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アリエルとウリエル

 永遠にも思える沈黙が続いた後、先輩が動いた。


「ごめん!」


 そう言うと、駆け出したのだ。


「どうかしたかにゃー」


 アリエルが呑気な口調で聞いてくる。


「バカ、この、バカ!」


 そう言って、俺は先輩の後を追いかける。

 ほんの数ヶ月前まで野球強豪校で鍛えていた身だ。あっという間に先輩の背は見えてきた。

 その手を掴む。


 先輩の目は、真っ赤だった。

 先輩は目を丸くして俺を見た後、俯く。


「追いかけてくれるかなってちょっと期待した」


 予想外の言葉だった。


「私、嫌な女だ」


「そんなことないですよ」


 俺は慌てて言う。


「俺は先輩が一番です」


「じゃあ、あの女の子はなに? どうして君の部屋でシャワー浴びてるの?」


「それは……行き場所がないらしくて」


 嘘は言っていない。

 先輩は思案するような表情になった後、言った。


「わかりました」


 なにがわかったのだろう。


「一度、あの女の子と話をしてみます」


 面倒臭いことになってきたなあというのが本音だった。

 けど、それで先輩の誤解が解けるなら安いものだ。

 俺達は俺の部屋に戻った。


 アリエルが、だぼだぼの俺の服を着てパソコンでネットサーフィンをしていた。


(女の子が俺の部屋で風呂上がりに俺の服着てる女の子が俺の部屋で風呂上がりに俺の服着てる女の子が俺の部屋で風呂上がりに俺の服を……)


 頭を玄関の壁に打ち付ける。

 修行僧のようであれ。


「だ、大丈夫? 岳志君」


「発作です。持病なんです」


「そ、そう……」


 先輩に若干引かれたが平静を取り返し、先輩と並んでテーブルにつく。


「アリエル、ちょっとそこに座れ」


「いや、今こち亀がすげーいいとこにゃ」


「後から好きなだけ見せてやるから今はそこに座れ」


 アリエルの金色の目が俺の目を捉える。

 しばらく真っ直ぐに俺の目を見ていたが、そのうち逸らされた。


「ちぇー、わかったにゃ」


 そう言うと、ぴょんと椅子からはねて、俺達の向かいに座った。

 先輩が、口を開く。


「貴女、行く場所がないの?」


「はい、そうです」


 満面の笑顔で答えやがった。


「けど、流石に男の子の部屋は駄目だと思うの……」


「どうしてですか?」


 面白がるようにアリエルは言う。


「貴女にとって都合が悪いからですか?」


「そういうことじゃなくて」


「どう違うんです?」


 アリエルはくすくす笑ってコンビニ袋を取り出す。

 先輩が買ってきた、アルコール缶とジュースの袋だ。


「こんなアルコール未成年に飲ませて。なにを考えていたのやら」


「アルコールは私の分で、岳志君には普通のドリンクを用意しました!」


 先輩が声を荒げる。

 すげえ。先輩のこんな声初めて聞いたかも。


 その時、すっと先輩の目が金色になった。


「そのぐらいにしておいてやれ、アリエル」


 先輩の口から、先輩のものではない言葉が発せられる。


「お出ましかい。ウリエル。その人間をからかってるのは面白かったのににゃー」


「ウリエル?」


 初めて聞く名前に俺は戸惑う。


「君の先輩ちゃんに憑依してる私達側の存在だにゃ。役割はスカウト」


「そういうことです。迷惑をかけたね、岳志君」


「いえ、そんな」


 先輩の外見でそんなことを言われたら畏まってしまう。


「アリエル。私の宿主はこの少年に好感を抱いている。君は、邪魔だ。私の家に来ると良い」


「それはちょっと窮屈だにゃー。岳志の家にはパソコンがあるしある程度自由にさせてくれそうだにゃ」


「しかし、それでは私の宿主が困るのだ」


「それでは折衷案をいってみるにゃ」


 そう言うと、アリエルは指を鳴らした。

 その瞬間、アリエルは消えていた。

 その場所には、黒猫が鎮座している。


 なおー、と鳴くと、俺の傍までやってきて、頬ずりしてみせた。


「意地でも譲らずか。やむをえん」


 ウリエルは溜め息を吐く。


「それじゃあ、宿主に変わるよ。上手く誤魔化しておいてくれ」


「わ、わかりました」


 先輩の目が金色から普段のブラウンに変わる。


「あれ? アリエルちゃんは?」


「帰りました。自分がいたら迷惑だからって」


 半分は本当だ。


「そっか。岳志君。一人暮らしなんだから、ちょっと考えて行動しなきゃ駄目なんだよ。男と女なんてただでさえ面倒臭いんだから」


「すいません、今回の件は軽率だったと反省しています」


 いや、俺は強制的に押しかけられただけなんですけどね?

 先輩はうなだれていた俺を見て、満足げに微笑んだ。


「よろしい。今日は出直すね。今度は参考書とか持ってくるからさ。本格的に勉強しよう」


「わかりました。俺、普通の人生に戻れるんですよね……?」


「任せなさい」


 そう言って、先輩は自分の胸を叩く。

 光のようだ。

 先輩は長いトンネルに射す光のようだ。


 ありがとう、先輩。生まれてきてくれてありがとう。

 先輩を見送ると、俺は部屋の中に戻った。

 アリエルがだぼだぼの俺の服を着てこち亀の続きを見ていた。


「俺、もう寝るんだけど」


 そういえば町内会の草野球チームに連絡を入れていない。


「私は予定がないから徹夜だにゃー」


 その綺麗な顔で寝顔とか見せられるよりはマシか。

 ヘッドフォン、買わなきゃなあ。

 そんなことを思った夏の夜だった。


 スマートフォンを起動して、操作する。

 友達からのラインの着信が来ていた。


『くるみ、活動休止だってよ。それも運営によって強制』


 それを見て、俺は視界が揺らぐのを感じたのだった。




続く

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