晩御飯はいらない
「晩御飯はいらない? なんでなんで?」
あずきが電話口で狼狽えたように言う。
可愛らしいお姉さんだな、と思う。
「それが、同僚に晩御飯誘われちゃって……」
「そっか、仕事の付き合いじゃ仕方ないねえ」
あずきは即座に納得する。
こういうお嫁さんが欲しいものだと思う。
「すいません、いつも勝手にお世話になってるのに」
「いいよー。私の作りすぎ癖が悪いだけだから。アリエルちゃんが食べてくれるよ」
アリエル、マジですまん。
俺は心の中でアリエルにレクイエムを送った。
そうして、やりとりは終わった。
電話を切る。
「御飯作ってくれる相手、いるんだ」
涼子がニヤニヤしながら言う。
「そういうんじゃないですよ。ただの、お隣さんです。彼女はいますけどね」
「知ってるよー。姫君の小さな騎士君だもんね、君は。もう小さなって感じじゃないけど」
そう言ってくすくす笑う。
「俺をからかいに就職したんですか?」
半ば、呆れ混じりにいう。そういうミーハーな輩は店長が弾いてくれているはずだが。
「半ば、それも面白いと思ってるかなー」
アテにならない店長だった。
先輩のいないバイト時間はあっという間に過ぎた。
昼食にあずきの作った弁当を食べて、午後も元気良く働く。
弁当というしきりがあればあずきの料理も常識的な範囲に収まるのが不思議なものだ。
そして、帰りの時間がやってきた。
「はい、早くタイムカード切って。帰った帰った」
まだ若いのに生活に疲れた感のある店長が俺達を追い出す。
そして、俺と涼子は店の前で並び立った。
「じゃあ、行こうか、騎士君」
涼子は微笑んで言う。
「美味しい店、知ってるんすか?」
「逆に考えるんだよ、騎士君」
「と言うと?」
「ラーメン激戦区東京。そこで数年やってけてる店は十分美味いんではないかと」
「……一理ありますね。時に」
「なんだい?」
「騎士君呼び、やめません?」
なんか気恥ずかしい。
涼子は真顔になった後、タバコを咥えて、火をつけた。
そして、煙を吐いて、にかっと笑う。
「やめたげない~。まあ、今日は長くなるよ。聞きたいことも、色々あるからね」
聞きたいこと。
その部分だけ、スロートーンだった。
意味深なその一言に疑問を抱きつつも、俺は涼子の車に乗っていった。
続く




