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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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26.小言と、報告と、交流会準備

 一通り治療を終えたイルヴァたちは、滞在している建物に車で戻ることになった。

 そして帰りの車で誰がイルヴァと一緒に乗るかで揉めて、なぜか、ジルベスターの手配した大きな車で、イクセル、エリアス、ジルベスターとともに4人で仲良く帰ることになってしまった。

 彼の手配した車は、4人が向かい合って座ってもゆとりがあるほど横幅もあり、長さもかなり長い車で、貴族向けに売り出したら、シュゲーテルでも人気が出そうな形だった。


「さて、イルヴァ。僕の言いたいこと、わかるよね」


 車に乗るなり、向かいに座った兄に詰め寄られた。隣のエリアスも良い笑顔でこちらをみている。このままでは、ジルベスターに話しておきたいことが話せなそうだと察したイルヴァは、先に話の主導権を握ることにした。


「私へのお説教より先に、ジルベスター様の耳には入れておきたいことがあります。お兄様も、お分かりでしょう?」

「……まあ、その件については話しておいた方が良いか。公にするかはアルムガルド様にお任せするで良いかな?」

「大丈夫です。説明はお任せしても?」

「そうだね。僕から話すよ」


 突然、話を振られたジルベスターは心当たりがないようで、首を傾げていた。


「何かあった?」

「フレゼリシア経由で入手されたという光魔法の本のことですが、あの本に記載されているのは100年以上前の魔法です」

「……わざとだって話だよね?」


 ジルベスターは険しい表情になった。イクセルの言わんとしていることをすぐに汲み取ってくれたようだった。


「おそらくは。正確な経路はローレンツ殿から聞けていませんが、フレゼリシアの商人経由で、個人の取引扱いになっているでしょう」

「リズベナーに入国しているフレゼリシアの商会は多くない。ただ、おそらく事態が発覚しても言い逃れできる状態にしてるだろうね。これでさっきの違和感が分かった。君たちは見た魔法を1回で再現できるのに、フレゼリシアの光魔法だけ再現できないなんておかしい。魔法式が古いことをあの場で指摘できないから、そうしたんだね」


 問いかけというよりは、独り言のようなジルベスターにつぶやきに、イルヴァとイクセルはそろって頷いた。


「魔法の内容についてはイルヴァの方が詳しいでしょう。記載されていた魔法の詳細はイルヴァからお聞きください」


 ここでイルヴァに話を振ってくるということは、少なくともジルベスターには本当のことを洗いざらい話してしまっても良いという判断なのだろう。


「100年前の魔法をベースとして、あえて不発に終わるように魔法式が一部改竄(かいざん)されていました」

「偶然の可能性はないってこと?」

「あのように紙も明らかに新しい本で、100年前の魔法を現代で使われているかのように記述するのは違和感はありますね」


 通常、古い魔法の本がその時代に作成されたなら、本自体も古書であるはずだ。それなのに、リズベナーにあったのは、明らかに新しい本だった。古い魔法を研究するための本であればそういう文脈で書かれていて然るべきだ。しかし中の文章は明らかに今この時代の魔法を解説しているかのように書かれている。


「国家的な犯行としか思えないね。リズベナーはずっと治療師不足でいい客だから。……ふざけてる」


 ジルベスターは長い足を組み、右肘を肘掛けにおいて頬杖をつきながら、黙り込んだ。静かではあるが、明らかに怒りに満ちている。

 自国の魔法の発展を阻害されていたのだから、当然だろう。


「さて、後の判断はお任せするとして、話を戻そうか」


 向かいに座っている兄は、顔立ちも髪や目の色も母にそっくりなので、母が怒っているときと同じような様子で冷ややかな笑みを浮かべている。

 なんとか言い逃れしたいが、隣にいたエリアスが、なぜかこちらに距離を詰めてきた。広い車内でこんなに近くに座る意味はないといういに、彼もいつもの笑みとは違う、どこか貼り付けたような笑みを浮かべてこちらを見ている。

 イルヴァは咄嗟にジルベスターを見るが、彼は先ほどまでの不機嫌な空気は霧散させ、気まずそうに窓の外へと視線を向けた。明らかに巻き込まれたくないという顔だ。

 どうやら助けは望めないらしい。


「僕は本当にびっくりしたんだよ。無敵だと思っていた妹が、バッタリと急に倒れるんだから」

「私は別に無敵ではありませんが……」

「イルヴァを暗殺しようと思ったら、最低でも大隊(だいたい)が必要だ。それを、人は無敵というんだよ」

「お兄様、大隊が私を狙ったらそれはもはや暗殺ではなく戦争です」


 500人相手に1人で戦うことはあまり想像できないが、兄の言わんとしていることは分かっている。イルヴァはほとんどのケースで魔力が尽きることがない。正確には、精霊と契約してから、まだ、魔力切れを起こしたことがない。だから相手が何人であろうと、持久戦ではほとんどイルヴァの方が有利なのだ。


「話を逸らされるところだった。とにかく、急に妹が倒れて心配したのに、気がついたと思ったら、鑑定魔法を鑑定した収拾を丸投げされて……! それでもイルヴァなら光魔法をちょっと使うぐらい大丈夫だろうと思って治療を任せたら、なんで馬鹿みたいに魔力を消費する治癒の最上級かつ範囲魔法をつかった上に、倒れた原因になった鑑定魔法まであっさりと使って……。僕やレンダール様の心配をなんだと思っているんだ?」


 早口で捲し立てられて、イルヴァは車の中でちょっと身を引いたら、隣にいたエリアスとぶつかってしまった。そして目が合うと、今度はエリアスがその美しい顔に冷たい笑みを浮かべて言った。


「イルヴァが倒れて僕がどれだけ心配したか分かるかい? 君は鑑定魔法が原因で倒れたのに、懲りずにあんなに大勢の人間に鑑定魔法を使うなんて! 君が魔法の天才であろうと、脳の情報処理能力が青天井なわけじゃないのは、身をもって体感したはずなのに」

「鑑定魔法は掌握したから、もう二度と倒れたりしないわ。それに、とても素晴らしい魔法なのよ」

「イルヴァ?」

「心配かけてごめんなさい……」


 エリアスの迫力に負けてイルヴァは心配をかけたことについて謝った。こういう詰められるシーンでも、自分に謝罪の気持ちがないと謝罪できないのが嘘をつけないという制約の不便さである。

 普通の人間なら適当に誤魔化すこともできるのだろうが、イルヴァはそれができないので、自分が本当に反省するか、していない場合は、思っていることだけ並べて反論していくしかないのだ。


「じゃあ2度とあんなことはしない?」

「………」


 イクセルはイルヴァがその場限りの嘘をつけないことを知っているので、そんな質問はしてこないが、エリアスは事情を知らないので容赦がない。

 そして、イルヴァは同じ状況なら同じことをする自信があるので、この問いには黙るしかないのだ。

 

「……はあ。こんなの時でもイルヴァは正直なんだね」

「嘘をつく理由にはならないわ」


 エリアスの青い目をじっと見ていると、彼は根負けしたように視線を逸らしてため息をついた。


「もういいよ。ただ、新しい魔法使う時は、もう少し気をつけて」

「それは……確かに迂闊だったわ。気をつける」


 その後は少し車内の空気が和らいだ。少し雑談していたら、車が到着した。

 滞在中の建物ではなく、大公家の応接間がある建物だ。大公夫妻に話したいことがあると言ったのでここになったのだろう。

 



 気にしていた大公夫妻との会話だが、これについては拍子抜けするほどあっさりと終わった。

 手違いで鑑定魔法をすっかり鑑定してしまったというのに、むしろ光魔法で10名の患者を治したことを感謝されてしまった。

 また、論文についてもローレンツが良いなら共同著者で構わないと許可が降りた。

 もっとごねられるかと思っていたイクセルとイルヴァは、そっとジルベスターの方を見ると、彼がなぜか呆れた様子でささやいた。


「鑑定魔法については、君が習得することは織り込み済みだったんだから大した損失じゃない。君に治療してもらった10名は特にこの国で活躍した英雄たちだ。その戦力が復活するだけでお釣りが来るよ。まあ、もう少し父上が吹っかける可能性もあったから、黙ってたんだけど」


 どうやら兄とイルヴァの心配しすぎだったようだ。ただ、リズベナーの人は人が良すぎないか心配になってしまう。新魔法の全てを知られたというのは、かなりの損失だと思うのだが、あまり気にならないようだ。

 シュゲーテルなら大問題になるので、ここは国民性の違いなのだろうか。


「そういえば、お二人にもう一つご報告が」


 ジルベスターはそういうと、さっと片手を上げた。すると一斉にほとんどの使用人がはけていく。大公家の人についている護衛をのぞき、全員が退出したところで、ジルベスターが話出した。


「イクセル殿とイルヴァ曰く、フレゼリシアが意図的に、誤った知識の光魔法の治癒の本を流通させたようです」

「意図的に?」


 アルムガルド家大公のディートリヒが、ジルベスターの言葉に眉を顰めた。隣にいるアマーリアも驚いた様子で目を見開いている。


「はい。長らくわが国には光魔法で治癒を扱える適正の持った者がいないのかと思っていました。しかし、イクセル殿とエリアス殿に正しい伝授してもらった結果、ほとんどの魔法師が簡単な治癒に成功しました。イルヴァ嬢に水魔法による治癒の指導も成功したため、どちらも訓練し、技術を磨けば、かなり治療師不足は解消されるかと」


 光魔法についてはもはやイルヴァは指導者から外されて紹介されているが、事実なので仕方がない。イルヴァは教えるのにあまり向いてない上に、光魔法はかなり感覚に頼って使っている。


「治療師が増えるのは喜ばしいな。フレゼリシアに払っている治療費もバカにならない。ただ……それが狙いということだな? 資金源として我が国の治療技術の発展を邪魔したのか」

「おそらくは」

「……公にはできないが、意趣返しはできる。水魔法の方が適性者は多いから、できるだけ市民にも使えるように指導させよう。欠損など上位の光魔法が必要なもの以外の、外部治療師の需要を0にする」


 ディートリヒもフレゼリシアの陰謀に苛立っているのだろう。イルヴァたちに話しかけるのとはまるで違う、無表情さで淡々と言った。


「申し訳ありませんが、一つだけ、明確にしておきたいことが」


 話を聞いていたイクセルが突然口を開いた。兄が何を言いたいのか予想がつかず、イルヴァは首を傾げた。


「水魔法の治癒の汎用化論文は早急にイルヴァ・フェルディーンの名で発表させます。普及の手伝いはしましたが、汎用化の権利を譲る気はないので。それは構いませんね?」

「それはもちろんだ。民間への浸透は、論文の公表まで、待った方がよいか?」

「いえ。お約束いただけるなら、構いません。イルヴァは多分、帰国して1()()()()()に発表できるので」


 なぜか兄に勝手に仕事の期限を追加されてしまった。鑑定魔法の方を先にやりたかったのだが、そうもいかないようだ。

 水魔法の方はもう教えてしまったし魔法式も公開したから、リズベナー公国でいつでも発表できてしまう。

 だから早く発表してフェルディーン家の成果であることを明確にせよということだろう。兄はフェルディーン家の時期当主だから、家の利益を守るのは当たり前のことだ。


「イルヴァもいいね?」

「問題ありません」


 鑑定魔法のことの負い目はあったが、それとこれとは別のことである。

 イルヴァは自分の権利を守ることについては、あまり気が回らないので、兄の方が当主に向いているなとこういう時は特に実感する。


「そういえば、イルヴァ嬢とヨーゼフの訓練を見た者や、今日の指導でイルヴァ嬢およびイクセル殿とエリアス殿の魔法を見た者たちから、交流の機会が欲しいという声が上がってな。急遽、今晩交流会を開こうと思うのだが、参加いただけるかな? わが国からは魔法師や魔法理論の研究者たち、ローレンツも参加予定だ」

「お招きありがとうございます。参加させていただきます」


 兄が代表して答え、エリアスとイルヴァも続いて同意した。

 リズベナー公国の魔法師や魔法理論の研究者と話をできる貴重な機会だ。レンダール家とフェルディーン家にとっても、ありがたい話である。



 おおよそお互いに話したいことは話せたため、それぞれ部屋に戻って交流会の準備をすることにした。

 部屋に戻ると、マリアと、大公城の侍女が勢揃いで出迎えてくれた。彼女たちはすでにイルヴァの夜の予定を知らされていたようだ。

 部屋に戻るなり、休むまもなく浴室へと連行され、綺麗に洗われたあと、良い香りのするバスタブに身を沈めた。今日は昼食をとっていなかったので、バスタブの上に置かれた防水魔法付きの木の板をテーブルがわりに、軽食が用意された。交流会でも食事は用意されるようだが、それまでに軽く摘んで腹ごなししてほしいとのことだった。

 バタバタしていたので忘れていたが、部屋に戻ると空腹を感じていたので、ありがたい気遣いだ。

 用意された軽食はヨーグルトに色とりどりのフルーツとシリアルを乗せたものだった。リズベナー公国はシュゲーテルよりも温暖なのでフルーツも名産のようだ。どれも味が濃く、甘みのしっかりしたフルーツで、フルーツだけ追加で食べたくなってしまうような瑞々しさだった。


「お嬢様」

「何?」


 イルヴァの近くで立っていたマリアが、声をかけてきた。

 彼女はすこし躊躇っているような雰囲気だったが、周りにいる大公家の侍女が、どことなくマリアを応援するような表情で見ている。


「実は、今日の交流会に私もお声がけいただきまして……」

「あら、いいじゃない。私の側に付かなくていいから、リズベナーの方と自由に交流してきなさい。そうなると、あなたも準備がいるわね? 私のドレスでも着る?」

「いえ! 今日の交流会のドレスコードはインフォーマルで、手持ちのワンピースでも参加できそうです」


 どうやら話を聞くと、大公城に勤める魔法兵団員意外にも、侍女や執事、侍従も含めた中から、特に魔法に秀でたものは声がけがあったようだ。マリアは昨日と今日で侍女たちにいくつか魔法を教えたようで、侍女経由で招待されたようだ。


 魔法理論の交流会そのものは、賓客がいなくとももともと不定期で開催されているらしい。身分の垣根なく、魔法理論について議論し、技術を進歩させることが目的なのだそうだ。もともと開かれている実績があるからこそ、昨日、今日で交流会を要求されて、急拵えで開くことができたのだろう。

 交流会の参加者は実力主義で大公城に入れる程度に素性が知れていれば、貴族でなくても参加できるため、ドレスコードはインフォーマルにするのだそうだ。

 イルヴァはドレスでもよいといわれたのだが、インフォーマルの場にイブニングドレスを着ていったら無駄に目立ってしまう。袖のないミモレ丈のワンピースにショールを羽織ることにして、ドレスコードに見合った装いで仕上げてもらうことにした。


「今日は着替えにも時間がかからないので、ゆとりがありますね」

「そうね。時間があるなら本でもーーー」

「ーーー昨日は最低限のケアしかできなかったので、今日は念入りにケアさせていただきます」


 本でも読もうかしら、という言葉は、大公家の侍女の笑顔の圧力によって最後まで言い切ることができなかった。マリアに助けを求めたが、マリアもどうやらあっち側らしい。


「……よろしくお願いするわ」


 侍女達を敵に回しても良いことはない。

 イルヴァは素直に身を委ねることにしたのだった。

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