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解放までの二日間

 ──これだから、子供は面倒なんだ。


(っ、なら、なんで)

 そこまで言うなら生命力の強さ関係なしに、最初から大人を連れてくれば良かったではないか。

 しかしそんな反論が音になる前にグイッと眦を拭われ、芽衣は肩を跳ねさせる。そのままシュウを見上げてみればそこにあるのは心底面倒そうな、しかしどこか困ったように口角が下がった表情だった。

 ここに来るまで常に笑顔を浮かべていた男の真顔を目の当たりにしヒュッと、無意識に息を呑む。


(え、怒ってる……?)

 そう思ったものの、彼はこちらを咎める様子は一向にない。じわりと追い討ちをかけるように滲んだ涙で視界が歪む中、部屋に少しばかりの沈黙が訪れた。

 しかしそれも一瞬、「はあ」とため息を漏らしたシュウは渋々と言った感じで一歩、自身から距離を取る。


「俺が一方的に奪うのは割に合わないだろう?何か望みがあれば言ってみろ」


 先ほどまでの強引さとは打って変わって、どうやら彼はまた自身の警戒を解くための行動を選んだらしい。しかしそれが『交換条件』だということくらい、流石の自身にも分かってしまうわけで。

 そして望みと一言で言われても、中々咄嗟に思い浮かぶものでもなく。


(え、急に……っていうか)

「お風呂、入りたかったなあ……」


 誰に言うでもなく、無意識に近い感覚でそう呟いた瞬間。


「っ、は、流石だな」

 そんな軽く昏い声色ではたと我に返る。今、自身は何かを口走ったような。

 そうしてギギギと音が鳴りそうな動きでシュウへと視線を上げれば、そこには呆れたような笑みを浮かべる色違いの双眸があった。それは呆れているようでも、声を上げて笑いそうになるのを堪えているようでもある不思議なもの。


「なんでキス如きで泣くのか、益々理解ができないな。相変わらず肝だけは据わっていると言うのに」

「……」

「だが残念だな、風呂は明日まで待て」


 その言葉で思わず「えぇ……」と小さい声が漏れる。流石に1日1回は入浴をしておきたかったがために、思った以上に落胆してしまった。

 しかし次に耳に届いた低い声で、芽衣の動きが止まる。


「俺の服を着せるのは構わないが、下着がないだろう。着なくていいなら別だが」

「っ、流石にそれは」

「冗談だ。まあ今までの人間は下着を変えずにホテルから帰っていたし、この家に泊めたこともないから用意もない」


(ホテルって、え)

 その言葉の意味を理解した瞬間さっと顔から血の気が引いた。つまり()()()()()()に及んでいると示唆した訳だが、今までの人生でこれほど生々しい話を聞く機会もそうそうない。

 そうして無意識のまま目線が斜め下へと落ちれば「ああ」と、揶揄うような声色が落ちてくる。


「子供には刺激が強かったか?」

「っ……」


(これ、セクハラじゃ……)

 そんな場違いな考えが脳裏によぎる。流石にそれ以上言及する気にもなれず、芽衣は視線を戻すタイミングを見失ってしまった。

 しかし次に聞こえたとある言葉でガバッと、下がっていた視線は勢いよく上がる羽目に。


「それに、明日はお前の服を買いに行くつもりだからな。それまで待て」

「えっ!?っ、ていうか、私お金持ってないよ?」

「俺が払うに決まってるだろ」


 スパッと言い切られた言葉に「ええ……」と困惑したまま、愉快そうに口の端を上げたシュウを見やる。しかし何故、誘拐という強行手段に及んだ彼は自身に施しを与えようとするのだろうか。

 これも、生命力を効率的に得るため?


(にしては、ちょっと親切すぎじゃない……?)


 そんな疑問が湧き上がりかけた、その時。

 ふと、午後の8時30分を指した壁掛け時計が視界の端に映る。次の瞬間「あ!」と、まるで重要なことを思い出した芽衣の驚声が部屋に響いた。


「なんだ」

「え、っと、お母さん心配してるかもだから、電話させてほしいなあ、って」

「……状況理解してるか?助けを求めるかもしれないのに、俺が許可するとでも?」


(まあ、だよね)

 しどろもどろになりながら言葉を紡いだものの、やはり止められるのは目に見えていた。しかし、流石に捜索願などの類を出される事態になれば非常にマズイ。


「このままだと警察が動くかも……なので、電話だけでも」

「……面倒だな」


 おそらく『警察』という単語に対する呟きが耳を掠め、次にシュウはポケットから自身の携帯を取り出した。特にロックをかけていないそれを受け取ってすぐ、電話のアプリを開く。

 そうして母の連絡先をタップし、耳元でコール音が鳴ること2回。


『芽衣!今どこにいるの!?』


 キーンと耳鳴りが鳴りそうなほどに圧のある声量を思わず耳から離す。自身がこの時間まで帰宅しなかったことなどないのだから、この反応も無理はない、


「えっと、今友達の家にいて、泊まってって」

『急に行ったら親御さんの迷惑になるでしょう!?早く帰ってきなさい』

「うーん……」


 そうしたいのは山々、とは流石に口に出来ず、色違いの双眸に監視される中で芽衣は次々と説得するための言葉を並べていった。

 そこには多少嘘も含まれているものの、この状況でなりふり構っていられるわけがない。


「──……と、いうわけで()()()()()()()から、お願いっ」

『……仕方ないわね。後で菓子折りは持って行くとして、親御さんに迷惑のないようにするのよ』

「うん……!急でごめんなさい」


 そうして耳元から聞こえる声が無機質な音に変わる中、僅かに残ったのは嘘を吐いたことに対する罪悪感と心細さ。

 それから逃れるようにふとシュウを見やれば、彼は驚いたような、それでいて呆れたような表情を浮かべていた。おそらく言いたいことは察しがつくが、あえてそれを話題に含めつつ芽衣は彼に対しおずおずと言葉を紡ぐ。


「……というわけで、月曜には帰ることになりました」

「は。まさか、自分から墓穴を掘るとはな」

「っ、ぇ」


 そう細い声を漏らした次の瞬間、芽衣の視界を支配したのは至近距離まで迫った色違いの双眸。

 そしてそれを悟った時にはぺろりと、唇を舐め取られた後で。


「……え、今なにして」

 思わず反射でそう問えば「お前が余計なことを言うからだろう?」と、さも当然のように言い切られた言葉が耳朶を打った。

 そしてその明るい声色には、確実に昏さが滲み出ていて。


「なあ、芽衣」


 ──俺がいつ、お前を帰してやると言ったんだ。


(っ……)

 咄嗟に、それも勝手に帰る日を決めてしまった後だというのに、芽衣は今更ながらに思い至る。

 果たしてシュウは一度でも、自身を解放する方法を口にしただろうか?


 答えは否。彼はこの空間で、生命力を身体接触で得るという旨の発言しかしていない。現に先ほど、自身は同意なしにキスをされたばかり。

 冷静に考えれば、誘拐犯を無闇に刺激するべきでないことくらい分かる。しかしどうやらこちらの意思を汲み取ろうとしてきた男に対し、自身はいつの間にか油断してしまったらしい。


 ──お前は、男に対する警戒心を持て。


 そうして首元の温度がじわりと下がる中ふと、翔の声が耳元で聞こえた気がした。 


「っ、ていうか、こんなことしてれば警察に……」

「人間の常識が、俺に通用するとでも?」


(……)

 その言葉で押し黙る。確かに、人狼である彼に人間のルールを守る義理はない。

 しかしだからといって学校もある以上、これだけは譲るわけにはいかないのだ。加えてこの立場で言えることではないが、彼は自身の生命力が目的。

 なら、殺されることはないはず。


「お願いだから、月曜日には家に帰らせてほしいんだけど」

「……まあ、そこまで言うなら解放してやってもいい」


(……あれ?)

 やけに聞き分けのいいその姿に疑念が募る。そうして一瞬だけ、シュウの表情が変わった。

 それが『仕方ない』とでも言いたげに諦めが滲んだ表情だったのは、果たして気のせいだろうか。


(こんな、あっさり?)


 しかし次に耳朶を打った「だが」という接続詞で、芽衣の身体が瞬時に強張る。


「本当なら時間をかけて生命力を蓄えるつもりだったが、お前がそこまで言うのなら頑張ってもらわないとな」

「え、なに、を──っ!?」


 そうして言葉を続ける前にふわりと、身体が宙に浮いた。


(!?)

 そのまま横抱きにされたかと思えばすぐに、椅子近くの床へと身体が下ろされる。

 そして背中に感じる固い床が脈打っているように感じられるのは、自身の心臓がそれほどまでに音を立てているこという証明だろうか。そんなことをぐるぐる纏まらない思考で考えていれば、次の瞬間にはそれまで天井を捉えていた視界をシュウの姿が支配した。



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