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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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20/55

20.光魔法の治療の対価は

「イルヴァ。欠損を治せる魔法師はそんなに多くない。ましてや、無詠唱な上に、10秒で治す人はほとんどいないよ」

「お兄様もできるわよね?」

「……僕はこれでも神童って言われてたんだよ? イルヴァの前じゃ霞むけど、僕だって王立学校では首席だったんだから」


 イクセルが魔法使いとして優秀なのは、イルヴァももちろん知っている。とはいえ、兄も自分も使える上に、治療魔法師はシュゲーテルでは珍しくない。


「とりあえず、彼らが対価を払えなくなるから、ポンポン治すのはやめなさい。イルヴァが請け負ったのは、あくまで水魔法での治療法だろう?」

「そうね。それはそうだわ」


 貴族が相手のために何かをしたら、それには必ず対価が必要になる。だから彼らに取って価値の高い治療魔法を気軽に行使するのは、押し売りになってしまう。


「対価なら私がお支払いします!」


 兄妹の会話に割って入ったのは、先ほどの兵士だった。彼はガバリとイルヴァの前でひざまづくと、低頭しながら言った。


「この腕と再び合間見えるとは思っても見ませんでした! 私にできることならなんでもします!」

「いや、あなたは私が勝手に治したから、流石にあなたに対価を払わせたりしないわ」


 勝手に直しておいて治療費をせがむなんて、押し売りとなんら変わらない。

 しかし、兵士は跪いた状態でなおも続けた。


「受けた恩は返さねばなりません!」

「あなたの治療費はお兄様の宿泊費だと思えばいいわ。あなただって仕事で私の魔法の実験台になったんだから」

「失礼ながら欠損を治す魔法は、シュゲーテルでいくらでしょうか?」


 アマーリアの問いかけに、イルヴァは困ってしまった。治療師を呼ぶ必要がないから、そんなことを聞かれても相場を知らない。

 すると、エリアスが、横から申し訳なさそうな表情をしながら言った。


「大金貨で10枚ほどです」

「えっ?」

 思ったより欠損の治療が高くて驚いた。大金貨10枚だと、そこそこ裕福な平民の、3ヶ月分ぐらいの給料になってしまう。

 これを押し売りするのは相手に申し訳ない。


「とはいえ、()()()も、今回の治療については特に対価は請求なさらないかと」

 エリアスがチラリとイクセルに視線を送ると、イクセルがその言葉に頷いて言った。

「ええ。愚妹の言う通り、私の宿泊費と、出国時の送迎の対価だとお思いください」


 そうして話はまとまるかとおもったが、ディートリヒが待ったをかけた。


「フェルディーン嬢の言う通り、彼は私の命令で魔法を受けた。ならば、私が金貨をお支払いするのが筋だろう」

「いえいえ! 私の蓄えでも払えますとも!大公閣下に払わせるなど申し訳が立ちません!」


 これは困ったことになった。気軽な気持ちで治したのに、彼らはなんとしても大金貨10枚払う勢いだ。

 旅の途中で大金貨を持ち歩くのは邪魔であるし、そもそも勝手にやったことでお金を請求するのは心苦しい。

 しかし彼らは何かしらの対価を払わなければ納得しないだろう。


ーーー何か、ちょうど良いものはないかしら。できれば治療した兵士本人からもらえるもの………。


「お嬢様。発言をお許しいただけますか?」


 壁に立っていたマリアが、突然声を出した。基本的には使用人が口を挟むことはないが、イルヴァが困っているの見かねて声をかけてくれたのだろう。

 それに彼女はちょうど良い塩梅の対価を思いついたように見えた。


「いいわ。何か良い案が?」

「はい。お嬢様の早朝訓練の許可をいただくのに合わせて、そちらの方に()になっていただいたらいかがでしょうか?」

「あら! 明案だわ! そうしましょう」


 マリアの提案にポンと手を叩くと、念のためイクセルの方を見た。対価として釣り合うかを確認するためだ。

 イクセルは急に可哀想なものを見るように、兵士を見た。しかし、反対はしてこないので、それなら良いと思ったのだろう。


「どこか場所をお借りして、早朝に城内で魔法をある程度使っても?」

「それは構わないが……的というのは?」

「直径3センチ程度の水魔法で攻撃するので、逃げ回るか、剣などで塞いで体に当たらないようにしてほしいのです。魔法操作の訓練なので、怪我はしないかと。1時間程度お付き合いいただければ」


 説明を聞いてディートリヒは明らかにホッとしたような顔をした。流石に対価のためとはいえ、流血沙汰になるようなことは避けたいだろう。


「ヨーゼフ、どうだ?」

「私も構いませんが……大金貨10枚に代えるには安すぎませんか?」

「ヨーゼフ殿、参考までに申し上げておこう」


 イクセルはそういうと、徐に立ち上がり、右手に水の玉を出した。ちょうどイルヴァが使おうと思っている3センチ程度の水の玉だ。


「このサイズの水が、永遠に襲いかかってくる。痛くはないがほとんどの騎士は30分以内に力尽きる訓練だ。フェルディーン家では、もはや罰則に近い。大金貨10枚で逃れられるなら、我が家の騎士の半分は金貨を選ぶと断言できる」  


 確かに最初は相手をしてくれていたフェルディーン家の護衛騎士たちも、1回体験すると、次は嫌がられる。たまに騎士団長が罰則扱いでイルヴァに差し出してくる始末だ。


「それでも、妹の訓練につきあっていただけますか?」

「もちろんです! 右腕がなかったとはいえ、一線を退いていたわけではありません。30分以上、耐えてみせます!」


 ヨーゼフは生真面目な兵士らしく、胸に手を当てて答えた。

 こうして、ひとまずヨーゼフの治療の対価については決まった。


 ヨーゼフは退席し、一同は中断してしまった食事を再会した。

 食事会は和やかに進んだ。イルヴァとエリアスの馴れ初めといった雑談から始まり、最近のリズベナー公国での魔法研究についても話が広がった。


「最近、国内で発見され、新魔法の発見論文として発表された鑑定魔法という魔法があります」

「ローレンツ・ヴァルツァー氏の論文ですね」


 アマーリアが例に挙げたその魔法は、イルヴァも興味があったので覚えている。ローレンツは鑑定魔法以外にも、シュゲーテルの発展とは違う分野の魔法を数々発表している研究者だ。


「ご存知でしたか」

「彼の論文は一通り読んでいます」

「もしよければ、ローレンツと会ってみませんか?」

「……お会いできるのですか? 人嫌いで隠棲していると聞きましたが」


 俗世から離れて生きている男でも、大公家には逆らえないということだろうか。

 

「人嫌いですが、魔法理論の研究者は別です」

「対価に何をお望みですか?」


 国をきっての研究者に合わせてくれると言うのだから、もちろん頼み事があるのだろう。


「彼はこの国で数少ない光魔法を扱える者です。彼と弟子数人に治療魔法を指導いただけないでしょうか?」


 これは悩ましい提案だ。ローレンツ・ヴァルツァーはイルヴァが会ってみたいと思っていた人物のうちの1人だ。

 しかし、光の治療魔法は、かなり才能に左右される魔法だ。彼が優れた研究者であることを考えると、本人なりに既に努力した可能性が高い。

 光魔法自体が、研究が最も進んでいない分野のよく分からない魔法なのだ。


「ちなみに、ヴァルツァー氏とはお会いしてお話しするだけですか?」

「彼は鑑定魔法を扱えます。間近でご覧いただけるかと」

「それは……魅力的な提案ですね」


 対価は十分と言える。

 というよりも、若干もらい過ぎになる可能性がある。フェルディーン家の利益を尊重するならこのまま黙るべきだし、相手に対して誠実な取引をするなら、伝えたほうがいい情報がある。


 どうすべきか悩んでいると、イクセルがその悩みを的確に見抜いて言葉を添えた。


「イルヴァ。言葉が足りないんじゃないかい?」


 これはつまり、誠実に取引せよということだ。兄のお墨付きがもらえたなら、良いだろう。


「アマーリア様。鑑定魔法を私に見せると言うことは、私が鑑定魔法を扱えるようになる、に等しいと思ってください。私はいままで、見た魔法で扱えなかった魔法は一つもありませんから」


 イルヴァがそういうと、その場の空気が止まったように感じられた。

 静かすぎて、口直しのシャーベットの咀嚼音がきこえてきそうだ。

 アマーリアは、明らかに驚いた様子を見せたいたが、フルフルと首を横にふると、問題ないと言わんばかりに微笑んだ。


「構いません。あなたが扱えるようになれば、実用に一歩近づきますから」


 本当に大公家の総意で良いのかと、ちらりとジルベスターの方を見たが、彼もまた、頷いている。アマーリアの言葉は素直に受け取って良いようだ。

 そうなると、今度はイルヴァがそれに見合う対価を払えるかだ。

 鑑定魔法は非常に興味深い魔法だ。これを習得できるのなら、なんとしても結果を出さないといけない。


「光魔法による治療は、本人の才能が物をいいます。ヴァルツァー氏とその弟子の皆様が習得できない場合は、私が10人、水魔法では直せない患者を治しましょう」


 彼らが習得することと10人は釣り合いが取れているか微妙なラインだが、欠損を治せる魔法師は多くない。イルヴァが直したほうが即効性はあるので、向こうもそこまで損はしないだろう。


「いかがですか?」

「10人もよろしいのですか? 大金貨100枚分の患者になってしまいますが……」

「では、望みをもう一つ。エリアスと兄も水魔法を教える場と、ヴァルツァー氏との対面の場に同席させてもよろしいでしょうか?」


 相手がもう少し払ってもいいと言ってくれるなら、と望みを口にすると、ディートリヒとアマーリアは揃って頷いた。

 これで、おおよその話はまとまった。後はリズベナー公国のディナーを優雅に楽しめば良い。


 その後は、イルヴァの思った通り政治的な話はほぼなく、和やかな雑談と共にメインのステーキと、ワゴンで用意されたデザートに舌鼓をうって、晩餐会は終わったのだった。

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