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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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37/55

37.早期卒業試験の結果

 レンダール家の別荘での晩餐を謳歌した次の日、3人は駅までレンダール家の車で送ってもらい、そこから魔石機関車でキルトフェルム駅まで帰還することになった。

 行きの学びを生かして、個室に入ることは諦め、オープンなスペースで、水魔法による治癒の体系化論文を書いていく。

 行きと列車の内装も少し違っていて、今回は護衛や侍女も同じフロアにいるような広いスペースの中央よりやや壁よりに、ソファとローテーブルが置かれている。


 手書きは面倒なので魔法で紙に焼き付ける形で書いていたら、エリアスとジルベスターが信じられないものを見る目で見ていた。

 魔石を大量に使った印刷機は普及しているので、普及されている本はほとんど魔法印刷物だが、それを個人でやる魔法師は少ない。

 淡々と作業を進めていると、エリアスとジルベスターがひそひそと話し始めた。


「あれって、どう言う仕組み? なんか1ページの文字が同時に浮かんできてるんだけど。普通は一文字ずつ魔法で書くよね?」

 ジルベスターはできるだけささやくような声で質問しているが、距離が近くて聞こえている。

「多分、書く内容は目に見えてない次元で一度整理して、転写してるんじゃないかな?」


 エリアスはさすがは学年次席なだけある。彼の予想はほぼ正解だ。


 彼の言う通り、魔法で書いた文字を消すのは面倒なので、書き損じをしないために、まずは内容を魔力で全て文字に起こす。これは空中で行なっていて、純粋な魔力で書いている文字なので、他の人が文字だと気づくのは難しい。

 出力している魔力が細く薄いので、感知しづらいためだ。

 イルヴァは正解とも不正解とも言わずに、淡々と作業を進めていく。


 魔法陣の転写はそのままだからいいものの、論文の中身は1ページと言わず、数ページをまとめて並べて宙で作成した後に転写していくので、一気にやってしまわないと作業が無駄になってしまう。


 しばらくの間は、イルヴァも無駄なことを考えず、論文の構成と半分について真面目に考えて魔力で書き起こした。


ーーーこの文字を一時的に保管できる魔石を作ったら便利そうね。


 数ページ分の文章作成が終わったイルヴァは、それらを全て紙に焼き付けていく単純作業に入ったので、ふとそんな関係ないことを考えながら、紙に写していく。

 

 そうして全てを書き終えると、パラパラと紙をめくってチェックした。まだ紙が魔力でほんのり温かい。

 ざっと目を通して問題なさそうだったので、イルヴァはそれを紐で閉じた。


「ふう。終わった……」

「おつかれさま」


 作業を終わったのを見計らって、エリアスが置いてあった菓子の皿をイルヴァの方に差し出した。

 ちょうど甘いものが欲しかったので、イルヴァは皿からチョコレートをとって口にいれる。

 カカオの苦味と甘さが広がり、先ほどまでの緊張が解けていくのを感じた。


「論文は書き終わったの?」

「一応ね。今回の件についてはお兄様がチェックすると思うから、完成は家に帰ってからにするわ」


 まとめた研究論文を手に取ると、マリアに視線を送る。すると彼女は心得たとばかりに頷いたので、イルヴァは彼女の手に論文を空間魔法で送りつけた。

 マリアはこちらに歩み寄ってこようとしていたためか、魔法で突如現れた論文に驚いて、ややつんのめりながら歩みを止めた。

 そして、呆れた表情でこちらを見た。


「お嬢様、ここにいる人にバレている上に便利だからって、なんでもかんでも空間魔法で解決しないでください。普通は取りに来いという視線だと思います」

「あなたを歩かせなくてもいいかと思って」

「その気遣いは不要です。びっくりしますから、無言で送りつけるのはおやめください」


 良い座標特定の練習になると思ったのだが、嫌がられてしまった。

 マリアは論文が揃っているかパラパラとめくって確認すると、それを持って個室へと向かった。

 彼女の性格からすると、物理的にも魔法的にも鍵付きのカバンに保管してくれるのだろう。


「君って、本当に息を吸うように高度な魔法を連発するよね」


 ジルベスターがしみじみとした様子で言った。


「そうですか?」

「さっきの論文を書く魔法も、どういう仕組み?」

「エリアスの推測通りです。ただ、別次元での管理は魔法というより、単純に情報処理能力が求められるので、そちらのほうが難しいですね」

「視覚的には捉えられてるの?」

「はい。魔力の糸そのものを文字として扱っているので、自分にはわかります。他人のものを見るのは難しいかと」


 ジルベスターは何やら考え込んだ後、宙をじっと見つめて動かなくなった。どうやら先ほどイルヴァが使っていた魔法を試しているようだ。

 クルトがそんなジルベスターを気遣わしげに見ている。


「アスト、なにか適当な紙ある?」

「少々お待ちください」


 エリアスもどうやら試したくなったようだ。護衛のアストに紙をとりにいかせた。

 そしてエリアスは、戻ってきたアストから何枚か紙を受け取ると、クルトに1枚手渡したあと、自分もじっと宙を見つめて動かなくなる。


 クルトはようやく、ジルベスターが何をしているか合点が行ったようで、紙をジルベスターの前にかざして彼が使いたいタイミングまでじっと待っていた。


「お嬢様、何か飲まれますか?」

「では紅茶を」

「承知いたしました」


 暇になったイルヴァは、マリアに紅茶を持ってきてもらいながら、2人の練習を覗き見することにした。

 先ほど、他人が書いている文字を見るのは難しいと言ったが、それはイルヴァ以外の人であればの話である。

 精霊との契約のおかげか、魔力の流れを見るのが得意なイルヴァにとっては、宙に浮かぶ魔力の文字を読むぐらいは造作もない。


 観察していると、どうやら2人とも卒業試験で発表した論文を書き起こそうとしているようだ。

 1ページとは言わないが、2段落ぐらいは宙で書き上げられている。ただ、集中力の問題なのか、魔力操作の問題なのか、2人の文字は本来の文字より少し歪んでしまっている。


「お待たせいたしました」

「ありがとう」


 マリアがまだ湯気の立つティーカップをローテーブルに静かに置いた。

 それに口をつけると、体がじんわりと温まるのを感じる。味の濃いこの紅茶は、ミルクを入れても合いそうだ。


 イルヴァが優雅にティータイムを楽しんでいると、まずはジルベスターが紙への転写にトライした。

 2人とも、魔法で文字を書くこと自体は難なくできるので、転写は難しくないかと思ったが、そうでもなかったらしい。

 ジルベスターが宙で練り上げた文字は紙に写される時に更に歪み、行間がバラバラになってみづらい状態で紙に現れた。


 ジルベスターは大きく息を吐くと、大きく反り返ってソファの背もたれに頭を乗せた。


「難しすぎる……」


 そのぼやき声の隣で、今度はエリアスが紙への転写を試みた。彼は1ページ一気にではなく、1行ずつ写すことにしたようだ。しかし、文字を転写している間に、宙に編んだ魔力の文字が揺れてぶれて歪み、読めなくなった。


「だめだ。集中力が足りない」


 エリアスもまた、姿勢を崩してソファにもたれかかった。

 貴族はいつでも姿勢良く座ることを求められるが、今は内輪の人間しかいない。疲れた時はくつろいでも良い。


「文字というより絵をそのまま転写するようなイメージで、1ページ丸ごとやった方が楽だと思うわ。論文は複雑だから」


 イルヴァが2人にアドバイスすると、2人を互いに視線を合わせた後、声を揃えて尋ねてきた。


「「中身わかるの?」」

「私は魔力の流れを見るのが得意だからね。普通の人は難しいと思うけど」

「君がやるほとんどの技が、普通の人に難しいんだけど!」


 ジルベスターは文句を言いながら、起き上がると、テーブルの上にあったチョコレートをつまんだ。


「イルヴァは数ページ展開してた?」

「ええ。でも、どうしてそう思うの?」

「書く速さが1ページごとに止まるんじゃなくて、数ページ単位だったから」

「よく見てるわね」


 魔力の流れが分からずとも、得られる情報はある。エリアスはやはり何に対しても観察力があるのだろう。


「文字を書く魔法自体は難しくないし、普段から使ってるけど、このやり方は疲れるね。でも、習得できればかなりはやく書類を書けそうだ……」

「エリアスもジルベスターも初めてにしては上出来よ。練習すれば実用に足るようになるわ」

「実用に足るに至るまでに長い道のりがありそうだけどね」


 エリアスはそういいながら、テーブルの上のクッキーをかじった。

 エリアスもジルベスターもどこかぐったりとした様子である。誰しも慣れない魔法を使うと疲れるものだ。

 魔力消費量はそこまで多くないが、繊細な魔力操作が必要なため疲れるのだ。


「ここからはのんびりしたいね」

「同感だね」

 

 エリアスの言葉に賛同したジルベスターは、飲み物を要求しながらソファにもたれかかった。


 


 その後の列車旅は、緩やかな雑談をしながら、のんびりと過ごした。

 そうして、穏やかな時間を過ごした後、列車はキルトフェルム王立学校前の駅に着いた。

 イルヴァ達が学校の前の駅で降りるのは、今日が卒業試験の合格発表の日だからである。

 結果が校内に貼ってあるようなので、それを3人で確認行くのと、ついでに事務作業を終わらせようと思っているのだ。

 ちなみに3人が少なくとも卒業試験に合格していることだけは、事前に確認済みである。

 このメンバーなら誰も不合格になりそうな人はいないが、万が一誰かが落ちていた場合に気まずい。イルヴァの社交レベルではそんな状況に対応できそうにないため、今日の朝にフェルディーン家の執事と連絡をとり確認してもらったのだ。



 3人で駅から学校まで歩いていると、すでに掲示が噂になっているのか、それとも単純にジルベスターとエリアスが目立つからなのか、それなりの数の視線を感じた。

 2人とも注目を集めるのは慣れているのか、それらの視線を無視しながら堂々と歩いていく。イルヴァは魔法で気配を隠蔽するか悩んだが、マリアに怒られそうなのでやめておいた。


 そうして王立学校の教務棟がある場所まで行くと、教務棟の前に大きな掲示がされていた。

 そしてその前に、見知った顔が立っていた。豊かなプラチナブランドの髪の美少女、ユーフェミアだ。


「ユフィ?」

 イルヴァが声をかけると彼女は花が咲くような笑顔を浮かべ、その場が一気に華やいだ雰囲気になる。

「イルヴァ! 見にくると思って待っていてよかったわ」

 

 ユフィは隣にいた侍女から大きな花束を受け取ると、満面の笑みを浮かべながら、それをイルヴァに手渡した。


「早期卒業おめでとう! 最後まで首席だなんてさすがだわ」

 

 受け取った花束の香りがふわりと広がった。イルヴァの髪色を思わせる薔薇の花束だ。これだけ見たら、まるでユーフェミアに告白でもされたかのようである。

 そしてユフィの言葉通り、イルヴァ・フェルディーンの名は首席として刻まれていた。エリアスが次席で、ジルベスターがその次である。


「ありがとう。わざわざ待っていてくれたの?」

「直接お祝いを言いたかったの」

「嬉しいわ」


 まさか合格発表の場でお祝いされると思っていなかったのだが、祝われてみると嬉しいものだ。

 ユーフェミアが卒業する時には、お祝いを言いにこようと心に決めた。


「リズベナーはどうだった?」


 ユフィには、手紙でリズベナーへ行くことは知らせておいた。経緯は伏せたので、彼女は単に観光だと思っているか、それとも魔法の勉強だと思っているだろう。


「とても楽しかったわ。観光も良かったけれど、リズベナーの魔法の研究者とも話せて、有意義な時間だったわ。リズベナーの気風がとても自由で肌に馴染んだから」

「リズベナーの文化は気になるわ。また今度、ゆっくりお茶でもしながら話を聞かせて」

「ええ。家に帰って日程を送るわね」


 次に話す時には、両親やエリアスの許可も取って、ある程度の事情を話せるようにしておこう。

 そう心に決めていると、ユーフェミアが、首を傾げて言った。


「急がなくていいわ。直近は時間がないでしょう?」

「え?」


 兄のお披露目はあるが、妹である自分の準備は多くない。ユーフェミアなら、フェルディーン家の後継者お披露目の話はすでに知っているだろうが、本人ほど用意することがないこともまた、彼女なら承知しているはずである。


 そう思っていたら、イルヴァは思っても見なかったことをユーフェミアから言われた。


「イクセル様の後継者お披露目と同時に、エリアス様との婚約お披露目、同じ日にやるんでしょう?」

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