運命の人
その後、一時間目に抜き打ちの小テストが行われ、俺は時間を持て余していた。
回答を書ききったわけではなく、最初から諦めていたのだ。
「予言書に小テストは書いてなかったのか?」
辰巳が恨みがましげに小声で言う。
「俺とお前の頭じゃ直前に知れたところでたかが知れているだろう」
辰巳は反論の言葉を失ったらしく黙り込む。
小テストまで言い当てた。
この予言書は本物だ。
読み進める。
二時間目は出席番号十七番が当てられる。
三時間目は外に落雷が落ちる。
四時間目は自習になるが騒がしすぎて隣のクラスの教員に叱られ反省文を書かされる。
全て当たった。
気になるのは次のページ。
昼休憩に図書館に行けばそこに運命の人がいる。
運命の人。
(アリスじゃないってことか?)
アリスは学生時代はとうの昔に過ぎている。
「わーお、運命の人だって!」
翔吾が弾んだ声で言う。
どうやら後ろから覗き込んできたらしい。
裏拳を軽く叩き込む。
「人の人生を覗き見るな」
「運命の人?」
前の席の沢村が興味津々と言った様子で振り向く。
「なんだなんだ、面白そうな話だなあ」
沢村のでかい身体から発せられるでかい声だから周囲は聞き耳を立てている。
「それがね、今日岳志が拾った予言書が……」
うきうきと語る翔吾の頬を抓る。
流石に知られたがられていないと察したらしく黙り込む。
「なんだよ。俺も仲間に入れてくれよ。転校生同士で閉じた輪を作るのは良くないぞ」
憤慨したように沢村は言う。
「翔吾もリトルシニアのチームメイト。野球に関する情報はこいつに聞いといて」
そう言って俺は翔吾を自分の席に座らせ、移動を始める。
「どこ行くんだー?」
「図書館だよーきっとー」
翔吾は話したくて仕方ないらしくうきうきと語っている。
全部語られるんだろうなあ。
俺は物憂い気持ちでいた。
俺が想うのはアリスだ。
それ以外の人が運命の人だと言われても、にわかには信じられない。
それこそ物心付く前から好きだったのだ。
しかし、ここまで予言書は正しかった。
いきなり間違えるなんてあり得るだろうか?
あり得るだろう。
予言なんてそもそも胡散臭い。
俺はこの手帳をやはり持て余しているのだった。
都合の悪い情報を書かれた途端、この手帳は毒になる。
それでも図書館に向かうのは、怖いもの見たさというものだろうか。
図書館の扉の前に立つ。
深呼吸をして、中に入る。
広い図書館の中には誰がいるかわからない。
人気がなかった。
ゆっくりと進む。
風が吹いた。
窓が開いている。
(誰か、いる?)
彼女は、髪をかき上げていた。
風に遊ぶ髪を持て余すように。
もう片方の手では本を読んでいる。
その姿が、絵になる。
ハーフの白い肌が紺色の制服に映え、スカートからはすらりと長い脚が覗いている。
「こんなとこで何やってんだお前」
俺はげんなりしつつ愛に言う。
「私? 私はシリーズ物の続き読みに来ただけよー。遥香さんに感想求められてね」
愛はなんでもないとばかりに答えた。
この予言書は間違いだ。
俺は確信を持ってそうと言えた。
それだけで十分だった。
愛が、俺の、運命の人?
俺を嫌っているこいつが?
幼馴染で、小さい頃から何度も争ってきたこいつが?
ありえない。そう思った。
つづく




