はーるたけっ
「流れから言うと春武は六階道家を継がなきゃならないと思う」
俺はアリスの言葉にピシャリと頬を叩いた。
「やっぱりか」
「そうなると思う」
アリスは思案するように言う。
アリスのバイト帰りだ。ボディガード代わりに同行している。
尤も、アリスの方はボディガードなどいらないと言うだろうが。
一緒にいる口実付だ。
「二階堂の指摘は尤もなんだよな。貴方が六階道家の跡継ぎねって」
「だってここまで育ててもらったわけだし、刹那ちゃん子供いないし」
刹那とアリスは歳が近いのでちゃん付けなのだった。
ん、そう思うと肉体的な老いは止めたにしろアリスって四十過ぎなのか。
刹那もアラサーのような若さだが。
「刹那も今からでも結婚しないかなあ」
「荷が重い?」
アリスは微笑ましげに言う。
「んー。正直俺は野球さえやれれば良いかなって。六階道家の財産まで掠め取る気はないよ。自分で稼ぐ。アリスも養う」
「私も働くよー。そろそろ外見的に年齢逆サバ読んでない? とか言われそうだけど」
肉体年齢は二十代前半程度で止まっているのでさもあろう。
「春武に私を養う甲斐性はあるかなー」
からかうように言う。
「親父並みに稼ぐ」
「千億以上稼ぐの?」
「うん!」
「そりゃ私も乗っからないとなー」
どこまで本気なのやら。
「期待しているよ」
ポンポンと俺の頭を撫でてくる。
年上の貫禄だなあと思う。
「日本に戻ってまだまだ稼ぐから、目標はどんどん高くなるね。ま、新しいスターも出てきてはいるけど」
親父は落ちていく太陽。
昇る太陽もある。
メジャーのアメリカンドリームに挑んでいる選手は多い。
「俺も昇る太陽になれたらと思うよ」
「春武は自信家だね。ギシカちゃんにも分けてあげたい」
「今頃話し合ってんのかなー。六華さんとギシカ」
すれ違った親子二人。仲が悪いわけではない。ただ、ギシカの心の隙間が埋まれば良いと思うのだが。
「きっと今までの分までたっぷり可愛がられてるよ。県知事になるまでもなってからも忙しすぎたんだ六華ちゃんは」
アリスは淡々とした口調で言う。
そう言えばアリスは六華とも歳が近いという。
アリスの父親のロイ・バーランドももうお爺ちゃんって歳だし、自分の母親レベルの年齢の人に恋してるのか自分は。
まじまじと考えると唖然としてしまう。
おねショタなんてもんじゃないぞ。
まあ、外見上はおねショタなのでおねショタに分類されたい。
俺の気持ちを察したようにアリスは悪戯っぽく微笑む。
「私のツバメちゃんになってね」
「アリス……」
俺は冷たい視線をアリスに向けた。
「その表現、古い」
アリスは表情を硬直させた。
「心のオバサンが出ちゃった!?」
「親父の中には心の童貞がいるって話だけどな。アリスは心のオバサン、か」
投げやりに言う。親子でこんな生々しい話したくないものだ。つくづく。
「あの人まだ童貞なのかねえ」
「だとしたら呪い強すぎるだろ。生涯童貞とか可能性のある俺でも同情するわ」
模造創世石。
今回の『先生事件』にも関わるその秘宝で、親父は童貞の呪いをかけられた。
俺の出産に関しても冷凍精子を使ったというのだから根深いものだ。
お袋が男性恐怖症の前歴があるにせよ、だ。
「春武」
「なんだ?」
「童貞童貞ってやらしかねー」
そう言ってケラケラ笑って俺の背を叩いてくる。
「なんで急に方言」
ツッコみつつ苦笑する。
「ま、今日は穏やかに話せてるから、いい」
そう言って、俺は微笑んだ。
天を仰ぐと、満月。
「月が綺麗だな」
「お、告白?」
冷たい目で見る。
「……ごめん、これも古い比喩だね」
アリスは小さくなる。
「旧世紀の代物かお前は」
「平成生まれはボロが出るかあ」
苦笑いで言うアリスだった。
「平成一桁ガチババアってネットスラングが流行った時代が」
「アーリースー」
嗜めるように言う。
「駄目だな、心のオバサンを整理しないと。ネット上だけでも私は若く!」
「身体が若くても心は年相応に老けてくのな」
「けど若い子の方が好きだよ。岳志さんも昔の直向きで向こう見ずの時代の方がカッコよかったなあ」
「今は?」
少しだけ親父に嫉妬する。
親父を語るアリスの瞳には憧れが燻っているから。
「貫禄ついたなあって感じ。その分、春武の今後に期待しちゃうかな」
「母親みたいなこと言ってら」
呆れ混じりに言う。
「うーん」
アリスは考え込む。
「真面目にどうにかしないとな、心のオバサン」
「今更かよ。メンコとかヨーヨーとか言い出さない限り良いぜ」
「あ、私、両方やったことある」
ガクッとすっ転びかけた俺だった。
四半世紀どころか半世紀以上前の代物だぞ。
「以前姉が来日してたこともあって普通に興味あったからね、日本のカルチャー」
「確かアリスが中学生の頃もメンコとかヨーヨーとか言ってるのは平成一桁でも怪しいと思う」
もしかして精神的な年齢はそれ以上か? と俺は複雑な気持ちになる。
「……アリス、ステルスモードに入ります」
ふわり、とロングスカートの端が浮く。
魔力を使った無駄な演出。
ヴァンパイアというかヒトラーが考えつきそうな演出方法だ。
聞こえない重低音をバックにして自分の存在感を強く与えていたという演出家の側面も彼は持つ。
まあ、アリスのは単なる茶目っ気だろうが。
「心のオバサンが整理された頃にまた来るよ」
「あ、家だね。あずき達はアリエルも私も春歌もいるから大丈夫だよ」
「親父もいるのか?」
アリスと一つ屋根の下。
危なくないかと思う。
「お、嫉妬してくれる?」
「しないしない。俺心広いし嫁さんが同級会や飲み会行っても安心して帰ってくると思ってる」
あずきは食事欲と人間関係への依存が印象的だ、
ここら辺で分岐濾か。
「そんじゃ」
そう言って片手を上げる。
アリスはその手を取った。
「今日私んち、皆出かけてるから、どうかな?」
雲行きが怪しくなってきた。
つづく




