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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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35/55

35.another_side 待望の空間魔法

ジルベスター視点です

「では、繋げます」


 イルヴァはそう宣言すると同時に魔法式を展開した。

 それと同時に淡い光の粒子が舞い、それが部屋の中に半透明の扉の形となって出現する。


ーーーこの魔法も無詠唱!? イルヴァって詠唱する時あるわけ?


 こんな大規模で複雑な魔法でも、全く詠唱する様子を見せない彼女に、ジルベスターは驚き半分、呆れ半分な気持ちになった。

 彼女は規格外だと思っていたが、本当に規格外だ。今となっては、学校で成績を非公開にしていたのは良かったのかもしれない。

 この魔法力が公になっていれば、彼女はあらゆる貴族に声をかけられたに違いない。そうなれば、リズベナーに彼女を呼ぶ機会も訪れなかっただろう。



 そして、彼女はその半透明な扉を掴み、扉を開けた。そして躊躇いなく一歩踏み出すと、彼女の姿が部屋からいなくなり、扉の向こう側に見えるだけになった。


 イルヴァは扉の向こうで何やら会話をしていて、イクセルも後から中に入っていく。

 イルヴァ曰く、フェルディーン家の屋敷に繋がっているらしいので、彼女に声をかけられるまでは待った方がいいだろう。


「不思議ですね……」


 クルトが扉の裏側に回り込んでこちらを見た。扉は半透明なので、クルトの姿と、扉の向こう側の世界が重なって見えた。


「2人ともこの部屋には間違いなくいなくなったよね」

「いなくなったことも不思議ですし、あの向こうがフェルディーン家のタウンハウスだと言うのも驚きです」


 クルトは扉を迂回して戻ってくると、しみじみと言った。

 ジルベスターはふと、隣のエリアスを見た。彼はもしかして見たことがあるのだろうか、そう思ったのだ。

 しかし、隣にいるエリアスの視線も、半透明の扉に釘付けだったので、そうではないと理解した。あの目は、初めて見る者の目だ。


 しばらくして、半透明の扉をくぐり、イルヴァがこちらの部屋に戻ってきた。


「お待たせしました。入ってもらっていいですよ。両親もいます」


 ジルベスターは一歩踏み出しかけてから、はたとエリアスより先に入って良いか悩んだ。序列は自分の方がうえだが、エリアスはイルヴァの婚約者だ。


 ーーー婚約者だからこそ身内扱いで、僕が先でいいか?


 そんな悩みを見透かしたかのように、エリアスがどうぞと扉の先を手で差し示した。


「お先にどうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ジルベスターは半透明の扉に近づいた後、一歩踏み出して扉をくぐった。

 すると突然、先ほどまでは半透明だった世界が目の前に現れた。

 それはあまりにもシームレスな体験だった。本当にただ、部屋の扉を行き来しただけの感覚なのに、ここはもうかなり別の場所なのだ。

 この扉は魔力の塊であろうから、魔力酔いなども覚悟したが、そんな様子はない。むしろ魔力を感知できなさすぎて、扉に擬態されたら気づかずに通ってしまいそうだ。


「すごい……」

「ようこそいらっしゃいました、アルムガルド様」


 挨拶も忘れて感嘆の声を上げると、出迎えに立っていたフェルディーン夫妻が、にこやかに言った。


「ヴァルター・フェールディーンと申します。こちらは妻のミネルヴァです。この度は、子どもたちが大変お世話になりました」

「このようにお邪魔して申し訳ありません。ジルベスター・アルムガルドです。イクセル殿やイルヴァ嬢にはこちらこそお世話になりました」


 フェルディーン夫妻と一通り挨拶をしていると、イルヴァとエリアスも入ってきた。エリアスの護衛とイルヴァの侍女も続いて入ってくる。


「お久しぶりです。このような場所から失礼いたします」

「いえいえ。こちらこそ、こんな形でのお出迎えで失礼しました」

「それと、我が家の事情に巻き込んでしまって申し訳ございません」


 エリアスが挨拶もそこそこに謝罪した。

 そもそもこの旅の発端は、シュゲーテル王家が2人の婚約に割り込むために取った行動のせいだ。それはそのままエリアスのせいとも言えなくもない。


 しかし、フェルディーン伯爵夫妻は、そんなエリアスに慌てた様子で言った。


「いえいえ。そんなことおっしゃらないでください。後がないのは娘の方……いえ、その、この婚約を良縁だと思っていますから」


 ヴァルターの言い草だと、まるでイルヴァが男性人気がなく結婚できないかのようだ。


 ーーーこんなに美人で魔法が得意で、結婚に困ることあるわけ?

 

 リズベナーなら争奪戦が起きそうだが、と思って首を傾げていると、クルトがじっとこちらを見つめてきた。

 どうやら何を考えているか筒抜けだったようだ。


 イルヴァ・フェルディーンとあと一年早く出会っていたら、確かに求婚を考えたかもしれない。しかし、すでに人の婚約者である彼女に横恋慕するほど、自分は落ちぶれていないつもりだ。


 だから、クルトの疑いを晴らすように首を横に振った。

 先ほどの車でもついうっかり失言してしまったので、エリアスにも冷たい目で見られてしまった。

 幸いにもイルヴァが気づいていなそうだったので、他意はなかったと言う弁解は、エリアスにできればいいだろう。


 ーーー実際のところ、あの魔法の逸材を国外にだすとは思えないけど。


「まさか王家が、後継者問題にまで口を出してくるとは思いませんでした」

「そうですね。その……こんなことをお伺いしてもよいのか分からないのですが、本当にアマルディア王女とは何の関係もないのですよね?」

「もちろんです。以前から本人にはお断り申し上げていたのですが………伝わっていなかったのか、あるいは無視されたのか」


 アマルディアとは、この国の第3王女の名前で、エリアスに婚約を申し込んできた相手である。


「ちなみに、婚約の申し出には返答を?」

「はい。ご報告と行き違ったようですが、すでに婚約は成立しています。と正式に返事をしています。内容を捏造できないように、魔法署名どころか、全文が魔法書類になっていて、公証人も立て、記録魔法も使って改竄できないようにしています」


 王家が貴族の報告書を改竄すると思われているとは相当信頼がないようだ。

 しかし貴族同士の婚姻に横槍を入れてくるくらいだから、そのぐらいはするかもしれない。アルムガルド家は大公としてリズベナー公国を束ねる立場だが、シュゲーテルほど階級意識は強くない。

 貴族の婚姻に横槍入れるなどしたら、リズベナー公国の主は別の家のものになるだろう。アルムガルド家は絶対的な力を持っているわけではないのだ。


「なるほど。では、()()()()()()()()()()、認識の齟齬は起こらないでしょうね」

「ああ。その可能性もないように、父が陛下の前で読み上げた上で手渡ししたそうです」


 どうやらレンダール公爵もかなりこの縁談に乗り気のようだ。

 レンダール家は魔法理論に強い家だと言うので、イルヴァのような女性は逃したくないのだろう。フェルディーン家もそれなりに好戦的だと思っていたが、レンダール家もなかなかだ。

 そしてそれはフェルディーン夫妻も感じたらしい。エリアスの言葉に微かに目を見開いたのがわかった。


 すると、その気配を察したのか、エリアスが朗らかに言った。


「この縁談を破談にしたくないのは、僕も……いや、レンダール家も同じです」


 エリアスがイルヴァのことを気に入っているのは間違いがない。それは普段の素振りからも分かる。

 ただ、エリアスはシュゲーテルでかなり人気の高い独身男性だったというし、レンダール家は公爵だ。イルヴァでなければいけない理由は、実はあまり見当たらないのだが、単に惚れているからなのだろうか。

 しかしだとすると、レンダール家側としてもイルヴァの囲い込みに乗り気なのが、何かひっかかるものがある。

 ジルベスターが把握する限り、レンダール家は王家の反感を買うことも恐れず、イルヴァを褒め称え、エリアスには彼女しかいないという情報戦を繰り広げている。


 ーーーまるで、エリアスにもこの婚約を逃すことができない理由があるかのような……。いや、そんなこと考えても仕方ないか。


 

「ジルベスター様」


 思考の沼にハマっているところ、クルトに話しかけられて意識が浮上する。


「どうしたの?」

「アルファウルフの素材ですが、燃やしたと言った以上、フェルディーン家に買取をお願いしてここに搬入してしまった方が良いかもしれません」


 クルトの言うことは一理ある。

 素材を山分けしたものの、車だけ帰国させる時、イルヴァを載せていない状態では隠蔽する技術も下がってしまう。

 そして、もし発覚すれば国際問題になりかねない。

 アルファウルフの素材はリズベナーでは珍しいので持って帰りたいが、仕方がないだろうか。


「イルヴァ。アルファウルフの素材について相談があるんだけど」

「どうしましたか?」

「本当は国に持って帰らせたいんだけど、検閲で引っかかると国際問題になるから、買い取ってくれない?」

「なるほど。………本当は素材の方が良いんですよね?」

「まあね」


 とはいえ、このタイミングでイルヴァとエリアスをリズベナーに連れ出したのだ。フェルディーン王家に目をつけられている可能性はある。

 リスクは減らせる方がいいだろう。


 そう思っていたのだが、イルヴァはそれならと、とんでもない提案をしてきた。


「私が直接、リズベナーに送ります。リタに魔石を預けているので、彼女を座標にして送るようにしますから、国内の誰かに話を通してください。ローレンツはすでにその魔法を見ているので、彼の監督下が良さそうです」

「直接って空間魔法で扉作るってこと?」

「いえ。素材だけを送ります。人間では扉を介したものしか試していませんが、素材などなら、扉なしで直接送れるので」


 つまり、物だけなら空間転移が可能と言うことだ。

 それならば、向こう側で受け入れ体制を整えてから送ってもらっても良いかもしれない。


「とりあえず、この我が家に運び込んで良いでしょうか?」

「うん」

「じゃあ、マリア、この前と同じで()()()()はあなたに任せるわ」

「承知いたしました。車を空にされるということなので、向こう側でジルベスター様かクルト様に話を通していただいたほうが良いかとは思いますが……」


 何の話をしているのかついていけなくなったが、とりあえず運び出すにしてもジルベスターの許可がでたことを知らせる必要はある。

 クルトもそれを心得ているのか、頷いて、マリアと共に半透明の扉の向こう側はと消えていった。


 そして、数分経ったところで、イルヴァは徐にいった。


「ここにアルファウルフの素材を一時的に置いても?」

「浄化済みなの?」

「はい」

「ならいいけど、この扉を使って運び込ませるの?」


 フェルディーン伯爵夫人であるミネルヴァが許可を出しながらも怪訝そうな顔をすると、イルヴァは首を横に振った。


「いえ、こうして私が運びます」


 その宣言とほぼ同時ぐらいに、部屋の片隅が光に包まれ、瞬きするまもなく山積みのアルファウルフの素材が現れた。

 どさどさと素材が山積みになったので、その勢いで生まれた風が、室内を駆け抜けた。


「うわっ」


 突然の素材の出現に、イルヴァ以外の全員が動揺し、使用人の何人かは明らかに声に出していた。


「イルヴァ! こんな魔法使うなら宣言してやりなさい!」

 最初に我に帰ったのはミネルヴァだった。穏やかそうに見えていたのに、今では仁王立ちになっている。表情も険しい。

「ご、ごめんなさい……」


 何が起きても動じそうにないイルヴァだが、母の叱責には弱いようだ。

 素直に謝り、小さくなっている。


 事前に転移の話を聞いていたジルベスターも、正直声を上げないのでせいいっぱいだった。

 たしかにリズベナーに転移させられるなら、同じシュゲーテル国内にある、レンダール家別荘にある車からこの部屋に転移することも技術的には可能だろう。

 しかし、今回はいったい何を座標にしたのか。


 ーーーさっき、侍女に座標を作れと言ってたのはこのことか!


 ようやく話がつながって納得したジルベスターの横で、イクセルが楽しそうに言った。


「扉を出すだけじゃなくて、直接の転移できるようになってたんだね!」

「生物じゃなければ、ですが」

「試すと母上に怒られるからやめておきなさい」

「………」


 イクセルの言葉にイルヴァが渋い顔をした。

 どうやら約束する気はないらしい。



 しばらくすると目を白黒させたクルトと、主人と同じぐらい平然とした侍女が部屋に戻ってきた。

 そして、侍女は言った。


「お嬢様。転移のタイミングが早すぎて、リズベナーの護衛の方には相当見られましたが良ろしかったでしょうか?」

「うーん………まあ、良いんじゃない?」

「では、問題ありませんね」


 適当な主従の会話だったが、すっとその2人に近づいた影があった。


「イルヴァ、マリア。新魔法を使う時の守秘について、もう一度講義する必要がありそうね」


 どこから出たのかわからない低い声に、2人は飛び上がった。


「お、お母様! レンダール家の別荘では、お兄様の存在もこの扉のことも、誰も知りませんから、もう戻らないといけません!」

「そうなんです。夕食前ですから、不審に思われます!」


 2人は慌てふためいて、扉の方へと早歩きで歩いていった。

「では、戻りますね!」


 イルヴァとマリアはそう言ってさっさと向こう側に消えていき、部屋には一拍の後に笑いがこぼれた。


 すると次の瞬間、するすると光を放って半透明の扉が消えた。


「え?」

「うわ」


 エリアスと同時に声を上げ、視線を交わした。

 どうやら慌てすぎて、エリアスとジルベスターの帰還を待たず、扉を閉じてしまったらしい。

「置いてかれた、よね?」

「置いていかれたね……」

 どうしたものかと思案していると、すぐにまた、扉が復活した。彼女が()()()に気づいたのだろう。


「イルヴァとマリアが帰ってきたら……」


 ミネルヴァの言葉の続きは聞こえなかったが、氷魔法もないのに場が凍りそうな冷たい声だった。

 イルヴァの平穏を祈りつつ、ジルベスターはまた置き去りにされる前に、フェルディーン夫妻とイクセルに挨拶をして、扉の向こうに戻ったのだった。



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