正面突破
その日、エイミーは浴衣姿で悠々と俺の部屋まで歩いてやってきた。
「変かな?」
玄関口で、目をそらして問う。
小学生時代の彼女を幻視する。
可愛かった。
そこに妖艶さが加わった。
向かうところ敵なしといった感じ。
「綺麗だ」
そう言って俺は、エイミーを部屋に招き入れた。
「あずきも言ってたけど、ホントに何も無い部屋だねえ」
「親に勘当喰らってな。貧乏なんだ」
「けど、岳志は立ち直る。そうでしょう?」
「ああ、もちろんだ。お前とポケモンの対戦またするぐらいの貯金はあるんだぜ」
「HAHAHA」
エイミーは笑って、ベッドに腰掛ける。
そして、微笑んで言った。
「明日のフライトでアメリカに帰るよ。だから、これが私の最後の日」
「うん」
寂しくなるな、と思う。
なんだかんだで、こいつといたこの数日は楽しかった。
「ねえ、しよう」
そう言って、エイミーは目を閉じた。
俺はエイミーの肩に右手を置く。
そして左手を頬に添えて撫でた。
「綺麗だ、エイミー」
幼少期の俺は慧眼だったと思う。
一目惚れした相手は、傾国の美女となった。
けど、違うのだ。
今の俺に必要なのは、彼女ではない。
エイミーは幸せそうに微笑む。
俺は彼女に現実を叩きつけなければならない。
「けど、駄目だ」
「ええ、なんで?」
エイミーは信じられない、とばかりに目を開く。
その頬を撫でる。
愛おしい。
エイミーという存在そのものが愛おしい。
だからこそ、俺は彼女にキスをしてはいけないんだ。
「キスは、最後の人のためにとっておくんだ、エイミー。それこそ、その方がいい思い出になる。俺は既に、お前にとっていい思い出だろう? 日本に俺という小さな少年がいて、初恋を共にした。俺にとってもお前にとってもいい思い出だ。それ以上は蛇足だよ」
「岳志にとって、もう私は思い出でしかないってこと?」
残酷だけれど、はっきりさせなければならない。
先輩のためにも。
「ああ、そうだ」
現在の彼女に惹かれないかと言われたら嘘になる。
しかし、それは過去の思い出に根付いた感情だ。
「そっか……」
エイミーは俯いて、しばらく考え込んでいた。
そして、ぽろぽろと綺麗な涙を流し始めた。
「ありがとう、岳志。あの日、あの場所にいてくれて。あの日岳志がいてくれなかったら、エイミーはきっと、凄い暗くて、一人ぼっちな、可哀想な子に育ってたと思う」
俺は思わず、愛しくてエイミーを抱きしめていた。
「俺の方こそ、ありがとうエイミー。俺に恋を教えてくれて。お前のおかげで俺は恋を知った。それがなかったら、今頃俺は本当に野球しか知らない人間になってたと思う」
エイミーの長い髪を撫でる。
「俺も、お前も、お互いの人生になけりゃならないピースなんだ。忘れることなんて出来ない。もう、大事な思い出なんだ」
「うん、うん」
「だから、また会おう、エイミー。思い出話にでも、華を咲かせよう」
「アヒルボートでね」
エイミーは愉快げに言う。
俺達は互いの体を離して、向かい合った。
そして、互いに微笑んだ。
浴衣姿で髪を編み上げたエイミーは、目眩がするほど綺麗で、俺は本当にこいつを振るのか? と思わず自問自答してしまった。
けど、俺には先輩がいる。
こうするしかないのだ。
エイミーは、巾着袋を漁ると、紙を一枚取り出した。
婚姻届だった。
「はい、これがあると不都合でしょう? 適当に処分しちゃって」
俺はそれを受け取って、エイミーの手に握らせた。
「俺達の思い出の品だ」
そう、苦笑交じりに言う。
「処分なんて、出来ないよ。悪用さえしないでくれればいい」
エイミーは大きく二度頷く。
「うん、うん」
そして、エイミーは立ち上がった。
「それじゃ、岳志、お別れだ。今度は真っ更な関係で会おう。ゼロからのスタートだ」
「ゼロから……?」
「過去のエイミーは思い出になった。次のエイミーは、君の良き隣人になってみせる」
「そうか」
良くわからないが、彼女がそういうのならそれでいいだろう。
「じゃあね、岳志」
そう言って、手を握る。
そして、三分ほどそうしていた。
エイミーは、目を潤ませて苦笑する。
「なんだかなあ、名残惜しいや」
俺は苦笑する。
「俺もだ」
エイミーは手を引く。
「じゃあね、岳志。ばいばい」
そう言うと、エイミーは部屋を出ていき、宣言した。
「私、エイミーキャロラインは見事に振られました。玉砕です」
カメラを構えて潜んでいたYouTuber達が餌に群がる小動物のように駆けてくる。
その相手をしながら、最後に一つ微笑み顔を俺に見せて、エイミーは去っていった。
もう二度と会うことはないだろう。
そんな予感があった。
続く




