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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

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33/55

33.帰国中の襲撃②

 車から降りようとしたイルヴァの腕を掴んだのは、エリアスだった。


「まだアルファウルフがいるかもしれない」

「大丈夫。探知でかなりの広範囲を掌握したから」

「でも……」

「心配なら一緒に降りましょう。お兄様以外は姿を誰かに見られても問題ないから」

「僕も降りるよ」


 エリアスに提案したところ、ジルベスターもまた、状況を確認したいようで一緒に降りることになった。

 3人が車から出ると、クルトが慌てた様子で走ってきた。


「ジルベスター様! まだ安全確認が……!」

「イルヴァが確認してくれた。おそらく探知魔法で」


 クルトがこちらを見たので、イルヴァは頷いておく。すると、彼はほっとした様子で、表情を和らげた。

「では、アルファウルフの狩り残しはなさそうですね」

「ええ。ただ、ちょっと事情があって、事後処理を先にやってしまおうと思って。ちなみに、アルファウルフの素材はどのぐらい必要かしら?」

「どのぐらいとは……」

「あなたたちがメインで狩ったんだから、あなたたちもいるでしょう?」


 イルヴァは話しながらまずは一体に防衛魔法を展開した。この場所が他の人に見つけられないように認識阻害や、魔力探知防止もかけている。

 そして防衛魔法の構築が終わると、アルファウルフの死骸を風魔法で1箇所に集めた。

 それなりの質量のある物体なので、風魔法も唸るような音とどさどさと地面に死骸が落ちる鈍い音が響いた。

 イルヴァは予告なくそこまでやったので、外にいた人間を無駄に警戒させてしまったようだ。

 あちこちで悲鳴が聞こえた。


「お嬢様! 一言ぐらい声かけしてからやってください」」

 いつのまにか側にいたマリアが、文句を言った。彼女が戦闘に加わったかは定かではないが、服に土や血の汚れはなく一矢乱れぬ姿だ。


「ごめん。素材を取りやすくするために1箇所に集めたの」

「お手伝いしましょうか?」


 ため息をつきながらも手伝ってくれるようだ。それならば、とマリアに一つ頼むことにした。


「そうね、じゃあ、私が素材を取ったあとの残りは、燃やしてくれる?」

「……? 皆さんが森の保全のために水と氷と風で処理されていたのに、あえて燃やすのですか?」

「延焼しないようにケアしながら処理して。そのあと、残骸を適当に散らして、まるで炎魔法で戦って、素材なんてとれてなさそうな現場にしたいの」


 そこまでいうと、マリアはおおよその経緯と今後の展開が読めたようだった。承知しました、と言って、魔物の死骸と向き合った。

 優秀な侍女は、一部の素材取得作業を手伝ってくれるようで、淡々と魔法式を構築し始めた。


「アルファウルフの素材だが、毛皮と心臓の核だよね? イルヴァと君の侍女対、うちの護衛が倒した比率でどう?」


 クルトに代わってジルベスターが程よい提案をしてきた。


「いいわね。そうしましょう」

「クルト、おおよそ数わかる?」


 ジルベスターに問われたクルトの目が泳いだ。そして一瞬の沈黙の後、ややためらいがちに報告した。


「フェルディーン様とマリア嬢の合算だと……体感では7割ぐらいお二人が倒してますね」

「7割!? イルヴァは車内で雑談してたのに?」

「トドメだけならもう少し我々が多いかもしれないですが、群れのリーダーを倒していただいたりと、補助も相当大きく……」


 イルヴァは4割ぐらいはとどめを刺したので、おそらくマリアが残りの3割を引き受けたのだろう。涼しげな顔をしていたが、イルヴァの前に現れるより先に、浄化魔法で身なりを整える余裕があったようだ。


「トドメを刺した数でいいわ。6:4でどう?」


 本当はもっとあげてもいいのだが、兄の手前、あまり譲りすぎるのも良くないだろう。


「はい。フェルディーン様がそれで良いのであれば」

「じゃあ決まりね。重症者はいないようだから先に素材を確保させてもらうわ」


 イルヴァが死骸の山に向き直ると、マリアの手によって分別が進んでいた。

 損傷が激しくない綺麗なものと、激しいものとに分かれている。

 イルヴァはまず、損傷が激しくないものを魔法で一気に皮を剥いだ。そして、次に心臓の核を取り出して、離れた場所にそれぞれ魔法で積んでおく。

 そのままだと血がついていたりするので、浄化魔法をかけることも忘れない。

 

 そしてマリアに視線を送ると、マリアは頷いて、残された残骸を手際よく燃やしていく。延焼しないように、周囲を氷魔法の壁を立ち上げているため、熱風はこなくて快適だが、煙はもくもくと立ち上がっていく。


「とりあえず全て車に積んでもらえる? 山分けはレンダール家の別荘でしましょう」


 イルヴァがそういうと、クルトが周囲の人員に指示を出しながら手際よく積んでいく。

 続いて、損傷が激しいものも同じような手順で素材を獲得し、マリアがそちらも処理を始めた。


「ジルベスター、怪我人を治そうと思うけれど、水魔法を見たい? それとも光魔法がいい?」


 ジルベスターは興味津々にマリアの作業を見ていたが、どこか名残惜しそうに目を離して答えた。


「水魔法がいいな」

「範囲魔法でも?」


 車の中で言っていた話をやってみようかと思い聞いてみると、ジルベスターがすごく悩んだ顔をした。

 そして首を横にかしげ、一度上を向き、そして、決めたとばかりに目を見開いて言った。


「範囲魔法で! ……僕の復習にはならないけど」


 どうやら好奇心が勝利したようだ。

 ジルベスターもかなり研究者気質なので、新しい魔法が見たいという気持ちが勝つのも仕方がないことだ。


「無詠唱だから、魔法式を可視化するわね」


 イルヴァは一言断ってから、魔法式を構築し始めた。まずは護衛部隊全員に鑑定魔法をかけて、怪我の場所を特定する。

 次に、水魔法の魔法式を一部いじり、鑑定魔法で判別した怪我の箇所にピンポイントで治療できるようにした。


 魔法が実行されると、淡い青色の光がそれぞれの怪我の箇所で光り、魔法が実行されたことを知らせた。

 勝手に治療してしまったが、治療された側は気付いたようだ。

 魔法の実行とともに、周囲のどよめきがあがった。そしてみな、自分が怪我をしていた箇所をまじまじと見つめ、体を動かして確かめる。

 問題ないことを確認すると、口々にイルヴァに感謝をのべた。


「なんかすごい複雑になってない?」

 横で見ていたジルベスターがなぜか渋い表情をしていた。隣にいるエリアスは唖然としている。

「鑑定魔法で特定した怪我の箇所を変数にしたの」

「……君って本当、規格外のことをするよね」


 確かに鑑定魔法の内容を組み込むのはやりすぎたかもしれない。これを実用化できるレベルに落とし込むのはまだまだ試行錯誤が必要そうだが、ひとまずイルヴァが思い描いていることはできることは証明された。


「5年ぐらい経てば当たり前になってるかもしれないわ」

「5年……? 50年の間違いなんじゃ?」

 エリアスのツッコミに、ジルベスターが同意するように頷いた。


 こうして、治療を終えた後、全員の動きも良くなって素材の車への積み込みは終わり、現場の偽装もおおよそ完成した。

 

「もう少しで、様子を見にきた集団がくるかと思うので、護衛部隊の方で相手して。アルファウルフを炎魔法で撃退したが、延焼を防ぐために氷魔法を使ったと言ってもらえれば、おおよそ信じられると思うわ」


 イルヴァは嘘をつけないので、こういう場面では役に立てない。入れ知恵だけして、他の人がうまく誤魔化してくれることに委ねるしかない。


「もしごねられたらどうしますか?」

「できるだけ僕が話す。どうしても車の中を見たいという感じだったら、イルヴァの防衛魔法ならまずバレないから、しぶしぶ見せるかな」

「承知しました。ではみなさまは車へ」


 3人で車に戻ると、イルヴァは防衛魔法を解除した。これで認識阻害は解除されたので、場所を発見できるはずだ。


「おかえり。イルヴァは対面で()()()()()()だけで、偽装工作は得意だよね」

 帰って出迎えたイクセルが、からかうようにそう言った。

 嘘をつかないのではなく、嘘をつけない、という方が近いが、兄も母もいつもこういう言い方をする。まるで、イルヴァが嘘をつく日がくると信じているかのような口ぶりだ。


 ーーー私が、嘘をついてまで魔法の才能(このちから)を手放す日なんて、来ると思えないわ。


「イルヴァ?」


 イルヴァが反応しなかったので、イクセルが顔を覗き込んできた。

 ここは馬車だ。考え込みすぎてはいけない。


「アルファウルフの素材を没収されるのは勿体無いでしょ。けしかけた犯人は、全部倒されたら、素材ぐらい回収したいと思うはずだから、死骸の処理を引き受けるはず」

「そうだね。何せ、相手は守銭奴だから」


 今回の首謀者はほぼシュゲーテル王家だとわかっているからか、イクセルの言葉に、エリアスは驚いた表情を見せた。フェルディーン家は中立を装っているだけで、王家とは対立していると言ってもよい家だ。だから身内で話していると、王家への敬意などというものは微塵も存在しない。


 とはいえ、エリアスの前ではやり過ぎだったか。そう思ってイルヴァは隣に座っているエリアスをこっそり盗み見ると、ぱっちりと目線が合った。そして彼はにっこりと笑った。


「気にしないよ」

「え?」

「僕も王家を崇拝しているというほどでもないから」

「……エリアスって、本当に人の心が分かるのね。すごいわ」

 イルヴァがしみじみとそういうと、エリアスは少し固まって、そしてフルフルと首を横に振った。


「すごくなんかないよ。イルヴァは……わかりやすいから」


 彼の表情に影がさし、声がいつもより暗い。しかしイルヴァはそれを質問するのはやめて、つとめて明るい声を出して言った。


「本当に? わかりづらいって言われることの方が多いけど」

「感情の起伏をあまり表に出さないからだろうけど、僕には分かるよ」

「あなたの前では、()()()()から出してるのかも」


 もともとイルヴァがポーカーフェイスが上達したのは、嘘をつけない分、表情で相手に情報を与えないためだ。しかしエリアスは、魔法署名付きの文書で、イルヴァの不敬は問わないということを保証してくれたため、かなり気安く話しているし、表情管理もそこまで気を使っていない。

 そしておそらく、エリアスはもともと他人の感情の機微に聡いタイプなのだろう。

 まだエリアスとは期間にして1ヶ月、会った回数で考えるなら、まだ10回も会っていない関係性にも関わらず、彼はイルヴァのことを良く理解しているように感じられる。

 

「そう言ってくれるならーーー」


 エリアスに声をかけられ、思考の海から抜け出した時だった。

 車の外が急に騒がしくなった。


「来たね」


 イクセルが半ば呆れたように言い、窓の外を指差した。

「軍用車だ。こんなことに正規軍を動かすとは恐れ入る。王家直属の親衛隊だね」


 イクセルの背中側の窓を覗き込むと、軍用車がチラリと見えた。あの紋章が親衛隊のものなのだろうか。

 エリアスは知っているだろうかと思い横を見ると、

 同じく窓の外を見ていたエリアスが、すっと目を細めた。そして、何かに気づいたように息を飲むと、低い声で言った。


「……あれは親衛隊のフリをしているだけで別の部隊ですね」

「別部隊?」

「おそらくは、王家直属の諜報部隊かと」


 イルヴァは学生だが、一応、少尉として軍に所属しているため、うっすら各部隊の名前だけは把握している。

 諜報部隊も、いくつかチームが分かれているらしいが、その中でも王家直属の舞台は、王家に強い忠誠心をもった部隊なのだとか。

 いわゆる、王家の犬、と揶揄(やゆ)される部隊である。

 

「イルヴァとエリアス様が同行したことは把握してるんだろうね。いっそ引き入れて、僕がいないことを確認してもらった方がいいかも。イルヴァの魔法を破れるレベルの魔法師はいないように見えるから」


 イクセルが提案すると、ジルベスターはなるほど、と頷いて、イルヴァの方を再度見た。


「確認だけど、今も窓の外から見えてないし、窓を開けても見えないってことだよね?」

「ええ。物理的に触られなければ大丈夫。兄を奥の席にしたのは、うっかり触れてしまわないようにするためよ」

「なるほど。車に乗り込むのは阻止する。僕が真ん中に座ってた方が違和感もなさそうだね」


 ジルベスターの言葉に、イクセルは車の後ろ側に寄り、ジルベスターが座席の真ん中を陣取った。そして背もたれ側にある窓を振り返って、窓を開けクルトに声をかけた。


「どうしたんだ?」


すると、クルトが演技なのかなんなのか、困惑した表情で近寄ってきた。


「魔物出現の噂を聞きつけて討伐に来られたようなのですが、ジルベスター様の無事を確認したいと」

「このまま窓越しに確認して貰えばいいよ。呼んできて」

「承知いたしました」

 

 クルトが頭を下げてからその場を立ち去ると、ジルベスターは一度車内の方に体の向きを戻し、ぼそりとつぶやいた。


「迫真の演技だ」


 どうやら、クルトは名男優のようだ。

 思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて横を向くと、エリアスも下を向いていた。明らかに笑いを噛み殺している。


「来ますよ」


 探知で位置を把握していたイルヴァが、注意を促すと、ジルベスターとエリアスはそろって表情を整えた。

 自分の姿が見えないイクセルは気ままにニヤニヤと笑っていたが、イルヴァがひと睨みすると、真顔に戻った。


「魔物が出たと通報がありこちらに来たのですが、討伐いただきありがとうございました。ジルベスター・アルムガルド様でお間違い無いでしょうか?」


 窓の外で声をかけてきたのは、親衛隊の服装をした男だ。顔に特徴がなく覚えづらい。

 なんというか、顔も背の高さも、この世の平均をとったような姿だ。

 諜報員というものは得てしてそういうものだろうが、次に町で会っても気づける自信がなかった。


「無事だ」

「同乗者の皆様もご無事ですか?」

「ああ。見ての通り。僕たちは車から出ていないから」


 男の視線が車の中を前から後ろまで動いたが、呑気に手をひらひらと降っているイクセルのところで視線を止めることはない。

 男はイルヴァとエリアスについてはある程度観察したあと、小さく頷いて言った。


「皆様、ご無事ですね。ご学友と卒業旅行を楽しまれたと聞いていますが、このまま学校へ?」

「いや、レンダール家の別荘に滞在した後、車は国に返して、3()()()()()()()()()()()()だ」


 ジルベスターの言っていることに嘘はない。列車で帰るのは確かに3人だ。

 車に乗っているのは4人であることを伝えていないだけだ。

 すると、どうやらこの3人とイクセルが共に行動していないことは理解したらしい。


「そうですか。警備の不手際で旅の邪魔をしてしまい失礼いたしました。楽しんでください」

「あの魔物、シュゲーテルではよく出るの?」

「いえ。この辺りでは珍しいです」


 男は朗らかに答えた後、まるで今思いついたかのようにこう続けた。


「ちなみに、珍しいことなので死体を検分しようと思っているのですが、もし回収した魔物がいましたらご協力いただけますか?」


 随分と図々しい。フェルディーン領では珍しくなくとも、王都ではかなり希少な素材だ。討伐されたものの素材は持ち帰るように命令されていたのかもしれない。

 やはり偽造工作をしておいて良かった。

 イルヴァは無言で素材にも偽装用に認識阻害の防衛魔法をかけておく。

 さすがにないとは思うが、他の車も見たいと言われた時のためだ。


「全て焼き殺したから、回収はしてない上に、検分には向かないかもしれないな。森を燃やさないように氷魔法や水魔法と併用したから、森はそこまでダメージを負ってないと思うけど」


 ジルベスターがにこやかにそういうと、男の眉がぴくりと動いた後、すぐに彼は穏やかな表情を浮かべた。

 シュゲーテルの魔物討伐ガイドラインでは、ウルフ系の魔物は炎は避けるように定められているから、全ては焼き尽くしていない可能性にかけたのだろう。


「そうですか。ご配慮ありがとうございます」


 しかし目論見が外れたのにそれをほとんど表情には出さず、丁寧に礼を言った。

 そして、さすがに国際問題になることを恐れたのか、他の護衛車を見たいとは言わずに、車から離れた。


 クルトとその男で話がついたのか、ほどなくして、イルヴァたちが乗っている車と前後の4台は共に動き出した。

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