鬼瓦部長
鬼瓦部長は俺を見ると顔を引き攣らせた。
「……嫌な奴に似ているな」
「それは、どうも」
アメリカで凌ぎを削ったライバルの面影があればそんな感想も出てくるだろう。
俺は恐縮する他ない。
辰巳が身を乗り出して俺の背を押す。
「部長、入部希望者です! 才能は俺が保証します! 是非、是非」
鬼瓦はしばらく珍妙な表情をしていたが、そのうち唸りだした。
「わかった。まずは面談からだ」
辰巳が破顔する。
「お願いします、部長!」
「ちょっと来い」
そう言われて、俺は鬼瓦に皆と少し離れた場所に誘われた。
鬼瓦は草むらに座り込む。
そして、指で地面を指した。
「お前も座れ」
俺は緊張を覚えつつも座った。
親父も確かに偉大な選手だったが身内だ。気安さがある。
しかし、鬼瓦は俺達の世代ではもう一人のスーパーヒーローだ。
血縁とは切り離された憧れのようなものがある。
「……井上岳志は知っているか?」
「そりゃ、知ってはいますけど」
鬼瓦はじっと俺を見た。
俺は視線をそらす。
無言の圧力。
鬼瓦は一つ、ため息を吐いた。
「まあ、良い。お前がそう言うならそうなんだろう」
俺は肩を撫で下ろす。
「それでは質問だ。お前は三連戦に先発登板した投手とする。四戦目の投手が故障した。お前はどうしようとする?」
「……どんな試合か、によりますね」
全国大会が掛かっているような試合ならば出場したいという思いが勝るかも知れない。
「その答えでは、うちでは預かれんな」
鬼瓦はそう言うと、さっさと皆に向かって歩いていった。
俺は慌てて立ち上がり、その背を掴む。
「なんで駄目なんですか! わかりました、投げますよ! チームに貢献します!」
「逆だ」
鬼瓦は立ち止まると、淡々とした口調で言った。
地獄を見てきたようなその瞳が俺を射抜く。
「早期に故障の怖さを知らない奴がスポーツをやるべきではない。それは必ず不幸な結末を迎える」
俺はぐっと黙り込む。
ああ、そうだ、この人は故障が原因で投手ができなくなった人だった。
それがなければ親父のように二刀流の道もあっただろう。
「お前のような無謀な奴はうちにはいらん。さっさと帰るんだな」
俺はその眼光に竦みつつも、意を決して口を開いていた。
「それだけ選手を大事に扱ってくれるあんたを俺は選びたい!」
鬼瓦は表情を変えずに俺を見る。
話は訊いてやる、とでも言いたげだ。
「正直、自分の無謀な返答を悔いてる。自分のコンディション管理ができるようになりたい。あんたと一緒ならそれを吸収できそうな気がする。てか、あんたじゃないと駄目なんだ」
親父ならどうするだろう。
これまで、そう考えて野球をしてきた。
その結果答えが見えたこともあれば、遠ざかることもあった。
刹那はスポーツマンの味方とは言え野球の専門家ではない。頼れない部分もそれはあった。
例えば不調時のメンタルコントロールだとか、肘の消耗だとか。
しかし、鬼瓦と一緒ならば答えに近づける気がする。
さっきのやり取りと彼の経歴を考えて、そんな結論に至った。
鬼瓦は溜息を吐く。
「その真っ直ぐな目。本当にそこまであいつに似なくてもな……」
そこまで親父を嫌わなくても良いではないか、と言う気もしなくともない。
「良いだろう。俺の下でコンディションの整え方を学べ。故障しない選手が良い選手だ」
俺は初めて緊張を解いた。
力が抜けて今にも座り込みそうだった。
「新入部員を紹介する! お前、名前は?」
「……六階道春武」
「六階道? はる、たけ?」
鬼瓦は何かを回想するように視線を上空に飛ばす。
「やっぱりお前、あいつの……」
「良いから良いから、皆に俺のこと紹介してくださいよ!」
慌てて誤魔化す。
鬼瓦はしばし沈黙していたが、そのうちまた深々と溜息を吐いた。
眉間にシワができてるし、溜息を吐くことが多い人生だったのかも知れない。
「今日、ここに部員が一人増えた。六階道春武だ。まずは実力を見せてもらおう。おい、そっちの女の子」
ギシカが鋭い視線で射抜かれて縮こまる。
「お前も入部希望者か?」
「ち、違います!」
「そうか? 動けそうな身体だがな」
「えっち!」
鬼瓦は目をしぱたかせると、初めて腹を抱えて笑い始めた。
この人でも、笑うんだ。
そう思うと、一気に心の距離が縮んだ気がした。
つづく




