38.帰宅と、兄との雑談会
「イクセル様の後継者お披露目と同時に、エリアス様との婚約お披露目、同じ日にやるんでしょう?」
ユーフェミアから思いもよらない話を聞いて、イルヴァは思わずエリアスの方を見た。
どうやらエリアスも知らなかったらしい。
「フェルディーン家から招待状が来ましたか?」
「ええ。……もしかして、旅行中に決まったこと?」
2人の反応を見て、ユーフェミアが前半はエリアスに、後半はイルヴァに声を落として尋ねてきたので、素直に頷いた。
「両家の両親が打ち合わせをするのは聞いていましたが、まさか同時発表にするとは」
「招待状はご両親からだったのね」
「フェルディーン家ならあなたの名前はよく知ってるから、私の招待客として1番に出したと思うわ」
ーーー1番だし、最後だけど。
イルヴァに婚約お披露目に招待したいような友人はユーフェミア以外にいない。だから、ユーフェミア以外の招待客は、イルヴァ以外の交友関係や、家同士の関係性によるものだ。
「派閥違いだし、交友関係は伏せているからか、両親には届いていなかったのだけれど、イルヴァの友人枠で私には送ってくれたのね。あなたの晴れ姿を見たいと思っていたから、気合を入れて参加させてもらうわ」
「こちらこそありがとう。私の唯一の友人枠を埋めてくれて」
イルヴァがそういうと、ユーフェミアが驚いた様子でイルヴァを見た。
「本当に私以外の友人枠の招待は0なの?」
「嘘だと思う?」
「あなたが嘘をつかないのは知ってるわ」
ユーフェミアには細かい事情は教えていないが、イルヴァが嘘をつかないのは、長い付き合いからよく心得ている。
だからこそ、本当に1人しか招待できる相手がいないということに驚いたようだ。
「そういえば、僕にも招待状くれるの?」
ジルベスターがエリアスに向かって問いかけた。確かに彼は親友だという設定になっているのだから、招待する方が自然かもしれない。
「それなら私の招待客としてどう?」
「いやいや。いくらイルヴァの友人が少ないからって僕を君の友人として招くのはまずいでしょ。君たちの婚約に水を指すようなことになるよ。せめて共同招待ぐらいじゃなきゃ」
一般的に婚約のお披露目であれば親族以外は同性で交流のある友人を呼ぶか、家族絡みの付き合いの家を家族全員呼ぶかのどちらかがマナーである。
ジルベスターの言う通り、イルヴァの単独招待は問題になりやすい。
「そうよね。でも、両親が喜ぶと思うから共同招待でフェルディーン家から招待状を出しても?」
「もちろんいいよ。僕は両親に心配されるほど、交友関係は狭くないから」
エリアスが苦笑しながらそういった。エリアスの交友関係はよく知らないが、社交力もありそうだし、友人も多いのだろう。
イルヴァは常に友人がいないことを心配され続けているので、羨ましい限りである。
「人数を増やしたいなら、僕の妹のシャルロッテに招待状を出すのはどう?」
イルヴァが小さくため息をついていると、ジルベスターが思っても見なかったことを言った。
「いやいや、さすがに数合わせでお招きするなんて失礼でしょう?」
「僕にはいいの?」
「あなたは本当に友人だからいいじゃない」
ジルベスターは友人だが、シャルロッテは友人の妹で挨拶しかしたことがない間柄だ。
そう思ったのだが、ジルベスターは笑いながら話を続けた。
「ははっ。そうだね。まあ、でも、できれば呼んであげてほしいな。好奇心が旺盛で、シャロとはシュゲーテルの留学枠も取り合ったぐらいだから。シュゲーテルに来る理由があるなら喜んで来ると思うよ」
「そうなの? それなら遠慮なく、招待状をお送りするわ」
「僕から妹にも伝えておくよ」
ジルベスターも良い兄なのだろう。妹がシュゲーテルに興味があるということを分かっているので、その機会を捻出しようということなのだ。
どうせシュゲーテルに来るのであれば、彼女に街を案内しても良いかもしれない。シュゲーテル貴族と違ってリズベナー公国は率直な雰囲気があるから、彼女となら、イルヴァでも親しくなれるかもしれない。
「あと、君の兄上にも伝えておいて」
「ええ。分かったわ」
兄はシャルロッテと気が合ったようで、手紙で交流すると言っていたぐらいだから、彼女が来るのは喜ばしいことだろう。
そう思ったイルヴァは、深く考えずに了承した。
「そういえば、エスコート……」
イルヴァが独り言を漏らすと、ジルベスターとエリアスの視線を感じた。しかしそれを無視してイルヴァは思考を進める。
時期当主お披露目として考えるなら、婚約者がいない以上、1番身分の高い女性をエスコートすれば、単純にもてなしとして扱われる場合が多い。
イルヴァがイクセルのパートナーとなると、婚約お披露目なのにエリアスが困ってしまうので、その手は使えない。
パートナーがいなくてもいいが、王家の横槍が婚姻にも及ぶ可能性があることを考えるとイクセルはシャルロッテをエスコートするのが最善手だ。
だが、シャルロッテ側にメリットがない。ジルベスターがいるので、ジルベスターにエスコートしてもらう方がいいだろう。
「お兄様のエスコート相手になってくれれば最高だけど……。シャルロッテ様にメリットがないかーーー」
「ーーーいや、メリットはある。できればエスコートも頼みたい」
自己完結しようとしていたところで、ジルベスターが食い気味に頼み込んできた。
「本当に? それならお兄様と連名で招待するけれど……いいの?」
「大丈夫。こちら側の事情なんだけど、ぜひお願いしたい」
「じゃあ、それも伝えておくわね」
イルヴァからすると全くシャルロッテ側のメリットが思いつかないが、ジルベスターがメリットがあるというのであればあるのだろう。
おおよそ話がまとまると、ユーフェミアは用事があるようで、改めてお祝いを述べた後に去っていった。
ユーフェミアの帰宅を皮切りに、なんとなくその場はお開きにしようという雰囲気になり、それぞれ早期卒業の事務作業だけ済ませると、帰路についた。
1週間ぶりにフェルディーン家のタウンハウスに着くと、母が一部の花を植え替えるように指示したのか、庭に多少、いろどりは変化があった。
フェルディーン家の本邸は高冷地にあるので、タウンハウスでは本邸では育ちづらい花を植えられている。気温が上がりすぎない土地柄とはいえ、夏も本格化するので向いている花に植え替えたのだろう。
少し花の入れ替わった庭園を行き過ぎて屋敷にはいると、兄が出迎えてくれた。
「おかえり、イルヴァ」
「ただいま。2人はいないの?」
あたりを見渡して、両親の姿がないことを確認する。出迎えの時点で2人が不在ということは屋敷の中にはいないのだろう。
「レンダール家でお披露目の話を詰めているみたいだよ」
「私たちの婚約のお披露目も同時にやると聞きました」
「耳が早いね。そうらしい。どうやら両家ともに真っ向から王家の喧嘩を買う気みたいだ」
話しながら2人は、タウンハウスの庭においてあるパラソル付きのテーブルに移動することにした。
やや日も傾き始めているが、まだまだ日は高く日差しも強い。
よく冷やされた白いワインとチーズがテーブルの上に並べられ、外においてあるにしてはそこそこ質のよいソファに腰掛けると、兄とグラスを合わせた。
冷えた白ワインの冷たさとすっきりとした後味が、体も冷やしてくれる。
「それにしても、レンダール家も意外と反骨精神旺盛なのね」
ワインを傾けながら、イルヴァは思ったことを口にした。
フェルディーン家はもともと王家への忠誠心がない家だが、婚約発表まで同時にすると決めるとは、レンダール家も真っ向から王家に対立する構えだ。
イクセルも優雅に白ワインを楽しみながら、そうだねえ……と返事をし始めた。
「レンダール家はどうしても王家との婚姻を拒否したいみたいだね。それに、イルヴァのことも相当気にいってるみたいだよ。レンダール家は魔法理論の名家だけれど、それだけでは説明できないぐらいの……執着心を感じる」
「執着心?」
「帰国してからちょっと調べてみたけど、イルヴァ、かなり外堀を埋められてるよ」
「フェルディーン家が埋めているのではなくてですか?」
「逆だよ。絶対にイルヴァを逃さない構えだ」
イルヴァは確かに魔法研究に秀でているし、魔法行使の腕においては、自分の右に出るものはそうそういないだろうという自負もある。
しかし、王宮の魔法師団ならともかく、貴族としても名家であるレンダール家にとっては、魔法理論の能力はあれば良いが、絶対ではないはずだ。
そもそもモンテリオ教授に頼んでイルヴァの教育を頼んだぐらいだ。
「レンダール家がそこまで私に執着する理由がある気はしませんが……」
「いや……レンダール家というより、たぶん、エリアス様だと思うけど」
「エリアスが?」
「レンダール家も動いているけど、彼自ら外堀を埋めてる感じなんだよね。イルヴァと違って社交手腕があるから、旅行前から手際よく動いていたみたいよ」
「どうしてでしょう?」
「うーん……普通に考えたらイルヴァのことが好きだから、なんだけどね」
イクセルはそう言いながら、テーブルにおいてあったブルスケッタを食べた。
この煮え切らない反応をするということは、イクセルもまた、エリアスがイルヴァのことを好きだから、という理由で結婚したいと思っているわけではないと感じているのだ。
「お兄様も、別に理由があると思いますか?」
イルヴァも質問しながら、ブルスケッタを頬張った。
「そうだね……イルヴァに好意はあると思うけれど、イルヴァでないといけない理由は別だと思う」
ブルスケッタを口の中に入れると同時にバケットの上に染み込んだにんにくの香りが広がり、上に乗ったしらすの塩味が後からやってきた。
「おいしい」
「……聞いてる?」
しまった。自分で質問しておいて、ブルスケッタの美味しさに夢中になってしまった。なんとか直前の会話を思い出さなければ。
「好意はあれど、私でなければならない理由はないということですよね」
「聞いてはいたんだね」
ギリギリ思い出した。助かった。
「でも、ブルスケッタに夢中だった?」
「はい」
素直に答えて、しまったと口を抑えた。結局、話を適当に聞いていたことがバレてしまった。おそるおそる横をみると、イクセルは怒った様子ではなく、どちらかというと面白そうにこちらをみている。
からかわれたようだ。
「エリアスは何を隠しているんでしょう? エリアスも私と同じく訳ありのような気はしてるんですが……」
「わからない。ただ、調べたところ、彼はあの美貌なのに成人してからはイルヴァ以外と踊ってない」
「やっぱりそうなんですか?」
ユーフェミアも似たようなことを言っていた。
学校のダンスパーティで彼は一度も踊った事がないと。さすがにそんなことはないだろうと思っていたが、兄が調べたというのであれば、確かな筋の情報だ。
「踊っていないどころかエスコートもしてないところをみると、女性に触れるのを避けているようにも思える」
「私のことは普通に触ってきますよ?」
「そうそう。だから、イルヴァが唯一触れる女性なんじゃないか、という仮説かな」
「私が、唯一……」
ーーーもしかして、潔癖症? エスコートも最低限で、街歩きのときも特に触れてくる様子はなかったのもそのせい? でも、それならどうして会話のときは触れてくるのかしら。
考えていても結論が出そうにない。
もう一口ワインを楽しんだ後、今度はチーズをつまむことにした。
日もだいぶ傾いてきた庭は、暖かなオレンジ色の光に包まれて、穏やかな風が吹いている。日が傾いてきたことでパラソルが意味をなさなくなり、テーブルのうえもオレンジに染まりつつある。
「2人はまだ帰ってくるまでに時間がかかりそうだし、赤も開けるかい?」
「いいですね。ついでに赤ワインにあう料理も欲しいところです」
イクセルはテーブルの上にあったハンドベルを振った。
振子の代わりに魔石によって伝達を行うこのハンドベルはシュゲーテルで広く流通しているものだ。振ったものの魔力を介して起動するので、魔力不完全症の者には扱うことができない代物だ。
リタの研究が進めば、いつか、これも置き換わるかもしれない。
2人でしばし会話もなく、その場に残っていた白ワインを飲み干して、庭に揺れる草花を見つめていた。
そうしていると、赤ワインと簡単な料理が数品運ばれてきて、テーブルの上は様変わりした。ついでにパラソルの位置も調整されて、直射日光は遮られ、魔石の埋め込まれたランプがテーブルの上におかれてその場を照らした。
「今更だけど、イルヴァに聞いておきたいことがあるんだ」
2人分のワインがサーブされ、料理を運んできた使用人が全員下がった後、イクセルはおもむろに口を開いた。
「イルヴァは、当主にならなくて本当に良かったの?」




