に最適な砦としての機能のほうが強く、戦闘の邪魔になるような装飾は削ぎ落とされている。


 一般的には屋敷を整えるのは女主人の仕事とされるため、これはエレオノーラがやっていることであり、将来的にはイルヴァに求められることだ。

  

 ーーー別荘も素晴らしかったけれど、タウンハウスはもっと素晴らしいわ。……素晴らしい分、将来的にここの管理を任されるかと思うと、荷が重いわね。魔法の研究か、魔物と戦ってる方が向いてるんだけど……。


「タウンハウスはどう? 気に入った?」


 ぼんやりとそんなことを考えていると、少し前を歩くエリアスが振り返りながら言った。なぜかエリアスは、少し不安そうな顔をしている。

 こんなに素晴らしい屋敷に幼少期から慣れ親しんでいると、他人の評価が不安になってしまうのだろうか。この素晴らしい屋敷に自信を持ってほしい。そう思ってイルヴァは意識的に笑みを浮かべた。


「素晴らしいわ。フェルディーン家の本邸は無骨だから、ここまで美しく整えられた空間をみると、感動に尽きない。お義母様の管理が素晴らしいからよ」

「ありがとう。母上も喜ぶよ」

 イルヴァは全力で褒めたつもりだったのだが、なぜかエリアスは、礼を言いながらも、まだ不安げな表情をしている。まだ何か言いたげな様子に見えたので、イルヴァは先を促すことにした。

「何か?」

「……その、庭園の管理の話はしていたけれど、君はあまり気負わなくていい。父上は健在で、僕が当主になるのもまだまだ先の話だから」


 エリアスは本当に察しがいい。

 以前も、イルヴァが社交のことで不安に思っていたからか、あるいは今日、庭園の管理の話で困っていたのをわかっているからなのか、イルヴァにとってレンダール公爵家の女主人になることが重荷でないかを気にしてくれているのだ。


「大丈夫。逃げ出したりしないわ。私はこれでも貴族の娘として育ってきたのだもの。嫁ぐと決めた相手の家政を取り持つことは当然のことよ」

「この婚約が、嫌になったりしない?」

「しないわ」


 どうしてだろう。後がないのはどちらかといえばイルヴァの方だと思っていたのだが、エリアスはいつでもこの婚約に必死なように思える。

 彼はシュゲーテル王国一の美男子で、貴族女性から圧倒的支持がある。気配りできる性格で、優しく、性格も文句のつけようがない。ついでに公爵家で身分も高い。

 顔、性格、身分、三拍子揃った男がモテないはずがない。というより、イルヴァの知る限り彼はとてもモテていたのだから、婚約なんて誰とでもできそうなものだが、なぜか彼はイルヴァに執着している。

 兄の予想では、イルヴァが唯一触れる女性なのではないかと言っていた。イルヴァが他の女性と違うとしたら、嘘をつかないという精霊との契約か、あるいは契約の結果、魔力が特殊であるかのどちらかだ。

 それ以外は人間の個体差はあれど、本質的に違うと言えるようなものは何もない。


 ーーー潔癖症じゃないとしたら、なんだろう。触れる時に、起こること、か……。

 

 エスコートされているので現在も触れている。しかしエリアスは、よほど演技がうまいわけではなければ、イルヴァに触れている時に何か問題がありそうには見えない。

 ダンスが無理なのであれば、手袋の有無は関係ない。どちらかといえば魔力絡みの線が高い。


 ーーー魔力に関係あるものの線のほうが濃厚そう。なんだろう……。人に触れるのを嫌がる、魔力関連の事象は何かあったかしら。


「イルヴァ、あれは最近、母上が支援している画家の絵で、母上もとても気に入っている作品なんだ」


 思考の沼にハマっていたところ、エリアスから声をかけられて意識が浮上した。

 言われた方向を見てみると、静かな湖面と夕日が描かれた美しい絵画がかけてあった。絵は物理的に絵の具で描く手法と、魔力を編んで絵にする手法に分かれるが、この絵画は絵の中身が動いたりしなそうなので、物理的に描かれた絵のようだ。


「美しいわ。この湖はどこなの?」

「レンダール領にある、ラグーナ湖だよ。透明度が高いのが有名で、青い湖面の絵が多いんだけど、彼は夕暮れを選んでるんだよね」

「この画家にとっては、夕暮れが1番美しかったんでしょうね」


 一歩立ち止まって見ていたが、歩き始めようとエリアスの方をみると、彼はにっこりと笑って言った。

「どこかの休日で、ラグーナ湖は、日中か夕暮れかどちらが美しいのか、確かめて見ない?」

「いいわね。楽しみだわ」

 その素敵な提案は、迷わずに快諾した。一般的に広く支持される日中の風景か、この画家が選んだ夕暮れか、どちらが自分の心を突き動かすのかは興味がある。

「じゃあ、約束だね」

 エリアスはそういうと、再び歩き出したので、イルヴァもそれに合わせてその場を後にした。

 



 昼食を取る部屋は、この広大なレンダール家の屋敷の中では、比較的落ち着いたサイズの部屋だった。

 広すぎても落ち着かないので、イルヴァとしてはちょうど良いサイズだ。

 エリアスとイルヴァは先に通されて座ったところで、レンダール公爵であるアウリスと妻のエレオノーラが揃って姿を現した。

 イルヴァは立ちあがろうとしたが、アウリスに手で制された。


「家族でそんなに堅い挨拶は不要だよ。そうそう。妻のことをお義母様(おかあさま)と呼ぶのであれば、私のこともお義父様(おとうさま)と呼んでくれ」


 まだエレオノーラをそう呼んだことはなかったが、何やら呼んで欲しそうな空気を感じられたので、イルヴァは躊躇いがちに言った。


「お義父様、お義母様、本日はお招きありがとうございます」


 イルヴァがそういうと、アウリスもエレオノーラも嬉しそうに微笑んだ。どうやら正解だったようだ。エリアスも口パクで、ありがとう、と言っている。



「我が家のタウンハウスは気に入ってくれたかしら?」


 席に着いたエレオノーラが、側仕えの侍女にアイコンタクトを送った後、こちらを向いて言った。


「はい。外観も素晴らしかったですが、内装やインテリアも素晴らしくて、目移りしてしまいました」

「それは良かったわ。フェルディーン家のタウンハウスも美しかったから、心配だったの」

「ありがとうございます。母が喜ぶかと思います」

「やはり、本邸はもっと美しいのかしら?」


 問われて本邸の様子を思い浮かべて、イルヴァは苦笑しながら首を横に振った。


「フェルディーン領での本邸は、魔物との戦いの拠点でもあるので、戦う上で無駄なものは置いていません。魔物の侵入を許すこともありますので、置いて壊されることもありますから」


 フェルディーン家の本邸では、魔物が活発化する冬は、壁を蹴破って魔物が乱入してくることもそれなりにある。イルヴァがいる間は防衛魔法を張っているので、さすがに内部まで侵入は許さないが、本邸の屋外を歩いていて魔物に遭遇するのはよくあることだ。


 だから本邸の人間は全員が兵士である。それは侍女だろうが洗濯係だろうが変わりはない。戦えるものだけが本邸で仕える資格があり、いつ何時でも魔物を追い返せるように訓練されている。


「魔物の侵入を? 魔物が多すぎて、開けていた窓から入ってきてしまうことが?」


 イルヴァは特に何も考えずに答えてしまったが、魔物が屋内に侵入するのは普通の領地ではあり得ないことだと思い出した。


「窓からもありますね」


 ーーーどちらかというと、馬鹿なワイバーンが丸ごと突っ込んできて壁に大穴が空くとか、ヘルハウンドの炎で壁が焼かれるほうが多いんです、お義母様。


 フェルディーン家は意図的に自領で出てくる魔物の強さを秘匿しているので、あまりベラベラと喋るわけにはいかない。

 エレオノーラが想像したのはせいぜいアルファウルフ1頭が窓をすり抜けて入ってくるぐらいのものだろうが、アルファウルフ1頭であれば、襲ってこなければ放置するかもしれない程度には脅威にならない。

 ただ、この話を長くすると、嘘をつけないイルヴァには不利だ。

 レンダール家にはある程度事情を話す日が来るかもしれないが、その判断をするのは当主の父か、次期当主の兄だ。


「イルヴァだったら、魔物の群れに襲われてもあっという間に倒しそうだね」

「大体の魔物はね」


 そんなエリアスとの会話を聞いていたアウリスが、首を傾げて聞いてきた。


「イルヴァは首席卒業したと聞いたけれど、戦闘の腕にも覚えがあるのかい?」


 その問いにイルヴァが答える前にエリアスが答えた。


「彼女は車の中で雑談しながらアルファウルフを30体ぐらい倒してましたよ」

「アルファウルフを30体? それはすごいな」

「でも、イルヴァなら1人で100体全滅させられたでしょう?」

「そうね。アルファウルフなら、数百体いてもさして脅威ではないわ」

「素晴らしい。戦闘魔法の研究を進めているから、ぜひ意見をもらいたいものだ」


 アウリスは喜んでその話を聞いていたが、隣にいたエレオノーラの顔が曇っていた。

 何が気に障ったのかと不安に思っていると、イルヴァとパチリと目が合い、柔らかな笑みを浮かべてくれた。そしてにっこりと微笑みながら聞いてきた。


「アルファウルフの群れに襲われた話は聞いたけれど……100体に襲われたの?」

「はい。あの地域は生息域ではないので、十中八九、意図的に放流されたかと」


 イルヴァは正直に答えてから、やっと、アウリスとエリアスが2人揃って困った顔をして、首を横に振っているのが目に入った。どうやら、エレオノーラは詳細な話を聞いていなかったようだ。


「エリアス、私への報告が足りないんじゃないかしら?」

「何体かは聞かれていなかったので」


 エリアスはさっきまでの困った顔はどこへやら、涼しい顔をして返答している。まるで自分は悪くないと言いたげな表情だ。


「あなたは知っていたんですか?」

「あぁ……アルファウルフが数頭でいることは珍しいから、それなりにいるとは思っていた」


 飛び火した先のアウリスも、落ち着いた表情で返答している。

 エレオノーラは2人の顔をじっくり見た後、いつもの穏やかな口調に少しだけトゲを滲ませて言った。


「私にだけ秘密にしていたのね?」

「いえ、そんなことは……」

 エリアスが口ごもると、エレオノーラはエリアスの後ろに立って控えていたアストに問いかけた。

「エリアスに身の危険があれば、報告するのは、アストの仕事ではないの?」


 突然、火の粉が飛んできたアストは、目を見開いた後、恐る恐るというような様子で口を開いた。

「いえ、身の危険があったかといえば、エリアス様に身の危険はなかったかと……。フェルディーン様の強固な防衛魔法の中にいらっしゃったので、この屋敷にいるより安全そうでした」


 アストの答えを聞いたエレオノーラは、更に眉根を寄せて問いかけてきた。


「防衛魔法? それはつまり……エリアスが防衛魔法の中にいたのに、イルヴァは外でアルファウルフを討伐したの?」

「? 私も防衛魔法の中にいましたよ」

「防衛魔法の中では攻撃できないでしょう?」


 質問されてから、そういえば兄も同じことを言っていたのを思い出す。すると隣にいたエリアスも、思い出したとばかりに尋ねてきた。


「イルヴァはどうやって防衛魔法の中で攻撃魔法を使ってるの?」

「魔法の発動地点を防衛魔法の外にしているだけよ」

「発動地点の座標を指定してるってこと?」

「そうね。完全式は発動地点と方向どちらも定義しないといけないから」


 イルヴァはいつも戦う時、防衛魔法を展開しながら、攻撃魔法を打つが、普通の人はそうしていないことを思い出した。


ーーーでも、これは精霊との契約前からこうしてたけど……。


 魔力量が必要なわけでもないので、完全式を扱えるなら、そこまで難しい技術ではない。


「イルヴァは防衛魔法を張りながら攻撃魔法を? それは、体系化できれば戦闘魔法の飛躍的な進歩じゃないか!」


 話を聞いていたアウリスが興奮した様子で言った。レンダール公爵家は戦闘魔法の研究に余念がないから、当然とも言える。


「完全式なら簡単なので、体系化するまでもない気がしますが……省略式でやることに意義があるということですよね?」

「それはもちろん、省略式でないと扱える人間が限られすぎるからね。ただ、完全式の理論でも新魔法論文は書けるのではないかい?」

「いえ。完全式で発動拠点を変える理論自体は、すでに新魔法論文として発表されています。リズベナー公国での発表ですが」


 リズベナー公国は攻撃魔法の用途で発表したわけではなかったようだが、発表はされていた。イルヴァは直感的に扱っていたぐらいだから、当然、発表されていて然るべき理論である。


「なるほど。そうなのか。では、省略式にしないとだな。レンダール家では毎年何かしらの研究成果を発表しているんだが、どこかのタイミングで、そのテーマで発表してみないかい?」

「分かりました。おそらく省略式にすること自体は、そんなに難しくないと思います」


 研究したいテーマがたくさんあるが、この程度なら隙間時間に進められそうだ。

 それにアウリスの様子を見るに、そこまで急いでいそうにもない。

 1ヶ月後ぐらいに出せれば、合格範囲だろう。


「イルヴァが素晴らしい魔法師なのは分かったわ。……でも、私への報告を怠ることとの因果はないわね?」


 その場のほとんどの人間が、魔法理論の話に夢中になっていたというのに、エレオノーラだけは元々の話を忘れていなかった。


 彼女の言葉に何も言い返せないようで、アウリスとエリアス、そしてアストがそれぞれ細々と謝罪を口にした。

 そんな覇気のない3人に対し、エレオノーラは声を荒げることこそないが、きっちりと報告を徹底するよう指導している。彼女はおっとりとした口調だが、それでも怒っているのだ。

 

ーーーどこの家も母は強いのね……。


 次々に出される美味しそうな前菜を前に、エレオノーラの怒りが治って、食事が早く始まることを祈っていた。


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