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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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30.リズベナー観光②

 時計台から降りると、街歩きをすることにした。ジルベスターは民に顔が知られているので、深めに帽子をかぶって変装している。

 バレて囲まれると護衛の数が足りなくなるので、その配慮のようだ。

 ハイゼンの1番の大通りを歩きながら、3人はふらりと露天を見たり、雑貨を売るお店に入ったりしながら、目的もなく歩いて行く。

 歩いていると、女性向けの服を販売しているお店があった。店内がメインのようだが、通りにも一部商品が並べられていた。

 そこには、女性用のジャケットとスラックスのセットアップが並べられていて、イルヴァはその前で立ち止まる。

 シュゲーテルでは、ほとんど紳士服と変わりのないジャケットなのだが、リズベナーで並べているのは、少し形が違っていた。

 ウエストのラインがわかるように服の縫製なのか布の形なのかが工夫されていて、シルエットが美しい。生地は庶民向けなので最高級というわけではなかったが、シルエットが美しいので野暮ったくなりづらそうだ。


「気に入った?」

「ええ。シュゲーテルにない形で美しいわ。いくつか買って帰る」

「どれにするの?」


 店の中に入りながらエリアスに問われて、イルヴァはいくつか店員にセットアップを持ってきてもらった。また、ワンピースも、シュゲーテルでは見ない形のものはピックアップしてもらう。

「試着されますか?」

「サイズはおおよそわかってるから問題ないわ」


 イルヴァがこの既製服をそのまま着用する場面はおそらくほぼ来ない。せいぜいお忍びで利用するぐらいだろう。そのため、オーダーメイドする際の参考にできるのであれば、多少、イルヴァの体形と合っていなくても問題ない。


「決まった?」

「ええ。あそこに出してもらったものを一通り」

「じゃあ、これで支払いを」


 イルヴァは自分で買う気だったのに、エリアスが銀貨を数枚店員に渡して、会計を済ませてしまった。

「ありがとう」

 すでに支払いが終わったものに対して、イルヴァが支払いを申し出るのは失礼に当たる。

 エリアスには別の何かで返礼しよう。

 イルヴァはそう決めてから、どんどん包まれて行く品物を見て、この後どうするか考えた。

 物量が多くなってしまったので、いっそ空間魔法をこっそりつかって城に送りつけようか。


ーーーいや、空間魔法の座標を自由に操れると知られるのはまずいか。


 イルヴァがこの魔法をできるだけ表に出していないのは、あまりに浸透すると暗殺の手法としてかなり優れた魔法になってしまうからである。

 それは国家同士の争いや、国内貴族同士の争いを激化する火種となりかねない。


「お荷物、お預かりいたします」


 そうして悩んでいると、どこからともなく大公家の護衛たちが5人ほど現れた。

 そしてイルヴァが戸惑っている間に、素早く荷物を持ってどこかへと去っていった。おそらく車に持って行ってくれたのだろう。


「私が買い物したはずなのに支払いも荷物持ちも他人にやらせてしまったわ」

「気にしないで。ほら、行こう」


 エリアスにエスコートされ、店を出ると、店の外で待っていたジルベスターが護衛のクルトと何やら話していた。2人はこちらに気づくと会話をやめ、ジルベスターが申し訳なさそうに切り出した。


「すまないが、思ったより早く城に戻らなければいけなくなった。護衛は続行してつけるのと、クルトを案内役として同伴させる」

「湖まで道案内として同行させていただきます。それでは、こちらにどうぞ」


 ジルベスターは迎えの車に乗って帰って行った。

 イルヴァとエリアスはクルトの後ろをついて街歩きを続行する。途中でいくつかの店を見て回りながら、イルヴァとエリアスは気ままに買い物を楽しむことにした。

 大通りには露天で食べ物を売っている店もあり、シュゲーテルの王都よりも気安い店構えも多い。そのため、歩くたびに美味しそうな匂いが漂ってきて、イルヴァの鼻腔をくすぐった。


「お嬢さん。これ、一本どうだい?」


 恰幅のよい女性が、いかの串焼きを差し出してきた。たっぷりとタレに漬け込まれて焼かれたいかは、湯気がたっていて良い香りを放っている。

 イルヴァは反射的に銅貨を数枚渡して購入していた。


「おいしそうだね」

「ええ。つい、買ってしまったわ」


 これが領地なら、この場でとりあえず一口食べるところだが、さすがにエリアスもいて、立ち食いはまずいかもしれない。

 周囲を見回すと、ちょうどよいベンチがあった。先ほどまで人がいた気がしたが、運良く空いたようだ。イルヴァはありがたくベンチに座った。

 そして、焼きイカを食べようとした瞬間、慌てたような表情のクルトが声を上げた。


「待ってください。毒味しますから」

「毒? 自分で解毒できるから大丈夫よ? それに、露天で毒盛って待ってるだなんて、そんな暗殺者もいないでしょう」


 貴族としては毒味させるのが正解だろうが、イルヴァは気にせずにイカに齧り付いた。

 口の中にイカの旨みとタレの甘じょっぱさが一気に広がった。タレの少し香ばしい匂いが、食欲をそそる味だ。よく噛んでから飲み込むと、エリアスが穏やかに微笑んでこちらを見つめていた。

 その表情が、親が幼子を見守るような優しさにも感じられて、少し気恥ずかしくなって視線を逸らす。


「おいしい?」

「ええ。 ……あなたも食べる?」


 自分だけ食べているところを見られるのもきまずいので、串焼きを差し出してみたら、エリアスがすっと顔を近づけてきた。そしてイルヴァが持った串に、手を添えて、そのまま齧った。そしてそのままもぐもぐと咀嚼し始めた。

 ただ食べているだけなのに、なぜだろう。

 顔がいいからなのか何なのか、無駄な色気が発せられている。

 咀嚼を終えたのか、ごくりとイカを飲み込んで、喉が動いたのが見えた。なんだかみてはいけないものをみている気がして、イルヴァは再び視線をそらしてイカをさらに齧った。


「おいしいよ。ありがとう。それにしても、イルヴァは、意外と庶民の食べ物に抵抗がないんだね」


 口の中にあるイカを完全に咀嚼して飲み込んだあと、イルヴァは質問に答えることにした。


「ええ。フェルディーン家で魔物討伐時期は、街で食事をすることも多いから」


 フェルディーン領は、王都よりも標高が高い位置にある。単純な直線距離では比較的、王都に近い部類の領地だが、国内で最も高い山と森を抱えていることもあり、魔物の出現量は桁違いに多い。シュゲーテル王国内の魔物の半分はフェルディーン領に出ると言われているほどだ。

 

「イルヴァも討伐に参加を?」

「そうね」

「実際に魔物を討伐するの?」

「ええ」


 久々に都合の悪いことを質問されて、短い返事だけをする羽目になった。

 フェルディーン家の魔物討伐では、イルヴァは参加するというよりも、主力戦力だ。しかしその戦い方は外部に公開できないものが多い。そのため、イルヴァは基本的には魔物討伐について触れないようにしていた。

 それに、フェルディーン家の魔物討伐については、数が多いだけだと誤解されていることも多い。本当は、国内で出てくる強い魔物の9割がフェルディーン領に生息しており、フェルディーン領の兵力は国内屈指なのだが、王家との諍いを避けるため、決定的に王家と対立する前から、討伐については曖昧にしていた。


「フェルディーン領は魔物も多いと聞いたけど、トロールなんかも出るの?」

「そうね」


 ーーートロールなんか、フェルディーン領では下級魔物扱いだしゴロゴロいるけど、国内のガイドラインでは中級レベルなのよね。


「戦ったことはある?」

「ええ」

「倒したことも?」

「倒せるわね」


 このまま質問を続けられると、困ったことになる。イルヴァからすれば、トロールなど雑魚と言っても過言ではない部類の魔物で、もはや何頭倒したかも覚えていない。フェルディーン領なら群をなして襲ってきても驚かない程度の魔物なのだ。

 とはいえ、それは一般的に知られているフェルディーン領の姿ではない。


「レンダール領は、魔物は少なく肥沃な大地が広がっているのでしょう?」

「そうだね。領土は広いけれど、魔物は多くない。だから僕はトロールも見たことがないんだ。魔法師団に入団したら、そのうち戦うことになるだろうけど」


 エリアスが話している間にイカを食べすすめながら、イルヴァはどうやってこの後、フェルディーン領の魔物討伐の話から話題を逸らすかについて必死に考えていた。

 するとそんなイルヴァの心情を知ってか知らずか、エリアスはそのまま話を続けた。


「討伐の時、街に滞在を?」

「ええ。フェルディーン領は中心に行けば行くほど魔物の脅威は薄れて、王都と変わらないような街並みだけれど、外側の街はほぼ要塞施設だから、食事も簡単で庶民的なものが多いわ」

「魔物は冬になると活発になると聞くけれど、今の時期は比較的少ないのかい?」

「そうね。フェルディーン家全員が王都のタウンハウスに滞在できるのは、この2ヶ月ぐらいよ」


 空間魔法のおかげで、行動の制約は解除しても良くなったのだが、それを公にはできないので、物理的に移動したように体裁を整える必要はある。ここらへんは、両親にも魔法を開示したので相談してみても良いだろう。

 結果、フェルディーン家の社交シーズンは、2ヶ月ぐらいしかないと言っても過言ではない。おおよそ魔物が落ち着く初夏の時期に、家の誰かは王都に出てくることが多いが、一家揃って社交活動をするのはこの時期だけだ。


「そうなると、義兄上のお披露目が終わったら、領地に戻るのかい?」

「おそらくはね。私たちの婚約お披露目も考えないと行けないけれど……」

「そうだね。それもできればこの社交シーズンに済ませておきたいな」


 リズべナー公国を満喫しすぎて忘れかけていたが、元々は王家からの嫌がらせの報復として動いている最中なのだ。王家が両家の婚約を嫌がっている以上、こちらはむしろ、手際よく進めないと行けないだろう。


「そういえば、うちの両親が、この旅行中に、君のご両親と話をすると言っていた。ここらへんの日程も、両家で調整すると思う」


 そこまで話すと、エリアスはまだたくさん残っているイカの串焼きを見て、ふと思いついたように立ち上がった。


「飲み物を買ってくる。僕は自分の護衛のアストを連れて行くから、クルトは彼女のそばにいてくれ」

「承知いたしました」


 アストもそれなりの距離を保って側にいたのだろう。エリアスが合図すると、どこからともなく現れて、2人で屋台の方へと消えていった。

 それと入れ替わるように先ほどまでは会話が聞こえないぐらいの位置を保っていたクルトが、座っているイルヴァの隣に立った。


「目立つから座ったら?」

「ですが……」

「私をあからさまに護衛しているように見えない方が、都合が良いのでは?」


 街中では、貴族らしき人間はいないように見える。たまに護衛を連れていそうな裕福そうなお嬢様を見かけることはあるが、クルトほど改まった様子ではない。

 それに、イルヴァの格好はラフなのに、厳重そうな護衛がついていると悪目立ちしてしまうだろう。そう思って提案すると、クルトはイルヴァの言葉に一理あると思ったようで、イルヴァのすわっているベンチの端ぎりぎりに座った。

 この座り方なら、たまたま隣に座っている他人に見えるかもしれない。ラフな格好の女性1人にベタ付きで立ち尽くしているよりは目立たない。


「フェルディーン様に一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「構わないわ」

「フェルディーン様が護衛を連れて歩かないのは、理由がおありですか?」


 今日はなんという日だろう。聞かれたくない質問ばかりされる日だ。

 しかし質問を許したのは自分だ。

 イルヴァはポーカーフェイスには自信があるため、表情管理に気をつけながら、あえて問い返した。


「あなたの推測は?」

「……場数を踏まれているように見えますので、自分でなんとかできるという自信もおありでしょう。ただ、それ以上に……」

「それ以上に?」


 クルトがためった言葉の先は聞かない方が良い気がする。そう思いながらも、イルヴァは言葉の続きを聞かずにはいられなかった。

 すると、クルトがじっとこちらを見つめて、言葉を発するかためらうような仕草のあと、恐る恐るといった様子で口にした。


「護衛に()()があるように感じます」


 イルヴァは自分が反射的に息を呑んだことに後から気づいた。それはあまりに的確な指摘だったためだ。こうなってはイルヴァは沈黙か話すかしか選べない。

 そしてイルヴァは、端的に事実を話すことを選んだ。


「気をつけるわ。私も意識的にやっているわけではないの」

「……否定はなさらないのですね」

「ええ。昔、護衛に裏切られたの。私はその男をこの手で殺すことになった」


 今度はクルトが息を呑んだ。

 それは、まだ子どもだった頃の記憶だ。それでも、イルヴァはあの日のことを忘れることはない。

 精霊との契約も、あの事件が起きなかったら、成立していなかっただろう。イルヴァが力を望んだから、精霊がそれに応える形で力を貸してくれたのだ。


「侍女を伴わないことも、関係があるのですか?」

「ええ。当時の私の専属侍女は、私を庇って重症を負い、侍女を続けられなくなった。精神的な病(トラウマ)でね」

 今よりももっと馬車にちかかった当時の車は、たいして防御力もなかったので、襲撃時、中にいた人はほとんど外に放り出されていた。

 凄惨な現場の中、イルヴァを庇って丸まっていた彼女が切られるまで、イルヴァは何もできなかった。

 ただただ、無力だった。


「……マリアはその侍女の歳の離れた妹なの」

「それは……」

「彼女が姉と違うのは、彼女自身が護衛を務められるほど強いことよ。だからこそ、私も侍女として側に置いている」


 マリアが侍女を務めることにイルヴァはしばらく反対していた。

 しかし、彼女がどの侍女よりも強く、側に置くのに最も守りやすいと感じたのでそうせざるをえなかった。今思えば、彼女は彼女なりに相当な覚悟を持ってイルヴァの側に来たのだろう。


「……ほとんどの護衛は主人(あるじ)を裏切りません」

「知っているわ。あなたがジルベスターに刃を向けるとは思っていない。それに、私は護衛をかねているマリアのことも信用している」


 でもね、とイルヴァは続けた。


「理解していることと、本能というものは一致しないものよ」


 風が吹き、イルヴァの長く赤い髪が風に舞う。それを空いた左手で押さえて整えながら、クルトの方を向き直った。


「でも、他国の護衛に敵意があると思われるのは不味いから、伝えてくれて感謝するわ。これからは気をつける」

「いえ。差し出がましいことを質問して申し訳ありませんでした。このことは、誰にも言いませんのでご安心ください」


 イルヴァが望めば、彼はこのことを秘密にしてくれるだろう。そんな信頼感が、彼にはあった。

 しかしイルヴァは首を横に振って、その提案を拒否した。


「……主従で秘密はない方がいい。大した秘密ではないわ。話してしまって構わない。ただ、エリアスには時を選んで話すつもりだから、黙っていて」

「かしこまりました」


 風が止み、2人の間に沈黙が訪れた。

 イルヴァはふたたびイカをかじって咀嚼する。


 エリアスが飲み物を買って戻ってくるまでの時間が、長く感じられた。

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