急襲
「岳志君はどこへ行ったのかなあ……」
繁盛時のレジを一人で担当し、性も根も尽き果てた遥は一人呟く。
ようやく客足が落ち着いてきたところで、一人の少年が入ってきた。
まだ高校生ぐらいの少年だ。ヴィジュアル系の外見をしているから、バンドでもしているのだろうか。
彼は迷わずレジに向かって歩いてきた。
「いらっしゃいませ、なにかご所望ですか?」
笑顔で対応する。
少年は、ケタケタと笑う。
なにか、嫌な線と線が繋がる。
ヴィジュアル系の外見。ケタケタという笑い声。
どこかで聞いた組み合わせ。
「あんたの眼球が欲しい」
少年の言葉に、遥は硬直した。
「冗談は……ほどほどに」
「右腕でも良い。後遺症が残ればなお良い。深ければ深いほどあいつのダメージになる」
背筋が一気に寒くなった。
彼は、本気だ。最近の岳志の動向と、過去の貴文の異変から、それが直に伝わった。
逃げなければ。そう思う。けど、どうやって?
レジから出て店外へ出る道へは少年が塞いでいる。
なによりも、今にも腰が抜けそうで動けない。
その時のことだった。
「いてっ」
少年が悲鳴を上げた。
見ると、頬に引っかき傷がある。
黒猫がいつの間にか、レジに立って、少年を威嚇していた。
少年の唇の両端が釣り上がる。
「なるほど、たまたま通り合わせた猫として解決する気かえ? アリエル」
それは少年の口から発せられたが、少年の声ではなかった。
女性のソプラノだ。アリエルの声と、どこか似ていた。
黒猫は、遥に目配せした。
逃げろ。
そう言っているように見えた。
勇気を振り絞る。
遥は全身全霊をかけて、その場を離脱した。
あの猫はどうなるのだろう。
そんな不安を抱えながら。
続く




