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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
2.リズベナー公国滞在記

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17.魔石機関車の旅道中②

 駅のホームに着くと、既に魔石機関車は到着していた。長距離用の線路を走る列車なので、車両数は多い。

 話を聞くと、前方4両を貸し切ったようで、談話スペースのある開放的な車両が先頭車両で、続いて食堂車、個室3つのある車両、普通車両を荷物置き場として使うという分け方のようだ。


「到着まで6時間ぐらいよね。食事の時以外は個室でいいかしら?」


 車両の説明を受けた後、イルヴァが提案すると、その場にいた全員が、一斉にこちらを振り返り、信じられないものを見る目で見てきた。


「せっかくの旅なのに、個室に籠るの? 仮にも婚約者と()()との旅行なのに?」

「そもそも君は、僕に魔法を教える義務があるだろ? 卒業試験の時の話もしたいし」

「お嬢様、ご学友との交流も社交の一環ですよ」


 エリアス、ジルベスター、マリアと3連続で畳み掛けられては、折れるしかない。


「のんびり本でも読もうと思ってたのに……」

「諦めてください」


 ピシャリとそう言ったマリアは、個室の鍵を受け取ると、荷物をそのまま運んでいく。

 マリアのイルヴァの荷物はカバン一つずつなので、個室に置き個室の鍵をかけておくことにした。

 そうして荷物だけ置くと、そのまま先頭車両まで歩いていく。まだ食事には早い時間なので食堂車はそのままスルーした。


 先頭車両は、メゾネットタイプで、入ってすぐ右側に緩やかにカーブした赤絨毯の階段があり、その上が談話室になっているようだ。

 一階部分は運転席が個室になっていて、それより手前にソファが真ん中に置かれ窓を眺められるようになっている。

 2階部分は運転席の真上にあるので、おそらく前方も窓になっていそうだ。


「上がいいかしら?」

「そうだね。上にしよう。お手をどうぞ」


 今日の服装はエスコートは必要ないが、エリアスに手を差し出されて断る必要もない。素直にエスコートを受けて階段を登っていく。

 ひとまず3人とそれぞれに1人ずつ付き人が2階に上がった。

 2階はテーブルとゆったりとしたソファがあるが、大人3人が立っているには狭かった。


「マリアは下で座っていていいわ」

「このスペースですとそうですね……お側を離れるので、お手数ですが、防衛魔法は張っておいていただいても?」


 マリアもスペースの狭さを見て側にいるのを諦めたようだ。マリアぐらいなら座れるスペースもあるが、マリアをそばに置くなら、他の2人の居場所も確保する必要がある。


「車両全体がいいかしら?」

「はい。運転席と食堂車側に扉があるので、そこからの侵入と窓からの侵入を防げればよいかと。認識阻害は運営に支障をきたすかとおもいますので、おやめください」

「わかった」


 イルヴァはある程度、基本的な魔法防御と、物理的な襲来を防げるように列車の外側にトラップを仕掛けていく。今回はオープンな旅行なので、盗聴もつけておいた。

 魔石機関車は動くので、相対的な座標にする必要があるのでやや手間だが、これをやっておけば、列車ごと海に落ちるなどがなければ、死にはしないだろう。


「イルヴァ、これ……動いたらどうなるの?」

「もちろん相対座標だから、何も変わらないわ」


 エリアスの問いに答えると、エリアスもアストも絶句していた。しかしアストも魔法の鉄壁さは理解したようだった。カフェの時はそばにいたが、大人しく階段を降りていく。


「君、高度な魔法を息を吸うようにやるよね。……クルト、図書室でも見たと思うけど、見ての通り、彼女の魔法が破られることはまずない。下がってていいよ」

「承知いたしました。………ですがその前に、フェルディーン様に一つ質問しても?」


 クルトと呼ばれた褐色の肌の背の高い青年がこちらを見た。十中八九、魔法の話だろう。


「どうぞ」

「この魔法、私も習得できると思いますか?」


 クルトをじっと見つめて、体内の魔力量を探る。魔力量はそこまで少なくないから、技術があれば可能そうだ。循環も悪くないので、それなりに扱えそうにも見える。

 ただ、彼は見た目は肉弾戦の方が強そうなので、繊細な魔法操作のイメージはあまり持てない。


「あなたの魔法の技術がわからないからなんとも言えないわね。これをやるには相対座標で定着魔法を行使しないといけないから、まずは、モンテリオ教授の本を読むといいわ。シュゲーテルで相対座標の魔法では第一人者なの」

「モンテリオ教授……読んでみます」


 幸いにも、シュゲーテルとリズベナー公国では、どちらも同じ言葉を使っているので、学習に障壁はないだろう。

 イルヴァはいくつか覚えている本の名前をあげると、クルトは丁寧に礼をして階段を降りて行った。


 イルヴァとエリアスは同じソファに並んで座り、イルヴァの右手にジルベスターが1人がけのソファに座っている。

 本来は上座がこちら側のソファだが、ジルベスターが迷いなく1人がけソファに座ったので、イルヴァとエリアスはそれに倣うことにしたのだ。


「ねえ、卒業試験の時の僕の魔法、どう思った?」

()()()()()()ね」

「それ、どういう意味で言ってる?」


 皮肉のつもりはなかったが、突っ込んだ質問をされてしまった。こうやって問われてしまうと、イルヴァとしては素直な所感を述べざるを得ない。


「シュゲーテルでの卒業試験としてほどよい出来栄えでしたね」

「……もしかして、僕が手を抜いてると思ってる?」

「いいえ。ただ、研究の本質を考えれば、やりようはもっとあるかと」

「イルヴァはあの時、探知魔法使ったよね? 僕の理論を使った?」


 どうやらあの魔法はバレていたようだ。こっそりやったつもりだが、ジルベスターは確信しているようだった。エリアスは気づいていなかったようで驚いた様子を見せた。

 そうやって話しているうちに、マリアが3人分のお茶を持ってきてくれた。


「そうですね。あの理論の本質は、探知魔法は本人の情報処理能力に依存する。すなわち、認知負荷を下げれば良いということが最も価値ある部分ですよね? 私はそれを応用してやってみただけです」

「魔力の流れが明らかに広範囲に見えたけど、どのぐらい?」


 ジルベスターは紅茶を手に持ったまま尋ねた。エリアスは話を聞きながらカップを傾けている。


「演習場の外ですね」

「ごほっ!」

 エリアスは紅茶を含んだままむせ、ジルベスターの手のカップは激しく揺れ、あわやこぼれそうになった。彼は慌ててカップをソーサーに置くと、信じられないという目をしてこちらを見る。

 エリアスはなんとか吹き出さなかったものの、カップを置いて、鎖骨のあたりを叩いていた。


「演習場? 演習場って、あの試験会場のこと言ってる!?」

「はい」

「外って……君のことだからもちろん背後ってことでしょ?」

「はい」

「怖っ……!」


 怖がられるほどのことではないし、ジルベスターの着眼点のほうが素晴らしい。自分のやっていることは大したことではないと伝えようとしたときだった。


「イルヴァは、どうやって認知負荷を下げたの? まさか情報処理能力が秀でてる、ってことじゃないよね?」


 エリアスが当然の疑問を投げかけてきた。流石のイルヴァも、人間なので、情報処理能力には限界がある。


「もちろん違うわ。水鏡の魔法を補助に使ったのよ」

「……まさかとは思うけど、水鏡の魔法で後ろの風景を構築して探知したってこと?」

「そうそう。着想さえもらえれば、簡単でしょ?」


 水鏡の魔法というだけで方法に思い当たったようなので、やはり誰でも思いつく手段なのだろう。ジルベスターの着眼点があってこそだが、その発想さえあれば、実用するのは難しくない。

 そう思ったのだが、エリアスとジルベスターは2人で顔を見合わせた。そして、同時に深いため息を着いた。


「ちなみに、お見事の真意をもっと詳細に聞かせてくれる?」

「……失礼だと怒りませんか?」 

「僕は天才には寛容なんだ。それにシュゲーテルと違って、リズベナーは腹の探り合いは好きじゃない気風だからね。素直に言って」


 本当だろうか、とエリアスの方をチラリと見た。するとエリアスが小さく頷いてくれたので、大丈夫と判断することにした。


「素晴らしい発想でリズベナー公国の名誉を守りながら、実用性を落として国益を損ねない……つまり、シュゲーテルに利することもない発表で、お見事でした」


 怒ったらどうしようかと思いながらいうと、ジルベスターは一瞬、虚をつかれたような表情になり、続いて、急に声をあげて笑い出した。そんなふうな笑い方をする印象がなかったので、驚いてじっと見つめていると、その視線に気づいたジルベスターが、気にするなとばかりに手をふりながら言った。


「名誉を守って国益を損ねたつもりだったんだけど、あれで足りないとは手厳しいね」

「ですが、流石に1メートルよりは円を大きくできるのでは? 一度、円を広げてから範囲を限定したように見えました」

「……! よく見てるね。確かにそこは微調整したよ。現時点では実用性はない、と心象づけるためにね」

「それならーーー」

「ーーーでも、演習場の外までなんてとてもじゃないけど無理」


 キッパリとした口調で言われたが、本当に無理なのだろうかと疑ってしまう。認知負荷を下げれば、演習場の外どころかかなり高域でも探知できそうな手応えがあったので、ジルベスターも手を抜いているだけに思えてしまう。

 とはいえこれ以上問答しないほうが身のためだということは自覚があるため、イルヴァはそんな気持ちを誤魔化すように、流れゆく窓の外の景色を眺めた。

 そこそこの速さで流れていく街並みは、美しく、活気がある。正面の窓は線路がずっと伸びていて、奥に遠くの山と空が見えた。

 

「イルヴァ。僕の発表にも講評はないの?」


 横からエリアスがすっと顔を覗き込むように近寄ってきた。イルヴァはやや後ろにのけぞりながらも、エリアスの発表について考えた。

 講評と言われると大袈裟だが、要は感想を言えば良いのだろう。


「攻撃力を上げるのに良さそうね」

「攻撃力?」

「通常、最大瞬間魔力量が大きいものが強い魔法を打てるという原理だけど、エリアスの理論だったら、発動前の魔法式をストックしておく時間があれば、実質的に強い魔法を撃ってるのに近い威力を出せそうよね。速射も突き詰めれば同時発射でしょう?」

「確かにそういう考え方があるのか……速射の問題だけを考えてた」

「まあ、どのみちエリアスの言っていた課題は残ると思う。使う魔力量を正確に把握してストックするのは技術力が必要ね。それでも、攻撃魔法を専門にする軍の人間には、重宝される技術だと思うわ」


 一通り感想を言い終えたので、やや冷めてきたお茶を口にした。

 そして、ふと思いついて言った。


「エリアスは私の発表に感想はないの?」

「うーん……すごかった」


 幼児のような語彙の少なさで感想を述べるエリアスに、イルヴァはくすりと笑ってしまった。既出論文の発表で目新しさも少なかっただろうから、感想を求めるのは酷だったかもしれない。


「ジルベスター様は何かありますか?」


 エリアスが尋ねると、ジルベスターはうーんと唸ってしばらく考えたあと、ボソリと言った。


「すごかった」


 考えた割には、ジルベスターも全く同じ反応で、イルヴァは2人のフォローをすることにした。


「まあ既出論文の発表ですから、感想を求められても困りますよね。ほとんど新しい情報も出していないですし」


 イルヴァとしては、エリアスとジルベスターの気持ちに寄り添ってフォローしたつもりだったのだが、なぜか2人が揃って深いため息を着いた。


「いつもこんな感じなの?」

「イルヴァとの付き合いの長さは、ジルベスター様とあまり変わりませんのでなんとも。ですが、きっとこんな感じなのかと」

「これが冗談じゃないのが怖いよね」

「とはいえ、僕たちもふざけているような反応になってしまったので仕方ないかもしれません」


 イルヴァを目の前にして、魔法ではなくイルヴァに対する感想を述べ始めた。2人の言わんとしていることは分からなくもないが、論文については既出情報なので、イルヴァが2人の発表に感じたような、発想や着眼点に対する感動はないはずだった。


「イルヴァの発表は、そもそも魔法技術が高すぎて、みんな度肝抜かれてたよ。試験担当の教授が言っていたように、あれは体系化論文だと誰も思ってなかったから、あっさり実践されて驚いたんだ」


 さきほどよりもかなり真面目な感想が返ってきた。

 確かに、イルヴァは他の人から見ると、理論に強いイメージがあるわりに、魔法技術の高さが印象に残るのかもしれない。精霊との契約のこともあり、魔法を扱うことに対しては他の人よりも秀でている自覚はある。また、どことなく理論家のことを軽視する傾向にあるので、研究者というと、実践はできない人間のイメージが強いのかもしれない。


「体系化論文のつもりだったのよ? それに論文云々がなくても、温度変化なんて変数をいじるだけなのに」

「完全式をベースに物事を考えてると聞いてようやく理解できたけど、常人には、あの論文を見て、氷ならともかく、お湯まで出すなんて想像もできなかったよ。炎の方は、もう異次元だった……」


 完全式を扱っていれば、火、水、風どれも温度変化は同じ変数なので、これが別物だという理解はない。ただ、エリアスから省略式のほうが一般的だと聞いて、もう一度省略式を勉強しなおしたところ、省略式の場合、なぜか属性ごとに違う形式で変換されていることがわかった。つまり省略式で魔法を扱っている人間にとっては、火魔法と水魔法に共通点などないのだ。


「ちなみにさっきも完全式の話してたけど、基本属性魔法の全ての完全式を把握してるの?」

「はい。そもそも完全式でしか魔法を使わないので、省略式のほうが忘れているものがあるかもしれません」

「よくわかった。君の兄君が、魔法を教えるのが上手であることを祈るしかなさそうだ」


 家族以外に魔法を教えて成功した試しがないが、すれ違いの原因がわかった今となっては、イルヴァでも相手に教えることができるはずだ。

 この時は、まだ真剣にそう思っていた。


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