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アヒルボート

「こんな時間に呼び出してなーに? 岳志」


 エイミーがバス停で眠たげに言う。

 時刻は午前五時。皆寝静まっている時間だ。


 俺はエイミーに帽子と眼鏡とマスクを手渡す。


「今はコロナ対策でマスクつけてても不自然じゃないからな」


「まあそうだけどね。で、今日は誰が一緒? アリエル? それともあのきゃんきゃん五月蝿かった雛子とか言う子?」


「俺一人だよ」


 俺も、帽子と眼鏡を装着しながら言う。

 エイミーは目を丸くした。


「え?」


「俺達が出歩くのに六華以外の奴は不要だろ。その六華も部活動だ」


「う……うん」


 気恥ずかしげに言いながら、エイミーは長い髪をしまい、帽子を深々とかぶる。

 そして、眼鏡とマスクを装着した。


「美味しいサンドイッチを売ってる店があってな。いつも売り切れなんだ」


「こんな時間から人並んでるの?」


 エイミーが目を丸くする。


「いや、俺達が最前列だ」


 俺は当然、といった口調で言う。


「思い出話をするには丁度良いだろう」


 エイミーは目を輝かせて、オーバーにうんうんと頭を上下させた。


「そうだね、本当に、そうだ」


 そして、俺達はやや白んだ朝空の下で語り明かした。


「エイミーと手を繋いだら、六華も私も私もって五月蝿くて」


「結局両手に華っていうか、風情もなにもあったもんじゃなかったよね。子守するお兄ちゃんって感じ」


「子供心に勇気出したんだけどなあ」


「岳志はエイミーのこと、好きだったでしょ」


 エイミーは不安げに言う。

 返事をするまで、数秒の時間を要した。


「昔は、な」


「今は?」


 沈黙が漂う。


「嫌ってはいないよ」


「それは卑怯な答えだね」


 エイミーは呆れたように言う。

 好きだ、とありのままに言えたらどれほど楽だろう。

 焼け木杭に火がつくとはこのことだ。

 けど、今の俺には先輩がいるのだ。

 他の女性に好きだ、なんて言えない。


 沈黙は漂い続ける。

 俺が話題を変えようとした時のことだった。


「お待たせいたしました、開店です」


 俺達は波に流されるように来店する。

 なんとかサンドイッチのフルーツとカツを一人分ずつ確保する。

 それを購入すると、足早にその場を去った。

 太陽は既に天高く昇っている。


 今頃俺の部屋の前では売れない炎上系YouTuberがスタンバっていることだろう。

 エイミーの手を掴んで引っ張る。

 思ったより軽い感触に驚く。

 女の子なんだ、とあらためて実感する。


 エイミーは、その真逆なようだった。


「逞しいんだ」


 目を細めて言う。

 俺は照れて、目をそらして前を歩いた。


「いいか、お前の余計な予告のせいで俺達は今注目の的だ。そんな俺達が外界から遮断される場所はどこだ?」


「ラブホ?」


「豆腐の角に頭打って骨折しろ。まあ俺にいい考えがある」


 そう言ってやってきたのは、公園の池だった。アヒルボートを借り、漕ぎ始める。

 泳ぐコイに、エイミーがわあと歓声を上げる。


 俺は、さっきさり気なく買っておいたパンの耳の袋を手渡した。


「やっていいぞ」


「いいの?」


「ああ。この公園は穴場でな。東京観光たぁいかないが、まあちょっとした俺の隠れ家だ」


 エイミーがパンの耳を千切って投げ始める。アヒルボートは進んでいく。コイはついてくる。

 そして、池の中央で、アヒルボートは静止した。


「ここなら邪魔も入るめえ」


 そう言って俺はずいとフルーツサンドをエイミーに押しつけて、カツサンドをかじり始める。

 エイミーも上機嫌でそれに習った。


「なんか、昔に戻ったみたいだね」


「けど、何もかも昔通りとはいかないよ」


「それって、先輩さんのこと?」


 エイミーは核心をついた。

 俺は、返事ができずに黙り込む。


「昔、よくこうやって、二人で隠れ家を作って遊んだよね。ポケモンの通信交換やってた。エイミーのポケモンは弱いって散々愚痴られたけど、実際岳志のポケモンは強かった。タケシなだけに」


「誰がイワーク使いじゃい」


「私は可愛いポケモンが好きだったのに、気がつくと岳志のごっついポケモン使ってたなあ。なつかし」


「そういうことも、あったっけなあ」


 なにせ、小学校時代の友人だ。

 話題は掘り返せばいくらでも出てくる。


「ねえ、エイミー、もう一回あの浴衣着てもいい?」


「駄目だ、目立ちすぎる」


「部屋の中でも良いんだよ。それでね」


 そこで、エイミーはもそもそとフルーツサンドを小動物のように齧った。

 助走の前に駆け出そうとしているかのように。


「キスしてほしいんだ、私に」


「へ」


 あまりのことに、その後の記憶はあまりない。

 その日一日は無難にデートして、口止めして、解散したという記憶しかない。

 思い出がほしい。岳志のためにファーストキスをとっておいたし、岳志以外の人は考えられない。

 その二言は脳裏に辛うじて焼き付いていた。



続く

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