表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/55

40.お披露目衣装のデザイン決め

「イルヴァ。アルムガルド様とエリアス様を置いて行くなんてどういうつもりなの?」


 あのあと、両親が帰宅し、話があるので正餐(フルコース)だという連絡を受けたため、兄との軽食雑談会をお開きにし今に至る。

 そして前菜が出てくるよりも先に、母ミネルヴァの怒りが出てきてしまったのだ。


「あ、そっちの方を怒るんですね」


 余計なことを言った兄イクセルを睨みつけると、イクセルはさっと視線を逸らした。すると、ミネルヴァはもともと怒っていた理由を思い出したようで、そうだったわ、とため息をつきながら言う。


「魔法の守秘についてもよ。気軽に新しい魔法を使うのはおよしなさい。論文として発表してからならともかく、まだ論文にできるほど体系化もしていない魔法をぽんぽん使うだなんて」

「あの魔法が盗まれるとは思えませんが……」

「盗まれる、盗まれないの話ではないわ。あなたの魔法は使い方によっては戦い方を大きく変えてしまうものよ。目をつけられたら危険だと分かっているでしょう?」

「申し訳ありません」


 空間魔法は軍事利用されやすい。だからこそ、イルヴァも慎重に扱っていた。物の移動ぐらいなら良いかと思ってしまったが、物の移動だけでも、軍事面で利用できることは多くあるだろう。


「罰として、レンダール家と正式に婚約のお披露目もあることだから、みっちり礼儀作法について勉強してもらうわ」

「そんな!」

「今ままで多めに見てきてあげたのだから、たかだか数週間ぐらい辛抱なさい!」


 これを承諾しないと母の怒りは収まりそうにない。しかしながら、母の礼儀作法の授業は厳しい上にイルヴァにはできない話法もたくさん出てくる。

 昔から勉強は得意だったが、礼儀作法、特に話法については母に合格と言われたことがない。


「そんなに嫌そうな顔をしても今回は免除しないわよ」

「う……」


 兄と父にも視線を向けたが、2人に逸らされた。なんだかんだで、2人からしてもイルヴァの礼儀作法が公爵家レベルには足りないということだろう。

 単純に、母が怖いのかもしれないが。


「さて、本題を話しましょう」


 母が先ほどまでの冷たい怒りを抑えて、明るくそう言うと、タイミングを見計らったかのように前菜が並べられた。皿までよく冷えた冷菜だ。


「もう聞いたかもしれないけれど、レンダール公爵夫妻と合意して、イクセルの後継者のお披露目と、あなたとエリアス様の婚約のお披露目を同時に行うことにしたの」

「場所はフェルディーン家ですか?」

「ええ。イクセルのお披露目があるからそうしたわ」


 シュゲーテルでの貴族同士の婚姻で一般的なのは、爵位が上の方の家でお披露目を行うことだ。イルヴァとエリアスであれば、レンダール家で行う方が通例である。

 しかし、今回はイクセルの後継者のお披露目もあるので、さすがにフェルディーン家でやらないわけにはいかない。レンダール公爵家で行うと、レンダール家がフェルディーン家に内政干渉するという表明にも見えてしまうためだ。


「同時に行うのは、やはり王家への牽制ですか?」

「ああ。レンダール公爵もなぜか相当この婚約に乗り気でな……。当日の服装も、両家で揃えようと言う話になった」

「両家でですか? 私とエリアスがではなく?」


 驚いて問い返すが、父ヴァルターは頷いた。

 婚約のお披露目では、基本的に婚約する2人は装いを合わせるが、両家全員で揃えるというのは聞いたことがない。そこまでやれば、王都中の噂になるだろうから、お披露目に招待されることのない王家の耳にも届くだろう。

 確かにイルヴァが思っていたより、相当、本気で外堀を埋めにかかっているように思える。


「どんなデザインでしょうか?」

「それについては、レンダール家のお抱えのデザイナーがデザインするとのことで、私たちも詳細は不明なんだ」


 リズベナーの旅の中でエリアスとも、イクセルのお披露目の時の衣装を互いの色にしたら良いのではという案を話していたのだが、それを超えてくる提案に、イルヴァは自分の想像の限界を感じていた。


「お兄様は良かったのですか?」

「僕は服装にそこまでこだわりはないし、目立ちたいわけでもないしね。全員揃いの衣装にしたら、僕のことなんてみんな覚えてないと思うよ」


 目立ちたくないというのであれば、今回の提案は願ったり叶ったりかもしれない。両家7名で同じ衣装を着ていれば、全体としては目立つ集団になるが、イクセルの存在感は薄まる。

 次期当主お披露目で、その本人が目立たなくて良いのかは疑問だが、本人が目立ちたくないというのであれば、それは尊重するべきだろう。



 そう思っていたのだが、2日後、両家の揃う衣装合わせの日に、その認識は訂正された。

 イルヴァとエリアスが帰宅してわずか2日でレンダール公爵家一家が、フェルディーン家に訪れていた。

 家格の低いフェルディーン家の方が総出で出向くのが普通だが、兄は対外的には国外にいるという前提のため、配慮していただいたようだ。

 どうやら本当は昨日を提案されたようだが、屋敷を整える時間が欲しかった母が、イルヴァの疲労を言い訳にして伸ばしたようである。公爵家含む面々の衣装を仕立てるのに3週間もないのはデザイナーや縫い子も不憫であるが、致し方がない。

 このタウンハウスに突然、公爵家の方々を向かい入れることになってしまったのだから、デザイナーの労働時間が減ろうが、準備時間は母も譲れなかったのだろう。本当は1ヶ月準備したって不安があるだろうに、1日でやり遂げた母は流石である。


「本来は我々が出向くべきところ、ご足労いただきありがとうございます。ヴァルター・フェルディーンと申します。こちらから、妻のミネルヴァ、長男で後継者のイクセル、そして長女のイルヴァです」


 レンダール一家が車から降りてきたところで、父が簡単に挨拶と紹介をした。

 それに合わせて、アウリスが対応するように家族を紹介した。


「こちらこそ押しかけてすまない。アウリス・レンダールだ。こちらが妻のエレオノーラ、息子のエリアスだ」


 エリアスとそっくりなアウリスと違い、彼の母であるエレオノーラはエリアスと顔立ちの造形はあまり似てはいなかった。

 彼女も金髪碧眼だが、エリアスの目よりも深い青だ。髪質は編み込んでいるのでわかりづらいが、柔らかそうに見える。エリアスが目を引くような華やかな美青年だとすると、エレオノーラはむしろ控えめで、どこか儚げな雰囲気のある美人で、黙っていれば壁の花になってしまいそうな線の薄さだった。


 ーーーでも、綺麗な人。


 イルヴァには絶対にだせない透明感のある美人で、少し羨ましい。

 そんなことを考えてまじまじと見つめていたら、目があってしまった。イルヴァは慌てて笑みを作る。すると、エレオノーラも、静かに微笑み返してくれた。

 


 一同は採寸もできるように広めにスペースのある応接室に向かった。通常の衣装合わせは男女で部屋を分けるのだが、今回は両家で男女問わずに衣装を揃える必要があるため、まずはデザイン画とサンプルの確認をするのだそうだ。

 レンダール家の護衛が分厚い本と、布につつまれた何かを大量に運び込んだので、ダンスできる程度には広い部屋が狭く感じる。


「デザインの方向性はある程度、作成させました」


 分厚い本を開きながら、エレオノーラ夫人が言った。話し方はどこかおっとりとしていて、物腰柔らかな雰囲気で、彼女のもつ外見の雰囲気によく似合っていた。

 情報統制のため、デザイナーはこの場にはいない。デザイン本とサンプルで方向性を決めるのと、採寸だけして、デザイナーに最終調整してもらう手はずだ。採寸の結果であれば、遠隔でも通話で伝えられるので兄イクセルの所在地がどこであれ、その数値があること自体は不自然ではない。


「こちらをご覧ください」


 分厚い本のいくつかにしおりが挟んであり、そこがおすすめのデザイン画がある場所のようだ。その本が引かれた瞬間、フェルディーン家の面々の顔が引きつった。

 トータルコーディネートで載せられているのだと思っていたら、なんと今開いた本はジャケットだけのデザイン画だったためだ。しかも、女性陣はドレスなはずなのに、明らかに女物のジャケットも載っている。


「イクセル殿のお披露目ですから、まずはそこから決めていきましょう」

 エレオノーラがおっとりとした様子でそう言いながら、優しい視線をイクセルに向けた。目立たなくて良いと言っていた兄だったが、自分の服から決めると宣言されて、笑みが引きつっている。

「それに合わせて調和の取れるデザインでイルヴァ嬢とエリアスの服を決めて、最後に我々の服を決められればと思います」

 物腰の柔らかさに反して、段取りはしっかりしているエレオノーラに、イクセルを除くフェルディーン家の3人は頷いていたが、そこでイクセルが笑みを保ちながら言った。

「私の服よりは、イルヴァのドレスから決めたほうが、面白みがあるのではありませんか?」

「え?」

「あら、イルヴァさんに強いこだわりが?」


 エレオノーラの視線がこちらに向けられた。

 この流れはまずい。イクセルは自分の選択が両家の装いを決めてしまうことに恐れおののいて、その大役をイルヴァに押し付けようとしている。

 だが、そんな役はイルヴァもごめんだ。


「いえ。私はエリアス……様の色を取り入れるぐらいの構想しか持っていませんでした」

 イルヴァはすかさず、自分がほとんどこだわりを持っていないことをアピールした。イクセルがイルヴァに驚いた視線を向けたが、見えないことにする。

「あら、エリアスのことは呼び捨てで大丈夫よ。それに色を取り入れるのはもちろんするわ。そのぐらいのこだわりであれば、せっかくだから、イクセル殿が先に決めるで良いかしら?」

「はい、もちろんです」


ーーーお兄様、ごめんなさい。でも、ここは未来の義母に従っておくわ。


 未来の義母の機嫌も取れ、自分も面倒ごとを避けられるので願ったり叶ったりだ。イクセルが恨みのこもった目でこちらを見てくるが、イルヴァはイクセルの方を絶対見ないようにした。

 すると、パチリとエリアスと目があった。

 エリアスはどうやらイクセルとイルヴァの譲り合い(おしつけあい)の攻防戦がツボにハマったらしい。くすくすと笑いながら、口パクだけで「良かったね」と言った。


「そういえば、皆様、私のことはエレオノーラと呼んでください。せっかく家族になるのですもの。レンダール公爵夫人では固すぎますから」

「私のこともアウリスで構わない」


 続けて言われた内容に、イルヴァは何も考えずに頷いたが、両親と兄は驚きで固まっていた。

 普通は姻族になっても、爵位差があると名前呼びを許されないことも多いからだろう。イルヴァ本人はともかく、いまの流れでは明らかにフェルディーン家の他の面々も許されている流れだった。これはかなり珍しい。


「ありがとうございます。エレオノーラ様、アウリス様。私は呼び捨てで構いませんし、私の家族のこともぜひ名前で呼んでくださいませ」

 固まっている両親に変わり礼を述べると、エレオノーラがにこにこと微笑んで言った。

「そうさせてもらうわね。イルヴァ、あなたは私のことをお義母様と呼んでくれてもよいのよ」

「よろしいのですか?」

 こんなに穏やかな母なら大歓迎だと思ってそう聞き返すと、もちろん、と返事が帰ってきたのでお言葉に甘えることにする。

 彼女のゆったりとした喋りは、間延びしているほどではないのだが、どこか心を穏やかにしてくれるような心地よさだ。この短い時間だが、イルヴァは将来の義母を好きになった。実の母が厳しいので、優しい母に憧れがあったからかもしれない。

 

「さて。では、デザインの話を始めなくては。イクセルさん、まずはジャケットから選んで見ましょう」


 エレオノーラはおっとりとした口調でそう言った。

 しかし、その平和そうな口ぶりに反して、決め事に関する手は抜いてくれなかった。さすがは公爵夫人というべきだろうか。終始穏やかな口調ではありつつも、相手に有無を言わせず、どんどんやるべきことを消化していく。

 結果、イクセルの全身の装いを決めるのだけで、4時間かかった。


 ーーー本当に良かった。私が4時間も服を選ぶだなんて考えられないわ。


 イルヴァは自分に似合うかどうかしか重視していないので、大して流行を気にしていない。だから、自分に似合いさえすれば、正直どんな服装でも良かった。それなのに、全体の調和だのなんだのと気を使いながら、イクセルのお披露目と婚約お披露目の両方の衣装の根幹を決める作業など、やりたいわけがない。


 イクセルが途方もない作業に追われている中、それ以外の家族もぼんやりしていたわけではない。イクセルの衣装に合わせて、ほかの家族のデザイン画で採用されそうにないものを排除していく作業を全員でやっていた。

 この作業を並行しておかないと、この後の家族の衣装決めの時間も、イクセルと同じぐらいかかってしまうと聞き、フェルディーン家は心を一つにしてこの作業に取り掛かった。


 そうして、イクセルの衣装選びのあと一度、食事の時間を挟み、イクセルの衣装を基軸として、その他のメンバーの服装を決めることとなった。

 それは、残りの6人全員分で3時間で済んだので、健闘したと言えただろう。


 しかし、丸一日かけて一つの服を決めることなどないフェルディーン家の面々は、服選びの疲労でぐったりしてその日を終えることになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ