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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2章 リズベナー公国滞在記

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24.治療魔法の伝授と研究者との出会い②

 兄は隣の患者の前に立つと、一通り問診をして、患部をみんなに見えるようにしてもらった。

 そして、他の人にわかりやすいように魔法式を可視化しながら、詠唱した。


【清らかなる癒しの水よ。その潤いで痛みを溶かし、平穏をもたらせ】


 詠唱と同時に淡い青い光が患者を包み、傷が治っていく。

 詠唱の言葉を聞いて、イルヴァは自分の詠唱が適当だと言われた理由を悟った。久しく詠唱というものをしていなかったので忘れていたが、詠唱というものは、定まった文言はないが役目がある。

 言語とも図とも数式とも言われる魔法式を構築する際に、魔法で実現したいことをイメージする補助の役目だ。魔法式を完全に同じに再現したとしても、事象をより具体的にイメージできていた方が優れた魔法としてアウトプットされる。

 そして、無言でも詠唱してもイメージに差はないとイルヴァは感じるが、多くの人にとっては、詠唱した方が魔法が強化されるのだ。

 その詠唱の文言は、属性魔法であれば、おおよそ最初に属性を想起させる言の葉を選び、続いて何を起こしたいかについて触れる。おおがかりな魔法であれば、長い詠唱文を使うこともあるが、今回のイクセルの詠唱はどちらかというと短めだ。


「そこまで難しくないね。問題は、水魔法で治療するということへのイメージを持てるかかな」


 イクセルは魔法を使い終わって感想をぽつりと述べた。そしてイルヴァの方を見て、感心したように言った。


「イルヴァにしては、だいぶ配慮された魔法だ。どんな難解な魔法式を教えようとしているのかと思ったけど、今までで1番まともだよ」

「完全式の方が応用しやすいですけどね……」

「知ってるよ。僕は完全式の方もあとで教えて欲しい。ただ、この国で汎用化するのには向いてない」

「ですよね」


 イルヴァとイクセルの実演で3人の患者を治してしまったから、あと7人だ。イルヴァは水魔法を学びに来ている魔法師たちの顔を見た。ここまでは、おおよそついてきているようだ。わけがわからないという表情ではないように感じられる。


「質問はありますか?」

()()()()()の実演で、かなり理解が深まった気がします。試しにやってみるので見ていただいても?」

 

 明るい声ではっきりと言われた。

 あくまでもイルヴァではなくイクセルの実演で理解が深まったらしい。ちょっとだけ、寂しい気持ちになったが、仕方がない。

 ここにいるのは中程度の怪我の人間のため、初めての実践には向いていない。一向は一度、1番怪我の浅い人間を集めた部屋に向かうことにした。

 最も怪我の浅い人を集められた大部屋は、並べられた椅子に座っているので、ざっと30人程度はいるようだ。部屋にベッドはないため、さきほど同じぐらいの部屋のサイズだが、それでも広く感じられた。


 イルヴァとイクセルが見守る中、水魔法の使い手の魔法師たちは1人ずつ患者の前にたち、魔法を使っていく。最初は傷が中途半端に残ったりしていたが、おおよそ20人ぐらいを癒したところで、軽度の患者であれば、完全に回復させられるようになっていた。

 一つ解せなかったのが、どの魔法師も、魔法を使っていて不明な点があると、みんな兄イクセルに質問したことだ。イルヴァが魔法の考案者だというのに、誰にも質問されなかった。

 なんだか寂しい。

 

「君の兄が魔法を教えるのが上手いというのは、本当のことでよかったよ」


 手持ち無沙汰になっていたイルヴァに、ジルベスターが話しかけてきた。隣にはローレンツもいる。


「私は嘘を言ったことはありませんが……」

「うん。そりゃあ、君は嘘を言ったことはないけど、君が大したことないと思ってることは、大したことあるんだってば」


 ジルベスターはため息をつきながらそういうと、近くにあった空いている椅子に腰掛けた。長い足を組み、魔法師たちとイクセルの会話を横目にしながら、ローレンツに話しかけた。


「ところで、光魔法での練習もしたいよね?」

「そうだな。あの10人は残しておいてもらえると助かる」


 ローレンツはどうやら自国の公子にも敬語は使わないようだ。イルヴァに話したのと同じ態度でジルベスターに答えた。返事を受けたジルベスターもそれを気にした様子はない。

 その返事を受けてジルベスターは水魔法の指導を一時中断するように伝え、光魔法をここで指導するようにと伝えた。

 光魔法で治癒が使えるかは、かなり才能の問題に依存する。彼らはすでに光魔法による治癒の魔法式については心得ているはずのため、今まで解決していないなら、あまり手伝うことはできないかもしれない。


「まずは、みなさんの光魔法を見せていただけますか?」


 光魔法はイルヴァが考案したものではないので、教えるのは初めからイクセルの方が良い。イルヴァとイクセルはそこについては合意していたので、イルヴァはそばで見守ることにした。


「はい。では、私から」


 3人の光魔法師が、順番に魔法を行使した。それぞれ詠唱して魔法を使うのだが、魔法式が美しくない。どれもシュゲーテルで使われている魔法式と微妙に違うような気がした。

 イクセルも同じことに気づいたようだ。眉根を寄せて、首を傾げている。最初は使い慣れていないせいかとおもったのだが、3人がほぼ同じ魔法式の歪み方をしているので、偶然とは思えなかった。そして魔法式のせいなのか、誰も治癒に成功していない。

 

「ローレンツ様。この国で光魔法を学ぶとき、どの本を使っていますか?」

「光魔法なら、フレゼリシアから取り寄せたこの本だ」


 ローレンツはカバンから年季の入った本を取り出してきた。フレゼリシアは光魔法の使い手も多く、優秀な治療師を排出している。

 フレゼリシアからの本であれば間違いはないはずだ。そう思い、ページをペラペラとめくっていく。そして、イルヴァは異変に気づいた。


「イルヴァ。それは?」

「……フレゼリシアから輸入された光魔法の本だそうです」


 イルヴァはそう言いながら兄に手渡す。兄もまた、本をみて問題に気づいたようだ。

 フレゼリシアの本は、明らかにフレゼリシアの現在の光の治癒を書き表しているものではなかった。おそらく100年ほど前の光の治癒魔法をベースにした不完全な魔法式だ。

 これがどういう経緯で来たかによっては国際問題だ。フレゼリシアは治療師を抱えているから、おそらくリズベナー公国はそれなりによい()()なはずである。つまり、フレゼリシアにとって、リズベナー公国に治療師が増えるのは望ましくない事態だ。

 また100年前の魔法式をベースにしているのも、より意図を感じる。まるで、もし発覚した時でも言い訳ができるようにしているようだ。


 これは、下手なことをいうと、国際問題に首を突っ込むことになる。しかもイルヴァは質問されたら、嘘はつけない。幸いにもイルヴァは表情にはあまり出ないタイプだ。この本をみてイルヴァが困ったことはまだ察知されていないだろう。この場の対応は、兄に任せるしかない。

 イルヴァはそっと兄をみた。視線が合い、言いたいことは伝わったようだ。


「何か問題でもあったか?」

「いえ。ただ、シュゲーテルの光魔法と少し違います。魔法式が違うと教えづらいので、できればシュゲーテル式を覚えていただいても?」

「ふむ。確かに国によって微妙に違うというのはありそうだ。ぜひ、シュゲーテル式でお願いしたい」

 

 兄は滑らかに嘘をついた。そして、正しい魔法式を教えるために、魔法式を可視化しながら説明を進めていく。

 今までは手持ち無沙汰だったエリアスも、兄を手伝って魔法式を教える役にまわっていた。エリアスも学校の次席の人間である。光魔法も扱えて、初級から中級程度の治癒の魔法を教えるのには技術的にも問題がない。


 2人が教えている様子を見ながら、イルヴァは教材について考えた。

 帰国した後も、彼らが自分で学べるように、正しい魔法式が書いてある本があった方が良いだろう。

 イルヴァは通話の魔法を使って、遠隔でマリアに話しかけた。


「マリア、聞こえる?」

『どうされましたか?』


 今日はリズベナー公国の軍事施設にいくこともあり、マリアは宿泊している建物で留守番中だった。そのため、すぐに通話の魔法に応答した。


「私の荷物に光の治癒魔法の本あったかしら?」

『光魔法の本は……ございます』

「それ、複写してもらえる?」

『承知いたしました。訓練場にお持ちした方がよろしいでしょうか?』

「うーん……マリアがいる場所は、私の部屋よね?」

『はい』

「この距離なら探知できそうだから、私が魔法で取り寄せるわ。複写が終わったら、座標を特定したいから、光魔法を使って。光を出す魔法をつかって本を光らせて。他の人にバレないぐらいのささやかなやつで問題ないから」

『空間魔法で扉を出すのですか?』

「違うわ。本だけ転移させる」

『……いつの間にそんな技を習得されたのかわかりませんが、分かりました。複写が終わったら、光魔法を使います』

「ありがとう」


 イルヴァは通話を終えると、ローレンツがこちらをみていることに気がついた。


「今、本を転移させると言わなかったか?」

「はい。空間魔法です」

「実用化したのか!?」


 ローレンツに食い気味に聞かれたが、イルヴァはフルフルと首を横に振った。


「実用化というとかなり微妙ですね。私しか扱えない複雑な魔法式なので」

「ふむ……それは確かに厳しそうだな……新魔法としての論文を出してないのもそのせいか?」

「はい。そもそも魔法式を表すのもまだ難しいのです。感覚で使ってるので」


 イルヴァがそういうと、ローレンツは自身の髭を何度か触り、さらには白髪混じりの髪も触った。そしてもぞもぞしたあと、切り出した。


「……鑑定魔法以外にも面白い魔法があるんだが……見るか?」

「ぜひ。よければ本を取り寄せるところもご覧ください」

「おお! そうか! ぜひ見させてもらおう」


 とても嬉しそうだ。

 彼は生活に実用的な魔法の研究の第一人者であるから、当然、空間魔法には興味があると思っていた。

 空間魔法はが人に適応できるということは、聞かれない限り秘匿しようと思っているが、ものを動かすぐらいまでなら、ローレンツに明かすことで、魔法の研究が進むかもしれない。


 イルヴァはそろそろ頃合いかと探知魔法を展開した。そして、マリアの光の魔法を探知したため、それを元に手繰り寄せることにした。


「ローレンツ様。見ていてください」


 そのまま空間魔法を使おうとして、ローレンツに見せることを寸前で思い出したイルヴァは、そう声をかけた。そして、ローレンツがイルヴァの手元を見たのとほぼ同時に本を空間転移で引き寄せた。

 魔法を使い終わったと同時に、右手に重みがのしかかり、イルヴァは慌てて左手も使って複製された本を掴んだ。


「こちらをどうぞ」

「すごい……! あのレベルでも無詠唱で! まさしく天才だ」


 ローレンツに称賛されながらも、イルヴァは本を手渡した。ローレンツは本を受け取ると、表紙を撫でてみたりひっくり返してみたりして観察した。

 空間転移を経て渡ってきた本に異常がないか気になるのだろう。

 

「では、こちらも一つ見せよう」

 ローレンツはそういうと、左手に本をもち、右手をその上にかざした。


【その姿を現せ、鑑定】


 ローレンツの詠唱ともに展開された魔法式が、本の周りを取り巻いた。本を捲るほどではないが、ささやかな風が吹いた。

 鑑定魔法の魔法式は属性魔法ではないようなので、無属性魔法だろう。無属性魔法は最も研究のしがいがある分野だが、分かっていないことも多い。魔力で編まれた魔法式を見るかぎり、探知と似ている部分があることは分かったが、詳しい原理までは分からなさそうだ。


「この本の魔法の履歴が分かった。複写され作られ、転移してきた……のだろうが、空間魔法に長けていないから、鑑定魔法でわかるのは、何かの魔法が使われたことぐらいだな」

「なるほど。その鑑定魔法は人にも使えるのですか?」

「治療箇所の特定に活用できないかと調査を進めている。ただ医療の分野に長けているわけではないので難航している」


 おそらく術者の知識に比例するタイプの魔法なのだろう。つまり、術者がより多くの事柄を知っていれば知っているほど、鑑定の精度も上がるのではないか。ローレンツの鑑定結果が魔法のことなのも、彼が魔法理論の研究者だからだろう。


 イルヴァはとりあえず何かに鑑定魔法を使ってみたいなと思って、視線を巡らせる。さすがに人に使うなら兄にしておいた方が問題が少ないだろう。

 そこでふと、髪につけている黄色いリボンのことを思い出した。イルヴァはリボンを外すと、それを手に持った。そして、さきほどのローレンツの魔法式をそっくりそのまま再現してみる。


【その姿を現せ、鑑定】


 無詠唱でも良かったのだが、この場では、イルヴァが習得したことを隠す必要もない。

 詠唱もそのまま活用させてもらったところ、リボンの周りに急に文字と魔法式が浮かび上がってきた。


『防衛魔法のかけられたリボン。魔法はミネルヴァ・フェルディーンによるもの。娘を守るために編まれた防衛魔法が糸に定着されており、それで織られている』


 文字は読むというよりは、それが目に触れるだけでもともと知っていた情報のように獲得されるようだ。おそらく可視化しているのは、魔法の成否がわかりやすいようにだろう。

 魔法式は、母ミネルヴァがこのリボンにかけたものだろう。魔法の名前というよりは、そのまま魔法式が浮かんでいる。


「これは、便利ですね」

「……なんと、一回で習得してしまうとは! 事前に聞かされていたが、本当に天才だな」


 自分の研究の結果をすぐに人に再現されるのは、嫌がる研究者もいるが、ローレンツはイルヴァと同じく、知識の伝播を喜べるタイプの研究者だったようだ。ローレンツは嬉しそうにイルヴァを見ると、期待に満ちた眼差しでこちらをみた。


「何が分かった? まだ私以外誰もできていないから、どう違うのか気になる」

「このリボンの履歴ですね。使われている魔法、それを実践した魔法師は文字として、そして魔法式もあります」

「魔法式? 魔法式がそのまま見えるのか!?」

「はい」


 魔法式が見えていたのは10秒ぐらいだっただろうか。会話をしている間に消えてしまったが、魔法式を習得するのには十分な時間と言える。

 

「詠唱は同じだった……。魔法式もそのまま使ったか?」

「はい。特に手は加えていません」

「もう少し違いを知りたい。試しに私に使ってみてくれないか?」


 それは、願ってもない申し出だった。勝手に魔法を使うのは問題になると思っていたが、本人の許諾が取れるのであれば、問題にはならないだろう。

 人に対してこの鑑定魔法を使うとどうなるかということは、イルヴァにとっても非常に興味深い問題だった。それに、同じ魔法研究の理論家を鑑定するとどうなるのかということにも非常に興味がある。


「良いのですか?」

「もちろん構わない」

「では、失礼します」


 イルヴァは、一言断って、先ほどと同じ魔法式と詠唱で魔法を行使した。


【その姿を現せ、鑑定】

 

 魔法を使った瞬間、膨大な量の情報が視界を埋め尽くし、イルヴァの体がぐらりと傾いた。

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