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夜の繁華街②

「よしよし、思う存分泣いていいからね」

 ポンポンと後頭部を軽くあやしながら落ちてきた温かな声で更に涙が溢れ、それが密着した彼の服を止めどなく濡らしていく。しかしだんだんと湿ってきた生地の温度ではたと、芽衣の思考の霧が僅かに晴れた。


「っ、かずみさ、もう」

「服なんていくらでも濡らしていいし、擦ると目が赤くなるよ。それにまだ大丈夫じゃないでしょ」


 読心をしたのか、はたまた自身が分かりやすいだけなのか。

 そんなことをぼんやりと考えている間にも、視界の端からは通行人の好奇の視線がはっきりと突き刺さる。


 確かにこんな往来で抱きしめられていれば、自然と注目を浴びるのも無理はないわけで。


(そろそろヤバい、かも)

 だんだんと人目に晒される居心地悪さと羞恥が這い上がってくる中、それを察したように和海がゆっくりと身体を離していく。

 それでも頭を緩く撫で続ける手を止めないあたり、自身が心の底から大丈夫だと思っていないことなどお見通しらしいと、改めてその大人な振る舞いがとても遠く見えた。


 そうして自身の情けなさを痛感するように、下方向へと目線が沈んでいった時。


「まあ芽衣ちゃんハグしてるとこなんて見られたら、翔に怒られちゃうもんね」


 不意にガバッと、少し先の地面を見つめていた視線が声の主を見上げた。彼の口から飛び出した名前に反応したのだと理解が追いついたのは、それから実に2秒後のこと。

 ここ最近言葉を交わすことすらままならず、それでもシュウから逃げていた時には真っ先に姿が思い浮かぶほどに想う男の名前に、自然と鼓動が早くなる。


「え、翔も、いるんですか?」

「あー、残念ながら俺1人だよ。ごめんね」


 その言葉が耳に届いた瞬間「いえっ」と、自身でも驚くほどに食い気味な言葉が口から飛び出した。翔がいない落胆よりも、ここまで来てくれた和海に謝らせてはいけないと本能が働く。

 そうして言葉を探して慌てふためく姿が面白かったのか「落ち着いていいよ」と、笑いを隠しきれていない声色が頭上から降ってきた。


(恥ずかしずぎる……)

 彼が大人であると感じれば感じるほどに、自身の子供な面が目立って仕方がない。そんな決まり悪さから逃げるようにネオンの看板を視線のみで見渡していれば「もう一回抱きしめてもいい?」と、耳を疑うような発言が耳に届いた。


「えっ」

「ああ、別に変な意図はなくてね。ただ何かを思い出せる気がしてさ」

 

 その言葉でふと脳裏に蘇る、以前彼が発した『血の匂いが懐かしい感じがする』という謎の発言。その後に吸血をされた時も同じこと言われた覚えがあるが、残念ながら本人でさえもその『懐かしさ』の正体までは辿り着くことは出来ずにいたらしい。


(まあ助けてくれたし、ハグくらいなら)

 そうして彼を見上げながら「どうぞ」とぎこちなく口にすれば「ありがと」と、明るい声と共に再度顔に彼の胸板が密着した。背に回った体温でどこかふわふわとした気持ちになりながら、人目を気にしつつその行為に体重を預ける。


 おそらく翔がこの場にいればタダでは済まなかったこの行為も、後輩からの告白現場をおそらくわざと見せつけられたことを思えば後ろめたさの類も薄れていくというもので。加えて別に、自身は彼と交際しているわけでもない。


 ならやはり、自身は翔にとってなんなのだろう。


「……やっぱり懐かしい感じはするんだけどなあ。もういいよ、ありがと」


 不意に降ってきた言葉ではたと意識が引き戻されると同時に、目の前の胸板と顔の間に隙間が生まれる。

 夜の気温がだんだんと下がりつつある9月中旬。背から離れていった体温と外気の落差が季節を如実に表しながら、視線は珍しく難しい表情を浮かべる和海へと吸い寄せられた。

 どうやら『懐かしさ』の正体を掴むまでには至らなかったらしい。


(そもそも『血が懐かしい』って、どういう)

 ふと、そんな疑問が湧き上がる。そもそも彼は血の『匂い』が懐かしいと発言した訳だが、とすれば人間の血液はそれぞれ違った味がするということだろうか。


「血って、みんな味が違うんですか?」


 するりと、ほぼ無意識に近い感覚で質問が口から滑り出す。瞬間こちらを見下ろす青の双眸が見開かれたようにも見えたのだが、その口元からは「ああ」とどこか納得したような声色が聞こえるばかり。


「自分を好きな相手と、自分が好きな相手。この人間の血は甘くなるんだよ」

「甘く……」

「ついでに言えば、そこまで来た血はかなり腹持ちがいいんだよね」

 芽衣ちゃんに言っても参考にならないだろうけど、と続けられた言葉でなるほど、と何かがストンと腑に落ちた。


 吸血鬼である翔にとって『自分のことを好きな相手』というのは、おそらく彼に好きという気持ちを伝えた自身のこと。つまり今の翔は自身の血があれば、吸血する頻度はそこまで高くなくてもいいということらしい。

 しかし裏を返せば、彼の吸血対象が必ずしも自身である必要はないということにもなってしまう。なにせ、最近()()()雰囲気が柔らかくなりつつある彼は学年問わずモテ始めているのだから、


「そんなに自信失くさなくても大丈夫だよ。あいつああ見えて結構重いから」

「っ、そうですかね」

「そうだよ。というか俺()、芽衣ちゃんのおかげで変われたとこあるし」


 その言葉に思わず「え」と声が漏れる。どうやらそれ以上特に言及するつもりはないらしい彼を見上げ、どこか違和感を抱くような発言に落ち着かないまま、宵闇に輝くネオンや店の明かりを横目で忙しなく見渡し始めた時だった。


「桜〜、いいのぉ?こんなに早くお店出ちゃって」

「構わないさ」


 ふと、人混みの中から聞こえた声を耳が拾う。周りはうるさいくらいに賑わっているというのに、何故かその高い声と低い声ははっきりと耳に届いた。

 

(……?)

 そうして無意識に声の主を探し、土曜の往来で賑わう人々へと視線を向けた時。


「え」


 瞬間的に呼吸が飛んだ。

 その視線の先、人垣の隙間から見えたのは夕焼け色。正確には青からオレンジへと移り変わった、夕焼けに似た前髪の一部。

 瞬時に思考を放棄した頭がそれととある人物を結びつけたのは、自身らの横を何人かが過ぎ去っていった直後のことだった。


「芽衣ちゃん、どうかした?呼吸が浅いよ」


 心配の声がどこか遠くから届く。途端ぐらりと歪む視界の中、このネオン街にあるはずのない姿に対して足元が無くなったかのような不安定さに襲われた。

 グラデーションの前髪を持つ人間など、芽衣は1人しか知らない。


(っなんで、ここに)

 そうして縫い付けられた視線を逸らすことも出来ず、灰色のベストを纏った男を凝視していた時。


 ぱちっと、()()()()()と目が合った。


「……芽衣?」

 遠くからでも口元がそう名前を紡いだのだけははっきりと見える。瞠目した瞳が本来は色違いのものだという事実に意識が回らないほど、芽衣の頭は渦を巻いて混乱していた。


「っ、和海さん、逃げ」

 そうして無意識に、和海の腕を掴んだ時。


「ん?ああ、なるほど」


 ──彼がそうなんだね。


(えっ、何言って)

 今にも走り出したい気持ちでいっぱいだというのに、隣にいる彼は落ち着き払ったまま動かない。そうして人混みを掻き分けながら真っ直ぐこちらへ向かってくる男もといシュウと、それに追い縋るように小走りで彼の背を追う派手目の女性。

 こちらをじっと見据えるシュウの表情からは先ほどまでの笑顔が消えており、何を考えているのかまるで分からない。


(……っ、おこって、る)

 自身を誘拐した張本人である彼と、彼の言葉に背いて逃げ出した自身。正面から鉢合わせてしまったこの状況はどう考えてもマズイと、次第に纏まりを失っていた思考ではそんなことしか考えることが出来なかった。



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