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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2章 リズベナー公国滞在記

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22.another_side 探し求めていた研究者②

ジルベスター視点です。

「では、まずは省略式にしてきた水魔法による治療を行いますね」


 イルヴァは最初の関門であった、顔以外の怪我にもすぐに気づいた。そして、またたく間に治療を終えてしまった。

 直されたヨーゼフ本人も、思ったより早くて驚いているようだった。言葉を失っている。逆の立場でも言葉を失うだろうから気持ちはよく分かる。


「この程度の切り傷、捻挫ぐらいまでなら水魔法で治せます」

「これは素晴らしい!」

 

 父は明らかに喜んでいた。想像以上に水魔法による治療が有用だったからだ。


「……ありがとうございます。あっという間でした」


 ヨーゼフが役目を終えたとばかりに礼を言って下がろうとした時だった。


「待ってください」

「?」


 彼女が唐突にヨーゼフを引き留め、そして言った。


「右腕を前に出してください」


 ヨーゼフは怪訝そうな表情をしていたが、イルヴァに言われた通り、腕を前に突き出した。

 すでにジルベスターには、イルヴァが何をしようとしているのか分かっていたが、それを止める前に彼女は話を続けてしまう。


「水魔法では欠損は治せませんが、光魔法なら、このように治ります」


 そして、イルヴァは、ヨーゼフの腕を光魔法で再生させ始めた。まばゆい光が迸る。


 欠損部分の再生は普通の魔法よりも難易度も高ければ時間もかかる。

 だというのに、彼女は相変わらず無詠唱な上に、()()()1()0()()()()で、ヨーゼフの腕を再生してしまった。

「終わりました。動かせますか?」


 場の空気が驚嘆で静まり返っていることに気づかないのか、イルヴァはいつもの淡々とした様子で尋ねた。そこに、高度な魔法を行使したという自慢のような様子はない。

 彼女は息をするぐらい自然な様子だった。


「こ、これは……! 手が動く……!」


 ヨーゼフはあまりの出来ごとに、礼を言うのも忘れて右手をグー、パー、と動かした。

 両親はこの事態を全く想定していなかったはずだ。2人はまさか、ヨーゼフの欠損がこんなにあっさりと治されてしまうとは夢にも思っていなかったに違いない。

 そして続くイルヴァの発言に一同は完全に沈黙した。

 

「ところで、()()()()()で城内の人は納得するのでしょうか?」


 今、目の前で起こった奇跡を「こんなこと」呼ばわりした彼女は、特に冗談を言ってる様子ではない。そしておそらく、謙遜でも嫌味でもない。

 魔法に精通しすぎて冗談みたいな存在だが、彼女はきっと、思ったことしか口にしないのだ。


 その後、彼女の兄イクセルに対価のことを釘を刺されながらも、光魔法の伝授については、おおよそお互いが納得のいく対価を払うことでまとまった。

 エリアスが気を使って相場を安く見積もってくれたため、後で個人的にお礼をしようと決めた。


 それでもなお、ヨーゼフを治した対価がイルヴァの訓練に付き合うだけなのは安すぎる気はするが、彼女も勝手に直した手前、気を使ってくれているのだろう。イクセルの助言が気にはなるものの、まさか、金貨10枚の方がましなことはないに違いないと、その場の誰もが本気で信じていた。



 そうして迎えた次の日の早朝。


 城内の魔法訓練場は、早朝だというのにやたらと観客が多かった。腕を復活させたヨーゼフが城中を歩き回ったせいで、イルヴァ・フェルディーンに対する興味が高まったようだった。

 ジルベスターはもともと観戦する気であったし、エリアスもいるのだろうと思っていたが、まさか両親も共に早朝からこんなところまで来るとは思っても見なかった。


 今日のイルヴァは、朝の訓練の後、水魔法を教える予定だからなのか、白いシャツに、黒いズボンとシンプルなスタイルだった。髪は後ろの高い位置で一つに結っている。シンプルな格好だからこそ、髪を結っている黄色のリボンが目についた。

  

「彼女の言う訓練、どういうものなんでしょうか?」

「……正直に言って、想像はついてない」


 突然、隣にいるクルトに話しかけられて、ジルベスターは思考しかけていたことを中断し、再び、訓練場の真ん中に佇むイルヴァとヨーゼフを見た。

 彼女は何かをヨーゼフに説明しているが、その声は観客席までは届かない。


 ただ、観客席から見ていても、2人が互いに礼をしたことで、訓練が始まることは理解できた。

 ヨーゼフが、昨日再生したばかりの右腕に剣を持って構えた。

 イルヴァは一見、ただ姿勢よくその場に佇んでいるだけのように見えた。


 しかし次の瞬間、ヨーゼフの胸の前で水の玉が弾けた。その水は色が付いていて、ヨーゼフの白いシャツが染まる。シャツが染まったその場所は、綺麗に心臓の位置だった。

 それがあまりに突然のことで、ヨーゼフは全く反応できていないように見えた。しかし、呆然とする暇もなく、次は彼の眉間で水の玉が弾ける。彼は驚きでなのか2歩後ろに下がった。


「白くて捨ててもよいシャツを着ろと指示されていたらしいのですが、あれが理由だったようですね」

「どこに被弾したかわかるようにってことか……。しかも正確に急所を狙ってる……」

「彼女の恐ろしいところは、予備動作がないことです。ただそこに立っているだけなのに、魔法が発動しています。あれは、通常の武器で戦う時はありえないことなので、魔法師ならではの強みでしょうね」

「普通の魔法師は予備動作あるんだけどね」


 ヨーゼフは流石に2発くらって、ようやく水の玉が見えるようになってきたようだ。おそらく最初はイルヴァの動きに注視していたが、彼女が姿勢を変えないので訳もわからないまま打たれたのだろう。

 ヨーゼフは剣を振って、水の玉を打ち返した。パシャリと水が剣の上で弾けた。防御できたかと思った次の瞬間、今度はヨーゼフの首もとで水が弾け、彼は一歩後ろに下がる。


「あれ、実践なら3度死んでるんだけど、1時間あったら何回死ぬんだろうな」

「イクセル殿が、金貨10枚払っても嫌がられるとおっしゃっていたのはもしや……」

「精神的につらいってことかもしれない。痛そうには見えないが、全部急所を撃ち抜かれてる」


 こうして話している間にも、ヨーゼフの白いシャツはどんどんとカラフルになっていく。それだけ彼が被弾しているのだ。

 剣を振り回していては防御しきれないと思ったのか、ヨーゼフは今度は訓練場を駆け抜け、遮蔽物の影に身を潜めた。おそらく一息ついて、体勢を整えたいのだろう。

 しかし、イルヴァは無慈悲だった。

 彼女は魔力を訓練場全体に展開した。


「探知だ……」

「ジルベスター様が発表したものですか?」


 クルトの問いに答えるよりも先に、イルヴァはヨーゼフの姿を正確に捉えたらしい。彼女は先ほどから一歩も動いていない。そのため遮蔽物の影に隠れたヨーゼフの正確な位置をわかるはずもない。

 しかし彼女が放った水の玉は、影に隠れるヨーゼフの心臓を極めて正確に撃ち抜いた。

 ヨーゼフは今度はぐるりと壁際を走り、イルヴァの背後にある柱に隠れた。どうやらイルヴァは同じ方向を向き立っているという制約があるようだ。

 普通の魔法師なら、探知で背後を探すことはできない。


 そう、彼女が、イルヴァ・フェルディーンでなければ。


「なっ……!」


 隣にいるクルトが息を呑んだ。観客の反応も大体同じだった。

 そう、彼女は、後ろを振り返ることなく、背後の、しかも物陰に隠れているヨーゼフの頭を正確に撃ち抜いた。パシャリと弾けた水は、ヨーゼフの視界を濡らした。彼の髪はすでに雨に降られた後のように濡れている。

 白かったシャツも、白い部分が見えないほどに色が付いていた。


「あーあ……派手にやってるなあ」


 呆れたような声を出したのは彼女の兄、イクセルだ。彼はこの惨状になることをわかって、昨日助言してくれたに違いない。


「あれなら反撃をアリにしても成り立ちそうですね」

「いや〜あれは、もともと反撃ありだと思うな。被弾したら1歩下がるルールでやってるから近づけてないだけだと」


 クルトのちょっとした呟きは、観客席にいる誰もが思っていることだった。しかし、イクセルがそれをあっさりと否定する。

 言われてみれば、先ほどから、被弾するたびにヨーゼフは一歩下がっている。水の玉は見ている感じだと痛そうには見えないので、ヨーゼフを後ろに下がらせる勢いはなさそうだ。となると、彼は競技場のルールからそうしているのだろう。

 今まで、防戦一方で可哀想だと思っていたこの場の人間は、事態がより悪いことに気づき押し黙ってしまった。そんな中、イクセルはヨーゼフに対するフォローなのかのんびりとした口調で補足した。


「ちなみに、フェルディーン家では、そもそもイルヴァを一歩でも動かせた人がほとんどいない」

「動かせた人が、ですか?」

「そうそう。イルヴァはそもそも人の気配を読むの上手いから、後ろにも目があるように攻撃できるんだよね。今日は探知魔法を使ってるみたいだから、より強固になってるけど」


 探知魔法を使っていないのに、後ろからの攻撃に対応できるのはもはや人の境地ではない。

 稀に優れた剣士であれば、気を読むことができるというが、魔法師はそうではない。良くも悪くも魔法師は魔法に頼っているので、身体的な発達が未熟なことが多いのだ。


「……ほとんど、ということは、誰かは動かせたのですよね?」

「僕だよ。ありったけの防衛魔法をかけながら、なんとかね」


 クルトの質問はジルベスターも気になっていたことだった。さすがは彼女の兄ということなのか、彼は成功したことがあるらしい。

 しかし続けられた言葉に、一同はまた押し黙ることになった。


「でも防衛魔法使ってる間にもどんどん被弾するから、大変だった。なんとか物理的にイルヴァの肩を押して一歩動かした。でも被弾数は死の数だと思うと、僕は中隊1個壊滅するぐらいには犠牲にしてやっと」


 国にもよるが、中隊というと100名はくだらないことが多い。つまり、100回死ぬ、あるいは100人の犠牲があれば、なんとか一撃与えられるという意味だ。


「さすがに分が悪そうなので、手伝うか……」


 イクセルは突然そういうと、突然腕輪に向かって話しかけた。


「イルヴァ。彼の方に加勢しても?」

『どうぞ』


 どうやら腕輪は通話できるような魔石が付いていたようだ。イルヴァの声が返ってきた。

 観客席にいる人々は、みんなイクセルの方を見た。彼がどうやって加勢するのか気になったからだ。

 そんな視線に気づいているのかいないのか、彼は飄々とした様子を崩さずに、手を前に差し出して、小さく何かを詠唱した。


 次の瞬間、訓練場に防衛魔法による柱が無数に出現した。ヨーゼフはそれに驚き、こちら側に視線を向けた。防衛魔法は透明な魔法壁を出すだけなので、彼の姿を隠すことはできない。ただし、もはや隠れることに意味はない。どちらかといえば、イルヴァが打ち出してくる水の玉をできるだけ遮ってくれる場所が必要なのだ。

 ヨーゼフはなかなか動けずにいたが、遮蔽物が増えたことで、被弾を減らすことができ、動き回れるようになってきた。


「これであと10分ぐらいは延命するかな……」

「10分?」


 ジルベスターは思わず疑問を口にすると、イクセルが、どことなく申し訳なさそうな表情で言った。


「イルヴァはどんどん攻撃を加速させると思うので、そのうちあの柱も意味がなくなります」

「今でも十分早いけど!?」

「うーん……まだ、一発ずつ打ってますからね。エリアス様の速射理論も試したいと言ってたので……」


 思わずツッコミを入れると、イクセルは髪を触りながら、ちらりとエリアスの方を見て言った。

 ジルベスターたちよりも前のほうで観戦していたエリアスは、自分の名前が呼ばれて後ろを向いた。


「イルヴァに僕の理論が必要でしょうか?」

「なんでも試したいんですよ。探知なんか、必要ないのにずっと使ってるでしょう? いつもは手数を増やして正確な位置がわからないことを補ってるのに、今なんか探知してるせいで、無駄な玉を撃たない練習してるんですから」

「速射を試す前に、ヨーゼフがバテそうですが……」

「回復魔法で援助するか悩みますね。1時間という約束守ってもらうなら、僕が何度か光魔法使った方がいいんですが……ちょっと可哀想なんですよね」


 今、どのぐらい時間が経ったのだろうか、と思って時計を見ると、まだ15分程度だった。どう見てもあと45分持つとは思えない。柱が増えてもなお、ヨーゼフは回避に必死で、イルヴァに近づけていない。その上、回避行動に全力を注いでいる割には、被弾数もどんどん増えていっている。

 確かに回復魔法があればヨーゼフの戦える時間は増えるが、もうすでにヨーゼフは疲労困憊のように見える。彼の精神的な疲労はたまる一方だろう。


 ジルベスターは判断に悩んで、ちらりと父であるディートリヒの方を見た。これはイルヴァとの取引であるため、普通に考えれば、イクセルに回復を頼んで1時間きっちり相手させる方が良いだろう。

 ただ、ヨーゼフが力尽きたことを理由に、そこで訓練終了とした方が、ヨーゼフの精神のためには良さそうにも思えた。

 

「……1時間という約束だから、回復させてもらって構わない」

「では、そうさせていただきます」


 しかし父はヨーゼフの精神を守ることよりも、約束を守ることを優先したようだった。というより、父自身が食い入るようにイルヴァの魔法を見つめているので、もう少しこの戦いを見ていたかったのかもしれない。


 そうして、ヨーゼフはきっちり1時間イルヴァの相手をすることになった。

 イクセルの読み通り、イルヴァはエリアスの速射理論も展開し、ヨーゼフの着ていた白いシャツは、最後にはさまざまな色が混ざり合って、もう黒に近い色になっていた。

 ヨーゼフは明らかに疲れた様子だったが、どこか晴々とした表情をしていた。結局、イルヴァを一歩も動かすことはできなかったものの、何か得たものはあったようだ。


「クルトの言っていたことが正しかったか……」

 ボソリと思ったことを呟くと、隣にいたクルトが、なぜか誇らしげに言った。

「彼女を敵に回したら、護衛の意味はありません」

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