思春期柄
「ギシカ、これから俺と行動を一緒にしてくれ!」
俺は帰るなり、隣の部屋のギシカに扉越しに声をかけた。
従姉妹のギシカは同じ家だ。
「やだ」
率直な返答に俺は目を丸くする。
「必要があるんだ。絶対的な」
「やだ」
頑なだ。
「何がお前をそんなに頑なにさせる」
「愛ちゃんと一緒に行動するの、嫌。私を必要とするなら愛ちゃんを断ってよ!」
「いや、そしたらヒーラーが」
「ともかく嫌! 私が必要なら私とだけ一緒にいて!」
なんなんじゃい。
わけがわからない。
なんで急に幼馴染の愛に反発し始めたのだろう。
このわけのわからなさが思春期という奴なのだろうか。
「お前と、だけ?」
「うん」
「それって二人きりってことか?」
「……うん」
不味い、変に意識してしまった。
すると急に照れくさくなる。
頬が熱くなってくる。
「春武。今日のことについて話、あるから」
帰り同行した刹那が階下から声をかけてくる。
俺は階段を降りて、刹那の前に立った。
「なんだよ」
俺が幼い頃から少しも変わらない刹那。
成長を止めたようなその顔が、険しくなった。
頬を張った乾いた音がした。
刹那が、俺をぶったのだ。
「私のために自分の命を軽々しく扱うようなこと、二度としないで!」
刹那は泣きそうな表情で言った。
「けど……俺いない方が刹那は自由になるだろ」
返す手で張られた。
「このクソガキ! 自分の命の優先順位を勝手に落とすんじゃない!」
抱きしめられた。
「次の世代のあんたが生きてこそでしょ。私は年寄りよ。そのために若い命が散って何が残るというの」
「つっても刹那、全然自分の子供産める年齢じゃん」
温もりに困ってしまう。
そして、申し訳ないと思ってしまう。
俺のために自分の婚期を捧げた刹那。
その想いに俺は何も返すことができない。
「やっぱり、帰って来てた」
千紗が玄関から入ってきた。親父も一緒だ。
「話は鬼瓦から聞いた」
親父は淡々とした口調で言う。
鬼瓦部長はなぜか魔力の素養があったらしく、記憶の上書きができなくて困ったものだと陰陽連の人が言っていた。陰陽連の人と言っても俺と同い年ぐらいの子だったが。
そして、俺は親父のげんこつを脳天に喰らったのだった。
「自分の命だけならまだしも刹那の命まで危険にさらすたあ何事か、それでも俺の子供か」
「自分の命だけならってなに!?」
刹那が凄い声で言う。
「春武の命が一番でしょ!?」
「いや、俺はだな。去ろうとする敵を呼び止めたそいつを……」
「自分の子が可愛いと思えないの? それでも一児の父なの!?」
「いや、刹那、そういうことじゃないんだ」
普段の刹那はこんな敏感な奴じゃない。
やはり、俺の命の危機に瀕して興奮しているのだろう。
つまり、卵のいる巣を守る親鳥の本能的な。
親父はなんとも言えない表情でしばらく黙り込んでいたが、そのうち苦い顔になった。
「すまなかった」
刹那がすすり泣く声だけがその場に残った。
「刹那さん。もしかしてですが、魔力を吸われましたか?」
刹那は泣きながら、頷く。
「霊力と魔力の重ねがけの効果は想像以上で、私まで届きました。その結果、考えたことがあります」
千紗はそう言って指を立てる。
「相手は、わざと悪霊憑きになりそうな人間に接触して霊力を教えているのではないかと」
俺は目を丸くした。
そう言えば辰巳も、霊力により自己治癒するまでは故障して臭っていた。
十分な悪霊憑きの素質だ。
「霊力と悪霊憑きによる後天的な魔力。その結果、強力な兵隊が生まれるのです」
「……つまり、俺達は利用されてたということか」
沈んだ口調で、俺達と同行していた辰巳が言う。
「そう、全ては純粋な魔力を吸うため。そして可能性としては、霊力そのものが先生が生み出した法則ということ」
俺は再び目を丸くする。
「どっからそんなラノベみたいな設定思いつくんだ?」
「けど、作ったものと言うのが一番解釈として当てはまる気がする。そうじゃないと天界や安倍晴明らがその存在に気づかなかったわけがない」
確かに、その通りだ。
刹那の先祖は安倍晴明。半神だ。
その天才が気づかなかった法則性が最近になって発見された。
それは流石に無理がある。
「……けど、世界の法則を作るだなんて、そんな大規模なことできるのか?」
刹那が泣くのを辞めて、ぴたりと静止する。
その唇が、言葉を紡いだ。
「――模造創世石」
その冷たい響きに、ぞくりとする。
「悪用した例、なんだろうな」
親父は苦い顔のまんま、言った。
つづく




