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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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18/55

18.初めてのリズベナー公国

 列車旅は、魔法談義に花を咲かせていたらあっという間に過ぎ去っていった。昼食も食堂車で済ませ、しばらく談話室でのんびりしていたら、あっという間に最も国境に近い駅、アーレンハイム駅に着いた。

 線路をリズベナー公国とつなげる計画もあるのだが、まだ実現していないため、入国は徒歩か車が原則だ。一同は一度、列車を降りると、アーレンハイム駅にずらりと5台用意された車に別れて乗車することにした。

 先頭を走る車はほぼ護衛用の車で、2台目がジルベスター、3台目にイルヴァとエリアスが、4台目と5台目でそれぞれの護衛含めた付人、荷物などを乗せて走る。マリアは4台目に荷物と共に乗ることになった。

 リズベナー公国の大公家の紋がでかでかと印字された車で、この車に乗っていると、リズベナー公国側への入国時は審査不要でスルーできるようだ。


 エリアスにエスコートされて車に乗り込み、スカートの裾を整えた。アルムガルド大公家の車は、運転席は外にオープンなタイプなので、エリアスと車内に2人きりだ。

 後から乗り込んで、隣に座ったエリアスも同じことを思ったらしい。嬉しそうに言った。


「ここからリズベナー公国の首都までの数時間は、2人でゆっくり話せるね」

「? 秘密の話でもしたい?」


 さっきの時間でも十分ゆっくり話した気がするが、ジルベスターの前では話したくない話題もあったのかもしれない。

 それならば、とイルヴァは簡単に盗聴、盗視避けの魔法を展開した。盗視避けは秘密の会話には要らないのだが、車校が少し高めで、窓の外を歩く人と目が合いそうなので、ついでに展開しておいた。

 すると、エリアスが急に険しい顔になり、イルヴァの左手首を掴みながら、体をこちらに向けた。


「イルヴァ。男と2人になって、盗視避けまでつけるなんて、危機感が足りない」

「危機感? エリアスから特に敵意は感じてないわ」

「他の男でもやる?」

「……相手に敵意がなくて、必要があれば?」


 その返事はエリアスのお気に召さなかったようだ。彼の美しい顔が歪んだ。明らかに彼は怒っている。


「僕は君に敵意はないけど好意はある。他の男も敵意以上に好意のが危険だよ」

「ああ……襲われるかもということ?」


 ようやく、エリアスのいう危機感の欠如という真意を理解した。よく考えると、外から見えない状態の個室で2人というのは、そういう危機もあったかもしれない。盗視よけは幻影魔法の一瞬で、中の出来事を見せないために何も見えない暗闇のような状態にするか、その場の通常時の景色を投影するかの技術だ。この魔法をかけてしまうと、何があっても外から気づくことはできない。

 長らく、家族を除いて男性と2人になるシチュエーションがなかったので、忘れていた。


「そう。男と2人で個室にいて、盗聴よけはともかく、盗視避けまでつけるなんて襲ってくれと言ってるようなものだ」

「あなたは私を襲う気があるの? ないでしょ?」

「もし……」


 エリアスの声が掠れて聞こえた。次の瞬間、エリアスが急激にイルヴァに顔を近づけてきた。吐息がかかりそうな距離だ。イルヴァは後ろに下がりたかったが、車の狭いスペースでは下がれそうもない。

 無言の一瞬が、長く感じられた。

 美しい青い瞳に吸い込まれそうだった。

 

 ーーー近い近い近い! このままだとキスしてしまいそう。……婚約者だからいいのかしら? いや、お兄様が知ったら収拾がつかなくなるわ。顔がいいからって流されてはダメよ、イルヴァ!


 驚きすぎて表層上の声は出ていなかったが、心の中では派手に叫んでいた。しかしのしかかられるように近づかれては、抵抗もできない。

 エリアスの顔はその間にも徐々に近づいてきた。

 そして、あわや唇同士が触れそうだ、と思った瞬間、急に彼は進路を変えて、イルヴァの左頬にキスをした。

 そして彼はそのままイルヴァの耳元に口を持っていき、囁いた。


「もし、襲うかもと言ったら、危機感を持つ?」

「も、持つわ!」

「そう。それは良かった」


 先ほどまでの妖しげな雰囲気は霧散して、あっさりとエリアスは自分の座席に戻っていく。

 イルヴァはそれを見て、すかさず盗視避け防止の魔法を解除した。


「他の男といるときーーー」

「ーーー2人きりなのに盗視、盗聴防止の魔法は使ったりしないわ!」


 エリアスが言い合える前に続きを引き取って宣言した。自分好みの顔が目の前にあるのは心臓に悪い。表情には出てないかもしれないが、イルヴァはまだ、心臓がいつもより早く脈打っている気がしていた。

 

 その後の車内では、しばらくの間、沈黙が流れた。イルヴァはできるだけ車の外の景色を眺めていたし、エリアスも何も言わなかった。

 そうしてイルヴァの脈も正常に戻った頃、国境について、検問の時間がやってきた。

 出国も入国も手続きは簡単で、ほとんど確認されることもなく、そのまま関所を通過していく。

 関所は山間にあるので、しばし長閑な山道を走った後、ようやくリズベナー公国の最初の街に車が着いた。

 どこかで一度休憩を挟むと聞いているが、まだその時間ではないので、道路を走り続けている。


 リズベナー公国はフレゼリシアの南、シュゲーテルの南西部にある。ぐるりと山に囲まれたような盆地が特徴的な国で、夏は暑く、冬は寒い、温度変化の激しい地域だ。

 シュゲーテルは比較的温度の差が緩やかな地域なので、どのぐらい温度が違うのかも興味があった。

 車内は風の魔石で温度をコントロールしているため分からないが、後で外に出れば知ることができるだろう。


「街並みは石造で同じだけど、シュゲーテルよりカラフルだね」

「壁に伝う植物や、街の至る所にある花壇の花も彩りを添えていそうよ」


 エリアスの言う通り、建物が石造なのには変わらないのだが、黄色の壁やピンクの壁など、色使いがシュゲーテルよりカラフルだ。

 シュゲーテルは白がベースの壁で、屋根の色が朱色という作りが一般的なので、街の雰囲気もより華やいで見える。


「あれはリズベナーの魔車(トラム)かな?」


 エリアス側の窓の外を指されたが、イルヴァの位置からはよく見えない。


「あっ!」


 少しだけエリアス側に寄ろうとして腰を浮かせた時、車が縦に揺れた。

 中途半端な姿勢だったイルヴァは、その勢いに押されて、車の中で転がりそうになる。

 次の瞬間、エリアスにグイッと引っ張られ、すっぽりと抱きしめられた。


「危ないよ。もたれかかっていいから、見てみて」


 エリアスはそういうと、イルヴァは隣に座らせて、腰を抱き寄せた。


「ほら、魔車(トラム)はあれ」


 空いている左手で窓の外を差し、場所を教えてくれる。確かに、魔車(トラム)が車と並走して走っていた。

 リズベナー公国の魔車(トラム)はシュゲーテルのものよりも小さく、2両編成で走っているようだ。ただ、本数は多いのか、駅で乗れなかった人が次の魔車(トラム)が来るまで大人しく待っている。


「2両編成だと、どこに動力があるのかしら」

「高さがあるように見えるから、床下に機構があるのかも」


 言われてみれば、確かに普段見ているものよりも高さがあり、乗降の時は入り口に一段階段があるように見える。

 床下に動力に関する機構を埋めることで、小さい車両でも稼働率を最大にしているのだ。


「面白い工夫ね。車両が小さくすることで、道路幅の柔軟性もありそう」


 リズベナー公国では今の所手旗信号が主流のようで、交通を整理する旗を持った人間が交差点があるたびに立っている。

 魔車(トラム)の幅が比較的スリムな形態なので、旗を持つ人間の横を通っても、問題ないぐらいのスペースがありそうだ。


「リズベナー公国はシュゲーテルより率直で自由な気質と聞いたけれど、服装も自由そうだね」

「そう?」

「女性もかなりパンツスタイルが多い」


 確かに言われてみれば、道行く女性たちの服装が、ラフなものも多い。そしてエリアスの言った通り、パンツスタイルの女性もかなり多めだ。

 見たいもの見れたイルヴァは、エリアスから離れて自分の席に戻りながら言った。


「シュゲーテルではアウリード辺境伯が着用してからかなり寛容になったのよ。それでもここまでは浸透してないけれど」

「イルヴァも履くの?」

「ええ。今回も持ってきたわ」

「それは新鮮そうで楽しみだ」


 エリアスの言葉を聞く限りポジティブな印象で安心した。まだまだシュゲーテルの男性貴族では、女性貴族がパンツスタイルで公の場に出ることに忌避感を持つものも多い。

 イルヴァ自身は動きやすくて好きなので、それを否定されないのは嬉しかった。


「そういえば、そのリボンとイヤリング、色を合わせてくれたの?」


 服の話で思い出したのか、エリアスが黄色のリボンとイエローサファイアのイヤリングについて聞いてきた。


「ええ。髪色と衝突しそうであまりつけたことがない色なんだけれど」

「良く似合ってる。それに、ちょっとは婚約者として認められてる気がして嬉しいよ」


 ふと、エリアスの服装を見ると、彼は思っていたより赤を大胆に取り入れていることに気がついた。

 今日はオフホワイトのジャケットに少し彩度が低めの赤いネクタイに、同じく彩度低めの赤いパンツを合わせている。

 

「エリアスもそれは、私の色?」

「勿論。誰が見ても婚約者だと分かるようにしないとね」

「マリアが正しかったようね」


 リボンとイヤリングぐらいではささやかな方だと言われた言葉を疑っていたが、エリアスはパンツが赤なので、半分ぐらいイルヴァの色だ。


「何か言われた?」

「リボンとイヤリングぐらいではささやかな色合わせだと言われたの」

「普段はそこまで気にしなくていいよ。服装に困るだろう? でも、義兄上の後継者のお披露目の時や、両家の婚約お披露目会では、お互いにはっきりと相手の色を纏うのもいいかもしれない。牽制になるよ」


 良く考えてみると、エリアスと婚約している以上、兄イクセルの時期当主としてのお披露目は、エリアスと出席するのが筋だろう。

 どことなく兄にエスコートされるつもりでいたが、王家の横槍のせいで急いで開くパーティーなのだから、そのぐらいやってもよいかもしれない。


「もしやるなら、黄色のドレスを着るしかないわね……似合うか不安だけれど」

「デザインが落ち着いた綺麗なデザインなら、イルヴァにも似合うと思う。僕も赤で上下揃えるから」

「本当に? 相当ド派手なカップルになるわよ?」


 自分の紅色の髪と瞳に黄色のドレスを合わせるだけでも、うるさい()になりそうなのに、麗しい見た目で何を着ても似合うとは言え、赤をエリアスが着て隣に立ったら、派手すぎて兄の存在を食ってしまいそうである。


「兄にも確認していいかしら? 流石に私たちの方が目立つのはどうかというのもあるし……」

「もちろん。ただ、話に聞いているフェルディーン家の皆様なら、喜んで承諾してくれそうだけど」


 王家への反抗という意味では、確かに効果的だろう。2人の婚約は確かだと知らしめることになるのだから。

 イルヴァ達が目立てば目立つほど、王都の噂となって、王家の耳に入る。確かに兄も含めて、両親も賛成しそうな作戦ではあった。


「確かに我が家の面々は賛成しそうね。一応、レンダール家側でも確認しておいて。あなたがそんな派手な格好で公の場に出ることになるのだから」

「僕の方も大丈夫だと思うけど、聞いておくよ」


 こうして、まだ主役のイクセルの服装すら決まっていない中、お披露目会での2人のドレスコードが定まってしまったのだった。


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