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インナーチャイルド

 現場に親父、千紗、六華が合流する。

 親父はサングラスに帽子姿だが、見る人が見ればすぐにわかるだろう。

 有名人も多い高校だ。それが井上岳志が来ているとなれば血縁は疑われる。

 それはこの際仕方ない。


 問題は悪霊憑きとなったギシカだ。


「どうしてこんなことに……」


 六華がそう呟いたきり絶句する。

 沈黙が場を包む。

 居た堪れない沈黙だ。

 その中で六華には様々な葛藤があるだろう。


「私の教育が間違っていたのかな?」


 子供のように困惑して親父に問う。

 親父は情けなさげに頬を掻く。


「ギシカはハーフデビル。その肉体は退魔の武器の類では傷つく。これは難儀するぞ」


 はぐらかしている。そう思った。

 何故娘の心に空白が。それを知って狼狽する六華にお前の考えた通りだとは言い辛いだろう。


「もしかして、良い子にしろって言ってませんか?」


 千紗が、口出しづらげに言う。


「言ってる」


 六華は頷いた。


「あー……」


 千紗ががりがりと頭をかく。


「これはアリエルが、私に起こると危惧したことと同じことが起きてるかも」


「千紗と、同じこと?」


 六華が唖然とする。

 千紗の親は漏れ聞くに過干渉で感情的。六華はそれとは真反対だ。

 俺は戸惑うしかないし、親父達も戸惑っているようだった。


「インナーチャイルドが傷ついているんですよ」


 千紗は、申し訳な下げに言う。


「インナーチャイルド?」


 俺は鸚鵡返しのように問うていた。


「小さい頃の自分の感情って言うのかな。それが後々まで自分の行動に影響を及ぼすことがある。例えば他人の機嫌や評価を異常に気にしたり、ちょっとしたことで折れたり」


「ギシカに関して私はむしろ不干渉だった気がするんだけど……千紗の親とは逆よ?」


 六華は戸惑い、単語を咀嚼しつつ言う。


「過干渉でも不干渉でも起こるんですよ。この症状は。例えば、良い子にしていれば親は喜ぶ。その繰り返しを学習すると、過剰に良い子になろうとする子が生まれる。若い頃に優しかったのに中学辺りでグレるような子はこの類ですね」


 六華は口をあんぐりと開けている。


「同居しているアウラはどちらかと言うと頼りになるタイプではありません。相当、寂しい思いをしていたのではないかと……私見ではありますが」


 六華はギシカに視線を向けると、その体を悲しげに抱きしめた。


「ごめん、ごめんねギシカ。優しい子に育てってしつこく言っちゃったよね」


「六華、お前のせいじゃない。俺だって自分の子供の育児を刹那に託したんだ。俺達のほうが身勝手な親だ」


 俺は唖然としていた。

 恵まれていると思われていたギシカの情操教育。

 それが呪縛となるとは。


 そう言えば、ギシカは繰り返し私は悪い子って言ってたっけ。

 愛に詰められて、ストレスを感じて、心が折れた。

 その不調に、悪霊憑きが取り付いた。


 ギシカが薄っすらと目を開ける。

 その瞳が、六華の顔を見て動揺したように揺れる。


「ごめんね、ギシカ」


 六華は微笑む。


「貴女は貴女のままで素晴らしいのよ」


 雨が振り始める。

 まるで諭すようにギシカの頬を打つ。

 親父だ。


 コールドレイン。

 雨を操る魔術。


 ギシカの瞳が徐々に正気を取り戻していく。

 しかし、次の瞬間には六華を突き飛ばしていた。


 そして、ギシカは自分を否定した愛に飛びかかろうとする。


「捉えた!」


 そう叫ぶ凛とした声。

 聞いたことがある。

 この前、俺の通うリトルシニアの連中の記憶を操作しにやって来た陰陽連の少女。


 現状六華の護衛で紗理奈の娘。

 彼女の左手から魔力が飛び出して、ギシカを貫通していた。

 ギシカはそのまま、愛にしなだれかかるように倒れた。

 愛は緊張を解くと、苦い顔をして彼女の体を抱いた。


「悪かったわよ。急に冷たくして」


 そう言って、ぎゅっと抱きしめる。

 ギシカから、悪霊の気配は消えていた。身体に傷もない。

 流石は術のコントロールに長けた二階堂家の跡継ぎと言った感じか。


 俺と親父は安堵の息を吐いて視線を交わすと、六華のショックを受けたような表情に気がついて黙り込んだ。

 愛がギシカの背中を叩く音だけが周囲に響いている。



つづく

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