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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3章 お披露目会

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36.別荘での晩餐

 イルヴァとマリアは慌てて扉をくぐってレンダール家の別荘に戻ってきた。

 そして、マリアが通ってきたところで、扉を閉めて空間魔法を解除する。


「ふぅ……次に家に帰る時にほとぼりが冷めてると良いんだけど」

「そうですね……奥様のお怒りがおさまっていることを祈ります」


 イルヴァとマリアは2人で頷きあった。母の怒りは怖いのだ。それにあの場でお説教されたら、エリアスとジルベスターにも情けない姿をーーー


「ーーーしまった! 2人を置いてきたわ!」


 イルヴァは唐突に2人の存在を思い出し、もう一度空間魔法をつかって扉を出現させた。そして慌てて扉を開け放つ。


 しばらくして、2人と護衛2人の計4人が苦笑しながら扉をくぐってきた。

 これは明らかにイルヴァの過失なので、素直に謝ることにした。


「ごめんなさい。お母様に怒られたくない一心で逃げてきたら、閉じてしまったわ」

「すっかり忘れられていて悲しいよ」

 エリアスがいつもよりトーンの低い声で言ったので、イルヴァは慌ててフォローした。


「忘れてたのはエリアスだけじゃないわ!」

「それ、慰めになってないし、僕にも失礼だし……」


 そのフォローは良策ではなかったようだ。ジルベスターに即座にツッコミを入れられた。マリアもそばで首を横にぶんぶんと振っている。


「本当にお母様が怒ると怖いの。それから逃げたかっただけなの」

「5歳の子どもみたいな言い訳だね」

「う……」

 どれも本心だというのに、ジルベスターのツッコミが冷たい。


 先ほどくらい顔をしていたエリアスはというと、必死に笑いを噛み殺していた。どうやらさっきのは演技で、からかわれていただけだったようだ。

 本当に落ち込んでしまっていたらどうしようかと思っていたので、そういうわけではないとわかってホッとする。


「イルヴァが逃げたかったのは伝わってたよ。ただ、僕たちを置いて行ったことで、義母上の怒りを余計に買ったような気もしたけれど……」


 苦笑しながら言われたエリアスの言葉に、イルヴァは身震いした。明日には家に着いてしまうが、できるだけ寄り道して、母と鉢合わせるタイミングを遅らせることを心に決めた。


「お嬢様と一緒に私もお叱りを受けるんでしょうね……」

 マリアが遠い目をしてポツリとぼやいた。

「あなたと私は一蓮托生よ」

「基本的には否定しませんが、奥様のお叱りまで運命を共にせずとも良いのですが……」

「諦めなさい」


 マリアが小さく息をついた。ため息をつきたくなるのはわかるが、こればかりは仕方がない。彼女はイルヴァの侍女であり、護衛であり、お目付けやくでもある。イルヴァの失態はマリアの失態なのだ。

 普段は責任を押し付けようとは思っていないが、母に怒られる時だけは、マリアもいたほうが心強い。

 

「魔物の大群より危険性はないわ」

「魔物の大群の方が気は楽ですが」

「……それもそうね」


 イルヴァとマリアの会話に、エリアスとジルベスターは同時に吹き出した。おそらく大袈裟だと思っているのだろう。


 ーーー本当に怖いのに……。


 母の怖さというものは、得てして他人からは分からないものだ。2人の母が怖いかどうかは不明だが、このことについて言葉で説明しても伝わるはずもない。

 これ以上続けても仕方がないだろう。


 部屋にかけていた防衛魔法を解除すると、すぐに晩餐の時間になったと執事が部屋に呼びに来たので、この話はここまでとなった。

 


 レンダール家の別荘での晩餐は、以前、学校で用意された軽食とは比べ物にならないほど豪華だった。

 あの時の食事も軽食とは言えないものだったが、今日はきちんとした正餐であるから当たり前とも言える。前菜から順番に提供される料理は、どれも素材の旨味を最大限に生かした素晴らしいものだった。

 また、共に提供されているワインも料理によく合っている。

 素晴らしい食事を楽しんでいると、つい無言になってしまった。


「イルヴァ、料理はどう?」

「どれも素晴らしいわ。あなたが好きだと言っていた野菜のセイボリータルトもまた食べれて嬉しい」


 イルヴァは基本的にはそこまで表情の変化がないタイプだ。無言で淡々と食べていると、美味しく食べているか判断がつかなかったのかもしれない。

 美味しそうな表情で食べたいところだが、どうしたらいいのだろう。


「それはよかった。ジルベスターはどう?」


 イルヴァが表情管理に気をつけながら、ショートパスタに手をつけていると、エリアスがジルベスターにも話をふった。

 ジルベスターは明らかに満足げな表情で食事をしているので、聞くまでもなさそうだが、ジルベスターは口の中のものをすべて飲み込んだあと、にっこりと笑った。


「美味しいよ。イルヴァよりは表情に出てたでしょ?」

「そうだね。……ってイルヴァ、なんでそんな顔してるの?」


 エリアスが不思議そうに言った。美味しそうな顔、には見えなかったようだ。


「美味しそうに食べてるの」


 イルヴァなりに微笑んで食べていたつもりだったが伝わらなかったようなので、口頭で伝えてみた。

 すると、エリアスとジルベスターは目を丸くして一度黙った後、ふたりそろって爆笑しだした。


「あははっ! そんな無理しないでいいんだよ。美味しそうに食べようって気合いが入りすぎて、何か企んでそうな顔になってるよ」

「ははっ! イルヴァにもできないことあったのか」


 2人とも笑いすぎて、テーブルが揺れるほど体が震えている。


ーーーそんなに変な顔してる?


 下手に気遣って、美味しそうな表情をしない方が良さそうだ。イルヴァは小さくため息をついて、元の表情に戻した。

 イルヴァは別に笑わないわけではないのだが、ささやかな感情表現はあまり得意ではない。嘘をつけない分、ポーカーフェイスでいて情報を与えないようにと訓練しすぎたせいで、無意識にあまり表情を表に出さないようにしてしまうのだ。


「でも、イルヴァが気遣ってくれて嬉しかったよ。僕が不安に思って感想を聞いたんじゃないかと思ったんだろう? 初めて学校で食事をした時は、最初に褒めてくれた後はただ淡々と食べていたのに」


 今まで全く意識していなかったことを言われて、イルヴァは驚いた。

 あの時も、美味しいと思って味わって食べていたのだが、どうやら最初の褒め言葉は世辞として流されてしまったようだ。それに、たしかにあの時は、エリアスの美しい顔と、どうして求婚してきたのかに気をとられていたので、他のことを考えてはいなかった。

 考え事をしている時の方が無表情だと言われるから、おそらくあの時も、かなり淡々と食事をしていたに違いない。貴族として、愛想よくご飯を食べるぐらいのことはできて然るべきなのに、全くできていなさそうだ。


 研究員はみな、他人にそこまで興味がないし、礼儀作法にもうるさくないから良いのだが、次期レンダール公爵夫人としては失格だろう。このぐらいは自然にできるようにならねば。


「あの時も美味しいと思って食べてたのよ。確かに気を使ってはなかったけど」

「多分、今の方が、僕に興味を持ってくれてるからじゃないかな? ちょっとは僕にどう思われるか気にしているというか……」

「まあ、婚約者に不快に思われて良いことはないから、当然ね」


 それなら前回の場から気を使えという話なのだが、あの時はまだまだ馴染んでいなかったのだ。最近ようやく、エリアスが婚約者であることに馴染んできたような感覚がある。あの日に口調を変えてみたのも良かったかもしれない。


「イルヴァって、同世代の令嬢とお茶のときもそんな淡々としてるの?」

 その会話を聞いていたジルベスターが、疑問を口にする。

「まあ、そうね……」

「何か言われない?」

「みんな私を恐れて、直接は何も言わないわ」


 イルヴァだって笑うこともあるし完全に無表情なわけでもない。ただ、愛想がそこまでないのも事実であるし、顔だちも髪の色の派手さも手伝って、整ってはいるが迫力のある見た目だ。イルヴァを形容するなら美人、美しいと言われることはあっても、可愛いと言われることはほとんどない。


 可愛らしさが愛嬌や隙だとしたら、イルヴァにはそういうものが根本的に足りていないのだ。だから同世代の令嬢には怖がられがちで、会話が弾まないことも多い。


「エリアスと婚約した時も、噂話でみんな盛り上がってるのに、ユフィ以外誰1人として、私に直接聞いてこないのよ?」

「あの時の騒ぎはすごかったね。それでいうと、僕に正面切って聞いてくる人も()()()()()よ」


 エリアスはイルヴァに同調してくれようとしたのだが、少なかった、というのは0であるということとは大きな隔たりがある。イルヴァだってユフィを入れたら1だが、おそらくエリアスの少なかったの規模はそういうものではないだろう。


「少ないけれどいたんでしょう? 1人とかでもないわよね?」

「それは……そうだね」


 正直に言って、そこまで他人に興味があるわけではないし、嘘をつけないという制約の中暮らすには、薄っぺらい関係性の人間を増やすより、研究者仲間や、ユフィのような親しい友人に交友関係を限定しておく方が楽ではある。

 しかし、友人とまではいかなくてもパーティであったら雑談できるぐらいの知人もいないのが問題だ。今回、直接噂の真偽を確かめられなかったのもそういうところに起因するのだろう。


「私ってそんなに怖い?」

「怖くはないと思うけど……とっつきずらさはあるんじゃないかな?」

「それに、そもそも君、人付き合いに興味ありそうにも見えない」


 エリアスが優しくマイルドに言ってくれたのに、横からジルベスターが的確な指摘をしてきた。

 それがあまりにも図星すぎて、イルヴァは誤魔化すようにワインに口をつけた。赤ワインは好きだが、なぜだかいつもより渋く感じる気がする。


「人付き合いに興味はないけれど、レンダール公爵家に入るとなれば、そうも言っていられないでしょう? ……早まったかしら」


 最後は独り言のつもりでボソリと呟いたのだが、エリアスがガバリと体ごとこちらを向いた。


「早まったって、僕との婚約をってこと!?」

 

ーーーまずい。聞こえてたみたい。


 ちらりと壁際に立っているマリアをみたら、呆れ顔で首を振っていた。イルヴァが悪いという意味だろう。


「そんなに慌てなくて大丈夫よ。婚約を解消しようと思って言ったわけじゃないの。ただ、社交が気が重いという話よ」 


 エリアスを落ち着かせるために、給事をしている使用人に目でワインを注ぐように指示する。

 そして、イルヴァはできるだけ自然な笑顔を心がけて言った。


「エリアスは理想の結婚相手であることに変わりないんだから」

「……エリアスはほとんどのシュゲーテル女性貴族の理想の結婚相手だとおもうけどね」


 真実ではあるが余計なことばかり口にするジルベスターに強い視線を送ると、彼は慌てて目の前の美味しいご飯に夢中なそぶりをした。


 エリアスは、イルヴァの隣に座っていた椅子を少しこちら側に寄せて、イルヴァの手を包み込むようにしてから、じっとこちらをみた。

 相変わらず、間近で見つめられると、目のやり場に困るほどの美しい顔だ。


「本当に、後悔してない?」

「してないわ」


 イルヴァがそう言い切ると、エリアスは安心したのか、すっと姿勢を正した。イルヴァの手からもエリアスの温もりが離れていく。


ーーーそういえば、エリアスって会話の時、手を握るの好きよね。


 既視感のある光景を見て、今までのシーンも思い返された。

 リズベナーの街歩きの時、特に手を繋いだりはしていない。貴族男性なら腰に手を回すのも見るが、そう言うこともあまりしてこない印象だ。

 しかし、会話の時はやたらイルヴァの手に触れてくるような気がする。

 そう、それはーーー


「ーーーイルヴァ、やっぱり後悔してるの?」


もう少しで思考がまとまりそうなタイミングで、エリアスが話しかけてきた。

 イルヴァは首を横に振り、そんなことないわと否定して、意識を目の前の食事会に戻すことにした。


 婚約者に触れるのは自然なことだ。まして嫌なわけでもない。

 これ以上考えても仕方がないと、その場のイルヴァはその思考を放棄した。

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― 新着の感想 ―
エリアスは人に触れてると心が読めるのかもしれないな
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