前編
「あぁ。エリン。君はどこから見ても愛らしく、魅力的で美しい。僕の目には君しか映らないよ。」
夜会の最中だというのに、庭園の少し人目のつきにくい東屋で、甘ったるい言葉を惜しげもなく吐き出しているのは自分の婚約者、ヨシュア・アストラ。納得したくはないがこの国、アストラ王国の第二王子である。
言葉だけでは飽き足らず、二人は抱き合いながらもぞもぞと睦み合っているのであろうことが、少し離れた場所にいる自分からでもよくわかる。
熱い口づけまで始めた二人を、急速に冷めていく心でどうしたものかと考えあぐねていた。
「これはまたとんでもない場所で睦み合いをしているなぁ。」
突然自分の隣から、澄ました男性の声が聞こえてきた。
パッと勢いよく声の方向を向くと、そこには見目麗しい美丈夫が立っていた。
「お・・・王太子殿下!!」
私の声に、彼はしーっと彼の中指を私の口にあてて私の声を制した。
「どうする?今のサクシード嬢の声にも気づかない位、二人は熱い抱擁を交わしているようだけど。このまま放っておくの?」
紳士的な微笑みを浮かべながら、どうするつもりなのかと問うてくるカザールに、私は黙って俯くしかなかった。
「このまま見ていても、どんどん見たくないもの見せつけられるだけだと思うぞ?」
ーそう。今も私と王太子のやり取りの最中、婚約者とどこぞの令嬢との睦み合いは激しくなっているようで正直見るに堪えないし、自分の心はどんどん冷え切っていくのがわかる。
普通婚約者に対して裏切られたら、涙するとか心が締め付けられるほど苦しくなるのかもしれない。
しかし、それは愛があった場合の話であって、私たちの間には一切の愛は存在しなかった。【政略婚約】で、もう10年の腐れ縁な私たちは出会いから最悪で、「お前のような貧相でかわいげもない女が婚約者なんて、僕はなんて不幸なんだ。【アミュラの魔眼】の血族でなければ、絶対婚約なんてしないのに!」と散々貶され続けてきた。
こちらだって願い下げなのだが、王命で行われた婚約を格下の伯爵令嬢が拒めるはずもない。この国は基本魔力を持たない者がほとんどなのだが、【アミュラの魔眼】を持つ者は例外で魔力を保有しており、その血が濃く生まれたものは真っ赤な瞳を持ち、先祖返りと考えられてきた。
その先祖返りしたのが私、ララ・サクシードなのである。私の叔母も先祖返りだったそうだが、メルリド王家に嫁いでしまい、現在アストラ王国の【アミュラの魔眼】の血族として先祖返りしているのは自分だけらしい。
自分を貶す相手など好きになれるわけがない。しかし、婚約した以上仕方ないと腹を括って妃教育もやり遂げ、来年には結婚をと王家でも話が進んでいたが、自分の中にあったのは責任と諦めであった。
それでも婚約者をたてて、自分なりに慈しんできたつもりであったが、こんな濡れ場を見せられて責任も諦めも慈しみも吹っ飛んでしまった。
「もうやっていられない・・」
我慢も耐え切れず、ぼそっと吐き出した言葉をカザールは聞き逃さなかった。
「わかった。じゃあ行くぞ。」
突然グイっと腕を掴まれたかと思うと、カザールは私を連れてヨシュアに向かって歩みを進め始めた。
(え?!え?!この人・・何するつもり?!)
狼狽える私のことなど気にも留めず、カザールは東屋の目と鼻の先までやってくると歩みを止めた。
にこっと私に微笑みかけたと思うと、彼はララの婚約者を一瞥した。
「ヨシュア。貴様ここで何をしている。」
先ほどまでの紳士的な微笑みはいずこへ?と問いたくなる程、冷徹な瞳でカザールはヨシュアに言葉を吐き捨てる。
「あっ兄上?!!なぜここに!!」
突然のカザールからの声のする方にヨシュアは振り返る。どこぞの令嬢は顔を真っ赤に染めながら慌てて身なりを整えている。
「夜会の最中。しかも貴様の生誕祭であるにも拘らず、婚約者を放置して他の令嬢とこのような場所で睦み合うなど恥を知れ!」
「も・・申し訳ございません。ぼ・・僕たちはただ話をしていただけなのです。エリ・・キシュドナ令嬢が、具合が悪くなったようなので介抱していただけで・・。」
「貴様の言い訳など聞きたくもない。ここにいるサクシード令嬢もしっかりと貴様らのやっていたことは見ている。婚約破棄を覚悟するんだな。」
吐き捨てるように告げるカザールにヨシュアは怯むが、すかさず横に佇むララを冷たく一瞥する。
「卑怯な女め!私を貶めるために兄上を利用するなど、断じて許しがたい!ただでは済まさぬからな!」
まさかの八つ当たりを私に吐き捨て、ヨシュアはキシュドナ令嬢を連れて会場に戻っていったのだった。
「ははは。馬鹿な愚弟だ。サクシード令嬢、先ほどは愚弟の暴言誠に申し訳ない。代わりに謝罪する。」
ヨシュアの去る姿を呆れたように笑った後、彼はこちらに振り返り深々と頭を垂れ許しを乞う。
「おやめください。私は王太子殿下に助けていただいたのであって、謝られるようなことはされておりません。」
まさかの王族の謝罪に驚愕し、周りで人が見ていないかきょろきょろ見回しながらカザールに懇願した。
「貴女は優しいのだな。それであれば、貴女が無事に婚約破棄できるよう協力しよう。」
「協力・・ですか?」
頭を上げたカザールは、微笑みながらララの髪の毛を一束救い上げると口づけた。
その姿はとても妖艶で、ララの顔はすぐさま沸騰したかのように真っ赤に染まった。頭までくらくらとして思考がとまりかける。
「安心しろ。近日中に良い知らせが届くようにさせる。」
「あ・・ありがとうございます?」
含み笑いを浮かべるかザードに、訳もわからず曖昧な返事を返し、その後のぼせ上った頭で、どうやって帰宅したのか記憶が乏しい。翌日侍女たちの黄色い声で、昨夜王太子殿下に恭しくエスコートされて、王宮の馬車で送り届けられた話を説明されて、ララはまた頬を朱に染めることになるのだった。
***
王宮からの書状は想像以上に早く届けられて、父・母と共に書状を確認すると、第二王子殿下と、ララ・サクシード令嬢の婚約を解消する。という旨が記されていた。
「婚約解消とはどういうことだ?!」
父は納得いかないと声を荒げる。母も私も同感だった。何故【解消】なのか?
不貞を働いたのはあちらであり、こちらは全く非はないはずである。それなのに【破棄】ではなく【解消】であることが納得できない。
気持ちも沈む家族の元に、午後王宮から届いた手紙は、明日カザールがこちらに訪問するという便りだった。
***
「やぁ!サクシード嬢。また会えて光栄だ。」
「こちらこそ、わざわざ王太子殿下に我が家までお越しいただきまして光栄でございます。」
晴れやかな笑顔のカザールをララは家族総出で出迎える。
「王太子殿下。どうぞお部屋へご案内いたします。」
父は恭しく頭を垂れると、カザールを談話室へ自ら案内した。
「王太子殿下。本日はどのようなご用件でわざわざお越し下さったのでしょうか?」
カザールと向かい合い父と私はソファに腰かけると、父はにこやかに話しかけた。
「今日はサクシード令嬢の婚約解消の説明をするためにきた。愚弟のことで非常に迷惑をかけたことに変わりはないのだが、両親はそうは思っていなくてね。」
「左様でございましたか。我々も【婚約解消】に関しては、思うところがございましたので是非お話を伺いたいです。」
父と私の真剣な表情にカザールは頷き、何故【解消】になったのか教えてくれた。
不貞事態は認めざる負えないものだったが、「【アミュラの魔眼】の血族を手離すことはできない」というのが国王夫妻の考えだった。当初は不貞などなかったこととして、サクシード家に我慢させるつもりだったというとんでもない話だったらしい。
しかし、カザールが目撃し、こんな醜聞には耐えかねる。噂が広まっても仕方ない。などと軽く脅しをかけてくれたらしい。
カザールは、王太子としての責務を全うしているだけでなく、5年隣国のドラゴニア王国へ留学し、ドラゴン討伐にも加わった強者の実績がある。眉目秀麗で魔法まで扱えるという完璧な王子として有名だったため、不貞の噂を広めることなど造作もないことを、国王夫妻は十分理解していた。
「お互い納得の上で婚約解消でも良いのではないでしょうか?」
カザールは妥協点を出し、サクシード伯爵家に迷惑を最大限かけぬよう国王夫妻に提案したのだった。
「【破棄】は王妃殿下が認めず、有耶無耶にされて婚約継続よりも、【解消】に持ち込んだ方がよいと私が判断した。力足りずですまない。」
カザールは私たちに深く頭を下げて謝罪する。
「面を上げてください。まさか有耶無耶にされそうになっていたなど考えたくもありませんが、確かに国王陛下のこれまでの言動を顧みると、その可能性は非常に高かったのだろうと感じます。むしろ王太子殿下にはご尽力賜り感謝しかございません。」
父も深く頭を下げて礼を尽くした。
「理解してもらえて助かる。それでサクシード嬢の今後のことなのだが、これから何かやりたいことなどは、何か考えているのか?」
表情を和らげたカザールはララを見つめながら問う。
「私は特に考えておりません。婚約が決まってから、10年の間妃教育と第二王子殿下の政務の補助をしてきましたので、他のことに目を向ける余裕もございませんでした。」
「それならば魔導研究所で働いてみないか?」
突然のお誘いに、父も私も目を見開いてしばし固まってしまった。
「私が・・ですか?」
「そうだ。サクシード嬢は魔力が多いから、研究者としてもぴったりだ。この国はまだ生活基盤は発展途上だが、魔道具が発展していけばより良い生活を国民に与えることができる。私は名誉ある仕事だと自負している。」
瞳を少年のように輝かせながら訴えるカザールが、可愛らしいと感じてしまった。婚約してから、自分がわくわくするような経験をしたことも考えたこともなかったララにとって、カザールの眼差しは非常に興味深かった。
あの完璧な王太子殿下を、少年のような眼差しに変えてしまう魔道具の魅力がどんなものなのか、純粋に興味が湧いたのだ。
「すぐに決めることはできかねますが、よろしければ見学に伺ってもよろしいでしょうか?」
ララの問いに、カザールはぱあっと表情を明るくして快く受け入れ、明日にでも見学をとごり押しされたのだった。
***
王国魔導研究所は王宮の東側に位置していて、他の建物とは違い高い塔は誰が見ても一目瞭然で魔導研究所だという事がわかる。
王宮の入り口で馬車を降り、護衛を2名従えて歩いて向かっていると、宮殿から令嬢の集団が近づいてきた。先頭を歩くのは、どうやら先日夜会で元婚約者と睦みあいをしていたキシュドナ令嬢と見受けられる。
「あらあら?どなたかと思えばエリン様に婚約者を奪われた、サクシード嬢じゃございませんか?」
エリン・キシュドナの後ろを歩いていたどこぞのご令嬢は、不敬な物言いでララに声を投げかける。足は止めるがララは不敬な声になど返答はしない。
「何かおっしゃったらどうなんですの?言葉を理解することすらもできない方だったのかしら?」
不敬な令嬢たちは、意味の分からない戯言を口にしながら、クスクスとこちらを見て笑っている。
「皆さまおやめになって?元婚約者であるサクシード嬢に失礼ですわ。ヨシュア様に捨てられても、王宮に足を運ばずにいられないだなんて、お可哀想じゃございませんか。」
全く他の令嬢を咎めているようには思えない態度で私を憐れむが、第二王子殿下には全くの未練もなかったので、彼女たちの言葉に微塵も心が動かすことはなかった。
「何がおっしゃりたいのか存じ上げませんが、御用がないのであれば失礼いたしますわ。」
ララは無感情で令嬢たちを一瞥すると、また歩みを進める。サクシード伯爵家は、侯爵家に次ぐだけの力も財力も有している。本家のシガーニ侯爵家の後ろ盾もあり、他の伯爵子爵家など敵ではないし、侮られることもない。彼女たちは何を勘違いしているのか知らないが、ララよりも上だと勘違いして牽制しているようだ。
しかし、格下の者にこちらから挨拶する義務はないし、お願いでもされない限り話を聞く義務もない。
「何を言っているの!話は終わっていませんわ!」
むっとしたエリンは激高し、ララの腕をがしっと掴み離さない。
護衛たちは慌てて止めようとするが、婚約者候補にあがっているエリンの話は把握していたため、強く止めに入ることができず困り果てる。
「相手の腕を許可もなく掴むとは、貴女はどのような教育を受けてこられたのですか?仮にも王子妃候補のされる行為ではございませんよ。」
ララは冷たい表情でエリンに苦言を呈するが、怯まないララに対して怒りが収まらず、エリンの暴言はヒートアップしていく。
「貧相で華もない貴女が淑女を語らないで頂戴!」
「そうおっしゃるのであれば、私に絡んでこないでいただけるかしら?今急いでいるんですの。」
全く相手をしようとしないララの行動に、エリンの怒りは収まらない。
(折角ヨシュア様と貧相なこの女との婚約を解消できたのに、なんでこの女は悔しさも悲しさも微塵も感じさせないのよ!)
「私は未来の王子妃なのよ!貴女が頭を垂れて私を敬うべきだってわからないの?」
怒り任せに大きな声を張り上げながら、敬えと罵る暴挙に、ララは呆れて物も言えずにエリンを見つめ返すことしかできなかった。
「来るのが遅いなと思って来てみれば、一体何の騒ぎだ?」
低い声で呆れたような男性の声が響いた。
「「王太子殿下!!」」
令嬢たちは驚き頭を垂れる。
「王太子殿下申し訳ございません。向かっている途中でご令嬢方に声をかけられたのですが、何をおっしゃりたいのかわからず、挙句このようなことになっておりまして・・。」
カザールと目を合わせると、頭を下げて謝った後、エリンに掴まれたままの腕を流し見る。
「キシュドナ嬢。何故サクシード嬢の腕を掴んでいる。」
カザールの言葉にやっと我に返ったエリンは慌てて掴んでいた手を放した。
「王太子殿下!私サクシード嬢に意地悪を言われたのです。撤回をお願いして、思い余って掴んでしまっただけで、私怖かったのです・・。」
先ほどまでの暴言をカザールが聞いていないわけがないのに、瞳を潤ませながら自分は悪くないと、エリンはアピールしている。こちらは溜息しか出てこない。こんな頭の弱い者が時期王子妃候補の一人とは考えたくもない。
「キシュドナ嬢。私は忙しい。くだらない嘘は必要ない。貴女の暴言はしっかり聞こえていたからな。王子妃になりたいのであれば色々と学びなおしなさい。」
エリンに言い捨てると、カザールはララの前にエスコートをするために腕を差し出した。
「サクシード嬢。時間がない。急ごう。」
にこっとカザールに微笑むと、彼と腕を組み令嬢たちを一瞥し二人は魔導研究所へ向かうのだった。
「許さない・・・私に恥をかかせるなんて・・」
置き去りにされたエリンは、ぎりぎりと自身の爪を噛みながら、恨めしそうに二人を睨む。その姿は令嬢とは思えない鬼のような形相であった。
***
「なんだかヨシュアの選んだ令嬢は想像以上に頭の弱い者のようだな。」
溜息をつくカザールにララも深く同意した。
「折角王太子殿下が研究所を案内してくださるのに、あのような方々に捕まるとは思いもしませんでした。本当に申し訳ございません。」
「ははは。まぁ気にするな。それよりも王太子殿下は流石に堅苦しいな。今後共に働くかもしれないんだ。私のことはカザールと呼べ。」
「承知いたしましたわ。カザール様。では私のこともララとお呼びください。」
「わかった。それではこれからララを魔導研究所に案内しよう。正直ご令嬢が喜ぶとは思えない場所だがな。」
晴れやかな笑みを浮かべつつも、少し心配そうな言葉を紡ぐ彼の真意がララにはわからなかった。
「素晴らしいですね!!」
入って早々、ララは興奮して両手を胸の前で固く握り、棟の中を興味深そうに見渡している。
「そんなに喜ばれるとは流石に思わなかったな。」
目を見開いてララの感激している表情をまじまじと見入ってしまう。
「素晴らしいですよ!この党の中は魔力が満ちていて、いろんな色がキラキラと舞っていて美しいです!見たこともない道具も沢山あるし、研究者の方たちの瞳がキラキラしていて、もう言葉になんて表したらよいのでしょう!」
ララの言葉は、喜びや楽しさがこもっていることがわかるくらいウキウキとしている。カザールは、今まで自身の容姿や立場で多くの貴族令嬢に好意を向けられてきたが、魔導の話をすると皆揃って引いていった。自分の好きな話を嫌悪されること程、嫌なことはない。しかし、令嬢たちが求めるのは、容姿の良い王子様。研究服に身を包み、様々な機械に囲まれながら意味の分からない魔法の話をする研究者ではない。
王国の中でも、令嬢が好む男性の職は役職を持った貴族、文官、騎士であり、研究員は圏外なのだと聞いたこともある。
だからこそカザールは、自身の婚約は前向きに考えてこなかった。自分に興味ない者と生涯添い遂げたいとは思えないし、近づきたいとも思えない。
しかし、ララは違う。棟に入ってからずっと目を輝かせ、自分の話を熱心に聞きながらにこにこと微笑んでいる。他の研究員にも邪魔にならないように敬意をもって接し、質問も投げかけてコミュニケーションまでとっている。
ララ・サクシード伯爵令嬢のことは以前から知っていた。【アミュラの魔眼】の血族として有名だったからだ。瞳はルビーのように赤く、髪は明るいピンクベージュ。細身の体型で、豊満な美女を好むヨシュアには嫌煙したいタイプかもしれないが、可憐な容姿は妖精のように儚く美しいとも感じられる。
こんなに可愛らしい女性が自分のそばで同じものを見て共感し、支え合えたらどんなに素晴らしいだろう。
カザールはララを見つめながら、いつのまにか自分が気づかないうちにララに好意を持ち始めていたことに気づき、思わずララをじーっと見つめてしまった。
「どうかされましたか?」
「いや・・随分と興味を持ってくれたのだなと・・驚いた。」
視線に気づききょとんとしながら声をかけるララが愛らしく思えてしまう。カザールは、狼狽え思わず視線を逸らす。
「はい。こんなに素晴らしい場所、初めて拝見しました!私、ここで働いてみたいです!!」
昨日の遠慮がちな姿はもう見る影もなく、意気揚々とこれからの研究員としての自分の未来を楽しみにしている表情に、カザールも嬉しくなって微笑んだ。
「ララを誘って本当に良かった。研究員たちの心も一日で鷲掴みにしていて恐れ入ったよ。」
「いいえ。私はただただ驚くことしかできませんでした。今まで魔法は第二王子殿下からも嫌煙されていましたので、滅多に使うことはありませんでした。でもここにきて、幼い頃魔力の美しさや魔法にわくわくした時期があったことを思い出しました。ここは沢山の魔力が集まっていて、研究員の方々も意欲的に熱心に研究されていて、見ているこちらまでわくわくしてしまいました。これから私も、生活の役に立てる魔道具の開発に携われるのだと、思うと嬉しくて仕方ないです!」
「ーーえ?!」
「あ・・すまない。」
ララの夢中になって語る姿を見ているうちに思わず無意識にララの頬を撫でていた。
ララの声でハッと我に返り、カザールは自分のしたことに驚愕する。
(どうしたんだ・・・無暗に令嬢の頬に触れるなど・・失態にもほどがある・・)
気まずい表情でカザールは詫びるが、ララは驚き頬を朱見染めながらも、にこにこと微笑み返してくれた。
抱きしめたい。
強い感情が自分の体を支配し、衝動的に体が動いてしまいそうになる。強く両の拳を握りしめ、必死でカザールは自制する。
「明日からでもララさえ良ければここで働かないか?まずは慣れることを優先して構わない。」
「喜んで!よろしくお願いいたします。」
二人は微笑みながら見つめ合う。まさか周りの研究員たちが生暖かい目で見守っているなど二人は思いもしないのだった。
***
「ララさんこの魔道具に魔力流し込んでみてくれない?」
「わかりました!」
研究員のフレッドは、自身の手に乗せた小さなランプを持ってやってきた。
ララが研究員になってもう1か月近くたち、研究員たちとの仲も良好で、魔力が多いララは大勢の研究員に毎日取り合うように頼られていた。
ララの魔力で魔道具を淡い光が包みこみ、光が消えたのを確認するとフレッドは小さな器具を取り出して、ボタンをカチッと押した。ランプは明るく灯り、もう一度スイッチを押すとランプは消える。
「やった!成功だ!【スイッチで切り替えのできる充電式ランプ】ララさんに魔力入れてもらったらすぐに充電できたし、動きも問題ないよ!最高だ!」
フレッドは大喜びでララに抱き着こうとする。
「おっと。令嬢にその態度は失敬だぞ!フレッド!」
すかさずララを引き寄せ、フレッドのハグをかわすカザールに、フレッドは不満げな表情を浮かべる。
「カザール様ちょっとくらいいいじゃないですか!ララさんはみんなの天使なんです!折角魔道具成功したんだし、ちょっと位ご褒美貰ったって・・」
「ララは許可していないだろ」
もっともな言葉でフレッドの言葉をねじ伏せる。
フレッドとカザールのやり取りは日常のようになっており、他の研究員もララに近づきすぎると同じようにカザールは割って入りに来る。そんな彼らのやり取りをララは微笑ましく感じていた。
今まで自分は虐げられてばかりの日々だった。妃教育はできて当たり前。貧相でかわいげがないのが自分であると、悪意のある言葉や態度を鵜呑みにして信じていた。
しかし、魔導研究所に勤めるようになってから全てが変わり、周りの仲間は皆自分を大切に扱ってくれる。貧相だなんて言わないし、かわいげがないとも言われない。流石に”天使”は言い過ぎだとは思うが、魔法を使えば喜ばれ、皆から必要とされる。いつも笑顔が溢れ、活気に溢れたこの職場は、ララにとって最高の環境と言えた。
カザールはララがここで働くようになってからどんなに政務で忙しい日でも、必ず毎日やってきて優しく接してくれる。時々頬に触れられたり、熱い眼差しを感じるのは、もしかしたら好意を持ってくれているんじゃないか?と、甘い期待をしてしまいそうなくらいドキドキしてしまう。カザールの距離もいつも近くて心臓に悪い。それでも、他の研究員も距離感が近いので、皆仲が良いとそういうものなのかな?とも思う。
でもカザールと一緒にいると、自分自身の中に今まで感じたことのない感情が顔を出すのだ。それは温かく、きゅうっと胸を締め付けられるような不思議な感覚で、近づきたいのに離れたくなるような不思議な感覚に、最近は少し戸惑ってしまう。
「ララ。今日はこの後仕事は何か頼まれているか?」
「どうでしょう?今のところは今日はまだ頼まれてはいないとは思いますが・・」
確認しようと周りを見渡すが研究員たちはにこにこ微笑み特に何も言わない。
(ない・・・ってことでよいのかな?)
「それじゃこの後ちょっと私に付き合ってくれないか?」
ララの表情を見て頭を撫でながらカザールは甘く微笑む。
「わかりました。」
思わず頬を染め俯き答えるララと、そんなララを愛おしそうに優しく見つめるカザールを、周りはいつものことのように生暖かい目で見守るのだった。