表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3.お披露目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/55

32.帰国の中の襲撃①

 リズベナー公国から帰国する日が来た。大公城でアルムガルド一家総出で見送りに来ていた。

 元々の手筈通り、ジルベスターの車にイルヴァとエリアスは堂々と、イクセルは密かに乗せてもらうことにした。

 イクセルも特別通行許可証をもらったので、審査手続きは不要となった。そのため、リズベナー公国側で、適当なタイミングでイクセルの出国記録を作っておいてくれるらしい。


「許可証もあっていつでも来れるので、近いうちにまた来てくれ。うちの研究者達も会いたがっている」


 ディートリヒがにこやかにそう言うと、握手を求めてきたので、イクセル、エリアス、イルヴァの順に握手した。その後に、アマーリア夫人と、ジルベスター、そしてジルベスターの双子の妹であるシャルロッテと順番に握手していく。

 兄イクセルがシャルロッテと握手するとき、彼女が何やら話しかけていた。イルヴァの知っている限りでは2人に接点はないので、昨日、城に残っている時に交流があったのだろう。


「過分なお言葉ありがとうございます。後継者のお披露目が終わったら、またお伺いします」


 挨拶を一通り終えると、兄イクセルが代表して、大公の言葉に答えた。

 その言葉に合わせてエリアスとイルヴァも礼をする。そして、ジルベスターを含めた4人で、普通の車の長さの倍はある大きな車に乗り込んだ。

 行きと同じく、上下に護衛と荷物の車がついていくる構成だ。

 フェルディーン王家も、リズべナー公国の公用車を攻撃はしてこないと思うが、念の為の警戒体制である。


 車の中では、イルヴァとイクセルが横並びになり、イルヴァの向かいがエリアス、その隣がジルベスターという並びで座った。

 

「そういえば、お兄様は昨日はどうでしたか?」

「ローレンツ殿を含めた何人かの研究者と魔法理論の意見交換をしたよ。あと、途中からシャルロッテ様が合流されて、城を案内してくださった」

「ああ。だから最後の挨拶の時に、何かを話してたのね。接点もないのに何の話かと思ってたの」


 イクセルは彼の正面に座るジルベスターの方をチラリと見て、そしてもう一度イルヴァの方に向いた。


「大したことは話してないよ。ただ、気が合ったから、定期的に手紙のやり取りをしようと思ってる」

「そうなの? もういっそ通話の魔石作って渡せば?」


 手紙でちまちまやり取りするより良いだろうと思って提案すると、イクセルが飲みかけていた飲み物をおいて、ゴホゴホと咳き込んだ。


「イルヴァ、通話の魔石を異性に渡すのは誤解を招く恐れがあるよ」

「そう? 私は渡すって言っちゃったわ」


 反射的にそう返すと、今度はエリアスとジルベスターがぎょっとした様子でこちらを見た。

 そして、エリアスがイルヴァの右手に自身の手を重ね、ぐいっと顔を近づけて言った。


「誰に言ったの?」

「ローレンツよ。魔法理論について定期的に議論したいっていうから」

「ローレンツ? いつから呼び捨てに?」

「交流会で頼まれたの」


 なぜかエリアスが焦ってるように見える。

 ローレンツに通話の魔石を渡したのは、研究の意見交換に必要だからだ。

 仕事の付き合いのある人は、手紙より通話のほうが楽だから、そこを嫌がられても困る。


「ローレンツは研究所に魔石を置くって言ってたから、他の男も通話にはいるかもしれないけど」

「研究所に? そうか。それなら良かった」


 エリアスが気になったポイントがどこだったのかイマイチ分からなかったが、彼は納得したようで、イルヴァから手を離して、座り直す。

 すると、2人のやりとりを聞いていたジルベスターが、ふと思いついたように言った。


「魔石を城に送ってくれたら、城の部屋に配置して、城の魔法師やうちの家族が共同で使えるようにできるかもね」


 そして、ジルベスターはなぜか隣に座っているイクセルに視線を送った。彼の口元にはかすかな笑みが浮かべられている。どこか、イクセルをからかうような空気すらある。

 イクセルはその視線を受けて咳払いすると、小さく息をついて言った。


「ではご厚意に甘えて、お送りします。我が家もフェルディーン家でイルヴァと共同で使えるところに配置しますから、ジルベスター様も妹に用があればお使いください」

「うん。そうさせてもらうよ。リタ・シーレのことで調整したいこともあるからね」


 ジルベスターと通話できるのは色々と便利そうだ。リタの件では、釘を刺しておいてほしいこともある。彼にリタの後見をお願いするのに、卒業後の連絡手段はあるにこしたことはない。


「イルヴァはエリアス様に渡さないの?」

「エリアスに? どうして?」


 兄の質問の意図が分からず問い返すと、車にいた男3人全員が深いため息をついた。中でもイクセルとジルベスターは、まるでイルヴァがひどいことをしたかのような、咎める目でこちらを見ている。


「婚約者だからだよ」

「? 2人とも王都で働くんだから、直接会えば良いじゃない」


 互いのタウンハウスはそう遠くないし、仕事では2人とも王国軍の所属になる。研究所と魔法師団では王城の中の建物は違えど、帰りに待ち合わせることができるぐらいの距離ではあるだろう。

 わざわざ通話する必要性があると思えなかった。


「うーん……それはそうなんだけどさ。リタ・シーレには魔石を渡して、ローレンツ・ヴァルツァー氏にも渡す約束したのは、国が違って会えないからってこと?」

「それ以外に理由が? 研究者同士の意見交換は手紙じゃまどろっこしいもの」


 車の中に謎の沈黙が落ちた。

 エリアスは、悲しそうな声で言う。


「これ以上はやめましょう。僕が傷つくだけになりそうです」

「私、何か傷つけるようなことを言った?」

「うーん……言葉というよりは、君がつくづく僕に無関心だなと思って傷ついただけ」


 もしかしてエリアスは通話用の魔石が欲しいのだろうか。あるいは、婚約者同士なら通話するのが一般的か。 

 ただ、そこまで珍しい技術ではなくなっているものの、通話用の魔石をほいほい作れる魔法師は多くない。フェルディーン家ではかなり普及しているが、誰でも持っているというほどではない。

 だからシュゲーテルでそんな文化があるとは思えなかった。


「私は十分あなたに関心あるわよ? 名前も顔も覚えてるし」


 とりあえず悲しそうなエリアスを慰めるためにそういうと、エリアスは再びため息をついた。


「婚約者に名前と顔を覚えられてなかったら、存在感がなさすぎるよ」

「それもそうね……。それにあなたの顔は婚約してなくても覚えてたわ」


 以前、エリアスに言った通り、彼の顔は好みだったから顔も名前も覚えていたことを思い出す。


「そうなんだ?」


 イルヴァのことをよくわかっているイクセルが、意外だと思ったようで、口を挟んできた。


「エリアスの顔は好みだったので」


 正直に理由を答えると、ジルベスターがふと思いついたように質問してきた。


「へぇ……。ちなみに僕のこと、試験で名前聞く前に覚えてた?」


 ーーーしまった。覚えてないっていったらジルベスターの顔が好みじゃないということに。失礼すぎるけど黙っても肯定だから……仕方ない。


「覚えてなかったわ」

「なるほど。好みじゃないってことね」


 どこか拗ねた雰囲気だが、怒ってはいなさそうだ。 ジルベスターの顔は好みではないが、女性ウケしそうな顔立ちであることは間違いない。

 隣にいるエリアスは、先ほどとは打って変わって少し嬉しそうだ。


「一般的には女性に好かれる顔よ」

「好みじゃないけど?」


 明らかに揶揄っている様子で問いかけてくるので、イルヴァが困って黙り込むと、ジルベスターはケラケラと笑い出した。


「ほんと、君って正直だよね。回りくどいシュゲーテルの貴族とは思えない」

「褒め言葉として受け取るわ」

「ははっ。もう少し早く出会ってればーーーいや、なんでもない」


 なぜだか場の空気がピリッとしたのを感じた。ジルベスターが言おうとして言わなかった言葉の続きが原因だろうが、それを問う前に、イクセルが口を開いた。


「そういえば、水魔法による治癒魔法の省略式は、論文としてまとめられそう?」

 明らかに話題を逸らそうとしている空気を感じたが、イルヴァは理由を問わずにただ兄の質問に答えた。

 こういう時は、下手に質問しない方がいいというのは、今までの経験でわかっている。


「問題ありません」

 最近は、論文を書くときにも魔法で書き上げていくので、手書きより早く書ける。一週間以内という話だったが、その気になれば列車の中でも書けそうだ。

「自分が発見した魔法の体系化論文なので、ベースはほぼそちらを引用で片付けられますから」

「実際にやってみて魔法式に手を加える予定は?」


 イクセルの問いに、イルヴァは少し考えた。


「もう少し完全式に近づけるかは悩んでます」

「簡略化するんじゃなくて?」

「そうすれば水魔法でも範囲魔法にできると思って」

「それ、一本の論文でまとめる気?」

「小出しにする意味がありますか?」


 論文の本数はある程度、研究員の場合の昇格要件には影響するらしいが、数を書けばいいというものでもないだろう。イルヴァとしては論文化する作業はそこまで好きな作業でもないのでできればまとめて片付けてしまいたいところだ。

 しかしイクセルはまるで幼子に言い聞かせるような口調で言った。


「イルヴァ……論文を分けないと、また体系化論文として説明がもの足りない出来栄えになるんじゃないかい?」

「魔法式見れば、そこまで説明が必要なものでもないのでは?」

「範囲魔法を魔法式だけで理解させようとしてる? 水魔法の自己治癒だって、体系化論文だと思われてないのに」


 範囲魔法も含めれば文字数を稼げるかと思ったが、それは兄が許してくれなさそうだ。この調子だと、イルヴァが論文を書いたら、発表前に兄の校閲が入るだろう。

 特にリズべナーで披露してしまったものは、フェルディーン家の利益を確保するために、漏れなく記載を求められる。イルヴァとしては、多少の功績が他人に渡っても気にならないが、フェルディーン家としてはそれは容認できない。


「真面目に書きます……」


 イルヴァが諦めてそういうと、イクセルが満足そうに頷いた。





 そこからは、穏やかな雑談が続いた。そうして国境まで辿り着き、リズべナーの出国審査もシュゲーテルの入国審査も、アルムガルド家の家紋の入った車の力で、ほぼ審査なしで通り過ぎていった。

 行きは国境近くの駅から車だったので、シュゲーテルの車移動は少しの時間だったが、帰りはレンダール家の別荘まで車で向かうので、1時間程度の道のりがある。

 イルヴァはシュゲーテルに入る直前で、自分たちが乗っている車に、行きの列車にかけたのと同等の防衛魔法を展開した。そして兄の周囲には幻視効果付きの防衛魔法で、兄の姿を認知できないような認識阻害の魔法も同時に展開する。


「襲撃、あると思う?」


 無言で展開した防衛魔法に気づいたエリアスが、車の窓の外を一度眺め、そしてイルヴァの方に向き直って言った。


「さすがに白昼堂々と襲われたりはしないと思うけれど……それに、一応、お兄様の居場所は情報戦で撹乱しているはずだから、この車にいるとは思っていないはず」

「襲撃があるとしたら、エゾルテの森を通過する時だろうね。山賊のフリをして襲ってくるとか」


 イクセルのいうことも最もだ。

 リズべナーとの国境付近から少し離れたところに、フェルディーン家のように高冷地だが魔物が少ない避暑地として有名な土地がある。そこにレンダール家の別荘もあるのだが、基本的に山道を通っていくことになるので、見通しが悪い道も多い。


「ただ、かなり道は整備されてますけどね」

「資金が潤沢だからね」


 貴族の避暑地として栄えているため、辺境ではあるものの、フェルディーン家に道路整備のために供給される資金は多く、道路は道幅も広くて最新の信号機も完備している。王都とは段違いの投資が行われているので、道路の走りやすさも段違いである。


「まあ、何事もないことを祈るけど……母上が懸念してたなら、油断はしないほうがいいね」

「そうですね」


 何も起きなければいい、そう思っていたが、嫌な予感というものは得てして当たるものである。

 国境から車で30分程度走り、山道をそこそこ走った時だった。


 車の中にいてもきこえるような唸り声と、地鳴りが響いた。車が急に停止したせいで、エリアスが進行方向にいたイルヴァの方に倒れてきた。

「ごめん!」

「大丈夫」

 イルヴァは体勢を整えながら振り返って窓の外を確認しつつ、探知魔法を展開する。

 視認できている以外にも、アルファウルフの群れ相当数が車を包囲しているようだった。


「アルファウルフの群れ? こんなところに?」

「作為的なものを感じるわね」


 イルヴァが魔法を発動するよりも先に、前後を固めていた護衛部隊が、車から降りて、アルファウルフを迎撃し始めた。森を燃やさないようにという配慮か、あるいは森が燃えて、ジルベスターのいる車に延焼するのを恐れているのか、氷魔法と風魔法メインで攻撃している。


「お兄様の存在は秘匿したいので、魔法を使わないでください」

「わかった。でも、普通の人はこの中にいたら外の魔物に攻撃魔法使えないと思うけど……」


 兄が何やら言っているが、イルヴァはすでに窓の外のアルファウルフに意識を移していた。

 アルファウルフは成人男性並みのサイズがあるウルフ系の魔物でも大きめの個体で、知能が高く群れて連携して敵を攻撃する傾向がある。

 この魔物の厄介なところは、指揮官役の魔物が存在するようでしないところだ。たとえ指揮をしている魔物を倒しても、他の個体が指揮を後退してしまうことである。全ての個体が指揮官をできるような群れの柔軟性があるのだ。


 イルヴァはまず、探知で特定した、おそらく現在の指揮官役のウルフをまずは魔法で撃ち抜いた。ウルフを的確に殺すための攻撃魔法なので、純粋な魔力を圧縮し、弾のようにしてウルフの心臓を貫く。

 指揮官役を倒すと、アルファウルフの群れが一瞬、怯んだ。

 そのわずかな隙を逃さず、外では護衛部隊がどんどん魔法を打ち込んでいく。


「アルファウルフはフェルディーン領では珍しくもないけど、エゾルテの森に出るというのは聞いたことないな」

「もし人間がこの量の群れを連れてきたのだとしたら、相当、作為的なものを感じますが」


 イルヴァはイクセルと話をしながら、次の指揮官役のウルフを特定し、再びそのウルフを魔法で撃ち抜いた。

 ウルフの絶命の唸り声とともに、統制されていた群れの動きが再び乱れた。しかしアルファウルフは、乱れても乱れても、すぐに体勢を整え直してくるところが厄介だ。


「何匹ぐらいいそう?」

「100近くいますね」


 そしてまた次の指揮官に変わったところで、そのウルフを撃ち抜いた。

 今の所そこまで怪我をしている人もいなそうなので、加勢はこの程度でいいだろう。

 10匹程度倒したところで、イクセルが何をしているか気付いたようだ。


「さっきから群れの動きが怯んだりしているけど、イルヴァがボスを割り出して撃ち抜いている?」

「ええ」

「さすがだね。探知の精度がすごい」


 精度の高い探知魔法を使えるようになったおかげで、魔物との戦いが格段に楽になった。もともと、敵意には敏感な性質だが、今ほど正確に位置を把握できていたわけではない。

 視認できている情報と総合して判断し、敵の位置を割り出していたが、探知魔法のおかげでほぼ視認する必要がなくなってしまった。


「フェルディーン領ではアルファウルフは珍しくないと言ってたけど、討伐難易度はどのぐらいなの?」

 ジルベスターの問いに、イルヴァが答えるよりも先にイクセルが答えた。

「フェルディーン領の魔物討伐難易度では下級ですね。この程度の群れの数なら僕1人でも相手できます」


 この会話の間に、アルファウルフもおおよそ半分ぐらいまで減ってきた。ただ、護衛部隊も疲れてきているようで、徐々に討伐ペースが落ちてきている。また、たまに護衛の人々をすり抜けてこの車に襲いかかってくるアルファウルフも一定数出てきた。

 防衛魔法を破られるようなことはないだろうが、念の為、向かってきているアルファウルフは、護衛部隊の魔法に見えるように氷の魔法を使って串刺しにしておいた。

 魔物がけしかけられた可能性がある以上、イルヴァの存在感はあまり出したくないので、バレないようにフォローしてきたが、手伝うペースをあげたほうがいいかもしれない。


「下級なんですか? シュゲーテルの一般的な区分だと中級程度だと思いますが……」

「群れの連携力が強いので普通はそうでしょうが、私たちはその都度、指揮官役の魔物を判断して優先して討伐するので下級として扱っています」


 車内での会話を横で聞きながらあと30体になったところで、イルヴァは一気に全部の個体の足を氷漬けにして動きを封じた。そして森の影に隠れていそうな20体ほどはイルヴァが攻撃魔法で的確にしとめ、車の近くにいる魔物は護衛部隊に任せた。

 さすがに相手の動きがなければ、護衛部隊の討伐も早い。みるみるうちに討伐されていき、その場はアルファウルフの死骸だらけになった。

 そのうち様子伺いに人間がやってきそうな気がするので、どうせなら倒したアルファウルフの素材はさっさと回収しておきたい。

  

「事後処理を手伝ってきます」


 イルヴァはそう宣言すると車から降りるため扉に手をかける。

 その瞬間、腕を掴まれて引き戻された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ