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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
1.出会い

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11.形からの親交を

 雑談している間に、フレーバーティーと軽食がでてきた。

 今日の軽食は、たっぷりのチーズとトマト、そしてカリカリのベーコンと卵をサンドしたホットサンドがメインだ。それに丁寧に裏漉しされたジャガイモの冷製ポタージュと、焼き野菜のマリネがつく。

 フレーバーティーからは、湯気とともにオレンジの良い香りが立ち上った。


「良い香りですね。砂糖を入れていなくても甘味を感じます」

「私はこのオレンジのフレーバーティーが特に好きです」

「イルヴァ嬢はいつからこの店に通っているのですか?」

「入学した時からなので、2年が経ちます」

「すっかり常連ですね」


 何気ない雑談をしながら、イルヴァはホットサンドに手をつけた。手掴みでかぶりつく。口の中にトマトの酸味とチーズ塩味、そしてベーコンの旨みがひろがって咀嚼するたびに幸せな気持ちになれる。

 ここで、ようやくイルヴァは、これが貴族としてはマナー違反だと思い出した。

 ホットサンドだろうがサンドイッチだろうが、正式にはナイフで切り分けて食べるのがマナーである。エリアスはレンダール公爵家の子息で、より厳格に育ったはずなので、さすがにこれは咎められるかもしれない。


 ーーーいつも平気で手掴みで食べていたからすっかり忘れてたわ。以前、ユフィに怒られたことがあったのに。


 そう思って、顔を上げると、エリアスとアストは、しっかりと手掴みでホットサンドを楽しんでいた。どうやら杞憂だったらしい。

 もしかすると、イルヴァに恥をかかせないためにそうしてくれたのかもしれないが、指摘されないのであればこの場では良いだろう。この店で格調高く食べるというのも食べた気がしない。

 続いて、イルヴァはポタージュに口をつけた。この店のポタージュは、丁寧に潰し、濾されているからか、ちょうど良いしたざわりで美味しい。シュゲーテルの夏はそこまで気温が高いわけではないが、夏を感じさせるためなのか、夏季は冷製スープなのも珍しくて気に入っている。


「美味しい。イルヴァ嬢が気に入っているのもわかります」

「エリアス様のお口にもあったなら嬉しいです」


 庶民的な食事をしているイメージがなかったが、エリアスは意外なことに満足そうな表情を浮かべていた。美味しいものを堪能しているときのこの表情は、いつもよりもどこかちょっと幼く見えて、端正な顔立ちの中に可愛らしさを感じられた。

 そうしてイルヴァが食べ進めるエリアスを見ていると、ふと目があった。エリアスはしばらくイルヴァを見つめ返したあと、ふと思いついたように言った。


「よければ、形からでも打ち解けませんか?」

「形から?」

「お互いに、もう少し砕けてお話ししませんか?」

「口調を、と言うことですね。私は構いませんが……」

「僕も、口調を崩させてもらうから()()()()もそうして。できれば、名前も呼び捨てで」


 いざ、そうしてと言われると少し躊躇ってしまう。口調を崩すのもそうだが、呼び捨てにするのは少しハードルが高かった。

 それでも、目の前のエリアスが期待した眼差しでこちらを見ているので、根負けしたイルヴァは、そっと名を呼んだ。


「エリアス」


 たったひと単語だが、イルヴァの中で、確かに何かが変わった手応えがあった。それは、全くの他人が婚約者になったのだという実感かもしれない。

 向かいに座るエリアスもまた、何かを感じたらしい。自分で提案しておきながら、どこか驚いているように見えた彼は、一拍の後に、破顔した。


「少し、婚約者らしくなった気がする」

「確かに形から入るのも悪くないかもしれないわね」


 現在の2人には、一緒に過ごした時間があまりにも短すぎて、お互いの信頼関係を築くにはまだ時間がかかる。しかしこうやって少しずつ歩み寄っていけば、いつか、一緒にいることが当たり前になって、共に過ごす時間も馴染みのあるものになっていくのかもしれない。


「イルヴァは、食べられないものはある?」

「そうね……苦すぎるものはあまり好きではないわね。飲み物でも、コーヒーより紅茶の方が好き」

「逆に好きなものは?」

「食事なら、なんだかんだで肉料理は好きよ。中でもローストビーフや、豚ヒレのステーキなんかは特に。菓子なら、フルーツタルトね。カスタードクリームのシュークリームも好き」

 

 エリアスの質問に答えたあと、ふと、過去のユーフェミアとのやりとりを思い出した。似たような質問をユーフェミアにされたとき、イルヴァは質問に答えて、彼女に問い返さなかった。すると、そのことを指摘されたのだ。通常の社交としては、質問されたことは聞き返す方がよいと。特に、相手と仲良くなろうとするなら必要だと言われた。

 現在は、ユーフェミアとは親しい仲で興味もあるので、自然と質問するようになったが、それ以外の人には、質問しかえすものだと思い当たらないとここで会話を終えてしまう。

 しかし、エリアスとは歩み寄った方が良いのだから、質問すべきだろう。


「あなたは? 好きなものや嫌いなものはあるの?」


 イルヴァがそう質問した瞬間、エリアスの目がにわかに見開かれた。どうやら、イルヴァが質問し返してくるとは思わなかったらしい。だが、その後、エリアスは明らかに嬉しそうな表情をしたので、やはりこの対応で正解だったようだ。


「僕は嫌いなものはあまりないかな。甘いものは全体的に好きだよ。食事なら……ワインに合うようなものが好き。ワインも好きだから」

「いいわね。私もワインは好きよ」

「赤と白、どちらが好き?」

「感動できるものが出てくるのは赤かしら。白は無難なものも多い印象よ。でもどちらも好きだから、料理に合わせて頼むことが多いわ。結局のところ、私にとっては食事と合うことの方が大切かもしれない」

「今度、ワインと料理の組み合わせが素晴らしい店を紹介するよ」

「お願いするわ」


 エリアスは舌が肥えていそうだから、良い店を紹介してくれそうだ。王都の飲食店は数もおおいので、隠れた名店も多い。イルヴァは気安い店も好きだが、貴族御用達の高級店ももちろん好きである。

 今度エリアスと出かける時はドレスアップして出かけるのも良いかもしれない。


「卒業して、仕事が始まったら忙しくなるから、卒業前に良かったらどう?」

「ええ。そうしましょう」


 イルヴァは了承の返事を返しながら、ふと、仕事というフレーズで思い出したことがあった。


「そういえば、エリアスは魔法兵団の優秀生枠は取れそう? 試験後に何か言われた?」

「スカウトされたよ。卒業後1ヶ月後から」

「まあ、あの発表は良かったもの。当然スカウトされるわね」


 エリアスの魔法連射速度の理論は、攻撃力増加にも転用できそうなよい理論だ。それに、エリアスの魔法の実力を表現する場としても良かったと言えるだろう。

 今回スカウトに来ていたリングダール大佐は、理論家にも価値を感じているタイプだから、エリアスのことも評価したに違いなかった。


「イルヴァとアルムガルド卿の発表の後だと霞む気がしたけどね」

「そうかしら? 彼の発表は茶番のようなものだったし、私のも自分で出した既出の理論をちょっと応用しただけよ」

「いやいや。あの火柱は全員が度肝抜かれてたよ。そもそも水魔法から氷を生成するっていう論文なのに、お湯も出してたし」

「温度変化が肝の論文なんだから、氷になるならお湯になるに決まってるじゃない」

「……理論として理解できるけど、あれ、実践できるかというとどうだろうか……。魔法式の構築の時に変数をいじるというのは、基本属性魔法だからこそ、まず魔法の魔法式は反射で使ってることも多いから、逆に難しいよ」

「魔法の省略式を丸暗記して構築してると難しいかもしれないわね」


 魔法の発動には大きく分けて三つの手順がある。

 最初に体内から魔力を集め、次に魔力で魔法式を作りながら、最後に発動する。

 魔法式の構築の速度はほぼ努力と言って良い。練習を積めば積むほど、魔力を魔法式として構築する速度が速くなる。

 基本属性魔法は子どもでも扱える初級の魔法が故に、省略化された魔法式も出回っていて、それを丸暗記して行使している者も少なくなく、魔法の幅が狭ばっている。

 魔法式は省略されていない完全式を理解して扱えば応用もたやすいのだが、発動までの時間を優先して丸暗記するものも少なくない。


「……もしかして、イルヴァは基本属性魔法の理論も、省略式ではなく完全式をすべて網羅し習得してる?」

「魔法理論を学んでいて、基本属性魔法の完全式を網羅しないことがある?」

「レンダール公爵家でも、基本属性魔法は省略式を覚えさせられるよ。僕も完全式は一番得意な炎しか自信がない」


 エリアスの驚きぶりに、卒業試験の時の教授の反応をようやく理解できた。

 イルヴァの論文は完全式をベースに書かれているため、省略式しかなじみのない人だと、あの論文だけでは再現できないのだ。確かによく考えると、省略式に温度管理の変数などない。

 魔法理論に強いレンダール家のエリアスが省略式をつかっているのであれば、多くの教授は省略式で基本属性魔法を行使しているのだろう。

 モンテリオ教授だけは完全式の愛用者だから、彼が驚かないことにも納得がいく。


「……ということは、あれを省略式にしないと、魔法体系化論文として認められないわね」

「省略式にできるの?」

「もちろんできるわ。言語と同じで、省略式もある一定の理論で完全式の内容を置換している。温度管理の変数は省略されているけれど、それを保持した形で省略すればよいということでしょう。とはいえ、もう公開した論文だから、私以外の誰かが先に魔法体系化論文を書くかもしれないけれど」

「君より早く書く人がいると思えないな」

「そうかしら?」


 イルヴァが水魔法による氷生成の理論を発表してからすでに1年以上経っている。これを汎用化できれば、氷魔法が実質的な基本属性魔法になるのだから、研究者はそこそこ多いはずだ。イルヴァも自身で研究してみるつもりだが、先を越される可能性の方が高いのではないだろうか。


 ーーーいや、でも、研究者でも基本属性魔法は省略式しか習得してない場合は、確かに時間がかかりそうね。


「ところで、イルヴァは卒業後はどうなるの? 僕と同じタイミングから開始なのかそれとも、卒業直後から?」

「さすがに休みはくれると思うわ。だから、エリアスと同じタイミングから正式な研究員になるのだと思うけれど……そこらへんは、書面で届く気もするわね」

「休みがあれば、そこで婚約お披露目パーティを開くのはどうかな? イルヴァも知っているとおり、殿下のこともあるので、できれば早めに公式のお披露目会をしておきたいんだ」

「私の両親に事情を伝えても? 急いで開きたい理由を伝えたほうが調整しやすいから」

「もちろん構わないよ。でもーーー」


 エリアスはふいに言葉を切ると、身を乗り出してイルヴァが机の上に置いていた手を取った。彼の青い瞳が思いのほか間近に合って、イルヴァは思わず少しだけのけぞってしまう。


「ーーーイルヴァとの婚約は、殿下との婚姻を避けるためじゃない。これをちゃんと伝えてくれる?」

「ええ。伝えるわ。両親に無駄に心配させたくないもの。ああみえて、私の婚約をとても喜んでいるのよ」


 エリアスを安心させるように微笑むと、彼もイルヴァの言葉を信じたのか、すっと手を放して自分の席に戻った。美しい顔が間近にあると、たとえ婚約関係にあっても緊張してしまうから、エリアスが自分の席に戻ってくれて、ほっと息をつく。

 そして何気なく顔をあげると、視界の端でアストがとても驚いた表情をしているのが見えた。さきほどまでのどの会話にも感情を表していなかったのに、直近の何かに驚いたように見える。


「どうしてそんな顔をしているの?」

「……っ! 失礼しました」


 明らかにしまったという顔をしたアストは、謝罪した後にもとの無表情な様子に戻った。

 その様子が気になったけれど、これ以上質問しても答えてくれない気がして、イルヴァはそれ以上、聞くことができなかった。

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