世界最大の親子喧嘩
庭に移動して親父がスマートフォンを操作する。
折りたたんだ画面を開くパネルフォンが主流である現在では珍しい古い機種だ。
次の瞬間、白い世界が周囲を包んだ。
これが噂に訊くクーポンの世界。
その瞬間、親父から夥しい魔力を感じて俺は背筋が寒くなった。
刹那の霊力と魔力の融合力も破壊的だったが、これはそれにも増して濃い。
世界を覆うかのような。
その姿は、神のようでもあった。
「何を怖気づいている、春武」
親父は淡々とした口調で言う。
普段の呑気な様子からは想像もつかないその鋭い眼光に、俺は射すくめられる。
思わず、一歩後退る。
その足を、次の瞬間咄嗟に一歩前に出していた。
ここで退いたら、逃げ癖がつく。そう思った。
親父は満足げに微笑んだ。
「それでこそ、俺の息子だ」
「勝負は一太刀入れたらで良いか?」
「良いだろう。俺の身体にかすり傷でもつけたら合格で良いぜ」
「面白くないな、その余裕」
冷や汗をかきながら言う。
(とんでもねえ。バケモノだ)
何故か弾んだ心でそう思う自分がいた。
「なんだこれは」
辰巳が戸惑うように言う。
「始まるのよ」
刹那が淡々とした口調で言う。
「世界最大の親子喧嘩がね」
親父はスマートフォンをポケットにしまうと、両手をだらりと下げた。
「さあ、先手は譲ってやるぜ」
俺は退魔の扇子を取り出すと、そのまま縮地で相手の腹部に肘を叩きつけた。
これを防いだのは、先生のみ。
どうなるかと息を呑んだ一撃は、しかしふわりとした感触に受け止められた。
「六階道家の身体向上術。俺にも馴染みのある技だ」
その次の瞬間には俺は後方に飛んでいる。
親父の蹴りが空を切る。
そして俺は、魔力の炎を相手に投じていた。
時速百六十キロは超えるだろうその豪速球。
親父の掌にも炎が灯り、それを相殺する。
俺は退魔の扇子を退魔の長剣へと変化させた。
知らず知らずのうちに微笑んだ。
(ワクワクする)
次に何が飛び出てくるかわからない。
そんな存在が親父であることが心底嬉しかった。
親父も退魔の短剣を両手に一本ずつ握る。
ついに、剣戟のターンとなったわけだ。
「春武」
刹那が呟くように言う。
「出てくるよ。岳志の本性」
「こっちだってそのつもりだ!」
俺が飛びかかる。
親父は縮地で距離を縮める。
一瞬で二人の間がなくなる。
(そう来るのは読み済みだ)
俺は前方に魔力の壁を作ると、それを蹴って空中でターンした。
飛び上がればそれを隙と読んで縮地を使ってくる。そうと判断した。
「そう来るのは読み済みだ」
親父が不敵に微笑んで言う。
その時には、既に眼前に投擲された短剣があった。
(やば)
退魔の長剣で弾く。
そこに、親父の肘打ちが突き刺さった。
つづく




