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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
1.出会い

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10.無自覚な初デート

 その場に落ちた気まずい沈黙に、イルヴァはこの後の言葉について悩んだ。

 エリアスはなぜか気落ちした表情を見せ、ジルベスターは無表情ながらも微かに困惑の色が浮かんでいる。


「……2人は婚約者でしょ?」

「はい」

「食事の予定があるんでしょ?」

「はい」

「そこに僕を誘うのは違うのでは?」

「……2人になるわけにもいかないので、ちょうど良いかと思いましたが……? それに、エリアス様も魔法理論に詳しいですよ」


 ジルベスターは、何かを考えているようだっだが、徐に視線をエリアスに向けた。


「と、君の婚約者は言ってるけど、どう思う?」

「明日にでも、図書館で魔法理論についてお話しするのはいかがですか?」

「そうさせてもらうよ。昼でいいね?」

「私はかまいません。イルヴァ嬢もそれでいいですか?」

「はい。私も問題ありません」


 今度はジルベスターもほっとしたような表情になり、それじゃあ明日、と言って演習場を出ていった。去り際に、エリアスの肩にポンと手を置いて、何かをささやいたが、イルヴァには聞こえない。

 その背を見送ってから、イルヴァは気になったことを尋ねた。


「今日のランチにお誘いするのは間違いでしたか? 明日に集まるなら、今日でも同じかと思いましたが……」

「間違いというか……イルヴァ嬢は本当に社交辞令で食事に誘ってくれたのだと思い知らされました。ちょっと、寂しかったです」

 

 整った顔立ちだと、拗ねた顔をも絵になる。

 今日すでに既出の思考だが、再びそれが頭をよぎりながら、エリアスの言葉の意味を咀嚼する。

 社交辞令で誘ったというと、なんだか嫌々誘ったみたいだが、そんなことはない。しかし、そこに深い意味があるかと言われれば、それもまたなかった。


「私は初デートだと思っていたんですが……」

「……? お昼を食べるのは2回目ですが」

「学校の外で会う初めての機会ですよ」

「なるほど」


 そう言われてみれば、婚約者同士が学校以外で顔を合わせるのはデートと呼べるのかもしれない。

 イルヴァとしてはユーフェミアを誘うのと同じ気軽さで食事に誘ったが、エリアスにとってはもう少し重みがあったようだ。


「それに、イルヴァ嬢、全然私を見てくれないですよね。()が試験で魔法を披露している時以外、一度も目が合いませんでした」

「見た方が良かったでしょうか?」

「いえ。目で追われるほど興味を持たれてないということなので、()がもう少し頑張ります」


 エリアスは空気を変えるかのようにパンっと一度手を叩くと、普段のにこやかな笑顔になって言った。


「お店は遠いですか?」

「いえ、学校から歩いて行ける距離です。私は徒歩で行っています」

「では、2人で歩いて行きましょう。うちの護衛には離れてついてきてもらいますが、イルヴァ嬢は普段誰か連れていますか?」

「いえ、基本的に1人で行動していることが多いです。送迎は家の車を呼ぶぐらいですね」


 何気なく言った言葉だったが、エリアスはとても驚いた表情を見せた。

 今度のエリアスの気持ちはイルヴァにも理解できる。通常の貴族の娘なら、護衛はおらずとも侍女がつくのは当たり前だ。学内に伴わずとも、学外に出る瞬間から1人になることは普通はない。


「ご両親がそれを許すのですか?」

「積極的に許しているわけではないのですが、通学にまで侍女や護衛を伴うのは煩わしくて、私がしょっちゅう撒いていたら、諦められました」


 イルヴァはそう言いながら、店は向かって歩き出す。エリアスもうそれに倣って横に並んで歩いてくれた。

 演習場を出ると、エリアスの護衛のアストが立っていた。エリアスが食事をしにいくことを伝えると、2人の会話が聞こえない程度距離をとりながら後ろをついてくる。


「これからいくお店は、私の行きつけのカフェなので、気に入っていただけるといいのですが」

「イルヴァ嬢のおすすめのお店に行けるなんて、楽しみです」


 魔法演習場から学外に出るまでに2人で並んで歩いていると、少なからず2人について話しているひそひそとした雑談を耳が拾ってしまった。エリアスは独身男性で最も人気が高いといっても過言ではなかったため、嫉妬も多そうだ。

 イルヴァはもともと友人が少ないので直接文句を言われることはないが、思うことはあるのだろう。

 その雑音を誤魔化すように何か話題はないだろうかと思っていたら、エリアスが急にイルヴァとの距離を詰めて歩き始めた。

 先ほどまでは誤っても手が触れることはない程度の距離感だったが、今は気を抜くと手が触れ合ってしまいそうな距離で歩いている。


「正式に婚約を公表したのに、まだ疑われるので、見せつけていかないと」


 訝しげなイルヴァの表情を受けてか、エリアスはイタズラっぽく言った。確かに、効果はてきめんそうだ。

 エリアスの微笑みで女子生徒の黄色い悲鳴がそこらかしこから聞こえてきた。婚約の話が疑われなくなった代わりに、イルヴァへの妬み嫉み(ねたみそねみ)は倍増したような気がする。


「やっぱり護衛をつけた方がいいかも知れないわね……」

「ぜひそうしてください。僕もそれの方が安心できます」


 イルヴァの独り言をエリアスに横から拾われてしまったが、約束はできないので、それにはあえて返事はしなかった。


 エリアスは先ほどの話はやはり気になっていたようだ。最近は真面目に自身の護衛を探していなかったが、レンダール公爵家に嫁ぐことが決まった身としては、もう少し身辺に気を遣った方が良いかも知れない。


 考え事をしていると、ようやく学校の外に出た。学校の東門の真向かいに大きな駅があり、たくさんの人で賑わっていた。

 こちら側にいるのは魔石機関車を利用して帰る平民の生徒が多い。だから、駅の近くにあるお店も、比較的気安いお店が多かった。

 イルヴァの目当ての店は、駅からは少し歩いたところにある、個人でこじんまりと経営している隠れ家のようなカフェだ。車で入りづらいので、おそらくエリアスは来たことがないだろう。


「こちら側には初めて来ました」

「いつも車でそのままお帰りに?」

「そうですね。イルヴァ嬢は東側によく来るんですか?」

「ええ。研究所に行くのに魔車(トラム)を使ってるので」


 路面を走る魔車(トラム)こと魔石機関車は、王城の手前にも駅がある。研究所は広義の意味で王城の中にあるので、いつもその駅から歩いていくことが多い。


「車で行かないのですか?」

「車より速いんです。国中の交通整備をしたフェルディーン家の私が言うのもなんですが、王都は利権の問題や、住民の善意の反対で信号の整備も遅れて、いまだに手旗信号で捌いてるところがありますから、交通がもたついてるように思えてしまって……」

「なるほど。手旗信号は王都にいる成人した孤児の良い稼ぎ口らしいですね。働き口がなくなるという、慈悲で反対しているのでしょうか?」

「慈悲のつもりもあるかとは思います。ですが、孤児に手旗信号より意義のある仕事を与える方が良いと思いますけどね。単純作業を一生やらせるなんて、いっそ残酷です」


 王都以外では余程のど田舎でない限り、今では魔石を動力として動く信号が設置されている。フェルディーン家は国内の主要道路の全てを管理しているので、当たり前だが領地の交通整備はどこよりも進んでいる。

 イルヴァからすれば、王都の交通事情はお粗末と言わざるを得ない。


「ちなみに利権の問題とは?」

「フェルディーン家は道路以外の機材の管理維持費は各領地に請求しますので、予算次第で設置できる数が決まっています。王家が出し渋っているのでーーー」

「ーーーやめましょう! この話はもっとクローズな場所で」

 

 エリアスは今までになく慌てた様子で話を打ち切った。公爵家といえど、王家の悪口は大っぴらに聞きたくないのだろう。

 イルヴァからすれば、フェルディーン家は中立を装った貴族派なので、あまり気にならないが、レンダール公爵家は王家の分家筋だから、イルヴァよりも王家が身近な存在のはずである。

 このまま続けるのはエリアスが困るので、話題を変えた方が良いだろう。


「そういえば、レンダール家は車の動力部分の機構で、技術特許を持っているのですよね? 具体的には魔石の効率化のところでしょうか?」

「技術特許はその通りです。ですが、ご存知の通り車の動力は魔石のエネルギーを活用していますが、レンダール家の特許は、魔法理論ではなく、魔石のエネルギーを効率的に使うための機構の特許です。レンダール領は肥沃な大地が広がっているので農作業の機器の研究が進んでいるのですが、その機構を活用して、転用し車に最適化したものが、特許として認可されています」


 2人がそんな話をしている横を、車が通り過ぎていく。イルヴァが幼少の時には馬車も見かけたが、今ではてっきり見なくなった。

 走行距離も速度も、馬よりも車のほうがはるかに効率が良いからだ。王都に走る車は荷馬車の動力だけすげ替えたようなものも走っているが、それでも馬よりも早い。

 馬には餌がいるが、車は魔石に魔力の補充で良い。平民でも補充できるものは多いので、馬よりも維持費がかからないぐらいなのだ。

 車の台頭のあと、馬車が廃れていくのに、時間はかからなかった。


「ちなみに魔車(トラム)の動力機構も同じでしょうか?」

「同じものもありますし、違うものもあります。うちで関与している機構を使っているのは……その……王都には走っていませんね」

「……話を変えましょう」


 話題を変えて逸らしたはずだったのに、また王家の話に戻ってしまいそうな気配を感じた。

 特許の機構を使うと値段が高いのだろう。また、レンダール家の機構の方が長距離を走る列車に向いていると聞いたことがあるので、短距離の路面駅を走らせる王都の魔車(トラム)では、そこまでのパワーが必要ないのかも知れない。

 

「あ、見えてきました。あそこが私の行きつけのお店です」


 話しながら歩いていたら、目的のお店が見えた。大通りから一本入った道に、ひっそりと看板を出している。

 イルヴァはエリアスに紹介しながら店内に入り、顔馴染みの店主と挨拶した後、窓際の静かな席に案内された。

 一拍遅れて入ってきたエリアスの護衛のアストは、店内が静かすぎるので、どの席に着くか悩んでいるように見えた。


「どうせ話は筒抜けですから、隣に座ったらどうですか?」


 アストにそう声をかけると、彼はエリアスに指示を仰ぐように視線を送った。エリアスがこくりと頷いたので、ようやく、隣のテーブルのエリアスが座っている側に腰掛けた。

 すると店主がメニューを持ってやってきた。


「イルヴァちゃん、今日はデートかい?」

「ええ。彼は婚約者なの」

「そりゃめでたい! この時間にここに来るってことは同じ学校の同級生?」

「そうよ」


 店主と気安く話していると、彼はアストが気になったようだった。イルヴァは普段、1人でこの店を利用しているし、学校にドレスを着て行っているわけではないので、イルヴァのことをどこかの商家の娘だと思っている節があった。

 しかし、護衛がついてくる男と結婚するとなると、イルヴァの素性も察せられるというものだろう。


「その……イルヴァちゃんはもしかして、いいところのお嬢様なのか? いつも1人で来てるから気安くしちゃったが……」

「実はそこそこのお嬢様だけど、気にしないでいいわ。そう言う対応を求めるなら、ドレスアップして出かけるから。でも、彼はかなりの貴公子だから護衛は必要なの。護衛にも注文させるから許して」

「もちろん。席に着いたらみんなお客様だから、誰であっても構わないさ」


 そこまで話をすると、2人の気安い会話についていけていないエリアスとアストが目を丸くしてこちらを見ていた。


「何か気になるものはありますか? 私のおすすめでよければ適当に頼みます」

「おすすめで大丈夫。アストの分もお願いします」


 エリアスの許可を得たので、イルヴァは季節のフレーバーティーと、軽食のセットを頼んだ。店主は注文をサラサラとメモに書くと、厨房の方へ足早に歩いて行った。


「ここは季節でフレーバーティーが変わるのですが、それがお気に入りなんです」

「確かに良い香りがしますね。イルヴァ嬢は、かなりここに足を運んでいるのですか?」

「ええ。静かで小さなお店ですが、お茶も食事も店のこだわりを感じる丁寧さがあって、気に入っています」

「店主との方が、私とより打ち解けていそうに見えて、少し妬いてしまいます」

「気安いだけですよ。それに、エリアス様とも何度もお会いすれば、打ち解けると思います」


 エリアスとはまだ数回しか話したことがないのだ。打ち解けろと言われても無理である。エリアスは相当、イルヴァに自由にさせてくれているものの、公爵家の人間で、対外的にもイルヴァが気安く接しているのは良く思われないだろう。


「では、打ち解けられるぐらい、一緒に出かけてくれますか?」


 エリアスの青い瞳が真っ直ぐとこちらを見ていた。口調は軽いがその眼差しは軽くはない。なぜエリアスがイルヴァのことを気に入っているのかは未だに謎なのだが、それでも、彼が真剣にイルヴァと向き合う気なのだと言うことは受け止めていた。

 結婚する相手との関係性は良好であればあるほどよいから、エリアスの申し出を断る理由はない。


「はい。出かけましょう。きっと、自然に打ち解けられると思います」

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