愛・キャロライン――女が男を見切る時、惚れる時
愛の母は、名前をエイミーと言う。
エイミーとは愛されるという意味。
そこを和風にもじって愛の名前がつけられた。
由来自体は一緒だ。
愛が何故春武を愛さなくなったのか。
それは、端的に言ってしまえば、こいつは違うと見切ったのだ。
愛に必要なのは自分を包容してくれる男性。
どんなに悪辣に振る舞ってもそれ自体を受け入れる度量を持ち合わせた男性。
反発する春武とは火に油で、それは将来にステップを進めれば進めるほど残酷な結末を迎えるだろう。
だから、愛はシニカルに春武を切った。飽きたゲームやアニメと同じように。
けど、どうしてだろう。
春武の試合が近くでやると訊くと見に行ってしまう愛がいる。
これは友情? それとも違う感情?
(……我ながら、未練がましい)
見切ったと断言した割には自分は徹しきれていない気がする。
けど、女が男に冷める時なんてこんなものだ。
この人とは一緒にやっていけない。そう思ったら終わりだ。後は別れる準備を巡回立てて考えている。
いつかは愛も春武のことを考えない日がやってくるだろう。
(流石に高校に行く頃には……あいつが越してくるなんて考えてなかったけど)
その時、教室に乱入者が来て愛は戸惑った。
春武だ。
何しに来た、あいつ。
そう思い、動揺する。
「何しに来たの、貴方、授業は?」
数学の教師が怒りつつ言う。
春武は胸を張って答えた。
「不審者の来訪を察知しました。ここにいて、護衛します」
(ちょっとちょっとちょっとちょっと)
そんな言葉通るわけがない。
愚直と言うかなんと言うか。
「ねえ、あの人この前愛を呼びに来た……」
「だよねえ」
囁き声がする。
愛は居た堪れなくなって、春武の手を取ってその場を後にした。
「すいません。こいつは私が叱っておくので!」
「キャロラインさん!?」
教師の戸惑うような声がする。
教室を出て、座り込む。
背後から黄色い声がした。
今頃盛り上がってるんだろうなあ……。
「何しに来たのよ、あんた」
泣きそうになりながら言う。
中学一年生にこの噂のダメージは大きい。
しかし、心の何処かでこの状況を喜んでいる自分もある。
未練はもう畳む段階に差し掛かっているというのに。見切りの判断そのものは済んだというのに。
「何って、お前を守りに来た」
さらりと言う。
「なんで!」
苛立ち混じりに言う。
「一番の友人だっただろ? 俺達」
そうだよ、それが嫌なんだよ。
お前が理解者ヅラして横にいたら他の男が寄ってこないじゃないか。
頭を抑える。
なんでだろう。
なんでこいつの度量は狭いのだろう。
それとも、愛の努力でそれを大きくすることはできるのだろうか。
その時、教室からガラスの割れる音がした。
「愛・キャロライン! 命を貰いに来た! ヒーラーであるお前をまず潰す!」
知らない少年の声。混乱の怒号と悲鳴。倒れる机の音。
「ここで、待ってろ」
春武は微笑んで、退魔の長剣を握ると部屋の中に入っていった。
なんでだろう。
なんでこいつはこんなに格好良いんだろう。
なんでこいつは、心細い日の夜にはいてくれないのに、ここぞという時にいてくれるのだろう。
こいつはなんなんだ。
愛は自分の感情がぐちゃぐちゃになるのを感じた。
その中で見えてきた答え。
(まだ、惚れてんだ)
未練が尾を引いている。
ギシカへ対応と言い、焼けぼっくいに火がついたか。
愛は苦笑して、一瞬で消えていった春武の背を見送った。
「生きて帰ってきて、伝えたいこと、あるから」
愛は呟くように、そう告げていた。
不安な未来も、もしかしてこいつとなら。
そう思えた。
ここぞという時にいてくれた。そのタイミングそのものが、運命を結びつける最後の一力となる。
つづく




