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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2章 リズベナー公国滞在記

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23.治療魔法の伝授と研究者との出会い①

 今日の早朝訓練は、有意義な時間になった。

 今回、相手をしてくれたヨーゼフは根気強い相手で、最後までめげずにきちんと回避と、あわよくばイルヴァに一撃くらわせようという気概があった。

 今回は探知魔法もつかっていたので、無駄撃ちしないで全ての水玉を急所に当てることを意識して行ったが、概ね成功したと言える。それにも関わらず、彼の心は折れた様子がなかった。

 この訓練をフェルディーン家の若手の騎士にやると、心がポッキリ折れてしまうことが多いので、罰則扱いされる始末だ。


「イルヴァ、お疲れ様」

「ありがとう。こんな朝早くから見に来たのね」


 声をかけてきたのはエリアスだった。早朝だというのに、彼は寝起きを感じさせない爽やかさだ。


「コントロールが正確で驚いた。急所だけを打ち抜き続けるなんて」

「そういう練習なの。今日は探知も使ったし、あなたの速射もやって見たけど、見た?」

「見たよ。あれ、何連発にしたの? 最後の方、弾数が多すぎてヨーゼフが逃げられなくなってたけど」

「20ぐらいかしら。まだ行けそうだったわ」


 研究したのも発表したのもエリアスだというのに、なぜかイルヴァの言葉を聞いて、彼は深くため息をついた。


「イルヴァと戦ったら勝てる気がしない」

「あなたと私が敵対することはないわ。婚約者を攻撃したりしない」

「それはもちろん僕もそうなんだけどね」


 そう言う意味じゃないんだ、と言わんばかりの表情だったが、はっきり言われないと真意は分からない。続けて質問しようか悩んだところで、城の執事から声をかけられて話は中断した。


 

 その後、シャワーを浴び、再び似たようなシャツとスラックスに着替えて、朝食をとった。

 朝食は部屋に用意されたのでのんびりつまみながら、身支度を侍女たちに任せる。

 そうして、準備が整ったところで、今日は取引の根幹である、水魔法の伝授の時間になった。


 リズベナー公国の兵士の誰でも使える療養所があり、イルヴァたちはそこに案内される事になった。

 城内は広いため車で迎えにきてもらったのだが、車の台数の関係で、エリアスと相乗りすることになった。

 兄はジルベスターの車に同乗するらしい。先に迎えにきた車に乗って行ってしまった。

 続いて到着した車に、エリアスのエスコートを受けながら乗車する。今日はスラックスだから、エスコートは不要だが、エリアスが自然に手を差し出してきたので、それに甘える形となった。


「今日の服装も似合ってるね」

「ありがとう。卒業して、仕事中に王城で会う時は、この格好に研究所のローブ羽織っているだけだから、違和感がないのであれば良かったわ」


 軍に所属する女性は、仕事の時は制服のスラックスを履いているが、研究員は比較的服装には緩く、制服でなくとも良い。

 そのため貴族女性は、ふくらはぎぐらいまでの丈のワンピースを着用して支給のローブを羽織っていることも多かった。女性のパンツスタイルは浸透しつつあるとはいえ、保守的な貴族社会ではまだまだ後ろ指さされることも多い。

 しかしイルヴァは、実用性の観点から基本的にスラックスを着用している。だから、エリアスにそれを咎められないのは嬉しかった。


「イルヴァは何を着ていても似合うよ」

「ありがとう。あなたも何着ても似合うわ」


 今日のエリアスは、彩度がやや低めだか紅色と呼べる色のシャツに、黒のスラックスだ。

 リズベナー公国はやや気温が高めのため、今日はジャケット無しにしたようだ。イルヴァも到着した日に、ジャケット姿では汗ばむような気温で驚いたから気持ちはわかる。


「今度、金色のアクセサリーを贈っても?」

「そうね。どうせなら、仕事中でも身につけられそうなシンプルなものがいいわ。あなたには……何がいいかしら?」


 エリアスは形からでも親交をと言っていた。毎回イルヴァの色を取り入れてくれるのも、今回、贈り物を贈ると言ってくれるのも、その一環なのだろう。

 しかしながら、ジャケットやシャツだと場所を選ぶので、もう少し気軽に身につけられるものが良さそうだ。彼も何かくれるというのなら、イルヴァからも送り返すのが礼儀だろう。


「イルヴァもくれるの?」


 何がいいか、と考えていたら、隣に座っているエリアスが不思議そうな顔をして質問してきた。まるでイルヴァがそんなことをするとは思っても見なかったと言うような顔だ。


「私をなんだと思ってるの? さすがに婚約者に贈り物をもらったら、贈り物を送り返すぐらいの社交力はあるわ」

「申し訳ない。イルヴァはそういうことに疎そうな気がしたから……」

「形からでも親交を深めるんでしょう? 婚約者に贈り物を返すのはまさにそういう行動にぴったりじゃない」


 何気ない言葉だったが、エリアスの動きが一瞬止まった。そして、急に彼が目を細めて無表情でこちらを見る。

 まだ短い付き合いだが、こういう表情をしたエリアスはまずい。イルヴァはちょっと距離を取ろうと微かに車の壁際に寄った。

 しかしエリアスは、ピッタリとイルヴァにくっつくように寄ってきて、イルヴァの左手に彼の右手を重ねながら、じっとこちらを覗き込んできた。


「まさかとは思うけど、僕からの贈り物も、形からの親交の一種だと思ってる?」

「逆にそれ以外に何かある?」

「僕が、君に僕の色を身につけていて欲しいからだよ」


 ーーーだから、私にエリアスの色を身につけていて欲しいのは、形から親交を深めるためじゃないの?


「違うよ。これは……そう、独占欲みたいなものなんだ」


 ーーーあれ、私、声に出した?


 なんだかエリアスの返事が、声に出す前に返ってきた気がするが、気のせいだろうか。


「思ってること全部顔に出てるよ」

「え、本当に? 私、どちらかというと無表情で何考えてるか分からないって言われることのが多いのよ?」

「僕は人の気持ちを察するのが得意なんだ」

 

 イルヴァには到底できない芸当だが、確かにエリアスは顔色を読むのが上手いのかもしれない。

 今日だけでなく今までも、イルヴァの気持ちをよく理解してくれているような言動が多い気がした。どういう育ちをすればそんなことができるのか分からないが、ちょっとだけ羨ましい。


「それで……ええっと、独占欲? 私があなたの色を身につけたら満たされるの?」

「……ふぅ。じゃあ、たとえば僕が、紫色のシャツ着て現れたらどう思う?」


 ちょっと想像してみた。

 想像上のエリアスには、紫のシャツでもよく似合う。ただ、派手だ。


「派手ね」

「違う! いや、派手なのは違わなくないけど、そういうことじゃない!」


 何を言いたいのかが理解できなくて、イルヴァは瞬きを繰り返しながら考えた。しかしイルヴァが思い当たるよりも先に、エリアスが答えを教えてくれた。


「シュゲーテル王家の瞳の色は紫だろう?」

「あぁ……なるほど。第三王女殿下の色ね。あなたが身につけたら、この婚約はすぐ破談になりそう」

「それで?」

「それで?」


 先を続けるように促されたのだが、意味がわからず鸚鵡返し(おうむがえし)になってしまった。

 するとエリアスがどことなくがっかりしたような表情をした。そして彼は、イルヴァの左手に重ねていた手を戻し、自分の先に戻った。なんだかどこか寂しそうだ。


「今の限界が分かったから大丈夫。僕が焦りすぎた」

「……? 本当にいいの?」

「大丈夫。気にしないでくれ」


 会話は中途半端になってしまったが、ちょうど車が止まったため、そのまま会話は終了した。


 2人が車から降りると、そこには大きな建物がいくつかあった。その中の一つの建物の内部に案内されて、中に入っていく。

 中にはすでにジルベスターやイクセルも到着していて、彼らは誰かと会話をしていた。


「お待たせいたしました」

「僕たちも今来たところだよ。イルヴァ、彼がローレンツ・ヴァルツァーだ」


 ジルベスターの隣にいたのは、4白髪混じりの髪に、気難しそうな顔をした男性だった。歳は40代ぐらいだろうか。

 彼はイルヴァを見て少し目を見開いたように見えた。


「初めまして。イルヴァ・フェルディーンと申します」

「ローレンツ・ヴァルツァーだ。貴族の話し方は苦手で、このまま失礼する」

「構いません。お会いできて光栄です。鑑定魔法の論文は大変興味深く読ませていただきました。あとで実演もしていただけるのですか?」

「もちろん。ただ、その前に……」


 ローレンツは徐に腕のシャツを捲り始めた。そして、何の躊躇いもなく、風魔法で小さな傷を作った。一筋の赤が腕に描かれて、イルヴァは状況を悟った。


「治してみてもらえるか?」

「はい」


 イルヴァは短く答えると、省略式にしてきた水魔法による治療魔法をかけた。

 小さな傷だったので、瞬く間に傷が塞がり、皮膚が再生する。

 ローレンツはその様子をマジマジとみていたが、もう一度見たかったのか、再び風の魔法を行使しようとした。それをイルヴァは静止する。


「怪我人はたくさんいるので、ご自身で試されずともよいのでは?」


 自分もやったことなので気持ちは分かるが、幸いなことにここには怪我人が集められている。ローレンツがわざわざ傷を作る必要はないだろう。

 止められたローレンツは、やや不満そうな顔ではあったが、イルヴァ以外の視線に気づいて、しぶしぶと頷いた。


 ローレンツの印象が強すぎたが、その後、数名の水魔法に長けた魔法師と、ローレンツの弟子である光魔法を扱える魔法師を紹介されて、互いに簡単に挨拶をした。

 そして早速、イルヴァの魔法を披露することになった。

 この日のために魔法式だけメモ書き程度だが紙にまとめてきたので、ジルベスターにそれをまずは手渡した。

 すると彼が複写の魔法で他の紙に転記し、その場にいた魔法師たちに配る。


「僕の分はないの?」

「お兄様も必要でしたか?」

「そりゃ、あったほうがいいよ。実質的に、僕が教えるんでしょ?」

「こちらをどうぞ」


 イクセルとのやりとりを聞いていたジルベスターが、もう一枚増やしてイクセルに渡してくれた。ついでに、ジルベスターはその紙をエリアスにも手渡す。エリアスも気になっていたようで、真剣な表情でメモに目を通していた。


「これ、かなり簡略化してわかりやすいね。イルヴァに汎用化(こっち)の才能もあったとは」


 イクセルがメモに目を通しながら感嘆の声を上げると、なぜかエリアスとジルベスター、それにローレンツまでもが、揃って微妙な顔をした。


「分かりやすい……? これで?」

「そこそこ高度そうに見えますね」

「省略式にしすぎて、行使する者の匙加減が必要な箇所がいくつかあるような気がするな」


 何やらヒソヒソと話す3人を置いて、イルヴァはイクセルに簡単に魔法について説明した。

 そして、やはり実践した方が早いと、怪我人のいる療養部屋まで案内される。

 今回は怪我の程度によって部屋を分けて待機してもらっているようなので、イルヴァはまず、中程度の怪我人の部屋に行くことにした。

 軽度の部屋の怪我人は、他の人の練習台になってもらった方が良いことを説明すると、みな納得した様子で、ついてきた。

 中程度の怪我人の部屋は、骨折、捻挫に加えて、魔法以外の治療であれば縫うようなレベルの切り傷、刺し傷などをした人の部屋だった。

 

 10台のベッドがあるが、部屋は広々としている。さきほどお互いに自己紹介した魔法師たちやジルベスターやエリアスの護衛を合わせてこちらも10人はいて、合わせて20人が部屋の中にいるが、スペースにゆとりがある。

 今日のために大部屋を確保してくれたのだろう。


「今日、私がお教えするのは2つです。1つは、単純に1人の怪我を治します」


 イルヴァは近くにいた患者のベッドに歩み寄ると、怪我の箇所を見えるようにしてもらった。その患者は腕を折ってつっていたので、包帯を外してもらう。

 痛々しい患部が丸見えになったところで、イルヴァはそのまま治そうと魔法式を構築しかけた時だった。


「待って。無詠唱はダメだよイルヴァ。教える時は詠唱しなさい」

「詠唱? ………詠唱について何も考えてなかったわ」


 魔法では、詠唱により魔法式で起こしたい現象をより具体的にイメージできるよう補助する技術がある。

 詠唱する言葉は人によって違っていて、イメージの補助ができればなんでもよい。

 魔法式を魔力で構築するときに、魔法となっておこしたい現象のイメージが定かでないと、無駄に魔力を消耗してしまい、最悪の場合、魔法式が構築できずに終わってしまうことがある。


 イルヴァはほとんどの場合、詠唱に必要性を感じたことがなかったので、詠唱しろと言われてしまうと、少し困ってしまった。


ーーーまあでも、終わった後の状態が分かればいいんでしょ?


 イルヴァはそう思うと、シンプルな言葉を選ぶことにした。


【治れ】


 イルヴァが詠唱した瞬間、魔法が発動して、近くにいた患者の折れた腕が元に戻った。

 患者は最初、何が起こったか理解できていなさそうだったが、ふと自分の右腕を見て、あざがなくなっていることに気づいたようだ。恐る恐る腕を伸ばして曲げて、そして、明るい表情で言った。


「ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 イルヴァはそう言って兵士に返事をしながら、周囲にいた魔法師たちに聞いた。


「基本的には体内にある、あらゆる水を操って、元の状態に戻したり、足りないものを生成するようなイメージです。質問はありますか?」


 なぜか深層の森ぐらい静かになった。もはや他の人の瞬きの音が聞こえそうなぐらいの静かさの中、それを破ったのはイクセルだった。


「……もしかして説明終わり? 詠唱も適当だし、これ僕がやらないと無理なんじゃ……」

「魔法式は公開して、ある程度意味も書いたので、あとは実践するしかないのでは?」

「せめて魔法式を可視化して構築してあげるぐらいの気遣いは欲しかったな」


 省略式になって分かりやすくなったので不要かと思っていたが、必要だったようだ。

 優れた魔法師なら、可視化されてない魔法式でも、魔力の流れから読み解けるが、イルヴァは無意識に隠蔽してしまうので、難しいのかもしれない。


「では、もう一度行いますね」

「ついでに、さっきの10分の1ぐらいの速度でやってくれると良いかな」

「分かりました」


 先ほど直した患者の隣のベッドに全員でうつり、今度は時間をかけながら魔法式を構築していき、その魔力流れをあえて可視化して披露した。

 今度こそ、分かりやすかっただろう。そう思いイクセルの方を向いてから、己の失敗を思い出した。


「あ、詠唱忘れました」

「詠唱は大丈夫。今ので大体わかった。次は僕がやるよ」

 

 どうやら兄にとっては問題なかったようだ。彼はそういうと、腕まくりして次の患者の前に立った。

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