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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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28.another_side アルムガルド太公の誤算

ジルベスターの父、ディートリヒ視点です

 交換留学に出た息子が一時帰国すると連絡してきた。

 しかも、リズベナー公国の医療に携わる魔法理論の研究家を連れて帰ってくるとの触れ込みだった。

 あまりにも急な出来事だったが、どうやらシュゲーテル国内の揉め事があり、力を貸す代わりとして、水魔法による治癒の魔法を教えてもらうように願ったという。


 リズベナー側で協力するのは、イルヴァ・フェルディーンとその兄イクセル・フェルディーン、それからエリアス・レンダールの入出国許可と、車を貸し出すぐらいのものだ。

 本当に水魔法による治癒が国内の魔法師で実現できるならば、準備期間がほぼなかったとしても、断る理由はない好条件の取引だった。

 しかも、イルヴァ・フェルディーンは水魔法による自己治癒促進以外にも、有用で新規性の高い魔法発見論文を複数出しているY.Fその人だという。


 大公城内はそんなイルヴァへの期待がある意味高まりすぎたともいえよう。

 城中の注目を集める中、実際に車から降りてきたのは人目を引く美女だが、魔法に明るそうには感じられなかった。彼女の容貌が、魔法の研究をしている研究者のイメージからかけなはれ過ぎていたのだ。


 そしてまた、彼女の魔力が多そうに見えなかった、というのも、期待を裏切られたような気持ちの一つかもしれない。

 基本的には全ての人間は魔力を持っていて、魔力が多い人ほど、溢れ出る魔力が多いのが通例だ。彼女が完璧な魔力操作能力を持っているわけではないのであれば、彼女の魔力はそう多くない。なぜなら彼女は漏れ出る魔力が見えないからだ。


「外部の者を城の、それも軍事施設に入れるというのはいかがなものでしょうか」


 そのため、軍の総司令であるテオバルト・アウラーがそう口にすると、会議で一気にイルヴァの能力に対して疑問視する声が紛失した。

 そして、しまいには実力証明させるべしとの声まで上がった。

 こうなってしまっては、大公であるディートリヒが強行するのも悪手だ。


「……では、事前に治癒の力を証明してもらおう。どうなれば力を認められる?」


 先ほどは反対したテオバルトも、立証してもらう案なら良いと思ったようだ。先ほどとは違い、悩む姿勢を見せた。

 リズべナー公国は良くも悪くも実力主義の国である。

 研究者ローレンツ・ヴァルツァーも平民だが、魔法理論の第一人者で、彼を疎ましく思う貴族はいない。彼が間違いなくこの国の魔法技術の向上に大きく貢献していると誰もが認めているからだ。

 だからこそ、アウラーはこう提案してきた。


「ヨーゼフの治療をしてもらうのはどうでしょうか?」


 ヨーゼフとは腕の良い兵士だったが、ワイバーンとの戦いで利き腕をなくしてしまった。それでも彼の戦闘能力は高いため、今でも現場に出て後輩の指導をしてもらっている。

 総司令曰く、最近、想定よりも上位の魔物の不意打ちにあい、彼は体の複数箇所を怪我しているとのことだった。


「彼は今、顔と背中、足を怪我しています。顔は見ればわかるので顔の治療はもちろん、できれば背中や足の怪我に気づいた上で治療してほしいですね」


 テオバルトの要求は高すぎるということはない。

 フレゼリシアの治療師で優秀な腕を持つものなら、このぐらいはできる。背中はわかりづらいが、足は観察力があれば気づけるだろう。


「わかった。では彼女に試してもらう。私から、単純にヨーゼフを治してほしいとしか言わない、ということでいいな?」

「はい」

 

 できれば、気付きづらい背中の怪我にも気づいて治療し、小うるさい連中を黙らせてほしい。

 そう思っていたのだが、翌日、彼女は思っても見なかった方向で、城中を騒がせることになった。


 その瞬間の驚きは、後にも先にも言葉で言い表すことはできない光景だった。

 彼女はたった10秒程度でヨーゼフの失われた右腕を再生させてしまったのだ。まばゆい光に圧倒されて何が起きているのか理解するより前に、腕が生えていた。

 事前に宣言してくれていたら、瞬きせずにその様子を見つめていたというのに、だ!

 ああ、なんともったいないことか。


 しかも、イルヴァ・フェルディーンは淡々とした表情で、恐ろしいことを言ってのけた。


「ところで、()()()()()で城内の人は納得するのでしょうか?」


 その言葉に、その場の空気が止まったのは間違いない。

 ある程度彼女の能力を知っていたジルベスターは呆れた様子だったが、妻のアマーリアと娘のシャルロッテは、2人とも呆然として口がかすかに開いていた。

  

 彼女は自分の偉業をまったく理解していない様子だった。欠損を治せる魔法師がどれだけいるというのか。それも、彼女はなんと無詠唱で魔法を使っている。

 ディートリヒは大公として何の言葉をかけるべきか悩んでいたところ、イルヴァの兄であるイクセル・フェルディーンに治療の対価について釘を刺された。


 彼女はいとも簡単に治せるので、対価を求めなければ無制限に利用されてしまうだろう。力の証明のためにあっさりと腕を生やしてしまうあたり、彼女はあまり取引は得意ではなさそうだ。

 


 そうして、彼女の力の証明が終わり、晩餐の後にヨーゼフと話すために呼び出そうとしたら、なぜか逆に城の1番広い会議室に呼び出された。

 ヨーゼフとアウラーの連名での呼び出しなので、イルヴァと約束した明日の早朝訓練のことだろうか。


 そんなことを考えて足を運び、待っていた兵士に会議室の扉が開けられると、目の前には昨日、イルヴァの能力を疑って騒いでいた面々が全員勢揃いしていた。


 イルヴァが治療したのは夕食前だが、晩餐は長めなのでもうかなり夜も更けている。

 こんな時間に全員いるなんて何事か、と身構えながらも着席する。

 すると、真剣な顔をしていたアウラーが、すくっと立ち上がり、そして頭を下げた。


「イルヴァ・フェルディーン嬢の能力を疑って申し訳ありませんでした!」


 彼の謝罪を皮切りに、その場にいた全員が謝罪した。本人不在でこんなに綺麗に謝罪されても困るのだが、とりあえず、頭を上げさせる。


「正直、私もあそこまでとは思ってなかった。ヨーゼフ、腕はどうだ?」


 嬉しそうな表情が隠せないでいるヨーゼフに尋ねると、待っていましたとばかりにスタッと立ち上がり、そして腕をブンブンと振りながら言った。


「すこぶる良好です! 筋肉は落ちていますが、剣を握るのに問題はありません」

「そうか。……その、もしかして、全員に見せびらかすように城中を闊歩したのか?」

「はい! フェルディーン嬢の偉業を伝えて、反対派を黙らせることこそ私の使命と存じましたので!」


 腕を治してもらったことがよほど嬉しかったのか、どことなく信者のようになったヨーゼフを見ながら、おおよその事態を把握した。


 つまり、利き腕を失ったことで有名なヨーゼフが利き腕を元気に振って歩いていたから、城中で騒ぎになり、文句を言っていた人間が集まった結果ここにいるのだろう。


「閣下! あのような逸材がこの国に来るチャンスはそうありません! 光魔法の伝授が上手くいったとしても、選抜した10名は大金貨を払って、治療をお願いしましょう! 100枚と言わず、色をつけて支払ってもよいかと」

「ふむ。それは私も考えていた。10秒程度で治したところを見ると、彼女の魔力に余裕はまだまだありそうだ。多分、金貨を積めばやってくれるだろう」


 イルヴァ以外の魔法師の能力は不明だが、ジルベスター曰く、彼女の婚約者のエリアスは次席、イルヴァの兄は当時首席だったということで、2人も相当な魔法師であることは間違いない。

 彼らの心象を良くすることで、イルヴァと長い付き合いをしていくことは医療面で弱さのあるリズベナーにとって、国益につながりそうだ。

 そのためなら、金貨に色をつけるぐらいはやるべきだろう。


「ローレンツも彼女には会いたいと言うと思って、会う機会を設けた。彼女と定期的に魔法理論の学術的な交流をしてくれれば良いのだが……」

「ローレンツも気難しい男ですが、あれほどの魔法師なら、喜んで会うでしょう。そもそも水魔法で治癒を実現するという魔法理論の第一人者でもありますからな」


 昨日までイルヴァの能力を疑っていたはずのアウラーがすっかり彼女のファンになっている。


「そういえば妻が言っていたのですが、発表していないだけで、フェルディーン嬢は息をするように高度だか便利な生活魔法を行使するのだとか」


 発言したのは魔法師団の中隊長を務める男だ。彼女の妻は王宮勤めの侍女で、今回イルヴァの世話をしたらしい。


「つまり、新しい魔法の開発者でもあり、優れた魔法の技術もあると言うことだな」

「はい。妻が崇めていました」


 短期間だと言うのに、どれだけの城内の人間の心を掴んだのだろう。

 リズベナー公国は実力主義な分、何かに秀でた人間は好かれやすい。みんな才能のある者が好きなのだ。

 イルヴァと話したことがなくても、ヨーゼフの腕を生やしたと聞けば、みんなうっすら好意を持ったようだ。


 話の途中で、誰かがジルベスターも呼んだようだ。クルトとともに入室した。

 2人が入ってきた瞬間、イルヴァを1番よく知るはずのジルベスターに、皆が口々に質問した。


「ジルベスター様から見て、フェルディーン嬢の魔法技術はいかがですか?」

「うーん……凄すぎて、嘘みたいな存在だね」

「欠損を回復する光魔法使いですから、もちろん素晴らしい技術者ですよね!」

「ああ……いや、なんていうか、彼女は根本から普通じゃないんだよね。普段の魔法は全て完全式で扱ってるらしいし」

「完全式ですか!?」


 魔法師団長が机をバンっとたたいて立ち上がり叫んだ。

 その驚きも無理はない。


 魔法は完全式と省略式と呼ばれる者があるが、魔法式の完全式は開発の時に使われて、一般化されたものが省略式だと理解していた。

 つまり、実用的に使う場合に完全式を使うなど、大変なことは基本的にはしないのだ。もっというなら、完全式は難易度が高すぎて使えない、と言う方が正確だろうか。


「彼女の出した論文はリズベナーでも話題になったと思います。水魔法での自己治癒促進以外に、氷生成などもありますが、完全式を使っている彼女からすると、一つの変数をいじるだけなので簡単なことのようです」

「水魔法による氷魔法は実用化されていたのですか??」

「うん。卒業試験で披露してたし、なんなら炎の温度も変えるのも同じだと言って、炎でもやってた。もう試験の時、彼女の担当教諭以外は、みんな度肝抜かれてたよ。僕とエリアスの発表なんか、記憶に残ってないんじゃないかと思うレベル」


 親の欲目をなしにしても、ジルベスターはリズベナーで魔法の技術であればかなり高位の魔法師だ。魔法理論にも精通していて、ローレンツほどではないが有用な魔法の研究をいくつもしている。

 その彼が霞むぐらいなのだから相当なのだろう。


「彼女はやはり光魔法が1番得意なのでしょうか?」

「いや……うーん。苦手なもの想像できないけど……どう思う、クルト?」

「1番は攻撃魔法か防衛魔法かと。戦闘に向いた魔法の習熟が素晴らしいと思います。私は列車で彼女の張った防衛魔法を見て、ジルベスター様のおそばを離れて列車の違うフロアにいました」


 クルトの言葉に会議室がどよめいた。

 クルトはジルベスターへの忠誠心が強く、おおよそ安全と思われる城の中でさえ、ジルベスターに頼まれた用以外では、側を離れることはない。

 そのクルトが側を離れても良いと判断したのだ。


「珍しいな。それほど彼女の防衛魔法が素晴らしかったのか?」

「そうですね。リズベナー軍が戦争するぐらいの規模で出陣しなければ破れないかと。また、彼女は攻撃魔法も明らかに練度が高そうなので、彼女が味方でいる限り、私のそばにいるよりよほど安全かと思いまして」

「正直に言いなよ。彼女が敵に回ったら、そばにいても意味ないと思ったんでしょ」


 ジルベスターの言葉に、ふたたび会議室が揺れた。

 そして、アウラーが恐る恐るカルトに尋ねた。


「ちなみに、どのぐらい時間を稼げそうだ?」

「時間は稼げないですね。彼女が本気を出したら、肉盾にもならず死にそうです」


 この時、クルトの言葉は、半信半疑と言った形で受け止められた。

 クルトは軍の中でも最高峰に強い兵士だ。そのクルトが足止めできないということはないだろう。

 みんな、うっすらそんなふうに思っていたのだ。


 しかし、彼女は翌日、ヨーゼフとの早朝訓練で圧倒的な強さを見せて、その認識を見事に覆すことになる。


 ヨーゼフの腕が生えた以上の騒ぎになったことは言うまでもない。

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