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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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29/55

29.リズベナー観光①

 交流会を終えた次の日の朝は、爽やかな目覚めだった。今日は楽しみにしていたリズベナー公国の観光だ。

 到着した日も昨日もどちらかというと仕事をしていたようなものだったので、今日こそ休暇を謳歌できそうだった。

 イルヴァたちは兄イクセル以外は入国経路が特殊なのでジルベスターのアテンドが必要不可欠だろうが、市街にでるのにあまり華美な服装は向かない。

 リズベナー公国は女性のファッションに寛容そうなので、今日はイルヴァも白いブラウスに藍色のスラックスにヒールの低いパンプスというラフなスタイルにすることにした。

 今日は熟成ワインを想起させる赤い髪を編み込んでアップにして、髪飾りは金のベースにルビーのバレッタを使う。

 イヤリングにはイエローサファイアがあしらわれたものをつけて、身支度は完成だ。


「そういえば、昨日の交流会はどうだった?」

「有意義な時間でした。リタ・シーレについても調べてまいりました」

 身支度をしてくれていた専属侍女マリアに問うと、彼女は流れるように話し出した。

「リタ・シーレは魔力不完全症の妹がいて、彼女が自立して生きていけることを目的として研究に勤しんでいます。しかしお嬢様の推測通り、魔力不完全症はリズベナー公国でも少ない事例のため、長らく出資を得られておらず、見向きもされていなかったようです」


 ここまでの話は、おおよそリタ本人から聞いたのと同じ話だ。

 マリアには自由にして良いと言ったのだが、イルヴァが出資を決めて通話の魔石を渡したということで、気になって調べてくれたのだろう。


「彼女の両親は健在で、特に家庭に問題はなさそうです。ただ、魔力不完全症の妹は家にある照明もつけられないそうで、常に人手が必要なのだとか。彼女の母は小さな食堂を営んでいますが、休憩時間のたびに隣にある自宅に帰宅して面倒をみているようです。そのため、リタ・シーレは家に使われている生活用品を一通り「魔道具」に置き換えたいようですね。また、リタ・シーレはリズベナー公国の子爵家の長男にアプローチされているようですが、断り続けているようです。友人関係にトラブルはなさそうですが、この子爵には釘を刺したほうが良いかと」

「……あなた、交流会を楽しんだ?」


 次から次に出てくるリタの情報に、本当に交流していたのか疑わしく思えて来た。

 しかしマリアは、何食わぬ顔で首肯する。


「はい。リズベナーは生活に根ざした実用魔法の研究が進んでいて、仕事に使えそうなものがたくさんありました。逆にお嬢様が連発している生活魔法が、いかに特殊かも深く理解できました」


 生活魔法は繰り返し使うものなので、普通は魔力消費を抑えた簡単な魔法式のものが広く使われる。

 精霊との契約以降、ほとんど魔力が無尽蔵状態になったイルヴァとは違い、普通の人間は生活に魔力を使いすぎないようにしているためだ。

 しかしイルヴァはその無尽蔵さを活かして、生活魔法だろうがなんだろうが便利になるのであれば魔力消費の多い魔法も気にせず使うことにしている。だから、イルヴァが普段使っている魔法では体系化が絶望的なものも多い。


「まあ、楽しんだならいいんだけど……。あと、子爵の件は、釘を刺したいわね。フェルディーン家にもそれなりに利益を出せる取引だから、本人の意向を確認した後、お父様にお願いするわ」

「かしこまりました」


 ジルベスターも後見するとは言っていたが、色恋沙汰にまでは釘を刺したりしないだろう。そこらへんは、より実利を得られるフェルディーン家が助力したほうが丸く収まりそうだ。


「それと、マリアは今日も城に残って、せっかくだからリズべナーの方と交流して」

「はい。……もし何かありましたらご連絡ください。座標となれる場所をお伝えしますから」


 いざとなれば、空間魔法で戻ってこいという意味だろう。マリアがいれば、マリアの持つ魔石を座標として設定して戻ってきたなどと言い訳しやすい。

「ありがとう。でも、本当に私のことは気にしすぎないで行動してちょうだい。この国で学べることは多そうだから」

 マリアはイルヴァの言葉には静かに礼をして答えた。


「フェルディーン様、観光にご出発の前に、大公閣下がお話をしたいとのことです」


 マリアとの話が一通り終わると、大公家の侍女に声をかけられ、大公の待つ部屋へと案内された。

 部屋に入るとすでに兄イクセルとエリアス、そしてジルベスターが、大公ディートリヒと共に部屋にいた。

 ゆったりとした応接間で、3人はすでに座っており、イルヴァの席はエリアスの隣のようだった。イルヴァが着席すると、ディートリヒが笑顔で話し始めた。


「昨日は訓練から始まり、光魔法や水魔法のご教授、交流会への参加に感謝する。城中の者から称賛の声が集まっていて、反響も大きい。そこで、お三方には、特別通行証を授与することにした」

「特別通行証ですか?」


 兄が代表して疑問を口にすると、壁際にいた侍女が3人それぞれに、真鍮のブローチを手渡してきた。アルムガルド家の家紋である月桂樹の模様が彫られていて、表ではなく裏に魔石が付けられている。


「それは、リズベナー公国での入国許可、出国許可の取得を免除するもので、身分証の代わりになる。盗難防止で華美に見えすぎないように設計している」


 確かに明らかに効果そうなブローチをつけていては、スリに合う可能性が高くなる。不要な争いを避けるのに必要なのだろう。


「盗難避けに、防衛魔法が込められていそうですね」


 魔石の魔法式を探ってそういうと、ディートリヒは少し目を見開いた後、ふっと笑って言った。


「流石だな。指摘通り、そのブローチが意思に反して使用者の手から離れそうになった時、盗人を攻撃するような設計になっている」


 そこそこ攻撃性の高そうな魔法なので、なくさないようにしよう。

 イルヴァはそう心に決めた。


「そういえば、僕は今日の観光は遠慮するよ。昨日、交流会で話した研究者ともう少し話したいことがあって」

 特別通行証ももらい、これから観光だというところで、兄がそう言った。

「まあ、僕はすでに観光したしね」

 兄はイルヴァよりも数日早くから滞在しているので、観光より人脈を広げることを優先したいのだろう。

「僕は途中まで同行するけど、所用で先に帰るんだ。その許可証があるから、2人に移動用の車と護衛だけ付けさせてもらって、あとは自由に観光していいよ」

 続いてジルベスターがそういうと、エリアスの表情が心なしか明るくなった気がした。

 ジルベスターに案内されると、ゾロゾロと大行列で移動することになるので自由に動き回りづらい。だからエリアスも行動の幅が増えて喜んでいるのだろう。

 イルヴァも観光を楽しみにしていたが、エリアスも楽しみにしていたのだと思うと、微笑ましい気持ちになった。

 そうして、ジルベスターとエリアスと共に車に乗り込んだイルヴァたちは、まずは首都ハイゼンの街を歩くことにした。

 山にぐるりと囲まれた土地であるリズベナー公国は、美しい景色が多い。

 大公城のあるハイゼンのカラフルな街の北端に湖が広がり、その奥には山が見えるらしいが、ハイゼンで最も高い建物である時計台の展望台からの景色が美しいのだそうだ。

 

「今日の服装もよく似合ってるね」

「ありがとう。リズベナーなら市民に紛れられそうかと」

 先日話していた通り、エリアスは女性のパンツスタイルに抵抗がないようだ。

「シュゲーテルの女性はあまりズボンを履かないよね?」

「はい。最近は女性の辺境伯が公式の場で着用した姿が美しく評判になり、少しずつ受け入れられるようになって来ましたが、いまだに抵抗がある方も多いかと」


 リズベナー公国は、デザインの種類も多そうなので、服を購入して帰っても良いかもしれない。イルヴァが着る服は基本的にオーダーメイドだか、いくつか気に入ったデザインサンプルがあれば、オーダーもしやすい。


「シュゲーテルは保守的なところがあるよね」

「リズベナーは逆にかなり寛大だなと感じます」


 イルヴァの言葉に、ふと、ジルベスターは思い出したと言わんばかりに指を鳴らした。


「そういえば、2人とも呼び捨てで敬語もなしでいいよ」


 ジルベスターはリズベナー公国を納める大公家の長男で、シュゲーテルでいうところの王子だ。呼び捨てで良いと言われても、やや躊躇われる。イルヴァはエリアスをちらりとみると、エリアスも小さく首を振った。そのままその言葉を受け止めるなということだろう。

 しかしそんな不安を打ち消すようにジルベスターは続けた。


「あの特別許可証は生存してる人間だと、所持してるのは20名ぐらいしかいない。それだけで、この国にとって長く関係性を続けていきたいという意思表示だ」

「20名?」


 思ったより少なくて、そのまま問い返してしまった。

 するとジルベスターが安心しろと言わんばかりに微笑んだ。


「水魔法と光魔法の件については、国を挙げての課題だった。3人はこれの解決にしてくれたのだから、あたりまえだ。それに、僕と親しく見えるほうが、よりその許可証の価値が増す。気にせず気楽にしてよ。何せ、()()だからね」

「わかりました。……いや、分かった」

 エリアスが先に答えた。その様子を見て、イルヴァもそれならと続けた。

「分かったわ。楽に話させてもらうわね、ジルベスター」

 2人が受け入れた様子を見て、ジルベスターは満足げに頷いたのだった。

 


 車の中で雑談をしていると、ハイゼンにある時計台の近くにすぐに着いた。今日は街中を歩くので護衛が数多く配置されているはずだが、基本的には3人に気付かれないように護衛するスタイルのようだ。

 今日は全員街中に溶け込めるような格好をしているので、あからさまに護衛する方が危ないのかもしれない。


「遠くからもよく見えそうね」


 ハイゼンにある時計台は、大公城から時計が見える向きで建てられている。周囲のどの建物よりも高く作られていて、上部に大きな時計が設置され、そのさらに上に展望台がある。

 展望台まで登るには、それなりの段数の階段を登る必要がありそうだ。

 そう思い、時計台の中に入ると、奥の方に、扉があった。


「あの扉は?」

「あれは、昇降機(リフト)だよ。上に登るための機械だね」

「上に登るための?」

「見た方が早い」


 困惑しているイルヴァとエリアスをよそに、ジルベスターは長い足でスタスタと扉まで歩いていき、扉の近くに備え付けられている魔石に触れた。


 ーーー身体強化の魔法? なにかの重量を重くしているのね。


 魔石に込められた魔法式を解析しながら、ジルベスターの動きを見つめた。

 すると魔石が光り、何かが動く音とともに扉が開かれた。扉の奥はとても小さい部屋があり、3人でその中に入る。大人3人が入ると、体は触れないが、自由に動き回れないぐらいの広さの部屋だ。

 部屋の扉のある面の右側の壁に、ジルベスターが魔石がついていて、それに触れると扉が閉まった。

 何やら動く音がして、しばらく待つと、再び扉が開かれた。


 部屋の外に出ると、目の前にハイゼンの美しい街並みが広がっていた。この昇降機で展望台まで昇ってきていたようだ。


 ーーー重さを変えて調整しているなら、重りの重さを変えて、部屋ごと昇降させているのかしら。生活魔法に特化しているというけれど、本当に素晴らしい技術力だわ。


 昇降機に使われる魔法式は大したことがないが、活用の仕方が素晴らしい。機構設計にアイデアがあり、センスが感じられる。


 心の中で一通り昇降機の考察を終えたイルヴァは、景色を楽しむことにした。

 展望台の手すりギリギリまで歩いて行くと、ぬるい風が吹き抜けた。湿度のある風で、シュゲーテルの爽やかな風とは違うが、だからこそ異国を感じさせる。

 ハイゼンのカラフルな建物が続いたその奥に、噂通り美しい湖が広がっている。そしてそのさらに奥には薄青の山々が広がっていた。


「素晴らしい景色ね」

「君が昇降機より、こっちに興味を示すのは意外だね」


 ジルベスターの言葉に、イルヴァに情緒がないとでも思われているのかと心配になる。確かに魔法の方が先に気になったが、他国の風景もまた、イルヴァにとって興味の対象だ。

 そこまで魔法バカではないつもりだった。


「昇降機の仕組みは見ていておおよそわかったから、景色を楽しもうと思って」


 ジルベスターの問いに素直に答えると、彼は恐る恐るといった様子で尋ねてきた。


「何の魔法を使っているかも分かった?」

「身体強化と同じでしょ?」

「……これは一応、魔法式を隠蔽するための魔法式も組み込んであるはずなんだけど。流石というべきか」

「風魔法じゃないのか」


 ジルベスターがため息をついた後、驚いた様子のエリアスに補足するように続けた。


「イルヴァの言う通り、身体強化の中の体の重さを変える魔法を利用して、重りの重さを調整してるんだ。重りが重くなると、相対的に部屋が軽くなって上に上がる仕組みだよ」


 多少、魔法式を隠蔽する魔法はかかっているものの、機構そのものの観察から得られる情報も多い。部屋は密閉されているが、探知で滑車は確認できたので、そこからは考察すれば辿り着くのは難しくない。


「イルヴァは鑑定したの? それともただ見てわかるの?」

「鑑定はしてないわ。()()()()()()。国内なら迷わずやるけど」


 探知はしたが、鑑定はイルヴァがやると情報を得られ過ぎてしまうので、リズベナー観光中は極力控えようと決めたのだ。


 イルヴァは精霊と契約して以降、嘘をつかないことを対価に、魔法関連の能力は飛躍的に向上している。自身も研鑽を怠らないようにしているが、正直なところ、自分の能力は精霊の力が大きい。

 だから説明もできず、魔法の発展に寄与できないことも多い。イルヴァが魔法理論の研究にこだわるのも、この力を他の人にも扱えるようにして、精霊の力に頼らない魔法の発展を望んでいるからに他ならない。


「鑑定してなくて分かるなら、ほとんどの魔法は魔法式で分かるってこと?」

「……おおよそは」


 ここで黙っても肯定と変わらないので、エリアスの問いに、簡潔に回答した。それが特異なことは分かっているが、賞賛に値することだとは思っていない。

 イルヴァが精霊の契約を手に入れたのは、状況に迫られてであるし、今も手放さないのは、結局のところ、この能力が便利だからだ。


 それでも、エリアスもジルベスターも、驚嘆の眼差しでこちらを見てくる。それが、いつだって心苦しさがあるのだが、この2人を相手にすると特に苦しさがあった。


「そういえば、時計台の表側は、城に向いてるの?」


 魔法の話から離れたくて、イルヴァは今いる時計台について質問した。


「そうそう。この時計台は、民に時間を知らせる役割だけじゃなく、大公城の門限を管理するのにも使われてるからね」

「時計の時間を見て、門を開け閉めするのね」


 時計台の位置は、街の中心よりも大公城寄りで、より多くの人に見せるなら逆の向きにするほうが自然だと感じたのだが、そう言う役目があるのであれば、この向きであるのも納得だ。


「ちなみにこの後、街を歩いたあと、あそこに見える湖に行くから」


 ジルベスターは湖を指差しながら言った後、何やらエリアスに一歩近づいて話したようだった。

 しかし、風に邪魔されて、イルヴァには何を言ったかが聞こえない。


 ただ、どことなく、エリアスの表情が明るくなった。そんな気がした。


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