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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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34/55

34.レンダール家の別荘

 アルファウルフに襲われ、謎の親衛隊もどきに声をかけられた後は、実に平穏な道のりで、別荘地にあるレンダール家の別荘についた。


「お兄様には相対座標で防衛魔法をかけていますので、静かに着いてきてください。扉を閉められると困るので、私たちの間を歩いてもらえれば」


 車を降りる前に注意を促すと、兄は声を出さずに頷いた。

 リズベナーの護衛たちは兄の存在を知っているが、レンダール家の使用人には存在がバレないように行動する予定だ。

 レンダール家の者を信用していないわけではないが、国内はどこに間者がいるともわからない。だからまるで3人でここを訪れたかのように演技し続ける必要があった。


 車を降りると、別荘というより、もはや城というべき規模の豪邸の敷地内にいた。

 おそらく6頭立ての馬車を通れるように整備された道は、車の普及した今では広すぎるぐらいの幅がある。

 敷地内に車の送迎の道路を敷いているあたり、さすがレンダール公爵家と言うべきか。


 兄も姿が見えないことをいいことに、キョロキョロと興味深げに観察している。

 庭園も美しそうだが、城の一部を構成する目の前の建物もかなり凝った造りだ。年季が入っていそうだが、柱の一本一本に丁寧に彫刻が施され、石畳は定期的に補習しているのか欠け一つない。


「美しいわね」

「ありがとう。休暇時期はよくここにきてるから、手入れには気を使ってるんだ」


 主人のいない留守の城をこれだけ美しく保つには、使用人の忠誠心と誠実さが試される。

 レンダール公爵家には良い人材がたくさんいるようだ。


「お待ちしておりました。アルムガルド様、フェルディーン様、お部屋にご案内いたします」


 執事が丁寧な挨拶をすると、エリアスが追加で仕事を頼んだ。


「2人の部屋とは別に広めの応接室も開けてくれ」

「かしこまりました。では、お二人はこちらに」


 執事はそばにいた侍女に指示を出すと、二人を先導した。

 エリアスはおそらく自分の部屋に向かうのだろう。また後で、と言い残し、イクセルに視線を送った後、歩いていく。

 イクセルはエリアスの視線に頷いて、彼の後ろをついて言った。


 しばらく歩いて、大きな螺旋階段を登って2階へあがり、続いてすこし歩いてまた別の階段を登る。


「お部屋の順番が近い方からご案内させていただきます」


 執事が一言そう断った。おそらく、イルヴァの部屋の方が近いからだろう。

 建物を3階まで上がったところで、廊下を歩いていくと、扉のない入り口がいくつも存在していた。


「フェルディーン様はこちらの入り口から階段を上がった部屋でごさいます。この入り口から繋がる部屋は全て自由に出入りいただいてかまいません。部屋は複数ありますので、お連れの侍女も一緒にお使いいただけます」


 どうやら、3階は4階へと続く中継点になっており、この階段ごとに繋がる部屋が違うようだ。

 後ろから着いてきていたマリアが2人分のカバンを持っているのを確認して、イルヴァはまず部屋を見ることにした。

 ジルベスターはさらに奥を使うようで、奥へと案内されていき、イルヴァとマリアは2人で部屋へ続く階段を登った。

 階段を登り切ると、踊り場のようなスペースとともに扉が現れた。

 マリアの両手は塞がっているのでイルヴァが扉を開けると、広々としたホールが出現した。

 まるで今、家に帰ってきたかと錯覚するような造りである。

 そしてホールには3人の侍女が待機しており、イルヴァの登場とともに一斉に礼をした。


 イルヴァがたじろいで立ち止まると、マリアが後ろから声をかけてきた。


「お嬢様? お部屋に問題がありましたか?」


 マリアからはまだこのホールも侍女も見えていない。彼女たちに部屋に不満があって立ち止まったと勘違いされては困る。

 イルヴァは慌てて取り繕うように言った。


「いいえ。広くて驚いただけよ。マリアも入って」


 イルヴァが部屋に一歩踏み込んで扉のそばからどくと、軽量化された荷物を両手に持ったマリアが入ってきて、同じように入り口で立ち止まった。

 そして、イルヴァの戸惑いを理解し、マリアはすみません、と小声で謝った。


 部屋にいた侍女たちはそんなやりとりは全く気にならない様子で、1人がにこやかにマリアに申し出た。


「お荷物お持ちいたします」

「いえ、見た目より軽いので問題ありません。荷物をおける部屋に案内いただけますか?」

「かしこまりました」


 マリアが侍女の1人に案内されてホールから左側の部屋に入っていく。

 残り2人の侍女は、イルヴァを右側の部屋に案内した。

 部屋に入ると、美しい調度品で整えられた部屋だった。部屋の奥に2つ扉があるため、どちらかが寝室だろう。

 そして部屋に入って左側には大きな窓が設けられていて、明るい太陽の光が取り込まれていた。

 窓は引き違い窓になっていて、バルコニーに出られるような造りになっている。


「本邸とは違い手狭で恐縮ですが、景色の良い部屋をご用意いたしました。何か問題がありましたら他のお部屋もご用意できますがーーー」

「ーーー問題ないわ」


 食い気味で返答してしまった。

 別荘の客間などよくて2部屋続きぐらいを想像していたので、これで手狭と言われると、レンダール家の本邸の規模が気になるところだ。

 この部屋に文句をつけようがない。


「少し遅めですが、軽食をご用意しています。軽食は部屋で召し上がられますか?」

「……他の2人はどうするのかしら?」

「合同にいたしますと、昼食のためのお着替えが発生するので、部屋でそれぞれを想定しております」

 

 兄のことを考えると、のんきに軽食を食べていてよいか分からないが、確かに夕食は正餐なので正装することを考えると、着替えないで済むならそれのほうが楽ではある。

 ただ、そうなると兄を送り届けるのが夕食の後になってしまうので、どうしたものか。


 すると、彼女のつけているイヤリングが光った。おそらく通話の魔石付きだ。

 彼女は失礼しますと断ってから、通話を始めた。


 魔力を介した音の交換なので、あえて聞こえるように調整しなければ向こう側の声は聞こえないが、こちら側で彼女が何を言っているかは分かる。


「合同で食べたいというのは、エリアス様のご提案ですか?」


 侍女の冷たい声が部屋に響く。

 おそらくエリアスはイクセルのために、全員の集合時間を早めたいのだ。しかし、その提案は女性貴族への来客対応としてはお気に召さなかったようだ。


「フェルディーン様にご提案するまでもなく、考え直すようにあなたがエリアス様に進言なさい。長旅の後に休みもなく着替えさせて呼び出すなんて……」


 まずい。

 イクセルの存在を秘匿したことで、その事情を知らない侍女たちからすると、エリアスがただの気の利かない男になってしまった。


「エリアスが一緒に食べたいというなら私は構わないわ」


 イルヴァが横から割って入ると、侍女の顔が驚いた様子になった。

 そして、彼女はそのあとすぐににっこりと笑って言った。


「ご遠慮なさらないでください。婚約者といえど、いえ、婚約者だからこそ、節度をもつべきです。エリアス様は女性の準備というものをまるで理解なさっていません」


 彼女の言っていることは、貴族の常識としては正しい。そして正しいからこそ、イルヴァが遠慮しているように見えるのも仕方がない。


「正直におっしゃってください。お部屋でお食事の方が、気軽で面倒もないのではありませんか?」


 イルヴァはこういう質問をされると弱い。

 今から着替えて昼食でもいいというのも本心だが、それを面倒だと感じている自分も事実だ。

 お部屋の方が気軽で楽なのは間違いないし、これを否定すると嘘になるのでそれはできない。


「……そうね。そちらのが楽ではあるわ」 


 結果、内心でエリアスに謝りながら、彼女の質問を肯定するしかなかった。

 すると、侍女は再び良い笑顔になり、頷くと、通話の向こう側の誰かに()()した。


「フェルディーン様はお疲れですから、お部屋で軽食をご用意します」


 有無を言わせない圧のある声が響いたあと、少し間があって彼女が思案げな表情を見せた。

 そして、チラリとイルヴァの方に視線を向け、何度か瞬きした後、ゆっくりと口を開く。


「夕食の前に車の中での魔法理論に関する議論を実施も含めて話したいとのことです。応接室に早めにご案内しても良いでしょうか?」

「ええ、もちろん」


 頼むからなんの議論か深掘りしてくれるな、と祈る。イルヴァは人の嘘に合わせることはできないのだ。

 体がこわばるのを感じた。


「問題ないそうです。では早めにご案内します」


 しかし、祈りが通じたのか、あるいは少し早く部屋を出るぐらいは、来客対応として許容できるものだったのか。

 彼女はそれ以上深く突っ込んでくることなく相手に了承の意を伝えた。

 

 全身から力が抜け、ホッと息をつく。

 

「立たせたままで申し訳ございません。これから軽食を準備いたしますので、それまでお寛ぎください」


 侍女が流れるようにそう言って、一礼して部屋を去っていった。

 そのあと、入れ替わりで荷物を置いて戻ってきたマリアと雑談をしていたら、あれよあれよという間に軽食が用意された。

 美味しい食事に舌鼓を打ち、食後の紅茶を楽しんだ後、しばし休んでから今度は手際良く身支度の世話をされる。

 そうして、全身ピカピカに磨かれた状態で、ドレスを身に纏い、ワインのような赤い髪は、綺麗に編み込まれてアップスタイルになった。前髪を右側にだけ垂らして、それ以外は綺麗にアップになったので、いつも以上に凛とした雰囲気になった。

 金の髪飾りと金縁のアクアマリンのイヤリングを身につける。

 イルヴァは自身の色と衝突するので、あまり青は選ばないが、レンダール家では目の色を身につけた方が無難だという判断のようだ。

 金でも髪の色だろうと分かるし、ファッションとして似合う色を選んだとも理解されるだろうが、より公の場では似合うよりも、婚約者の色を身につけているのだとはっきり分かる方が得策であることもある。


ーーーだからってエリアスの瞳のような青いドレスは着たくないけど………。まだ金髪に寄せて黄色の方がマシ……。


 紺ならまだしも、真っ青な色にしたら、かなり目にうるさい存在になってしまいそうだ。


「イクセル様のお披露目や、婚約式のドレスも仕立てないとですね」

「そうね。真っ青なドレスだけは避けたいけど」

「その言い方では言葉が足らなくて誤解招くので、正確におっしゃってください」

 

 先ほどまでドレスの色について考えていたのでそのまま口にすると、血相を変えたマリアに怒られた。


「……ああ! 私には青は似合わないからね。エリアスの目の色ではなく、髪の色と合わせる方向で調整したいわ」


 苦言の意味を遅れて理解してそういうと、マリアがすこし和らいだ表情で頷いた。

 たしかにレンダール家の侍女に、エリアスの色は身につけたくないと言っていると思われては困る。


 侍女たちは表情は変えないが、とりあえず誤解されないようにはできたはずだ。


 そうして、準備も終えたので、侍女に案内されて応接室へと向かった。

 応接室は2階にあり、広めの部屋が準備されている。夕食は別の部屋にするのか、あくまで打ち合わせやちょっとしたお茶をするようなあしらいの部屋だが、空間がかなり余っている。

 空間魔法の実演には向いていそうだ。


「お待たせしました」


 先にエリアスと、ジルベスターが向かい合ってソファに座っており、イクセルはエリアスの後ろに立っている。

 イクセルがエリアスの横に座ると、イルヴァがそれを避けるのが不自然に見えるし、かといってジルベスターの横に座るのも気が引けたのだろう。


 イルヴァがエリアスの隣に座ると、エリアスが人払いをした。

 部屋にいた使用人はほとんど下げられ、エリアスの護衛のアスト、ジルベスターの護衛のクルト、そしてイルヴァの侍女兼護衛のマリアだけが残った。


「防衛魔法で盗聴・盗視避けをしても?」

「もちろん」


 エリアスに許可を取り、イルヴァは部屋全体に防衛魔法を展開した。

 そうして外部に音が漏れる心配がなくなると、イルヴァは立っている兄に言った。


「座っていいですよ」

「ありがとう。でも、さっさとフェルディーン家に帰った方がいいだろうから、このまま空間魔法で繋げてほしいな」

「分かりました」


 マリアに視線を送ると、マリアがタウンハウスの侍女に通話で伝えてくれる。

 その間に、イルヴァはとりあえず空間魔法の準備をすることにした。

 一応、お世話になった対価なので、魔法式ぐらいは可視化した方がいいだろう。

 おそらくこれの魔法式を見たところで真似できる代物ではないが、可視化するための魔法を使っておく。


 チラリとマリアを見ると、準備はできたようなので、元々の打ち合わせ通り、フェルディーン家の応接室に繋げることにした。


「では、繋げます」


 イルヴァはそう宣言すると同時に魔法式を展開した。

 それと同時に淡い光の粒子が舞い、それが部屋の中に半透明の扉の形となって出現した。


「すごい……!」


 部屋にいる全員が同時に感嘆の声をあげた。

 まだ扉は閉まっているので繋がっているかは分からないはずだが、視覚的に扉があらわれるとつながったように感じられるのだろう。


「では開けますね」


 イルヴァはそう宣言すると、魔力の集合体たる魔法の扉を開けた。

 すると、見知った部屋と顔が並んでいた。


「イルヴァ! 無事だった?」


 扉を開けた先に待っていたのは、母ミネルヴァだった。部屋は応接室で、エリアスの来訪に使った部屋だ。

 イルヴァは一歩踏み込んで部屋に入ると、母の質問に答えた。


「ええ。アルファウルフに襲われたぐらいです」

「アルファウルフ?」

「ご丁寧に後から様子伺いの部隊まで来ました」


 後ろから慣れた様子で扉をくぐってきたイクセルが、母の質問に答えると、彼女はとてもびっくりした様子で、キョロキョロ周囲を見回した。

 隣にいた父も驚いた様子で目を見開いている。


「どこにいるの?」

「あ、申し訳ありません」


 イルヴァは慌てて兄にかけたありとあらゆる防衛魔法を解除した。かなり厳重に認識阻害やら何やらかけたせいで、声が聞こえてもなお、どこにいるか認識できなかったようだ。

 イルヴァが魔法を解除すると、両親共にほっとした表情を見せた。


「魔法の痕跡すら感じられなかったから驚いた」

「いつもと違って本気で隠蔽したので」


 家で使う時は具体的な情報の漏洩さえ防げれば良いことが多いが、今回は、兄の存在を完全に秘匿したかったので、普段よりも気合いを入れていた。


「イルヴァ。ジルベスター様とエリアス様に声をかけてきたほうがいいよ」


 兄に言われて、ようやく2人を扉の向こうに置いてきたことに気づいたイルヴァは、足早に向こう側に戻ったのだった。



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